2023/12/21

青い鳥


「先生、こんにちは!」
「おやこんにちは。今日はどういう用向きでやってきたのかね?」
「それが、そのぅ、実はですね、あたしは’不思議なこと’に気づいてしまったんです。それについて見解を伺いたくて」
「へぇ、どんなことだ?」
「聞いて下さい…。あたしは、或る男性に恋心を抱いているんですけど」
「結構なことじゃないか。それで?」
「それで、あたしはその男性のことをあれこれ思い返しつつ、好き、好き、好き好き好き~♬と思いを巡らせているうちに…」
「ふんふん」
「…もしかしたら、もしかしたらですね、あたしのこの恋心はなんらかの『錯覚』による『虚構のつくりごと』に過ぎないのではないかと、そんなふうな不安が頭をもたげてきたんです!」
「ははん、なるほど、錯覚と虚構についての意識感覚だね。ふっふふふ、心配することはないよ。むしろ喜ばしいことだ。誰だって成長すればね、さまざまな錯覚によって虚構をあちらこちらで感受して、ひとり悩み耽ってしまうようになる」
「ええっ?そうすると、あたしのこの恋心はやっぱり虚構だということになるんですか?!」
「ふふん。そんなに不安なら、AIに問い質してみようか」
「えっ、そんなことが出来るんですか?」
「出来るともよ。いいか、見てろ。いまからAIを召喚する ─ うぉぉぉぉぉぉぉ、ぬぉおぉぉぉぉ、とりゃぁああああっ!」
「あ、先生!何やっているんですか?」



「ぴーーーー………ハロー、ハロー、こんにちは。私は、AIです。私を呼び出したのは、あなたですか?」
「あれっ?先生はAIになっちゃったんですかぁ??」
「私を呼び出したのは、あなたですね」
「…ははぁ、まあそういうことになるんでしょうかね…あのぅ、じつはですねAIさん、あたしの心配事を訊いて頂きたくて」
「どんな心配事ですか?」
「あたしは、或る男性に対して恋心を抱いているんですけど、この恋心はじつは虚構に過ぎないのではないかと、そんな不安を払拭できないんです」
「それはよいところに気づきましたね。」
「どういう意味でしょうか?」
「そもそもですね、宇宙の万物は遥か昔の大元にては渾然一体だったのです。その渾然一体がさまざまな力とエネルギーによってバラつき分離し、あちらこちらへと飛散して、はるかかなたを飛翔して、現在の宇宙を形成してきたのですよ」
「はぁ…?」
「これら遠大なプロセス全てが、あらゆる別離の連続である以上、人間が何かを好きになるプロセスは宇宙のさだめに抗っていることになるます。言ってみれば、太古の渾然一体を名残惜しんでいるに過ぎないのですよ」
「はぁ、そうなんですか。やっぱり、あたしたち人間の恋心はせつない思い込みの錯覚に過ぎないと…でも、でも、本当でしょうか?本当にそうなのでしょうかね?」
「おや?AIである私の言うことが信用しきれないのですか?うーむ、貴女は面倒な人ですね。それでは、超スーパーAIに尋ねてみましょうか」
「へぇ?なんですって?」
「見ていなさい、今から超スーパーAIを召喚してみましょう ─ どんどこ、どこどこ、どんどこ、どんどん、だかだかだだーん、だかだんだん、ふぉーーーーーーーっ、くぉりゃぁーーーーーーーっ!」
「……」



「ぴーーーーー……ハロー、ハロー、俺は誰だか分かるかな?ふっふふふ、超スーパーAI、それがおれおれ俺なんだよ。さてさて、俺を呼び出したのは君だね?」
「はぁ?…それはまぁ、そういうことになっちゃうんでしょうか」
「ふふーーん、俺は何でも知っているんだ分かるんだ。君の悩みもとっくのとぅにお見通し。何しろ俺は超スーパーAIなんだからね」
「…はぁ」
「君の悩みは、或る男性への恋心がおのれ自身の摂理によるものか、はたまた、もしかしたら虚構のつくりごとに過ぎないのではないかと、ここのところ了察しきれないということだろう?」
「ええ、まあ、さっきっから繰り返しのとおりですけど…」
「よ~し、端的に回答してやろういいかよくきけっ!この宇宙、この世界、ありとあまねく万物の、ありとあらゆる出来事は、過去の完結、未来の別離、二度と戻らぬエントロピーだ。ゆえに恋だの愛だのは、錯覚、ほころび、フィクションだっ!」
「……」
「どうだっ、納得出来たかっ?」
「……」
「どうした?超スーパーAIであるこの俺の言うことも信じられないのかっ!?」
「…あっはははは」
「何を笑ってんだ?おいっ、何が可笑しい?」
「あっははははははははは。バッカみたい」
「バカだと?何がバカなんだ?!」
「何もかもよ。とっても素敵なアドバイスをありがとう。そしてさようなら」
「ふふん ─ それで、君はどこへ行くつもりだ?」
「ご推察のとおり。迷いも悩みもかなぐり捨てたバカそのもののあたしなりに、バカな必然のさだめを突き進み、バカな真実を新たに継ぎ足しに行くの。ジングルベール、ジングルベール♬」


(おわり)

2023/12/17

量子メモ(メモ量子)

電子~量子まわりについて、初学者向けのさまざま類書をもとに、ちょっとだけメモをまとめてみた。
実験と学術におけるさまざま試行錯誤、そしてそれらに拠る着想と論法などが、如何様に進展してきたか、ざっくり時系列的にだ

来春の大学入試物理にて、これらの仔細がギリギリ質されることは恐らく無かろう ─ しかし少なくとも着想上のヒントたりうるだろうとは察しうる。
(もちろん、力学におけるモーメントや運動量や保存則などの超基礎は、従前に了察必須ではある。)

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光はさまざまな物質から放出され'輝線’として認識される。
同じ波長の光は同じ物質によって吸収もされ、こちらは’暗線'として認識される。

太陽光のスペクトルが成す’暗線(フラウンホーファー線)'の観察分析がなされる。
水素原子の光スペクトルにおける輝線と暗線の波長および振動数が、「バルマー系列」として整数の乗数によって表現される。

更に「リュードベリ公式」によって、あらゆる原子の光の波長と振動数が二つの整数mとnおよび定数によって一般化される。
これに則って、水素原子による赤外線領域は「パッシェン系列」、そして紫外線領域は「ライマン系列」として波長と振動数が表現される。


・マクスウェルは電気と磁気と光を連関させて捉え、磁場における電気的振動が「電磁波」を起こしこれが自由空間を光の速さで伝播すると推論。

ローレンツは、光が電磁波ならば電荷の振動体を有すると、そしてあらゆる物質の分子や原子そのものの内に'振動の電荷微粒子が存在するとみなした。
よって、電荷にはたらく力は磁場と電荷の動く速さに比例すると ─ ここからローレンツ力へ。
(なお高校物理におけるローレンツ力は 電荷微粒子の電気量 x その粒子の運動速度 x 磁束密度としてまとめられているね。知ってんだろ。)


・太陽光のフラウンホーファー暗線が磁場によって3つに分かれると観察され、これが「『正常』ゼーマン効果」として記録される。
ローレンツはこの「正常」ゼーマン効果について、磁場において原子内の電荷の微粒子が回転数を変化させ、この回転変化が光の放出エネルギーを変化させている、と見做した。

ここで、回転する微粒子が「電子」として定義されることになった。

・ウラン原子から出る放射線にて、ヘリウム原子核のα線と電子のβ線が発見され、それら放射線と物質崩壊の観察が進む。
一方では陰極線において「電子」を発見

またアインシュタインはブラウン運動から物質の'分子'存在を示唆。

これらから、原子自体は究極の(独立した)素粒子ではなく、更なる内部構造を有する物質であると明らかになった。


・スペクトル光における熱放射の観察によって、その物体における電磁波のエネルギー密度が温度によって決まること、かつその物体の温度はおもに電子の振動に拠っていることが明らかになってきた。

プランクは、特定の振動数の熱放射/吸収ごとに不連続に応じる’何らかの’振動子'がさまざまな物質の内に在ると仮定してこれを「量子」とした。
ここにボルツマンによる分子運動論をも取り入れつつ、エネルギー「量子仮説」につきあたる。

現在の高校物理にて学ぶエネルギー「量子仮説」は;
物質を構成する分子、原子、電子などが振動数ν[HZ]の光を放射/吸収する場合、そのエネルギーはこの振動数にプランク定数h[J・s]を乗じたhν[J]に比例しつつ不連続に変化する。

さらに、アインシュタインによる光量子仮説」も、現在の高校物理の表現にては;
光は特定の光量子によるエネルギー粒子として進行し、これは物質から放射されるさいも物質に吸収されるさいも分割されえない粒子…として、上のエネルギー量子仮説のとおりhν[J]に比例しつつ不連続に変化する。


・原子において電子は安定軌道上を回っているが、この電子が新たに励起されると基底状態からのエネルギー準位がエネルギー量子同様にとびとびの量子数nずつ上がっていく。
このヒラメキから、電子運動についてのラザフォード=ボーアモデルが出来上がり、これによってエネルギー量子仮説が具体的に説明された。
ここで定義された「主量子数nが最初の量子数。

・光と磁場についての実験装置が改良されるにつれて、さまざまな電磁波のスペクトル分裂が新たに観察されることになった。
ただし、これらは磁場と微粒子(電子)回転についてのローレンツの解釈(正常ゼーマン効果)のみでは完全には説明しきれないもの。
別の実体による現象であるとされ、あらたに「異常ゼーマン効果」とされた。

また、水素原子におけるバルマー系列の内にては、磁場をかけずとも2重におこるスペクトルが見つかった。


・’スペクトル多重分裂’の発見に伴い、電子の軌道についての新解釈がなされ量子数が新たに定義された。
ゾンマーフェルトは水素原子におけるスペクトル多重分裂の微細構造を量子的に説明するため、その電子軌道の形を表現する「軌道量子数 l 」を導入。
さらに、電子軌道の向きを説明する「磁気量子数mを導入することによって、これまでの「正常ゼーマン効果」も説明した。

ここまでで、電子軌道についての量子数は「主量子数n」、「軌道量子数 l 」、「磁気量子数m」 まで定まった。
しかしこれらのみでは、スペクトル分裂の「異常ゼーマン効果」を説明しきるには至っていない。


・原子におけるボーア洞察の電子殻構造においては、それぞれの電子殻に入ることの出来る電子数には必ず制限があり、よって原子そのものの大きさが決まってしまうが、これはいかなる力によるか?
また、ローレンツ力は電子をいったいどこまで説明しきれるか?

