2016/10/02

ビジネス命題

① 所得の高い家計に育った子は、学力も高くなる、という。
教育ビジネスにとって、これは立派なビジネス命題だ。
もちろん、一般消費者を教育への積極投資に誘っているからである。

それだけ教育熱心かつ、科学技術と経済効率における先進国にありながら、どうしていつまでも奨学金が必要なのか、そして、どうして返還出来ない人たちがあとを絶たないのか?
いやいや、愚問だ。
奨学金はあくまで経済全体におけるカネの分配問題であり、教育ビジネスの命題設定範囲を逸脱している。
ほっとけ、そんなもん。
豊かな家計の子弟が素晴らしい秀才に成長し、世界のあらゆるエリート大学組織に進学出来れば、それでミッションコンプリートだ。
どうせ、どんな秀才を育ててみたところで ─ 地震や津波を制御はおろか予測だって不可能だろうし、核戦争を永遠に抑止することも出来ないかもしれぬ。
出来もしない思念を、教育ビジネスの命題俎上に乗せてはならぬ。

…とまあ、このように、ビジネスを「特定の損得のみに絞って絞って絞りぬいて"命題化"」するのが、プロのプロたる所以である。
したがい、量(volume) よりもむしろ率(ratio→rate) での勝負に徹する。
エネルギーではなく、物質でもなく、短期的観測データで素早く勝負。
知識量でも論理勘でもなく、誰かが設定した偏差値で手っとり早く勝負、と言い換えてもよし。
サービス業はおおむねこういうもの、マスメディアも同じ、小口金融もそこを期待しており、左派勢力も同じ、かもしれんよ。
議会政治のありようも似ている。

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② サービス業や議会政治のような短期的事業は、ともかくとして。
大局的に産業全体をみれば、ビジネス命題化の徹底は自己矛盾してもいる。
その 「論理上の最適解」 は、すべての事業者がオンリーワンのサプライヤを目指し、おのれの製品のみに特化し、損得を極限までちっちゃくちっちゃく微分していくこと。
そうするとコストは…と説くのが小口金融の経済学だが、もっと理知的に勘案すべきは、需給のうちとくに供給能力が解体される一方であること。
インテグレータもコーディネータも居なくなってしまい、システム複合型の製品が実現化出来ない方向へ。
こういう供給能力解体の局面が続けば、まあ、少なくとも三井物産や三菱商事や丸紅などは縮小の一途となるでしょうな。
総合電機メーカなどは無くなってしまうだろう。
自衛隊や総合病院、いや、国体は維持出来るだろうか。

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③ もっと苛烈に皮肉を言えば。
ビジネスの命題化を極限まで突き詰めると、むしろ、カネの集積のみを以て何事もなしうるという、本末転倒の錯覚すらまかり通るかもしれない。
たとえば。
或る閉ざされた部屋にて、シャーペンの芯のかたわらに1億円の現金をお供えし、ウァーーーッ、トリャーーーッと念仏を投げかけていれば、それがパッとダイヤモンドに変わっている ─ というような。
そういう論説答案を作成する子が東大や京大に入るようになったら、反日左派メディアは手を叩いて喜ぶ、かもしれない。
しかし、かかるメチャクチャな供給破綻と需要幻想が、教育ビジネス命題化の宿命たりうるだろうか?

いや、グラファイトとダイヤモンドは、これこれこのように組成属性からして似て非なるもの…だからカネだけお供えしても物質が変わるということはないのだよ…我々はいろいろなことを更にさらに検証していくべきなのだよ…
というふうに、供給プロセスのリスタートを何度でも何度でも説いて聞かせる雄大な活動こそが、まともな需要も触発するのでは。
それこそがまともな教育のはずである。

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、一方では通俗性を極力回避しつつ、論旨の明示性を意図して書き綴りました。

あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本