2015/07/19

命の次に大切なもの

① の次に大切なものはなにか?
大切なもの…「もの」なのだから、それは資産ということになる(カネも含む)。

では、命と資産はどのように繋がっているのか。
ぱっと考えれば、それらを直接つなげるものは、まず道徳(誇り)、それから知性、そしてということになるね。

それでは、とさらに考えてみよう。
まず道徳(誇り)だが、これらには絶対的な尺度があるだろうか。
無い。
知性についても、これとて絶対的な尺度など無い。
え?東大があるじゃないかって?東大は知性の深淵かもしれないが、絶対尺度ということはないだろう。
つまり、我々の生命と資産を繋ぐべき、道徳(誇り)にも知性にも、絶対尺度など無い。
だから、我々の生命と資産を繋ぐ絶対尺度は、法しかない。

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② 某電機メーカの会計処理について、大きく取り沙汰されている。
もちろん、利益追求のために粉骨砕身するのは素晴らしいこと、そのために上層部が中間層をどれだけ叱り飛ばそうが、企業とはそういうもの。
ただ、出来れば 「巨大プロジェクト投資のため、やむなく…」 といった前向きのエクスキューズがあればカッコいいのだが、 まあそこのところは黙っているのが企業というもの。

さて、会計のうっかりミスはどう解釈すればよいのか。
これは知性の問題だが、あくまでも「バカ」でおしまい、知性に絶対尺度が無いのだから、ただの形容詞に過ぎない。
でも、何かひた隠しに誤魔化し続けていたんじゃないのか。
となると道徳(誇り)の問題だが、これは「卑劣だ」でおしまい、道徳(誇り)に絶対尺度など無いのだから、やはりただの形容詞に過ぎぬ。

法に則りつつ、いかなる電力制御系でも電気駆動系でも導電部材でも最強の品質精度のものを、お客様の要求仕様通りにせっせと作ってりゃいいんだ。
このフレキシビリティこそが、電機メーカの存在意義なのだ。
そして、いかにフレキシブルであろうとも、ハードとソフトの定義を自在に変えようとも、トップからペーペーまで隙間なく法的責任は果たしている。
果たしていなかった奴は法システムによって裁かれる。

かくして、我々にとって生命の次に大切な資産は、法に則って製造され流通され、キッチリ守られる。
もういいじゃないか。
道徳(誇り)や知性については、我々自身に絶対基準など無いのだから、そこんところ四の五の言ってんじゃねぇよ。
会社法を改編すればいいだろうが…といった対処療法論で話は終わってしまう (笑)

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、一方では通俗性を極力回避しつつ、論旨の明示性を意図して書き綴りました。

あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本