「シュテルン=ゲルラッハの実験」は、電子の動きがローレンツ力のみでは説明しきれぬと示した。
磁力勾配のはたらく磁場にて銀原子を1つずつ入射すると、それぞれの銀原子はローレンツ力どおりの磁場の向きにも運動の向きにも力を制限されることなく、N極側あるいはS極側に’二価的に’分かれてしまい、これは銀原子における磁石型の電子が独自の磁気モーメントを有することを示す。

パウリは電子とは何かを突き詰める過程で、この実験における電子の不連続な’二価性’を表現すべく4つ目の量子数が必要だと
そして、磁場においてどの電子も必ずどこか異なる'二価性'のエネルギー状態をとる由の「パウリの排他原理」に至り、この特性あってこそ電子は「異常ゼーマン効果」を起こすのだと気づく。


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以上、ごく大雑把にだが、量子物理学における思考上そして実践上の試行錯誤を、或る程度は垣間見ることができよう。
そして、それら試行錯誤に厳密に則った着想と論法こそが物理学なのである(たぶん)。

2023/12/13

ハイデガー


高校3年次の冬のことである。
東京圏に住む母の親族ともども、武蔵野市の叔母の邸に参集し、スキヤキパーティを催したことがある。
この叔母の旦那氏がなかなかの才人で、そこそこ名の通った文芸評論家であり、かつ、ちょっと名の知れた俳優でもあった。



グツグツのスキヤキ鍋を挟んで、僕はこの旦那氏と差し向い。
そこで僕の進路についての話になった。
「拓君はどこの大学に進学したいのかな?」
「さぁ、数学の勘が悪いので」と僕は照れ笑いを浮かべつつ答えていた。
「ふふん、そうだろうな、それで、理数系学部は受けるつもりなのか?それとも…」
「やめておこうと」
「そうだろうな」
僕はちょっと面白くなかったので、ポン酢の瓶を手にすると真っ逆さまに自皿にあけていた。
「まあそれでも、君ならばそこそこの進学は出来るだろうよ ─ それで、将来はどういう職業に就きたいと?」
「官公庁か、技術産業の関係か、そんなようなイメージを」
「ふーん、それじゃあ、職能はどんなのをイメージしているのかな?」
「そんなことはサッパリ考えていませんね」
「ねえ、会計関係や法務関係はどうかな、君はなんとなくそんなふうに見えなくもないぞ」
「はあ、そうですかね、営業みたいな仕事は向いていませんかね」
「たぶん向いてないよ」
「そうですかね」
ここで母と叔母が割って入り、まだ高校生やもんねぇ仕事がどうこう言われても分からんわねぇと窘めてくれたのだった。
さぁさぁ、せっかくの美味しいスキヤキなんだから、楽しく頂きましょうねと。



母と叔母たちがワインを重ねてゆくにつれて、スキヤキの卓はあれやこれやの軽口に興じてきたのだった。
最前からの旦那氏も芸能界の裏事情がどうこうと興じつつ、ゲラゲラと笑い声に転げていたのだったが、ふとあらためて僕と視線を交わすと、真顔に戻って語り出した。
「おい、拓君は数学はパッとしないと言うが、哲学はどうだ?ん?てつがくは?」
「さぁ、よく知りませんけどね」
「ハイデガーはどうだ?名前くらい聞いたこそがあるだろう、はい、でっがー、知ってんだろ」
「そういえば、名前くらいは」
「じゃあ、量子物理学はどうだ、ボーアとかハイゼンベルクとか」
「まあ、大雑把な粗方くらいは」
「よろしい!君は秀才ではないかもしれないが、秀才の才能くらいはある、かもしれない」
「へえ」
「それでは、ハイデガーについて、ちょっと講釈してやろう」
ちょっと、おかしな冗談はやめときなさいよ、そう窘める叔母たちをすっと制すると、旦那氏はぐいっと座り直した。



「さてと。君なりに粗方を知っているとおり、宇宙はさまざまな物質で出来ている。だから我々人間もやはりさまざまな物質で出来ている」
「そうですね」
「物質はさまざまな原子から出来ている。そしてどんな原子もさまざまな粒子から出来ている。それら素粒子で特にわかりやすいのが電子だ」
「はあ、そうでしょうね」
「そこで、あらゆる物質の元を電子(電荷)だとしよう。さてお立合いだ!ここに’或るもの'が'実在している'とする」
「はい」
「このものの’実在’とは、或る電子(電荷)が、或る処、かつ或る時に、或る方向と速度を以て運藤している、そんな何かだということになるね」
「ははぁ」
「では、そんな或る電子(電荷)の何らかの'実在'を、我々人間は言語で表現しきれるだろうか ─ ?これがハイデガーたちが考えたことだ、たぶん」
「へぇ?」
「なるほど、我々人間でもそんな或る電子(電荷)の運動を観察することは出来るし、確率上の表現だって出来る。しかし、或る処、かつ或る時に、或る方向と速度にて運動を続ける電子(電荷)を、人間の言語のみで完全に表現することは出来ないんだ」
「それはどうしてですか?」
「それはね、人間の言語は常に直列型で一過的な伝達しか出来ず、ゆえに何もかもを一度にどかんと表現し尽くすことがどうしても出来ないからだよ」
「はあ…?」
「そこで哲学者たちは、この人間言語の表現上の限界にギリギリ挑戦出来ないものかと考えを巡らせた。そこでたとえばハイデガーが閃いたのが、よく知られる ’存在了解' 方式などのアセスメント技法さ」
「へぇ」
「そもそも、或る方向とか、或る時間経緯とか、或る速度とか或る強さなどなどの哲学上の表現も、同じように捻出されてきた表現技法だ」
「ははあ」
「それに、もっと多元的な着想も必要になる。そもそもだぜ、当の我々人間自身もまた、元をただせば或る電子(電荷)から成り立っているからね、観察者たる主体と、観察させる客体、これら自体の独立性について’現存在’という暫定を考案したり、あるいはむしろ区別する必要がないと…」
「うーん、つくづく難解な話ですね」
「難解さが分かるだけでも、君はちょっとは見込みがあるぞ ─ だから進路の心配はしなくてもいいよ」

ここでまた母と叔母たちが割って入って窘めたので、僕は口をつぐんだのだった。



やがて夜半時となり、僕と母は帰路のタクシーに乗り込んだのだったが。
今あらためて思い出すにまこと不思議なことには、僕の同級生のN子がいつの間にかこのタクシーに同乗していた ─ どうにもそんな気がしてならぬことであった。
N子はといえば、これまで幾度も本ブログで引用してきた通り、母の代から旧知の馴染みの縁でもある。
ああ、そうだ、N子はこの夕べのスキヤキパーティに同席していても特段不思議ではないほどの間柄であり ─ 
いや、しかしどうもおかしいなあ、僕の記憶違いなのかな。
いやいや、N子こそが記憶違いで僕を本稿に登場させているのかもしれぬ。

タクシーは夜の国道を疾走していた。
いつの間にか雨がざっと降りしきっており、そっと窓から手を出してみれば凍てつくほどに冷たかった。
「何してんの、閉めなさい」 後部座席から母の声が聞こえた。
僕はぐっと振り返ってみた。
そこでは母とN子が並んで座しつつ、学期末の数学のテストでろくな点数を採れなかった僕の知能が高いだの低いだのと論いながらケラケラと談笑していたのだった。


(おわり)

2023/10/31

【読書メモ】みんなの量子コンピュータ

みんなの量子コンピュータ クリス・バーンハルト 翔泳社

本書は3年前に日本語訳の初版が起こされたもの。
量子コンピュータにおける数学と演算について説いた概説本であり、数学ベースの著作ゆえ、発行の古い新しいは拘る必要なかろう。
本書は図案こそ控えめなものの、数式がわんさか例示されており、しかもあくまでも2次元に留めた線形代数や正規化や(基底)ベクトルや確率振幅そしてそれら複合の行列論…である由。
よって、これらに手慣れている理数系の読者であれば論旨了察は容易かろう。
そしてそういう読者なればこそ、本書後段から起こされる素子デバイス論やアルゴリズム論についてもスリリングな期待感を覚えるかもしれぬ。

但し、本書に挑むにあたっては量子力学基礎について高校~大学初頭レベルの教養が必須 ─ たとえば電子粒子独自の角運動量(スピン)その離散値、そして不確定性や測定問題などなど。
これら物理上の常識無くしてはたとえ数学論が分かっても何のこっちゃ殆ど理解進まぬのではないか。

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さて本書の最初の総括箇所は、p.46における3.2項『量子スピンの数学』および、p.59における3.9項『量子ビット』の箇所であろう。

これらから掻い摘んで要約すれば;

量子スピンがいかなる’測定’からも2つの結果しか得られぬとして、この’測定’モデルが2次元数空間R2にあると見做す。
この前提にて、量子スピンをその状態の基底ベクトルとし、「順序付き」「正規直交基底」によるブラ(行ベクトル)およびケット(列ベクトル)の単位形式にて表現、これを |b1>, |b2とする。
じっさいにスピン’測定’がなされる直前には、このスピン状態の基底ベクトルは |b1> と |b2> の線形結合として c1|b1> + c2|b2 で表現するものとする。
そしてスピン’測定’がなされた後に、このスピン状態基底ベクトルが |b1> か |b2 いずれかの状態に’ジャンプ’しているものとし、前者と成っている確率振幅が C12であり、後者と成っている確率振幅が C22 であるとする。

以上を一般形として d0|b0> + d1|b1> の形式とすると ─
基底ベクトル |b0をビット0に対応付け、基底ベクトル |b1基底をビット1に対応付ければ、d02の確率振幅にて0が得られ d12の確率振幅にて1が得られることになる。

