最新投稿

2015/09/05

サバイバル


政治不安定の地域から、政治難民が経済先進国に押し寄せる。
たぶん経済難民も一緒くたになって、やってくる。

経済先進国で煽られる危機意識は、ほっといたら労働市場全体が低賃金と低劣技術の連中であふれかえり、生産部門や政府部門の余計なコストばかり増大し、だからインフレになる、というもの。
だから日本などのように、経済難民だけは受け入れない、という理屈もなりたつ。

一方、社会主義陣営の極論は、たとえ無知無学の文盲連中であっても食わせてやるのが人の道、製造過程でネジが曲がって工業製品の事故が頻発しても仕方がないよ、というもの。

で、妥協案としては、とりあえず政治難民を人道的に食わせてはやってもいい、だが生産部門での採用は単純労働以外は極力みとめない、というものか。

ただ、ひとつだけぼやっと考えるのだが。
政治難民たちのうちせめて30歳以下の連中は、受け入れ国であらためて高等技術教育を施したらどうか?
(あまり年上になると新規概念や社会環境へのリスペクト精神が希薄になってしまうため、若い世代限定の方がよい。)

=======================================

…と、まあ、こんな程度のところまでは誰でもぱっと思いつく。
さてそれでは、そもそも経済に理想状態はあるのか、となると、たぶん誰にも答えられない。

もちろんありますよ、GDPが年率2%で成長すれば、投資も貯蓄も最適となり ─ という程度の定説は、大学の経済学部に入りたての子でも暗唱出来る。
しかし、それはこれまでの経済システムを結果的に俯瞰すれば、たまたまそういう時期があったというだけのこと。
だいいち、そのGDP2%成長ラインを守った「立派な人たち」の生存する諸地域で、どうして失業率が高止まりのままなのか?

また、社会主義者がいうように、経済をあくまで「生産と分配の量的な再分配」として捉えるのなら、それら最適量を定義しなければならぬが、本当に定義出来るのか?

最適なカネの利率と生産/分配量の定義が無いのに、最適な経済システムというものを定義できようか?

いや、供給の「質」こそが問題だ、とまた混ぜっかえす声があがる。
じゃあ、ハードウェア供給やソフトウェア供給の「最適な質」とはなにか、定義してみろ。
最適「量」の定義がないのに、「質」の最適化など定義出来るわけないでしょう ─ 少なくとも物理学や化学にのっとれば。
それでも強引に人間論理で定義するのなら、ハード/ソフトの「質」とは、それらの「精度=安定性」、よって、自分以外がみんなコンピュータとロボットに成り代わっている世界、となる……

====================================================

もうこういう議論はほとほとイヤになった。

最適な生産/分配量も、利率も、品質も定義しきれていない経済という系
それでも「バカが増えたら製品が劣化してカネばかり食う、だからインフレになる!」 とコストばかりを危惧するのなら、だ。
「インフレじゃない状態」 とは、自分たちの人生が十分に充実し、カネの心配をしなくても良かった「これまでのはっぴぃな状態」に決まっておる。
定量的にはなんにも定義出来ないが、ともかくも「精神的に」そういうハードとソフトとカネの量をさす。

かくして。
俺(たち)だけがはっぴぃな充足状態 vs バカが増えてインフレでもいいじゃないか 「最適解なき対立」 は続く。
それは最適解なきままのコスト論だ、そして、コスト論というものはインフレ恐怖にのっとっている。
インフレ恐怖なのだから、どこまでも暫時的なサバイバルゲームでしかない、つまり、俺たちだけはのカネカネ競争、そして、他人任せの代議制。
このサバイバルゲームはインフレ恐怖が全世界から根絶されるまで続くだろう、が、そんな日が本当に来るのだろうか?

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、通俗性は極力回避しつつ、論旨の明示性を重視しつつ書き綴りました。あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本