2016/02/08

とりあえずチャイナ

ちょっと考えてみたい。
中国人民元がIMFの主要決済通貨となったら、我々日本人の健康は増進するだろうか?

我々には、おかしな市場幻想がある。
市場機会が拡大すれば、みなが豊かになる、などと。
人間は進化(変化)の過程で、最大多数の最大幸福局面も経験してきたのだろう、だから市場幻想にこころ沸き立ち夢おどり、やってみなけりゃわからない、うむ、なんだか正義漢にでもなったつもり、その楽しさは否めない。
さらに、カネに係る確率論までもちこんで、ベネフィットはこれだけ、リスクはこの程度、だから投資しましょうという。
しかし。
市場経済は、善悪の情動ではなく、数値と確率でもなく、実体の是非論で判定分析されなければならない。
たとえ現行の市場が回転鈍化しているとはいえ、リスクヘッジと新規市場投資は全く別物。
これらを表裏一体として説くのは、金融仲介業者による悪質な洗脳でしかない。

もうちょっと具体的に突いてみようか?
中国市場が盛り返したら、リチウムイオン電池の酸化還元反応を安定制御する有機溶媒技術は向上するのか?
この可否を物理学や化学に拠って判定出来ない連中が、役職だけは一丁前、朝から晩まで職場のパソコンゲームで遊びつつ、「とりあえず」チャイナなどと謳ってきた、そのことと、電機メーカが縮小し続けている現状と無関係ではあるまい。
(もちろんまともな人間だって居る、たとえば僕が最後に在籍した部門における東大理系卒のS君などは、実に理知的に実体を捉えていた。
彼とはどうも仲良しにはなれなかったが、学んだ事は多い。)

「とりあえず」 中国の市場がカネによって再び活性化すれば、我々のカネ回りもよくなる ─ だから彼我ともども技術開発の技量が高まる 「かもしれない」。
でももしかしたら、相手方はそのカネをどこまでも全部投機と遊びに回すかもしれない。
潤うのは、仲介と分配に命を懸けてきた左翼系の連中だけかもしれない。
それどころか、日本と中国の双方でインフルエンザへの罹患率が高まるかもしれない。
「とりあえず」 すべての高校生をどこかの大学に押しこんだら、すべての日本人の見識が向上するだろうか?

「とりあえず」、「かもしれない」、それか、あらぬか、いかでかは。
想像するは、良し、楽し。
だがひとたび実践的な協業に入るのなら、その相手はおのれと同じ根性、知識、ないしは技量の持ち主でなければならない。
たとえ新規に雇用する場合も、そいつの根性くらいは是非判定出来よう。
それだけの是非判定がおのれ自身可能でなければならぬ。
出来ぬのなら、一歩下がって黙ってゲームやってりゃいいんだ、そんな企業はどうせ近々消えていく。

「とりあえず」 みながハッピィになれる 「かもしれないよ」 などと女子高生みたいに情動と数値データに酔っぱらって、なんでもかんでも容認してはいかんのよ。

ましてや。
大人がそこまで幼稚な市場仮説に走り、まして他者に強要するのなら、その結果に対する「市場仮説責任」をおくべきだ(併せて「市場仮説罪」も設定すべきだろう。)
なお、女子高生だって今やここまで幼稚なアホじゃないよ。

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、一方では通俗性を極力回避しつつ、論旨の明示性を意図して書き綴りました。

あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本