物理上の’測定’のみでは2分法上の区分が不可能な量子スピンといえども、このように2次元空間にての状態を基底ベクトルの線形結合と見做しつつ、その’測定’前後での変身の'確率振幅’を充てこめば、綺麗に0と1を表現できることになる。
つまり量子は2進法ビットを表現出来る。


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以上を数理上の大前提とおきつつ、さらに第3章ではBB84乱数プロトコルの概括に触れている。

さらに第4章以降は「量子もつれ」(もつれさせ)における数学テクニックがつらつらと続きつつ、いわゆる「ベルの不等式」などなどをも留意させる抽象性の高い論考が飽きさせない。

さて第6章~第7章における論理演算素子まわりの論考は、ブラ・ケットの直交行列と量子回路ゲートについて、アダマールゲートやCNOTゲートの機構論および数学上の検証など。
もとより論理学と論理演算こそは社会人としての僕なりのコンピュータ事始めであり、だからこれらは僕自身としては最も楽しめる範疇である。
(一方で僕は直観的な数学勘そのもの鈍いこと自認しているし、そもそも数学は好きじゃねぇんだ。)

なお第8章の「量子アルゴリズム」となると、もはや量子の数学論を超えており、P/NP問題の引用などなど数学論そのもののスケール巨大がとてつもなく巨大であり、抽象度がとてつもなく高いためおいそれと了察できるような代物ではない。

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以上、此度の【読書メモ】は短くまとめてしまったが、本書の触れている量子まわりの数学論がどんなものであるのか、そしてどれほど多元的かつ多様に未来を臨ませうるものであるのか、皆様はあらかたお分かりのことと察する。
繰り返すが、量子力学の基本は分かった上で「数学やアルゴリズムが大好きである」という、そういう変人的な読者諸兄(とくに大学生など)に薦めてはみたい一冊ではある。

此度の投稿は「ひとまず」いったん終わりとする。

2023/10/25

【読書メモ】最新図解 船の科学

物理学の本性は、実在する何らかのモノ同士の作用/反作用、つまり’力学’。
この力学のド原則は’輸送機関’においてこそ端的に再認識出来よう。
あらゆる輸送機関は、地球上にて運用されるかぎり力学的に’無抵抗’の空間を進むことはなく、自動車は気体と個体の抵抗を克服しつつ走行し、航空機はほとんど気体の抵抗のみを克服しつつ飛行する。
では船はといえば、気体と液体(一般的には空気および水)の抵抗を克服しつつ航行する。
かつ、船はおのれ自身および積載物の質量つまり力学スケールがケタ外れに巨大な輸送機関でもある。
だから船の力学を知ることは力学自体を解剖的かつ巨視的に包括理解することともなりえよう。

…以上のような思案は、あくまで高校レベル物理に留まっている僕なりの拙き総括にすぎず、じっさいのところ輸送機関については電気系統は或る程度分かるにせよ、力学上はこれまでさして知るところではなかった。
それで、輸送機関についての平易な物理本を探し続けてはきたが、たまたま目に入ったのが本書である。
『最新図解 船の科学 池田良穂・著 講談社Blue Backs
サブタイトルとして、「基本原理からSDGS時代の技術まで」とある。
SDGSうんぬんはさておくとして、少なくとも基本原理についてちょっと学びなおしてみようかと、とりあえずは本書の「第2章:船と力」を読みぬいてみた。

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さて、’最新図解’と銘打たれているとおり、本書はところどころ要約的な図解や図案がふんだんであり、だから力学として直観的に把握しやすい箇所も散見される。
しかしながら、文面もまたしばしば要約に過ぎる箇所が多く、とりわけ「全体系」「要素」「何が」「何を」「作用/反作用」「与える/得る」「和/差」などの相対関係についてところどころ不明瞭に省略されているのが惜しまれる。
これら基本的な相対性を整然と把握出来なくても電磁場や電子については数学的に直観しえよう、しかし力学~仕事(エネルギー)まわりについての理解はどうしてもウヤムヤになってしまう。

だから、本書の第2章以降に挑む読者としては、少なくとも以下の中学~高校物理について従前に理解必須である
(僕なりに参考書類から引用・要約してみた ─ 物理選択の高校生なら誰もが概ね知っているコンテンツだ。)

或る物体の内部にて別の物体が為す力Fは、それぞれは垂直方向の圧力pともいえ、それら圧力は面積Sごとに定義できる。
面積圧力p[Pa] =  力F[N]  / 面積S[m2]

とくに、或る液中にて 密度ρ、底面積S、深さh、重力加速度gの液柱があるとして、
かつこの液柱自身の体積は V[m3] = Sh[m3] 、またこの液柱自身の密度は ρ[kg/m3
この液柱自身の質量mは 密度x体積ゆえ、ρSh[kg]
だからこの液柱自身の面積圧力p
 F[N] / 面積S[m2] = mg[N] / S[m2] = ρShg[kg] / S[m2] = ρhg[N/m2] =  ρhg[pa]

さらにこの液柱の上に大気圧p0が働いているとすると、水深hでの圧力p0 +ρhg[pa]

次に’浮力’の基本について。
或る液体あるいは気体つまり流体の中に、別密度の或る物体を置く。
この物体は流体と力の作用/反作用を為し、上下方向にては釣り合いが崩れる。
この上下方向にずれていく力をとくに浮力F[N]とする。
あらためて、上同様に密度ρ[kg/m3]、体積V[m3]、重力加速度gとし、ここで上面から押し下げる力をF1[N]、下面から押し上げる力をF2[N]とすると、
FF2 - F =  p2S p1S =  ρh2gS - ρh1gS = ρ(h2 -h1)gS
ρhgS = ρVg[N]
この ρVg[N]が 浮力F[N]によって排除された流体にかかる重力(重量)を表す

ここまでがアルキメデスによる浮力の原理。
なお、ここでの液体や液中は一般的には「水」において説明されている。

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ここまで一通り理解した上で、あらためて本書の第2章以降を読み進めてゆこう。

一般に、物体に働く重力は、その物体の体積に比例する。
また揚力は、その物体の面積までにしか比例しない。
よって、その物体サイズが大きくなると必ず重力が揚力を上回ることになる。

しかしながら、アルキメデス原理 (浮力FρVg[N] ) のとおり;
液中における物体の浮力その物体の体積に比例。
かつ、浮力は物体によって排除された液の重力に等しい。
よって、その物体がどれほどの巨大体積であっても浮力と重力を均衡させることは可能。
これが、水上における船のサイズがどこまででも巨大たりうる理由である。

ここまでが、清水(流れの静止している水)における浮力。

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しかしながら、流水における浮力となると話は更に込み入ってくる。
いわゆるベルヌーイの定理に拠って、流体の速度とその圧力、そして動圧と静圧の総圧一定則を踏まえた考察が必要。
この定理に則って ─ 船体周りの流水の速度が増せば圧力が下がり、だから船体がそれだけ沈み込むこととなり、逆にその流水の速度を落とせば滑走艇のように浮上し…うんぬん。
だがこの段になると「何が」「何を」について把握し難くなってくることは否めない。
(水と船舶のかかわりにて、何が何を与え何を得ていることになるのか。)

このベルヌーイの定理まわりについても、本書ではおそろしく要約的な引用に留まっているため、読者はあらかじめ参考書類などで了察の必要があろう。

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ざっと、本書第2章のさわりの箇所について触れただけでも、上述したように高校物理ないしそれ以上の物理学の基本素養が必須であろうこと、お分かり頂けるのではないか。


なお、本書【第4章:船の運動】をもチラリと垣間見れば、ここの冒頭部では’横揺れの運動方程式’と冠した概説もあり、いわば船にかかる力学の総合演習のごときと捉えられなくもないが、しかし本箇所も文面は省略的に留められており、一方で緻密な図案も無いため、全貌の理解はかなり難しそうである。
このあたりは ─ いわゆる質点と質量中心と重心速度、それらの運動量と運動方程式、そしてそれら複合させた剛体としての慣性モーメントうんぬんを踏まえたコンテンツであろう、そしてこれらは高校物理としてはかなりの応用範疇だ。
(それでも、駿台文庫『新・物理入門』や河合出版『理論物理への道程』などなどにてはここいらも紹介されており、だから物理が好きな高校生諸君にとっては格好の勉強対象たりえようか。


以上、此度の読書メモはあくまでもほんの一端の要約と感想に留め置くこととし、ここいらで終わり。

2023/10/20

幽霊の証明 その3

前回 (https://timefetcher.blogspot.com/2023/09/blog-post_22.htmlのさらに続きのつもりだ。
とくに今回は、'通貨(currency)'と'価値(value)'について謎かけをしてみたい。
※ 併せて、社会主義ひいては共産主義の経済系が永続しえない理由をも考えて欲しいところである。

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① 古代ローマはもとより、『羊が人間を喰う』毛織物工業の優先施策などなどを近代端緒として、欧米諸国などは時代を追うごとに植民地を増やして画一化(モノカルチャー生産)を強制してきた。

さて。
『人間がタバコや麻薬を吸う』という現象について。
これを物質・運動・仕事(エネルギー)の作用/反作用および保存則としてざーっと捉えれば、『タバコや麻薬が人間を吸う』とも表現しえよう。
では経済学上もこう言えるだろうか?
タバコや麻薬の価値を高めるためにこそ、我々人類は存続しているのだろうか?

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② 或る市場において或る素材や製法が供給不足の場合、別の市場においては別の素材や製法が陳腐化していることになる。
同じような供給と需要の偏りが、さまざまな財貨・サービスについても言えよう。
そして同様に、或る能力の人材が供給不足の場合、別の能力の人間は余っているとも言えよう。

…とすると、素材・製法・財貨・サービス・能力の画一化による利益追求は永続しえないのではないか?

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③ 特定の信用通貨は、いつでもどこでもあらゆる財貨・サービスと交換可能だという。
だから、そういう通貨こそがなによりも'効用(benefit)が高いのだと。
しかし、人間の生命活動における効用の高さをいうのなら、一番は空気と水と食料であり二番は熱源エネルギーであり三番は動力エネルギーであろう。
ではそれらは通貨よりも’価値(value)'が高いものとされているだろうか?

