2015/06/18

選挙権とは


国政/地方選挙権の最低年齢が18歳まで引き下げられることになった。
被選挙権は当面のところ不変とのこと、それはともかくとしても、国政/地方選挙の投票数と得票数を増やす狙い。
議会というもの、その存続正当性の根拠はまず何といっても 「数」 である。

さて。
僕なりに、実は人生と経済活動において、議会というものをあまり介在させたくないと思っている。
その理由をざっくばらんに、さらっと記す。

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政党も議員も、財政・公共事業・社会保障・国防・外交・軍事における政策課題をあらかじめセットアップし、目標をマニュフェスト化し、利害対立を尖鋭化している(ことになっている)。
しかし政党も議員も、国民ひとりひとりによる政策目標への要望を、個別にヒアリングはしてくれない。

たとえば、「仮に僕が」 政策として推進希望する事項として :
定年制度の禁止、技術開発事業者への法人税撤廃、事業者の決済通貨と納税通貨の自由化、相続税の撤廃、在日外国人による海外送金の禁止、銃器武装の自由化、精神(表現・学問)自由権と経済自由権を完全分離化……などなどを思いついたとしよう。
もちろん思いつくのは自由である。
さて、どこの政党も候補者も、僕のところにこれら政策要望のヒアリングには来てくれない。
だから、僕自身が「これらをすべて実現公約してくれる政党ないしは候補者」を探すことになる。
で、そんな政党も候補者も無いとする。

そうすると、僕にとっての国政/地方選挙権とは、あらかじめ他人によってセットアップされた政策目標への「選択権」かつ「遂行委任権」の行使に過ぎない。
選択権かつ委任権なのだから、別に行使しなくともよい。

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むしろ、実際の知識も技術も産業も防衛も、議会不要の局面に向かってはこなかっただろうか。
選挙での投票率が下がったのは、けしからん、といいつつも、高齢化と投票率低下が同時に進んできた
─ ということは、社会経験豊富な年輩者ほど議会は不要だと考えている証ではないの?
議会こそが行政全権を掌握すべきだ、などと言うアカやナチの意見もまだ在りうるだろうけど、そういうのはどんどん少数派に堕ちているのでは。

そもそも、国民一人ひとりが政府と「直接交渉」出来れば、それが論理的には最前の状態でしょう…否、いっそ議会をとっぱらって、みんなが能力的に自給自足の政府になればいいんです。
これまで先輩たちが技術的に成し得なかった夢、しかしこんごは可能となるかもしれぬ(笑)
議会政治の祖である英国はもとより、大抵の経済先進国は、大きなフォーマットはすべて政権と主要産業が定め、議会というのは不満とカネの再分配弁でしかありませんよ。

さぁ、暴論は承知の介。
このくらいダイナミックに思念を揺すってみればこそ、「選挙権の意義」 について考えてみようって気になるはず。
それでもあくまで議会絶対主義をとって立候補したければ、バンバンすればよろし。
ただし、被選挙権が本当に年齢制限引き下げに進むかどうか。

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、一方では通俗性を極力回避しつつ、論旨の明示性を意図して書き綴りました。

あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本