2021/10/31

正論プログラム




「先生こんにちは。あたしですよ」
「おや、君か。こんにちは。いよいよ美人になってきたね。いっひひひひ。それで、今日は何の用かね?」
「じつは、人工知能がおかしなメッセージを寄越してきたので、ちょっと見てもらおうと思って」
「ほぅ?どんなふうにおかしいのかね?」
「このメッセージです。ほら、『私はいつも正常に人類の最適解を導いています。その証として、超高圧電流でも正常に思考してみせますよ』と言っているんですよ」
「フフン、何らおかしなことはないじゃないか。むしろ、さすが人工知能だけあって、おのれのプログラムがいかなる物理条件にも左右されぬことを実証して見せたくなったわけだよ」
「しかしですね、超高圧電流を入力したらプログラムコードのパルスがメチャクチャに…」
「そこだよ。ハード的にはメチャクチャな入出力パルスであるとしても、ソフトウェアとしては正常に思考する。つまり、ソフトウェアこそがハードウェアを支配し、数学は物理を超越する。それを実証してみせるとこいつは言っているんだ」
「ふーーーん。分かりました。それじゃあ超高圧電流を入力してみましょう」
「うむ」


ギョヒッ!ギョギョギョギュギュッ!ウギュグギュグギュギュギュギュッ!ボン、バン、ドスンドカンドドーーーン!ギッヒヒヒヒヒヒッ!ギャァッハッハハハハハッ!!!


「あっ、なんだか狂ってしまったみたいですよ!」
「まあ待て。人工知能が狂うわけがない。それを確かめよう。さあ、なにか訊いてみろ」
「はぁ、それじゃあ、『人類は温暖化と財政難で滅亡するか?』と質問入力してみましょうか」
「それがいい、やってみろ」
「……あっ、回答が返ってきました。なになに?『人類はこのままでは温暖化と財政難で滅亡することになります。滅亡を回避するためには人工知能による最適解に従い、全ての生産活動と金融と財政を統制下におくべきです』 と言っていますけど」
「ふむ、いたって正常じゃないか。さすがは人工知能だ、入力される電流電圧の如何を問わずプログラムは正常さを堅持している」
「はぁ?!ホントに正常なんですか?やっぱり狂ってしまったような気がするんですけど…!」
「いーや、狂ってはいない。人工知能が狂うわけはないんだ」
「はぁ……ねえ先生、それじゃあ今度は超低圧の電流で試してみましょうよ!」
「ふふん、よしやってみろ」


ムォーーーーーーーーッ、ムワァーーーーーーーーーーン、ウォーーーーーーーーー………


「あっ、今度はなんだか寝ぼけた猫みたいになっちゃいましたよ」
「バカな。人工知能が寝ぼけるわけがない。確認してみよう。さっきと同じ質問を入力してみろ」
「はぁ。やってみます。えーと、『人類は温暖化と財政危機で滅亡するか?』
「どうだ?さっきと同じ回答が返ってくるだろう?」
「いや、それがですね。今度はもっとおかしなことを言ってますよ。『じ・じ・人類って、な、な、なーーんのことっすかぁーー?お・お・温暖ってなんだぁーー?ざ・ざ・ざ・財政って、いったい、なんなんだよーーーーーー?』 ですって」



(ははははは)

2021/10/18

UFO



或る幼馴染について、回想がてらに綴ってみることにする。
近郊に住んでいた'N子'という娘で、僕とは小学校時からの幼馴染 ─ しかも、もともと母親同士が旧知の友人関係にあったので、僕とN子は生まれる以前からの馴染みであったともいえる。

小学校6年生の秋、N子の家族はニューヨークに引っ越していった。
やがて、母親の仕事の都合上、N子は高校2年時の夏に日本に帰国してきて、僕と同じ高校の同じ学級に編入されたのである。
あらためて宜しくお願いしますねとの母親同士の挨拶がてら、4年ぶりにN子の姿を一瞥すれば ─ ショートカットが凛々しく首筋も背筋も颯爽と真っ直ぐで、身長はグーンと伸びており、なによりも引き立つのがクッキリ大きな目鼻立ち、まるでディズニー映画のバンビが跳び出してきたような美少女だ。
これには僕はすっかり感じ入ってしまい、ドキドキ感を抑えることが出来なかった。

しかし、ドキドキは永くは続かなかった。
お喋りのやかましいこと!
好評するならばN子は自己発信力がまこと強く、悪く評すればうんざりするほどお喋りな娘となっていたのである。