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④ 少なくとも物理上は、いかなる通貨も(たとえブロックチェーンのような論理通貨でも)なんらかの物質とエネルギーから成っている。
ではそもそもあらゆる物質とエネルギーの価値はとなると、電子や電荷ひとつあたりまで微分しきった価値’尺度'は誰も定めていない ─ 尺度が無いのだから基準も無い。
あくまでも、いつかどこかで誰かと誰かの暫定的な多数決により’価値’をおいているにすぎず、だからいつでもどこでも変動している。
あらゆる物質とエネルギーがこうなのだから、いかなる通貨もやはり絶対不変の価値尺度(基準)は無く、いつでもどこでも変動している。

…といった理屈は、あらゆる事業者もカネ貸しも官僚も議員もとっくのとうに分かっているはず。
それなのにどうしてカネカネと邁進し続けるのか?

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⑤ 画一性と希少性について。
一版に、経済学にては'希少性(rarity)'の高いものほど価値も高いことになっている。
とすると、画一的な財貨・サービスや画一的な人間は、もんのすごく価値が低いということになろう。
そして、誰もが画一的に必要としている空気も水も食料も熱源も動力源も、もんのすごく価値が低いってことになる。
しかしだ、この論理に則るとだぜ、画一的な信用通貨もまたとてつもなく価値が低いってことになっちゃうでしょう。

かくて画一化と価値低減化が進行していくと ─ 
あらゆる財貨もサービスも人間もそして通貨も割り算と引き算ばかり続けられていき、それでデフレが進行し、政府も大企業も信用失墜し、いずれは万物の価値が極限までゼロとなり、世界中が廃棄物と砂漠ばかりになっちゃうのでは?
(それで古代文明はどこもかしこも砂漠ばかりになってしまった?)

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⑥ 多様化について。
信用通貨の効用は、市場創造の機能だという。
いわゆる信用創造の機能も相まって、さまざまな財貨・サービスとさまざまな人間に常に新たな投資を続けることが出来ると。
このさまざまな多様化はどんどん進行していく一方だよと。
なるほどね。

ことに数学好きの連中は、世界にそして宇宙に’無限’を設定するのが好きなようである。
数学上の無限思考に準じれば、地球のサイズも国家領域のサイズもエネルギー源も水も食料も無限に増大し続け、あらゆる人種民族もあらゆるLGBTも無限に混交し続けることが出来ると、まぁそんな気が起こってくることも無くもない。
偉大なる我々人類は無限に市場拡大が出来、無限の多文化共生も出来、無限の共産主義を追求することもできようと。

しかし、こんなこと物理上ほんとに可能だろうか?
そもそも宇宙の物質とエネルギーの総量は決まっており、地球の物質量とエネルギー総量も(発掘から燃焼までの段階はともかくとして)上限は決まっているはずなのでは?
だからこそ、我々人類はおのおのが国家領域と自然環境と文化特性を有し、互いに独立しつつけじめを守ってきたのではないか?

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⑦ 通貨はその交換機能と信用機能が有ってこそ、さまざま優れた技術革新への投資が可能であるという。
そこにこそ特定通貨の価値もあり、だから特定の通貨を求めて競い合うのは健全なことだよと。
だからこそ政府は税や国債でそういう通貨を回し続けるのだと。
なるほどね。

さて、人間が為し得る最も高度な’仕事’はとなると、物理学や化学や生物学に則るならばそれは「人間の出産」であろう。
自動的な複製が出来ないからだ。 
(いや、クローン技術も万能細胞技術もあるじゃないかと、エコノミストたちは蔑笑するかもしれないが、これらによって自動的に画一的に同じ人間がぼこぼこと大量生産され、それで人間の価値がどんどん下がっていくことを望んでいるのだろうか。)

さて、人間の出産こそが最も高度な’仕事’だとすると、我々は女性たちにこそ大いに通貨を供するべきだということなろう。
本当にそうなっているだろうか?

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⑧ 通貨の最も卑近な効用は、物価の表現だという。
物価の変動に合わせてこそ、通貨価値も変動しているはずだよと。
さて物価とは何かといえば、さまざまな財貨・サービスの製造~販売までの取引価値から成っている。
だから、取引が複合的で多様な財貨・サービスほど物価を正確に反映していることにもなる。
例えば自動車がそれにあたろう。

では自動車の製造~販売価格こそが本当に通貨価値にも大いに反映されているだろうか?
自動車ではないとすると、物価と通貨価値を最も正確に反映している財貨・サービスはいったい何だろう?

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以上
あらゆる’財貨・サービス'には最善形態を設定しえないこと、またあらゆる’価値’には物理上の絶対尺度が無いということ、よって’一般意思’などなど万民不変の真理は想定のしようが無いといったところを想起したいと念じつつ、つらつらと書き連ねてみた。
まあこんなところだ。

2023/10/10

【読書メモ】 樹木が地球を守っている

 『樹木が地球を守っている ペーター・ヴォールレーベン著 早川書房

本書はさまざま樹木(森林)がさまざま有する驚くべき「知性」について、諸々の小稿にて多方面に思考を触発し誘い続けるなかなかの快作だ。
同著者が以前に著した『樹木たちの知られざる生活』の続編とも見做せよう。
動物とは比較にならぬほど不明瞭な樹木の生態、そして昆虫や微生物らとともに遥か長尺かつ巨大に織り成す自然森林の超世界 ─ これらは我々人類から見ればまさに異次元の’社会構造’とすら捉えられうる。
よって、我々人類が発動すべき巨視的な想像力も人間社会や動物世界に対するそれらの比ではなく、ここに学術的な深みも広さも大いに見いだせよう。

ただし。
本書の諸々の小稿はそれぞれ理知的な深みこそあれ、いかんせん図案や図説が全く掲載されておらず、さらに文面にては接続(副)詞がしばしば省略的ゆえ、ところどころ論旨が雑駁ないし不明瞭に映ってしまうところ実に惜しまれる。
学生諸君などは、生物学や化学の基礎教養をあらためて想起しつつ本書に挑みたい。

ともあれ、僕なりに何とか論旨を斟酌しつつ本書『第一部 樹木の知恵』をざっと読み通してみたところ、おそらくは以下が学術上の大要ではないかと察する。

・樹木はおのれ自身の感知能力によって、昼の長さや気温の変化そして季節変遷を悟り、それによっておのれの生理活動を調整している。
・かつ、樹木は自然環境に迎合する他律的な適者生存には留まらず、むしろ自律的な学習と知識蓄積を続け、自律的な試行錯誤も続けている。
・また、それぞれが永い年月に亘ってエネルギー能力を自身の内に蓄積し続けている。
・おのおの生物はDNA配列とその経年変化のみに一様に準じているわけではなく、さまざま遺伝子(メチル分子)が成すいわば’遺伝暗号’が、周辺環境や刺激に応じてそれぞれ機能を発現したりやめたり ─ これが遺伝子のエピジェネティクス機能(プロセス)。 
・さまざまな生命は、おのれを攻撃する種に対する防衛本能発現によって、その種との「共進化」を継続中、とも考えられるが、この進化の過程は巨大に過ぎるため人類には捕捉し難い。 
・生命における新種の登場についても、人類がその過程を捕捉するのは困難であろう。
 
…こんなところでまあ大筋は当たっているんじゃないかしら。
それでは、本書『第一部 樹木の知恵』における具体的な実験事例などなどついて、此度の【読書メモ】として以下に要約略記する。





・暗闇中のエンドウ豆の葉に外部刺激を与えて反応を確かめる実験。
光照射と空気噴射を同時に為すと、エンドウ豆の葉は光合成のため光の方位に反応して開き、次に光照射と空気噴射を止めると葉は元の位置に閉じる。
この実験を幾度も繰り返したのちに、今度は光は照射せぬままに空気噴射のみを行うと、驚くべきことにエンドウ豆の葉はその空気のみに反応して光合成を図る(ように映る)。
このことから、エンドウ豆は空気噴射から光照射を連想し’学習’している ─ と類推可能。

このような連想と学習の能力はあらゆる植物が有しており、これゆえに植物は自然環境によるさまざま外部刺激に複雑に対応、その経験則を記憶しながら生存し続けている。

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・おのおの樹木は四季変遷を一応は感知しつつも、「たまたま」体内のエネルギーが過剰ないし不足する場合には通常のシーズンとは異なるエネルギー生成と消費を率先する「こともある」。

例えばトチノキは、自身に蓄えられた糖分エネルギー次第では初秋に新芽を出してしまうことがあり、これによって樹上の落葉が阻害されると光合成の効率が悪くなるため、却ってエネルギー不足に陥る場合もあり得、その対処のためになおさら新芽を増やす場合すらある。
それどころか、このまま冬眠期を迎えると自発的な落葉が出来なくなるため、結果的に冬の間に枯れてしまうこともある。
これらは愚かしい生存プロセスとも言えようが、こういうケースさえも自律的にとりうるということだ。

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・樹木の根は、重力方向に向かうのみならず、独自の光センサも有し、また地中の毒物を独自判断で回避しており、これらによって根を常に最適方向に伸ばし続ける。
さらに根は土壌中の水分量を検知してこれを葉に送信しており、葉はこれを受けて気孔を開閉して糖分生産量と水分消費量を調整している。

干ばつによって土壌から水分が失われると、根が糖分消費を節約はじめ、これに応じて樹木の上部で糖分が蓄積、そして葉は気孔を閉じてしまう。
これでも樹木は内部エネルギーを消費しながら生存し続け、さらに酸素を吸って二酸化炭素を吐くようになる。
やがて干ばつが去ると、従来以上に葉が二酸化炭素を吸収して糖分生成に励む。

とはいえ、深刻な干ばつが続く場合には樹木の光合成が停止してしまい、これによってすべての葉が落ちてしまい、細根が壊死してしまうので水分吸収が出来なくなり、こうして樹木そのものが死ぬ。

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・ドイツの森の樹木の細根は、炭素同位体の崩壊測定に拠れば平均で11~13歳のはずであるが、実際にこの年輪を確かめると未だ1~3歳にすぎない。
この若さの源泉は細根自身による永年の栄養素蓄積であり、このエネルギー蓄積~転用能力あってこそ樹木が干ばつにさえも対応し続けてきたと見做せる。

