2019/04/20

恐怖の異次元宇宙

以下に略記するは、高校時代の実に奇妙な経験譚である。


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新学期が始まって、ほどなくしたある日のこと。
わが実家の近所に美少女が引っ越してきた。
彼女は、僕よりもちょっとだけ程度の高そうな高校の生徒であることがすぐに知れた。
ははーん、なるほど、そこそこ賢そうな顔していやがる。
それで、僕は彼女をちょっとからかってやることにしたのだった。

彼女は毎朝、僕と同じ最寄りの駅から同じ電車を利用していた。
そこで、ある朝のこと。
駅に向かう道すがら、他の学生たちに交じって歩きつつも、僕はさり気なく彼女のすぐ後ろに追いついた。
そこで一粒のマスカット葡萄を手にして、それを頭にぶつけてやった ─ はずなのだが、彼女はふいっと頭をかわすと、怪訝そうに僕を一瞥したのだった。
彼女の瞳がかすかにライオンのように見えた、そして、そのままついっと立ち去ってしまった。
僕は、どきりとした。

それから数日後。
またも、駅に向かう道すがらに彼女を見つけた。
僕は足音を忍ばせながら彼女の背後に駆け寄り、今度は小さな紙飛行機を背中めがけて投げつけてやった。
ところが、彼女はひらりと身体をかわし、その紙飛行機はふわっと宙空を舞って彼女の眼前をすいーっと横切り、足元に落ちたのである。
ここで彼女はキッと振り返り、鷹のような眼で僕を睨んだ。
「ねえ!何してるのよ?」
「は?」
「あんたが投げたんでしょう。ふざけないでよ」
「さぁ」
「とぼけたってダメよ。あんたの高校、分かってるんだから。訴えてもいいの?」
「いや……」
「いい加減にしてよね。ばっかじゃないの!」
彼女は足早に去ってしまった。

この時以来、僕はしばらく彼女と顔を合わせるのが怖くて、早い時間の電車を選んで通学していたのである。


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さらに何日か経った。
僕は、ほわぁんと一つのおかしな思念にぶつかっていた。

僕が何を勉強しても知識がバラついたままなのは、あらゆるものをバラバラのコマ切れとして認知しているからかもしれない。
どうしてだろうか。
それは、そもそも「時間」をバラバラのコマ切れとして感受しているからではないか。
そういえば ─ 男と女では「時間」に対する捉え方が違うのかもしれん。
女子がカルタ取りのような競技に強いのは、女子の意識においては「時間」に切れ目が無く、いわば川の流れのようにずーっと続いおり、いつかの過去も、寸前の過去も、そして直後の未来から遠い未来までもが繋がっているためであって…
うぬっ!
きっと、そうだ。
テニスのような競技でも、男子選手は一瞬、一瞬の力(速さ)で勝負するが、女子選手は意識の流れに沿って予測しながら戦っているというじゃないか。
そうであるのなら、あいつ ─ あの娘にとって、僕の姿も仕草も、マスカットも紙飛行機も、すべてが連綿と繋がって見えていることになる…

馬鹿馬鹿しい思いつきかもしれないが、ともあれ、これを確かめる方法が一つだけある、と僕は思い立っていた。
あいつ ─ あの彼女の意識の流れに乗らないように、ほんの一瞬だけ、予想外の無作為のデタラメに動いてやれば分ることだ…


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そして、或る日の夕刻時、帰宅時間のこと。
僕は彼女が高校からの帰路に使用する駅を、そしてその電車時刻を知るに至っていたので、その駅のホームで通勤通学客に紛れつつ、彼女がやってくるのを待ち続けた。
やがて彼女が現れ、電車に乗り込むのを見届けて、僕も2両ほと離れた車両に飛び乗った。
だしぬけに眼前に姿を現して彼女を仰天させてやろう、と思案してのこと。
これは察知出来まい。
クスクス、と僕は忍び笑いを懸命に押し殺しつつ、乗客たちの合間を縫って、いよいよ彼女の車両に歩み入ったのだが。

そのとき。
座席に腰かけて読書をしていた彼女が、つい、と顔を挙げたのが見えた。
あっ!
それが何らかの合図だったのだろうか ─ 同じ制服の女子高生たちが5人だか6人だか、サッと集まってきて、彼女をぐるりと取り囲むようにして立ちはだかったのである。
いずれも無言のまま、こちらに背を向けていた、そして、ガタゴトと揺れる車窓に映り込んでいるどの顔も無表情であった。
それはあたかもペンギンやフラミンゴの群れのようでもあり、いや、怪鳥たちのようでもあり、もし僕がちょっとでも歩み寄ったらガァガァガァと襲いかかってくるような、不気味な沈黙の迫力であった。
僕は声にもならぬ悲鳴を心中に響かせつつ、そーっと元来た車両に歩み戻った。
冷や汗が流れていた。

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以上、他愛のない話ではある。
なんというかな、男を質点とすれば女たちは座標みたいなもの、男を電子とすれば女たちは連綿とした物質みたいなもの、男を星とすれば女たちは幾星霜にも連なる巨大な銀河のような
─ ともあれ、掲記のような顛末ののちも僕は素知らぬ顔で毎日通学を続け、彼女もそうであったようである。

それから随分と時間も経ったようではあるが、まあ、何かがどこかで繋がっているんだろう、時おり、マスカットを食していると背中に紙飛行機がトスッと当たり、そのせつなに振り返ってみることがある。
もしかしたらだが ─  女たちがずーっと連続させている時空のどこかほんの一コマの間隙に僕が留まっており、だから本当はやつらには気づかれてすらいないんじゃないかな、と思ってみたりもする。


(おわり)

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、一方では通俗性を極力回避しつつ、論旨の明示性を意図して書き綴りました。

あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本