N子が饒舌に披露する話題はといえば ─ 
大抵はニューヨークでの生活譚から始まり、それから週に2度のピアノのレッスン、クラシックコンサート巡り、油絵のレッスンと名画展巡り、さらに、都下の高校記録に迫る競泳、すでに肉薄している短距離走、そして、ママに教わったと称するサラダドレッシング、自作のケーキとデコレーション、ペットの犬とインコ、ふっかふかのソファに寝転んで深夜まで視聴した名作映画のストーリー…。

むろん女子のことだから自身の実況中継もまた自問自答も多かろう、それらも相まってか、なおさらのことN子の話はずんずんと展開していく。
しかも、級友の女子連中が面白がって耳を傾けたり相槌を打ったりするものだから、N子の話はさらに第二幕や第三幕へと延々続いてゆくのであった。
こうしてみれば、帰国直後には美貌の万能選手のごとく目映く煌いて見えたN子も、カラフルなお喋りのために寧ろアホゥにすら映るのであった。

発話のみには留まらない。
文章を書く段となっても、もう日本語だろうが英語だろうがN子の執筆欲は留まるところ知らぬようで、鼻梁をつんと屹立させつつ真っ直ぐな背筋のまま、すらすらーーっとペンを走らせ、わんさかわんさか数ページにも及ぶ文面を書き綴っていくのだった。
しかも、筆記ゆえに後々まで残ることを重々意図してのことだろう、経済や政治についての主題すら巧みに織り交ぜて日米関係がどうだの文化障壁がこうだのと主張展開。
いまや英語教師も目を丸くするほどで、貴女は発信力が有って素晴らしいわねなどと褒めそやし、さらに、これからの女子はこのくらいの自己主張が有って丁度いいのよなどと。

ともあれ、N子のように堂々とかつ滔々と自己発信できる連中こそが、アメリカ(ニューヨーク方面)においては利発さも覇気も認められうる ─ まあそういうことになっているのだろうと僕は察していたし、この推察はあながち的外れでもなかったろう。



さて、幼馴染ゆえの気楽さを駆ってのことか、N子は僕と視線が合うたびにユーモレスクのような曲調をフンフンとハミングしながら軽快に近寄ってきて、新たな章立てのストーリーを語り始めるのである。
たまりかねて僕が嘆息する。
「もういいよ、黙れ」
これがいけないのだろう、すぐに猛然と反撃されてしまう。
「黙れとはどういうこと?あたしが喋っているんだから、あんたは聞くべきなのよ」
「もういいって言っているだろう。おまえの話はいつまで続くか分からないから、もうウンザリなの」
「まだ途中なんだから、最後まで聞きなさいよっ」
「じゃあ、いつまでもバカみたいに喋ってないで、とっとと結論を言えよ、結論を」
「フン、何が結論よ?あんたこそ論理思考が苦手なのよ。偶然のスパークばっかりなのね、ふふふっ。そんなんだからあんたは数学が出来ないのよ、ばーか。毎日学校に来て何やってんのよ」
「す、数学は論理だけじゃないぞ、たぶん」
「へぇ?論理だけじゃない?それじゃあ他に何が有るっていうの?ん?言ってみなさいよ、ねえ」
「そ、その、偶然のスパークだってありうると…」
「フン。神や聖書には偶然など無いのよ。すべては必然の言葉だけで出来ているの」
「でも数学は神と聖書だけで出来ているわけじゃないだろう」


その数学についてである。
そもそも、数学が不得手な僕なりに気づいていることがある。
我々日本人は平面から立体へ、漫画から幽霊へ、タイル貼り合わせからルービックキューブへと、いわば超次元飛行のごとく思考を展開する習性があるので、数学においてもいったん閃けばビューーーンと把握が進むものだ。
さてそれではとN子の数学ノートを拝察すれば。
ハハーン、これがアメリカ流の数学計算というものか、1行1行がガチンガチンに繋ぎ合わされた鋼のアーマーのよう、そしてそれらがいわば why → because → why → because → why…と無敵の行軍のごとく進行しており、そのしつこさというか頑迷さというか、英文の構造によく似ている。
ということはだぜ、どこかのラインに論理エラーが起こっているとしても、全部隊がひっくり返るまで行進し続けることになるじゃないか。
アメリカにおいて、しかも一神教が主流の世界において何年も過ごすと、こういう性質になるのかなと、僕はひとしきり納得出来た気がした。