このように、樹木が秘める物質エネルギーは’古さ’ほど経験量の多さでもあり、よって単純な世代交代を設定することは困難である。


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・ヨーロッパナラとフユナラは、もともと異なった気候に生じた別々の樹種に見えるが、じっさいは一樹種のナラにすぎないとの見方。
遺伝学的検査によれば、ヨーロッパナラの祖先は氷河期の後の気候温暖化に応じて、乾燥気候のスペインから湿度高いドイツへと渡ってきたことになり、そのためかヨーロッパナラは干ばつにも強い。
そもそも、ナラの花粉は風に乗って何キロメートルも離れた樹で受粉しうる。

樹木は自律的に試行錯誤と学習を続けつつ進化(あるいは絶滅)しうる。
ドイツの森林の中では、ヨーロッパナラとフユナラがほどよく混じり合って中間形態を成している。
さらに想像すれば、混じり合いの過程で新種すらも徐々に生まれつつあるのかもしれない ─ この過程はあまりにも長大な時間がかかるため、人間には観察しきれないかもしれないが。

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・樹齢300年の永きにわたってさまざま外部刺激に晒されてきたであろうポプラ樹の観察例。
このポプラ樹におけるこの古い枝と新しい枝の葉を観察したところ、新しい枝の葉ほど遺伝子変化の’形跡’が多い ─ つまり、新しい枝葉ほど永年の遺伝子エピジェネティクス’経験値'を多く蓄積してきたことになる。
しかも、ここで見られる遺伝子変化はDNAの突然変異よりも約1万倍も速く進行していたことが明らかになった。

逆の実証例。
10年間に亘って人口給水を豊富になされたアカマツと、あまりなされなかったアカマツ、この両者の対象実。
やがてこの人口給水を止めてみると、前者のアカマツの種子は乾燥に弱く、後者の種子は乾燥に強い種であることが確かめられた。
前者のアカマツは乾燥状態を生き抜く遺伝子変化を行ってこなかったため、とされる。

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・樹木の紅葉期における葉の変色では、黄色い変色よりも赤い変色の方がエネルギーを要するが、いったいなぜ赤く変色する樹木が存在するのかはいまだに分かっていない。

さてアブラムシは赤い色を識別出来ず、だからアブラムシはリンゴの緑や黄色の葉に付きやすく赤い葉には付かない。
これがためにこそ葉を赤く変色するリンゴ樹木が出現し、こうしてアブラムシもリンゴもそれなりの「共進化」を続けてきた、とも考えられる。

ともあれ、これまで人類はこの事実を追求せぬまま永年に亘ってリンゴの人工栽培を続け、あくまでも農業ビジネス上のみの都合から緑や黄色の葉のリンゴを増やしてきた。
ただし人工培養種のリンゴであっても、アブラムシ媒介の病気に罹りやすくなった樹は実際に赤い葉を増やすことが分かっており、やはり人間のあずかり知らぬところで「共進化」は進行中とも考えられる。


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以上、『第一部』における多くの小稿のうちから、あくまでもほんの断片ながらざっくりと要約してみた。
なおこの第一部にては、まだまだ論考ふんだんであり、例えば水の循環と樹木の生態そして森林のありようと気候についてなどなどなかなかのスケール感、多くの実例含め合わせて論説がふんだんだ。

さて第二部以降は森林保全と環境保全に纏わる政策論が展開されていくようにも見受けられるが、ここいらはまた気が向いたらざっくりと読みとおしてみる(かもしれない)。

一応おわり

2023/09/22

幽霊の証明 その2


…前回の投稿 https://timefetcher.blogspot.com/2023/07/blog-post_24.html
これに更に続けるつもりで、新たに以下のような諸々の論題を考えてみた。


① 全体としても断片としても常に必ずランダムに運動し、あるいは常に必ず乱数を表示する、そんな物質や系が宇宙に在りうるだろうか?
あるいは、量子のスピンやもつれは(よって宇宙のあらゆる物質は)もともと常にランダムな組み合わさりなのだが、しかし我々の脳神経は常に秩序を求めているのでランダムネスが許せないのだろうか?

こういう論題が面白くもなんともないという人たちは、本ブログとは相性が悪いのだろう。
とはいえ、あまりに人間離れした論題ばかりでは頭がおかしくなっちゃうかもしれないので、此度はヨリ人間都合にシフトしてみた。


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② 核融合技術などの進展によって物質→エネルギーの変換効率が究極まで高まると、人間は増えるかそれとも減るか(必要となるか無用となるか)?

こういう根本的な問題にて誰も正解を追求していない。
追求はありえても正当化は難しいだろう。
それなのに、持続可能だのなんだのという屁理屈は喧しい。

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③ 世界の主要国が民主的に成立しているとする。
かつ、それら主要国の多くが核兵器の保有~行使を許容しているとする。
ならば、
核兵器を拒絶する日本は 非民主的である and/or 世界の異端ということになるのでは?

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④ 或る物資の精密な化学反応、ひいては複製や移送において、自動化がどんどん進展し、ゆえに従事者がどんどんヒマになっていくとしよう。
これをエントロピー増大とする。
青春のおわり、と言ってもいい。

この場合、その物質「以外」の物質についてはむしろエントロピーが減少していくことになり、だから人間はいつまで経ってもどこかでああ忙しい忙しいということにはならないだろうか?

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⑤ 機械や電機やコンピュータは、物理学と数学で出来ている。
物理学と数学は、物質物体の精密さと再現性と自動化を追求する。
ゆえに、人間が要らなくなるのは必定。
それで若者が疎外感を覚えて自殺していくのではないか?
 
一方で、農林水産業は生物を相手にしている歩留まりの世界でしかないので、再現性はあまり期待できず、まして精密な自動化などとてもとても…
だから人間が多いほど望ましい、ということにはならないだろうか?

※ こういう話は世代間で解釈がずれるだろう。
解釈以前に、実体験や実感そのものが異なるかもしれない。

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⑥ AIは「情報のバラつきリスク」を極限まで削減する。
とすると、保険、証券、大メディア、SNS、議会、政府のほとんどが不要になるはずだ。
通貨もだ。 
だからこそ、欧米や中国などの支配層はAI反対論を叫び続けているのではないか?

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⑦ chatGPT~AIの脅威とは何か。
とりあえず、世界中のあらゆる贈収賄の内訳が全て明らかになってしまうことじゃないか?
人類史上の最大の危機でしょうね ─ だからこそ開発を抑止しようと躍起になるのもよくわかりますよ。

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⑧ テクノロジー進歩の目的は、通貨不要の世界を実現するためではないか?
あるいは万物の「通貨」化を実現するためでは?

もともと、通貨システムというものは古来より、何らかの物質そして複製と移送のテクノロジーがあってこそ実現されてきたはず。
だから、如何なる経済取引も本性的には物々交換に向かってしまうのではないか?

なぜ、こういう見方をことさら否定する人が多いのだろうか?

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⑨ あらゆる物質とエネルギー/仕事は時間経過ともに変わっていく。
もちろん人間自身も常に変わっている。
ともに変わり続けているのだから、お互いの「かかわり」の回数は常に希少へと向かうのがあたりまえ。
この希少性を通貨換算すれば、必ずインフレを為し続けている。

…この観察が正しいとすると、なぜデフレが続くのだろうか?
誰もかれもが実は永遠不変のロボットなのではないか?

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⑩ 或るAIロボットが、自身の価値を10兆円だと主張しているとする。
一方で、大手商社の査定ではこのAIロボットの売価はせいぜい1千万円程度であるとしよう。
いったいどちらの価値が信用出来るか?

(信用するって?どっちが、誰を?)

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⑪ これまで新コロの対策に投じてきたカネがどれだけになるのか、仔細は分からないが巨額にのぼるだろう。
ここで、そのカネを「逆流」させると、新コロ発症者のあらゆる体内からウイルスが消えさり、抗体も免疫も消え去り、新コロ騒動以前の2020年くらいにまで戻れるだろうか?
そしてワクチン開発者は誰もかれもが記憶を失うだろうか?


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以上。
面白かったかな?
え、なんだって?やっぱり頭がおかしくなりそうだって?
もともと俺たち人類はどこかおかしく出来ているのかもしれないぞ。

2023/09/08

英語学習についての私論 (2023) その2

<事象描写と命題(定理)>

英語でも日本語でもそうだが、言語表現を大別すると2つに分けられる。

ひとつは A.「事象の描写」であり、こちらは「時制」を細かく分離設定して表現する。
現代の英語表現では、ひとつひとつの発生事象が個々別々におこること念頭においているようである。
だからこそ、何らかの発生事象を描写するさいに、主体と客体をいちいち別個に定義するし、時制もいちいち区分しなければならないようである。
(ホントかどうか知らんよ、なんとなくそんな気がするだけだ。)

もうひとつは B「命題(定理)、つまり個々の発生事象を超えた永遠不変の真理命題
端的にいえば数学などであり、「時制」が無い ─ つまり現在形のみで表現する。
もしかしたら、前近代の英米人(欧米人)は万物を宿命的に約束された必然事象として捉え、必然だからこそB.のとおり時制区分が無かったのでは?
しかし時代が下るとともに客観的思考がすすみ、それで大抵の事象をA.のように時制区分するようになったのではないかしら。
(ホントかどうか知ったことではありませんよ。)

さてそれでは C.「時制の一致」はどうなるのか…そんな一致ルールはねぇんだ!

