2学期が始まって、我が高校に新任の非常勤講師が幾人か赴任してきた。
そのうちの1人が、ロサンゼルスの大学を卒業したばかりという女性英語講師。
聞けば、国籍は日本ではあるが、幼少期より日本とロサンゼルスを行ったり来たりで育ってきたとのこと。
ロサンゼルスではドジャーズだかレイカーズだかのプロスポーツチームで広報を手伝っていたらしい、との話も漏れ聞こえてきた。
健康的に日焼けした彼女の容姿は弾けるほどにチャーミング、それでいて、純白のブラウスやシャツの着こなしがじつにスマートであり、これらコントラストが却って清楚に映える。
すれ違うたびにさわやかに香るシトラスレモンも爽快感そのもので、これが西海岸の潮風のフレイバーというものかと、僕たちはむしろ視覚イメージをあれこれ膨らませてやまなかった。
そして第一印象のとおり、彼女は気さくな性格で、ややハスキーながらも語り口調は快活でよく響いた。
彼女は我がクラスの英語授業を週に1コマだけ担当することになった。
発音もアクセントもなるほど日本人離れしていたが、長いながい詩だか韻だかをずらーっと諳んじるのも得意なようで、全くよどみない。
そして第一印象のとおり、彼女は気さくな性格で、ややハスキーながらも語り口調は快活でよく響いた。
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彼女は我がクラスの英語授業を週に1コマだけ担当することになった。
発音もアクセントもなるほど日本人離れしていたが、長いながい詩だか韻だかをずらーっと諳んじるのも得意なようで、全くよどみない。
ロサンゼルスではミッション系の学校に通った時期もあった由。
なぁんだ、いくらアメリカ帰りといっても、講師としては新任でありしかも新米の非常勤に過ぎないじゃないか、と男子生徒たちはこっそり蔑笑を浮かべつつ、彼女を「見習いくん」と綽名してほくそ笑んでいた。
だが、これが女子生徒たちを経由して彼女自身の耳に入ってしまった。
見習い呼ばわりはやはり不愉快だったのであろう、確か2回目の授業の開始時に、私は教師としてここにいるのだから相応に敬意を払いなさいと、やや強い語調で念押しがなされたのである。
そのさいの彼女のちょっと硬直した表情、肩をいからせたしぐさ。
見習い呼ばわりはやはり不愉快だったのであろう、確か2回目の授業の開始時に、私は教師としてここにいるのだから相応に敬意を払いなさいと、やや強い語調で念押しがなされたのである。
そのさいの彼女のちょっと硬直した表情、肩をいからせたしぐさ。
女子生徒どもはうっとりと見とれ、うんうんと頷いてやがんの。
だが、男子生徒たちは却って悪戯っ気を触発されることになってしまった。
僕もその1人である。
僕もその1人である。
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或る日の英語の小テストにて。
彼女が答案を直接添削すると知って、僕は答案用紙の名前欄に "Truely yours" と添え書きしたことがある。
生意気なおふざけのつもりだった。
彼女が答案を直接添削すると知って、僕は答案用紙の名前欄に "Truely yours" と添え書きしたことがある。
生意気なおふざけのつもりだった。
翌回の授業で、彼女は僕のその答案用紙を教卓に据え置いて、「山本くん、これは何のつもりなの?」と詰問してきた。
アハハハハと僕が照れ笑いすると、彼女が猛然と声を張り上げた。
「どういうつもりなのっ!?」
僕はドキーーンと仰天し、それからマジマジと彼女の目を見つめた。
クラス一同がしんと黙りこくった。
僕は恐る恐る答えていた。
「すみません、ちょっとした洒落っ気のつもりでして」
すると、彼女は僕の添え書き箇所を赤インクで乱暴に塗りつぶし、すぐ下に"Truly yours"と書き殴って、バーンと叩いた。
「あっ、スペリングミスでしたか。すみません、エヘヘヘヘ」 と、僕はおどけた声をあげ、その答案を回収しようとしたが、彼女はいまや怒気をこめて僕を猛然と叱りつけたのである。
「あっ、スペリングミスでしたか。すみません、エヘヘヘヘ」 と、僕はおどけた声をあげ、その答案を回収しようとしたが、彼女はいまや怒気をこめて僕を猛然と叱りつけたのである。
「いったい、どういうつもりなのかと訊いているのよ!」
「…あのぅ、何が、でしょうか?…」
「何もかもだっ!バカものっ!ナメるんじゃないっ!」
これは当時の僕にはかなりショッキングな出来事であった。
そして、大人たちは分別だの物分かりだのと言うが、本当は何もかもが連綿としたひとつの塊なのではないか ─ と直感したきっかけともなった。
「…あのぅ、何が、でしょうか?…」
「何もかもだっ!バカものっ!ナメるんじゃないっ!」
これは当時の僕にはかなりショッキングな出来事であった。
そして、大人たちは分別だの物分かりだのと言うが、本当は何もかもが連綿としたひとつの塊なのではないか ─ と直感したきっかけともなった。
とくに、女はそうだ、きっとそういうふうにしか考えられないんだ…。
この直観はあながち大外れでもなかったようである。
さて。
9月末、文化祭の日。
文化祭の終盤にて、3年生各クラスの代表が講堂で全校生徒を前に英語スピーチを発表することとなっており、我がクラスからは1人の女子が発表者として選ばれていた。