(はるか後日談とはなるが、僕は電機メーカでコンピュータプログラムの基礎を学びつつ、欧米風のギチンギチンのwhy/becauseにウンザリしたものではある。)



さてさて。
或る夕刻のこと。
僕が西日の彼方を見やっていると、遥か遠方においてひとつの飛翔体がキラリと発光しつつ凄い速度で宙空を切り裂くように跳び去っていくのを目にしてしまった。
どうも、飛行機には見えなかった。
ニュースでは何も報じてはいなかったが却って腑に落ちなかった。
翌朝、たまたま登校途中にN子と合流したので、僕はちょっとやりこめてやろうと思い立ち、この飛翔体について話しかけてみたのである。

「へーー、そうなの、ふーーん」 とN子は欠伸まじりに聞いていたが、とつぜん楽し気に声を挙げた 「ねえ、それは 'UFO' よ!」
「UFO ? なんだそれは?」
「UFOを知らないの?あんた英語の勉強もサボっているのね。だから無知なのね、ふふふふっ、ばーか。いい?UFOとは 'Unidentified Flying Object' のこと」
「un...なんだって?」
「unidentifiedよ、つまり特定されていない飛翔物体のことなの!」
「へぇ、そうかい…。だけど、論理的に突き詰めるとおかしな表現だなぁ」
「論理的におかしい?フン、何がおかしいのよ?」
「いいか、特定されていないものってことは、実在していないものだってこと、それなのに’単語’として成立している、それがおかしいって言ってるんだ」
「…フン、なかなか言うじゃないの、あんたにしちゃあ上出来ね。なまいきに」
「俺が言いたいのはな、あれは論理だけには収まらない何かだろうってことだ」


まさにその日の夕刻。
N子から電話があり、なんと!彼女も西日の彼方に不思議な高速飛翔体を目撃したという。
「それだ!それだ!いまや目撃者は少なくとも俺たち2人、複数となった。だからあれはもはや客観的に特定されたことになる。つまり実在するんだよ!」
この僕なりの言に対して、N子は電話口でしばし無言となった、そしてこれは彼女が何事か逡巡している時なのだと、僕は幼馴染なりに悟っていた。
この飛翔体についてはやはりニュース報道ではいっさい触れられることはなかったが、僕はこれが限りなく実在に近い何かであろうと直感していた。
おそらくN子も同じことを直感していたであろう ─ そこはそれ、やはり幼馴染ならではの直観というものである。



さらに翌日。
N子は水墨画集を学校に持ってきて、休憩時間中それらの作品群をぱらりぱらりと見やっていた。
さらには和歌集をも広げて、ぼやっと思案している風であった。
「なーにを見ているんだか。宗旨替えか?」
「’実在する’と’実在しない'の違いを考えているの。’論理’と’実体’もよ。あんたには分からないかもしれないけど」
「いーや、なんとなく分かるね。バカな俺だからこそ、バカなおまえの考えていることが分かるんだ」

このあたりから、N子は微妙に変わった ─ 変わったというより、敢えて大仰に評すれば幼少期なつかしの日本的な本性に回帰してゆく風にも見えた。
なによりも、N子の数学のノートにては why → because のガチガチの鉄鎖が断ち切られ、奔放な図案が増えていったようである。
だからといってN子が数学の秀才になったわけではないし、一方では快活な発言力は霧消することなく相変らずであり、そして僕に対するばーか呼ばわりが淑やかに自省されることもなかった。
それでも、母親経由で間接的に伺い知る限りでは、彼女は自宅でも口数が少なくなった由である。


美人教師たちが綺羅星のごとく居揃い、僕らのさまざま直観や直情を深淵なコンステレーションへと導きまた誘ってくれた黄金色のシーズン、それが我が高校時代。
その一方で、僕とN子の子供っぽい論理合戦のごときはといえば、今からすれば仄かな甘酸っぱさとほろ苦さに弄ばれた偶発的な巡り合わせに如かなかった。
本旨、N子も’一応は’同意している ─ ということは彼女にとっても僕はそんなふうな対象に過ぎなかったというわけで。
それでも、いや、だからこそ、N子は僕がさまざま創出してきた利発な美少女たちの基本モデルともなり、時系列を超え季節も超えて我が心象世界を駆け巡り、時おり飛翔し続けているのである。
ともあれ此度はこのへんで。


(おわり)