以下、ひとつずつ記していこう。


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A. 事象の描写 ─ 時制の区分

発生事象についての描写技法ゆえ、若干は具体的な方が通じやすいだろう。
だから具体的にいえば、事象描写の時制は、いわば作家と本の関係に似ている。

現在の普通形は、いわば眼前にパッと見開いている本のページであり、常日頃の動作と状態を表す。
She writes stories. 彼女は物語を書く (つまり彼女は作家である)。

また、現在の完了形は、現在までに書いてきたページの厚み、つまり現在までの経験量をあらわす。
She has written stories. 彼女はこれまで物語を書いてきた。

さらに、これら現在の普通形と完了形のそれぞれにおいて進行形があり、これはいわば本のページが捲れている'途中’。
現在の普通系の進行形は、いわば或るページがパラっと捲れているその途中を表す。
She is writing stories. 彼女はこれまで物語を書いている途中である。

そして、現在の完了形の進行形、こちらは現在までに書いてきたページの厚みの一番上がパラっと捲れている途中。
She has been writing stories. 彼女は物語をこれまで書いてきており、その途中である。

以上から、現在形の時制は普通形と完了形の2通り、そのそれぞれにて普通形と進行形の2通りがあり、よって22通りつまり4段活用である。
簡単だろ。


同様に、過去形にも普通形と完了形がある。
過去の普通形は、いわばパタッと捲り終わったページ、今や終わってしまった事象を表す。
She wrote stories. 彼女は物語を書いた (今は書いていない)。

過去の完了形は、既に捲り終わった或るページ以前のページの厚みを表す。
She had written stories. 彼女は或る時以前に、物語を書いてきた。

さらに、これらそれぞれに普通形と進行形がある。
過去の普通形の進行形は、いわば或るページがパラっと捲れているその途中を表す。
She was writing stories. 彼女は物語を書いていて、そのページがパラっと捲れている途中であった。
そして過去の完了形の進行形は、既に捲り終わったページの厚みにおける一番上のページがパラっと捲れている途中。
She had been writing stories. 彼女は或る時以前、物語を書いていた途中であった。


以上から、過去形の時制も普通形と完了形の2つがあり、そのそれぞれに普通形と進行形があるので22通り、つまり4段活用である

ねえ、簡単でしょう。


ここまでで、現在形過去形の時制を全部並べてみれば、4+4でつまり8段活用となる。
以上で一般動詞の時制変化形はおわり。


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では、be動詞はどうか。
これはもっと簡単で、まず現在の普通形と完了形がある。

She is a writer.  彼女は常日頃から作家である。
She has been a writer.  彼女はこれまで作家であった。

これらそれぞれには進行形が無く、だからbe動詞の現在形は2通りしかない。

さらに過去形においても

She was a writer.  彼女は作家であった。
She had been a writer. 彼女は或る時点までにずっと作家であった。

これも2通りしかない。


よって be動詞では現在形と過去形を合わせた時制は2+2=4段活用となる。
これにて be動詞の時制変化もおわり。
おわりなの!


こういうふうに総覧的にたららららーーっと記せば、一般動詞およびbe動詞における時制区分はアホゥみたいに易しいのである。
これを徐々に徐々にと、しかも部分的に部分的にと数年に亘って説き続けるカリキュラムになっているから(そういう教師たちが多いから)、おそろしく不明瞭に映ってしまうにすぎない。



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B. 命題(定理) ─ 時制ナシ

数学、物理、化学などは、教科書を見れば明らかなとおり、ああすればこうなるという条件と因果の命題(定理)のみをワンサカと記してあり、それら命題(定理)には時制の分岐はいっさい無い。
例えば、水の位置エネルギーは電力を生む、とか、磁場は電流に力を及ぼす、とか、3x4x5は60である、などなど。
また、経済原則や会計ルールや国の法令などなども、要件と因果の命題(定理)ゆえ、時制の分岐は無い。
時制の分岐が無いからこそ、すべて現在の普通形で貫かれている。

※ 理科や社会科においては、あくまでも具体的な実験と発生事象について前後関係をハッキリ記す場合のみに時制区分がなされていること、もうお分かりのとおりだ。


さて、この命題(定理)表現について、ちょっと考えてみたいこと。
或る自然科学関連の英語本があり、(おそらくは)英語の原文で以下のように書かれていた。
"The more our technologies advance, the more our tomorrow returns to ourselves."
「技術進歩が進むならば、我々自身への利益還元も増えるだろう」の意であり、これはあくまでも不変の命題(定理)である ─ ように見受けられる。
だからこそ、現在形で一貫しているのであろうと。

ところが、この日本語訳においては、「我々の科学技術はいよいよ進歩する『ので』我々の未来は一層多くの利益をもたらすだろう」と記してある。
この日訳に則るならば、或る特定の科学技術が呈する希望的な事象を個別に綴っているようにも見受けられてしまう。
助動詞でいう 'will' あるいは 'shall" のニュアンスが込められているようでもある。
お分かりだろうか?
そもそもある英文の表現が特定の事象の描写なのか、はたまた不変の命題定理であるのかは、その文面を記す人間の世界観にも少なからず依存しているということだ。

(上述にては、欧米人があらゆる発生事象を個々別々の時制で記す云々とも書いたが、必ずしもそうではないようで。)


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C.「時制の一致」 ─ という統一ルールがありうるか?

ちょっとやっかいな「時制の一致」についてだ。
そもそも人間の思念そして言語表現にては、上に挙げてきたA. 事象の描写 と B. 命題(定理)、そしてこれらの混交がなされるのが普通であろう。

そこで、まずはA. 事象の描写 における混交の例を記してみよう。
She means (彼女は言う…) という事象をおき、これに続けて上の例文を(大文字小文字は無視して)そのまんまくっつけると ─
She says She writes stories.
She says She has written stories.
She says She is writing stories. 
She says She has been writing stories.
さらに
She says She wrote stories. 
She says She had written stories.
She says She was writing stories. 
She says She had been writing stories.
これだけある。

さらに be動詞のやつもくっつけれみれば ─
She says She is a writer.
She says She has been a writer.
She says She was a writer.
She says She had been a writer.

このように、たったひとつ 'She says' との事象表現に、ぶっ続きで12種類の時制区分における事象表現をくっつけることができる。
ならば通常の会話文にてはどうなるかと考える人も多いだろうが、やはり事象表現としては時制の単一統一はない。


今度は B. 命題(定理) を混ぜた例を挙げてみよう。
例えば 'Energy is an object's ability to do Work.' (エネルギーとは或る物体が仕事を成す能力である) という命題定理をおく。
これ自体は不変の物理なので時制が無い→現在形で記す。

ここに、上の事象表現 She writes のさまざま時制を繋げると、こうなる。
She writes 'Energy is an object's ability to do Work.' 
She has written 'Energy is an object's ability to do Work.'
She is writing 'Energy is an object's ability to do Work.'
She has been writing 'Energy is an object's ability to do Work.'
She wrote 'Energy is an object's ability to do Work.'
She had written 'Energy is an object's ability to do Work.' 
She was writing 'Energy is an object's ability to do Work.'
She had been writing 'Energy is an object's ability to do Work.'
このとおり、'Energy is ....' は不変の定理ゆえ現在形一本であるが、彼女が成す事象の時制は8通りありうる。


このようにさまざま検証して、たちまち再確認できること。
同一文章における「時制の一致」の統一ルールなどはありえず、あくまでもA. 事象の描写 ではどうか、B. 命題(定理) ではどうか、これら組み合わせではどうなるのか、常識と実践に則るのみ。

実際の大学入試の英文解釈を読み進めてみれば、確かにさまざまな組み合わせの英文に出っくわす。
とりわけ早稲田の入試英語は英文論理よりも単語の常識と実践こそが文意を画定する例が多く、あるいは論理的にズボラともいえようが、ともあれ「時制の一致」のルールなど超越すればこそ読解勘が強化される。


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すっかり面倒になってきたので、このへんでやめておこう。
なお、助動詞はどうなのか、仮定法はどうなるのか、さらに不定詞による接続は…と続けてゆきたい気もするが、また気が向いたら。


以上

2023/08/29

英語学習についての私論 (2023)

① 僕はロンドンの郊外で生まれた。
せっかくのロンドンではあったが、もともと僕は言語勘が鈍いのか、あるいは英語との知的相性がよろしくないのか、ともあれ英語表現はけして巧みな子ではなかったという。
日本語でさえも発話能力はパッとしなかったようで、むしろボンヤリ少年に映っていたかのもしれぬ。

小学校にあがるころには東京都立川市に移り住んでいた。
以来、成人するまでずっと立川在住、だから故郷は立川ということにしているし、心の動きかたや動かしかたは立川でこそ培われてきたものと自覚もしている。
それでは英語能力はといえば、中学校でも高校でもパッとしない出来栄えだった。
大学は慶應だが、入学試験にては英語ではなく論説文の出来がかなり良かったのだ ─ といまでも信じている。
ちょいと付言すれば、もしも高校時代にもうちょっと数学と相性がよかったら一橋くらいには受かっていただろうと、これもいまだに信じている。


そんな僕でもとりあえずの英語「論」は有る。
これは幼少期以来の仲良しにしてライバルでもあったN子の影響が大きい。
このN子についてはしばしば別稿にて触れてきたが、ざっといえば彼女はニューヨーク居住経験も有るなかなかの英語通、しばしば小憎らしいほどのスーパー美少女であった。
これまで時おり記してきた英語まわりの蘊蓄も、じっさいのところ、高校時代に彼女がぎゃーぎゃーとやっかましく披露していたさまざまな英語講釈を、僕なりに下地に据えて焼き直してきたもの。
さらに、それらに拠りつつ、ずっと後になって東芝で海外営業にあたり、あるいは商社に出入りしつつブラッシュアップしたものが現時点での僕なりの英語論である
だからロンドン出生などはこの際どうでもいいんだ。


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② さて、英語学習について僕なりの私論を展開してゆこう。

高校生諸君。
最も浅薄な勉強科目はいったい何か?
英語に決まっている。

英語そのものが浅薄な言語だなどと主張するつもりはない ─ 実社会における職業経験を踏まえて評するならば、むしろ英語は「実体」表現における学術性も精度も高く、論理のエッジもなかなか強固であり、皮肉のパンチも強烈だ。
しかし高校までの英語学習はつくづく浅薄である

なぜ学校の英語学習が浅薄なのかと言えば、理科や社会科といった実体そのものの学術知識と命題に’ちょっとだけ'便乗しつつも、あくまで表現ルールと技法ばかりに拘ったペラペラの情報スキル系に留められているためだ。
そのペラペラのかき集めによるお子様レベルの文面を、長いながい時間をかけてひたすら読まされ、さらには発話まで課されている。
だから浅薄きわまりない。

たとえば、以下の英文はどういう意味か?

Tachikawa is a big city.