選ばれたスピーカーは、テストだけは得意な女などと陰口を叩かれている秀才娘ではあったが、それでもさすがに全校生徒を前にしてのスピーチの文面にはやや不安を覚えていたのであろう。
ここでサポートにあたったのが、わが新任女性講師であった。
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さて。
9月末、文化祭の日。
文化祭の終盤にて、3年生各クラスの代表が講堂で全校生徒を前に英語スピーチを発表することとなっており、我がクラスからは1人の女子が発表者として選ばれていた。
選ばれたスピーカーは、テストだけは得意な女などと陰口を叩かれている秀才娘ではあったが、それでもさすがに全校生徒を前にしてのスピーチの文面にはやや不安を覚えていたのであろう。
ここでサポートにあたったのが、わが新任女性講師であった。
そうして発表に至った文面は、ざっと以下のとおりに始まる…
"Nowadays, we may have reached the furthest stage of advanced technologies, where we divide all known materials into any invisible and independent fragments, even breaking our daily events down to each unconnected occurrence.
Among those fragments, however, we as human will identify just some consistent elements in common, and these elements can always name 'love' to yourselves, and 'courage' of ourselves.
Despite our past trajectories or future directions, love and courage will keep on holding our world tight and seamless ... . "
如何に科学が進み、あまねく物質が非連続な断片まで分解れてきたとしても、我々人類は世界に実在するあらゆるものに共通の真理の系があると認識しており、それが愛であり勇気であって、愛と勇気があればこそ我々の世界は過去も未来も超えて繋ぎとめられる…というもの。
(だから、あらゆる人間は世界を完全に断裂することはない、そして、学術に任せて意図的に世界を虚無に帰してはならない、うんぬんかんぬんと続くスピーチであり、学校長からなかなかの評価を頂いた。)
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以上 ざっと記してきたが、本番はいよいよここからだ!
英語スピーチが終わると、文化祭の最後を飾るのがダンス部による演舞である。
講堂に参集している全校生徒一同を前にして、ダンス部員たちが壇上に揃った。
ふと見やれば、部員たちは運営担当の教職員に何事かを要請しており、さらに教頭が加わってしばし協議していたが ─ ついに一人の女性教師に声を掛けたのだった。
もちろん、本ストーリー展開として、我ら愛しの新任女性講師に決まっている!
ついに。
彼女が壇上ステージに姿を現し、虹色のステージライトのもと、ダンス部員たちの中央に歩み入った。
非常勤講師の彼女の登場に、生徒たちはいったい何事かと怪訝な思いに静まっていた。
だがダンスミュージックがスタートするやいなや、講堂内はたちまち歓声に沸き立っていたのである。
ダンス部員たちに囲まれつつ、彼女は激しく踊り始めていた ─ いや、踊りというよりも、彼女のそれはアクロバティックな肢体の躍動そのものであった!
それは逆立ちと宙返りを何度もなんども果てしなく繰り返す仰天のダイナミズムであった、表情も姿勢もいっさいを崩すことなく舞い続ける驚異のタフネスであった、それら至高のモメンタムが僕たちの眼前で黄金色のステージライトに弾けて跳ねつつ、いよいよ強烈に迫り狂ってきたのであった…
「すごい!」
「これが人間の動きか!」
「まるでサーカスみたいだ!」
「こんなにすごい先生だったのか!」
男子生徒たちは揃いも揃って唖然としたバカ面をさげつつ、ため息の連続、そして女子どもはいまやキャーキャーキャーキャーと歓呼、そして大歓声。
こうして、文化祭は予想外の大興奮のうちに終ったのである。
我が学級担任などは、あれにはびっくりしたねえとうそぶきつつも、でも大成功だったね、みんなよかったねと楽しそうに目を細めるのだった。
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この文化祭ののち、我らの新任女性講師は我が校屈指のアイドルとなった。
僕ら男子生徒は、なんとか彼女と懇意になろうと拙い知恵を絞ってはみたものの、ことごとくあしらわれてしまった次第。
それどころか、女子どもが親衛隊のごとき組織力を行使して、彼女のつつがなき職務遂行を守り抜いたのである。
そんなふうにして年末となり、さらに年始となり、進学や卒業に至り、我々の最終学年シーズンは夢のようなセプテンバーの余韻を楽しみつつ、あるいは惜しみつつ、それでも彼女とともに幾度となく跳ねて弾けて躍動し続けたのだった。
(おわり)