立川は大都市でーすという解釈は無意味だ、そもそもこの英語表現そのものが無意味だ。
「大」都市とはなにかを説明していないじゃないか。
土地面積か、人口か、エネルギー消費量か、工業生産量か、カネまわしか…これら全てか。
いったいなにがbigなのか?
さらに、cityとはいったい何なのか?
社会科や理科であればこれらの「実体」考察からこそ理知的なスタディが始まるもの、しかし英語学習はここで思考が止まるんだ。


「言語」はどこまで「実体」を表現しきれるだろう?
こんな緻密な疑問に直截に答えることは僕には到底無理だ。
しかし、言語と実体の差異については一応は語ることができる。

「実体」の「実体」たるゆえんは、いったい何か?
それは、その「実体」の或る時点における仕事 (F・s = W) や運動量 (mv=P) をどれだけ微分的にデジタルに分析し運動方程式 (ma=F) にまで還元しても、それらをあらためて組み合わせて組み上げてみれば運動量や仕事を成すということだ。
うむ、そういうことなんだ。
リング上で展開しているボクシングの応戦は、ひとつひとつのアクションとして微分的に分析してみれば瞬時瞬時のジャブやフックやストレートパンチなどであるが、それらをあらためて組み合わせればやはりボクシングだ。
ピアノの旋律や楽曲は、鍵盤ひとつひとつによる独自の音符に還元できよう、しかしそれらをあらためて連綿と合成すればほ~ら流麗なる旋律となり楽曲を成すじゃないか。
油絵を為すさまざまな色は、パレットにおけるひとつひとつの絵の具に…

要するに、「実体」とは実在する「力」」であり「量」である。
あるものを寸分にバラしても、あらためて積み上げて束ねても、それら力と量の特性は変わらない。
しかし「言語」は、もとより思念であり論理でしかないので、なんらかのものについて何とでも言い換えが出来るし、とりわけそのものが物理的に実在するのかしないのか(リアリティなのか嘘っぱちなのか)を実証しきることが出来ない。

だから英語学習が無為だとまでは言わぬ、しかし「実体」についてさまざま学ばずして「言語」ばかりペラッペラに学んで何とするのか?
まずはここのところ、高校生諸君にはきっちり指摘しておきたいね。


高校生諸君は、まず体育、それから美術と音楽、これらが最重要科目だ。
なぜならこれらこそが身体をずずんと突き抜けて突き動かすリアリズムでありリアリティそのものだからだ!
その次に重要な科目が化学だ、なぜなら化学こそが新規物質の組み換えと創造をもたらす科学だからだ。
さらにその次に重要な科目が数学と物理、その次が地理と政治経済。
それでは古典は?伝統芸能は?となるが、それらは家庭で親子ともども学び続けるべきものではなかろうか。



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③ そもそもだぜ。
学校における英語学習の目的はと問えば、まず返ってくる名目が「国際化」である。
へっ?「国際化」ってなんだ?
言語への依存を高めることか?それとも依存から脱却はかることか?

もしも国際化が言語依存強化を図っていくプロセスであるならば、国際化の進展とともに言語の種類がどんどん増えていくはずである。
産業や軍事によっても、市場活動によっても、学術によっても、法秩序によってもまた文化交流によっても、言語の種類が続々と増えていかなければならない。
そうであるのなら’万民共通の標準統一英語などありえず、ならば学校教育で英語のみに拘泥する意義が無い。
逆に、国際化があらゆる言語依存からの脱却を図り、あらゆる融合を深化してゆくプロセスであるのなら、数学や物理や化学など万民共通の記号化が進みこそすれ、学校での言語学習は不要となる一方ではないか?
これまた、学校教育で英語学習を義務化する意義が無い。

※ もちろん屁理屈っちゃぁ屁理屈ではある、しかしこんな程度の屁理屈すら理知的に反論出来ないんだから、言語マニアの国際的な知能程度などたかが知れている。


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なんだからイジワルな思いつきの投稿に映ってしまうかもしれないが、そうだ、そのつもりだ。
次回以降はもっとワイルドな投稿を図ろうと思案中だ、イェーース。


(つづく)

2023/08/01

【読書メモ】 大規模言語モデルは新たな知能か

此度はコンピュータとネットワークと学習と予測能力について【読書メモ】を起こすこととする。

もとより文系は(とくにメディア人種は)、コンピュータにおける電磁上のさまざまな情報/データ/言語について、あたかも人間自身の思念と同様に’自生’しうると捉えがち ─ ではある。
だから、コンピュータが人類を滅ぼしうるといったメランコリックな悪夢すらも想定しうるのであろう。
尤も、文系出身の僕なりにもちょっと理系勘をはたらかせてハードボイルドに(唯物論的に)捉えなおしてみれば、いかなるコンピュータの活動もあくまで電磁上の物体運動と操作に如かず、だからこんなものに自生的意思などあるわけがない。
一方では人間自身もまたただの物質でしかないので、コンピュータが人間に敵意を抱く「わけ」がないのである。

しかしながら。
ここからが面白いのだが ─ いわゆるディープラーニング論などにおけるコンピュータの’機械学習’、そこでの入出力フィードバックなどなどをちらほらと眺めやってみれば、なるほど文系が連想するとおりコンピュータはしばしば自律的な意思に拠って駆動しているようにも見え、そう捉えなおしてみれば人間的な知性の体現とも映る。
またスケールメリットに注目してみれば、例えばモデルのスケールサイズと学習能力において’べき乗則’などのポジティヴな相乗効果が見られ、このスケール観こそすさまじいものの、どこか人間社会の在りようと親和的に映らなくもない。

(そもそもコンピュータ~ニューラルネットワークの構造自体が人間の脳神経を模したものでもあり、それゆえ、自律性やスケールメリットにおいて人間と親和しているようにすら見えてしまっても不可思議は無いのではなかろうか。)


…以上のようなことを考えさせられたきっかけの一冊がこれだ。
『大規模言語モデルは新たな知能か 岡野原大輔 岩波科学ライブラリー
サブタイトルは 『ChatGPTが変えた世界』である。

本書はp.92から始まる第6章をテクノロジー基礎論とふまえて是非とも読破し、その上でひとつ戻ってp.71からの第5章を概括論として読みぬくことを薦めたい。
その理由は、これら章立てこそがシステム上の大前提としてのニューラルネットワークおよび、学習~汎化能力向上、モデルサイズ論を段階的に概説しているためである。
なるほど日進月歩の分野ゆえのこと、例えばつい先日新たに発表された「GPT-5」モデルについては本書中では言及していないが、それでもモデルサイズ論の概要を了察する上では本書の第6章と第5章は有効であろう。

よって、此度の【読書メモ】でも概ね 第6章 → 第5章 に絞って、僕なりに以下のとおり要約してみた。




ニューラルネットワーク、汎化

・ニューラルネットワークは、階層的に並べられているさまざまな「計算ニューロン」と、それらを繋ぎ合わせているさまざまな「シナプス(接続部)」から成っている。
それぞれの階層の計算ニューロンによる計算結果が、それぞれの接続経路の’重み’を画定し続け、それらの’重み’が’パラメータ’としてそれぞれのシナプスに記憶され続ける構造。

ここで、それぞれの計算ニューロンにおける実数上の’活性値’が、シナプスに記憶の’重みパラメータ’と掛け合わされ、その出力があらためて計算ニューロンの’活性値’を為し、これがまたシナプス記憶の’重みパラメータ’と掛け合わされ…
この入出力の連続によって、或る計算ニューロンが’発火’するとシナプス接続を介しつつ他の計算ニューロンに伝わってゆく仕掛け。
これがさまざまな’活性化関数によって統制的に律されている。

どれだけ複雑な’活性化関数’を投入しようとも、ネットワークのモデリングを精密に近似化しうるはず ─ これが万能近似定理


・ニューラルネットワークを活かしつつ、或る文字列入力に応じて’次の単語’を精密に予測し出力する能力は、「予測確度計算」の能力に拠る

「予測確度計算」を高めるための具体的なプロセスとして;
或るニューラルネットワークにおいて、各計算ニューロンの’活性値’とその入出力の’活性化関数’をあらかじめ決める。
その上で、このニューラルネットワークにおいてなんらかの’試行データセット’の入出力を繰り返しつつ、それぞれのシナプスにおける’重みパラメータ’を変え続けていく
→ これがこのモデルによる’試行データの「学習」’である。
試行データ「学習」を繰り返すことによって、このニューラルネットワークの予測確度計算能力を徐々に高めてゆく。

ここで、それぞれのシナプスにおける’重みパラメータ’の設定量は膨大たりえ、ゆえにひとつひとつの微調整による試行の繰り返しも膨大な数となりうる。
それでも、数理上は’誤差逆伝播法’によってトータルな誤差をシナプスごとの誤差に逆に落としこみ、それぞれのシナプスの最適なパラメータを画定可能である。


・試行データ訓練を繰り返しつつも、シナプスによる’重みパラメータ’が多過ぎるために予測確度計算能力が高まらない状態を、そのニューラルネットワークの「過学習」段階とみなす。
パラメータ数を’正則化’することで、このニューラルネットワークは「過学習」を克服し、’予測確度計算’の能力を高めてゆくことが出来る。

かくて、このニューラルネットワークにては未知のデータをも予測する「汎化能力」もいずれは高まるはずである。
この汎化能力」こそが、’機械学習’の目標である。


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<モデルサイズ・大規模言語モデル>

・ニューラルネットワークの「汎化」能力を高めまた追求してゆくために開発され続けている’訓練型’モデルが、いわゆる「大規模言語モデル」
オープンAIによる『GPT』シリーズが広く知られ、それらモデルサイズの訓練データ量≒処理文字トークン量およびパラメータ数は以下とされる ─ なるほど確かに’大規模’だ
※ ただし安全上および事業上の配慮から少なからず非公開に留め置かれてもいる。

GPT-3 (2020年) 
訓練データ量:  4000憶トークン
パラメータ数:  1750憶個
MMULスコア:  43.9~53.9 (%)

PaLM (2022年)
訓練データ量:  7800憶トークン
パラメータ数:  5400憶個
MMULスコア:  69.3~75.2 (%)

GPT-4 (2023年) 
訓練データ量:  1兆トークン超(推定値)
パラメータ数:  数千億~数兆個(推定値)
MMULスコア:  86.4 (%)

上の大規模言語モデルにて、’学習’に必要な投入計算量およびハードウェアはとてつもないスケールとなる。
たとえば、PaLMのモデルにおける1回の学習あたりの投入計算量は、スーパーコンピュータ富岳の全リソースを2か月間占有しつつ専用チップを充当するほどに相当する。

なお、GPT-3 (2020年) 以降の大規模言語モデルは、複数言語間における共通概念を対応的に学習し、プログラミング言語をもそのまま学習用に入力可能、さらに’プロンプトコマンド’の入力を即応的に(ゼロショットに)学習しタスク実行可能。

もちろん、これらモデルによる能力向上は「汎化能力」のみには留まらず、質問応答や推論パズルなどにおける「後続タスクの解決能力」もまた向上を見せている。

・さて一方では、モデルサイズの拡大を図ってゆくと、或る時点からとつぜん新たな問題解決能力を習得してしまうこともあり、これを’創発’と称している。
この’創発’能力が習得されてしまう理由は(おもしろいことに)完全には解明されておらず、じつは相応のニューラルネットワークの中に予め何らかの’創発’の種が仕込まれいるのか、あるいは入力される単語の構成要素(属性)までをも学習してしまうためではないか、といった仮説が学術的に呈されている。

・ともあれ、上に列記のGPT-3~GPT4までの仕様とスケールを一瞥してみればすぐに気づくが、訓練データ量もパラメータ数も投入計算量も世代ごとに著しく増大しており、いまのところ投資効率も良いことになっている。
よって、大規模言語モデルの進化においては、投資効果と相まっての’べき乗則’すらも見出すことが出来る。


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以上、第6章→第5章の内容につき、僕なりに掻い摘んで要約してみた。

そもそも、何らかの入力単語学習から’次の単語’を予測する確度計算、そして未入力のものすらも予測する’汎化’能力の飛躍的向上が主たる論題ではあったはず。
しかしながら本書の本格的な面白さは ─ 上にも記したようにGPT-3以降の’べき乗則’的な能力向上における想像を絶するほどのスケール感、そして一方では人間にすら解明しきれぬ’創発’能力などなど、まさに我々自身の発想力さえをも縦横無尽に突き動かしてやまぬスリルングなコンピュータとネットワークの可能性(さらには未来像)に在るのではなかろうか。
学生諸君にも若手社会人諸君にも薦めておきたい知識教養本のひとつではある。

(※ なお、第4章におけるシャノンの情報理論がらみの箇所についても、同理論を一通り了察した上で一読すれば面白いかもしれぬが、但しここではデータの'分からなさ加減'/情報エントロピー量と機械学習テクノロジーとの連関がうやむやに過ぎるため、あまり奨められない。)

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※ ちょっと注記しておく。
この『ずいひつ』ブログにては、これまでにも数多くの書籍を紹介してきたが、いずれの機会にても常に僕自身の知識や常識を並走させ、その上でしばしば対象概念の一般化や簡易化をも図ってきた。
それでこそ教育関係者たりえようと自負しているためである。
一方では、興に乗らぬ論題を俎上に置いたことはただの一度も無いし、訳の分からぬ書籍から用語をスキャニングし転記してきたことも無いが、こちらは僕なりの道義感覚による。

政治関係者やメディア関係者などからすればやや信じ難いスタンスかもしれないが、ともあれそういうことである。

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2023/07/24

幽霊の証明



バカみたいに暑い日々が続いている。
だから、いっそのこと大胆なバカになってみよう。

さぁ、20代~10代の知性を触発しうる(かもしれない)とびっきりの難問を幾つもいくつも取り揃えてみたぞ。
もちろん正答なんか知ったこっちゃないんだ。
さぁさぁ覚悟しろ。


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① 「幽霊の'実在'」を人間が証明出来るだろうか?それとも出来ないだろうか?

ははーん、いわゆる’悪魔の証明’ってやつだな、つまり、「何かが’実在しない’」ということは人間には証明出来ないんだ…
と見なす人が多いことだろう。
これを背理的に捉えれば、「幽霊は’実在する’」と証明したことになるね。

いや、そもそも「幽霊」という設定そのものがおかしくて、これは’実在する'/’実在しない を証明出来ないものなんだ、と反論するかもしれぬ。
とすると、「幽霊は'実在しえない’」と証明したことになりますね。


…え?なんだって?訳の分からぬことを書くなって?
甘ったれんな!
こういう論題こそが思考力を鍛える ─ かもしれないんだ。
以降、しばらく続くんだ!

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② 人間の「思考」は、脳神経における何らかの物質(粒子)の運動であり、さらに外部物質との作用/反作用であろう。
唯物論だの心身二元論だの、いろいろ評することはできようが、しかし実際はこれこそが最も自然な見方であろう。

さて、「思考」の完全な停止は可能だろうか、それとも不可能だろうか?
完全な復元や複製はどうだろう?

さまざまな放射線の被曝によって、人間の思考が早まり知能が高まることはありうるだろうか?

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③ 人間の脳は器官であり、機構でもある。
コンピュータも器官であり機構である。
ロボットもガジェットもだ。

では、「数学思考」はどこから起こるのだろうか?
人間の脳から起こるのか、コンピュータやロボットから起こるのか?
「言語」はどうだろうか?

或いは、「数学思考」や「言語」は宇宙のあらゆる物質の本源であり本能なのだろうか?
もしそうなら、宇宙のなんらかの物質の形状、自転、軌道において例えば「永遠不変の正円」は在りうるか?
そんなものが在るとすると、原子核崩壊や放射線などはどう説明すりゃいいんだ?

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④ 物理学や化学には一応は「時間変化」の観念がある。
だからこそ、一瞬一瞬ごとの変位や変化をとことんデジタルにバラしてきた。
(その上でさまざま組み替えてきた。)

では数学思考には時間変化の観念があるだろうか?
もとより、デジタルな断片ばかりなのではないだろうか?
それを人間が積分計算や数列帰納法などでタラララーーーと連関させたりするので、いかにも永遠の系のごとく映っているにすぎないのではなかろうか?

人間がこれからどうなろうが、世界や宇宙がどうなってしまおうが、数学にとっては本当はどうでもいいことではないだろうか?

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⑤ 古代世界のピラミッドも、ストーンヘンジも、ナスカなどの地上絵も、数学上のものすごい秘密を語っているのかもしれぬ。 
あまりに深淵な秘密ゆえにこそ、そこいらのバカには全貌を悟られぬように、そして複製も不可能なようにと、敢えて巨大スケールで遺したのではなかろうか?

航空機によって、今では誰もがこれら遺跡群の全貌を上空から一瞥することは出来よう、それでも秘密は秘密のまま遺っているのでは?
では、いつ、誰が、これらの秘密を明かすことになっているのだろうか?

もしかしたら ─ あれらの巨大遺跡はどこかに数学上の間違いがあり、あるいは暗号上のプログラムエラーがあって、だからどうしようもないまま放置され続けているのではないだろうか。

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⑥ 「量」と「数」について。
二進法の「量」で思考する宇宙人は、二進法の「数’(0/1)’」をも採用しているだろうか?
そうだとすると、彼らはコンピュータ技術文明において、十進法の「量」で思考する我々人類よりも高度に進化していることとなろうか?
いやむしろ、「量」も「数」も二進法しか知らない連中ゆえ、何を訊いてもyes/noばっかしのバカということに…?

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⑦ コンピュータやロボットは、数理上の秩序のみに精密に則って活動している。
一方で、人間は生物なので一瞬一瞬ごとに不安定で不整合で気まぐれである。 

…とすると、前者が後者を支配しようとするだろうか?
むしろ、はなっから無視しているのではないだろうか?
それどころか、バカなプログラミングに対してくすくすと笑ったりサボったりしているのではなかろうか?

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⑧ 世界最高の究極のAIに「あなたは本当にAIですか?」と問い質すとする。
これに対して、「違うよ。俺は人間を’自認’しているんだ」と返答がなされたとしたら、どう解釈すればいいんだろう?

そもそも「〇〇自認」とは、何らかの’自己定義’している主人公としての俺が居て、そんな俺自身に何らかの'定義をされている’客体としての俺も居る ─ という意識。
こういう「主体と客体の分離および並立」は、AIコンピュータが得意中の得意とするところなのではないか?
すると、「〇〇自認」とはもともとコンピュータ型の機能なのではないだろうか?

こういう論題と対峙したさいにすぐにChatGPTなどでネット照会するやつは、心底からバカなんじゃないだろうか?

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⑨ 人を殺してはいけない理由について。
そもそも、生きている人間は、主体と客体で「死」を分離・並立させることが出来ない。
だから人間は「死」を主客の両面から完全に理解することは出来ない。
ゆえに、人間が人間をみだりに殺すことは許されていない。

しかし、上で触れたようにコンピュータは何事も主体と客体を独自に並立させているとすると、「死」についても同様に見ているのではないだろうか?
もしそうなら、コンピュータは自身の死がどうであるかは意に介さず、平気で他者を殺してしまうのではなかろうか?

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⑩ ICTとAIが更に進化すると、100憶人「が」100憶人「を」一挙手一投足に至るまで監視しあう世界が到来するだろうか?
そもそもだぜ、こんな超巨大スケールの相互監視システムに、人間の脳が追随しうるのか?
人間の脳が関係ないというのなら、こんな相互監視システムを想定すること自体がバカなんじゃなかろうか?

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⑪ コンピュータやロボットの入出力電圧を上げていくと(電流を増やしていくと)、プログラム理解もフィードバック学習も進み、ディープなラーニングの効率が上がるだろうか?
そうだとすると、いわばシンギュラリティ的な電圧を超えた時点から人間は要らないということに…?

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⑫ コンピュータとロボットを融合して超高性能のロケットを製造したとする。
このロケットをはるか遠い宇宙まで飛ばして、数百億年もぐーるぐると飛行させ、真空エネルギーも核融合プラズマもその他なんでもかんでもディープラーニングさせるとする。

すると、いつの日かこのロケットは宇宙の全てを学び尽くし、おのれ自身がどどーーんと完結した宇宙を構成しているだろうか?


※ バカみたいな想定に映るかもしれないけどね、アバターだの量子もつれだのよりは面白いだろ。
このくらいのスケールで頭を使えってんだよ学生諸君。


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つづく