2018/12/30

【読書メモ】知の果てへの旅

知の果てへの旅 マーカス・デュ・ソートイ著 新潮クレストブックス』

本書は本年4月に日訳が出されたもの、英語原題は'What We Cannot Know'であり、著名な数学者によるかなり壮大な随想集。
巻頭から読み進めてゆけば、本著者が問いかけ続ける主題はおそらく以下のようなものではないか。
「この宇宙あるいはどこかの宇宙にて、'いつかどこかで何かが'起こしえたはずの何らかの事象'と、'これから起こしうる何らかの事象'の関わりにつき、'我々自身の数学'によって万全に対応付けが可能か否か?」
この問いかけはあまりにも巨大で深淵な論題ではあるが、p.300における以下の言がとりあえずは本著者なりのひとつの回答であろう。
「(人間の)数学は、(人間の)有限の脳を通して無限を記述することが出来る」

さて、本書はそれぞれの章立てにおけるコンテンツのいずれもが、論旨を三転四転させつつ謎かけを呈し続けるエキサイティングな筆致展開であり、「ひょっとしたら」「けっきょくのところ」「かもしれない」などなど断定を敢えて回避する表記がとてつもなく多いのもやむなしか。
それでも僕なりに察するに、本書を構成する基本命題は、第1章および第2章にわたる箇所に掲げられている、ニュートン物理学から現代カオス理論まで、或いは着想の軸を換えて、宇宙におけるあらゆる物質の実在に対する人間の認識/数学記述力についてであろう。
尤も、これらはいずれも対立概念として描かれているので、文脈に慣れれば大意捕捉は難しくない。
とまれ、此度の読書メモとしては、本書を理科知識本ではなく数理や哲学の啓発書としてふまえ、あくまで第1章と第2章における主要な論題を記してみた。



・フェルマーやパスカルは神の存在などの不確かな命題を扱うために確率の数学技法を開発し、物質の性質や振る舞いを予測可能とした、が、これはたとえ遥か後代の量子力学にても活用された技法とはいえ、あくまで予測の技法である。
ガリレオやケプラーを経てニュートンが確立した古典物理学においてこそ、動き続けるあらゆるものを微分積分学をとおして力と質量と運動として記述出来るようになった ─ はずであった。
ラプラスなどは、或る時点までの或る実在について数学上の実証が出来るのならばその未来の在りようも記述出来る、と主張した。

・尤も、ニュートンまでの数学は2つの天体の共通重心と焦点の一致などは説明しえたが、3つ以上の天体のケースには対応しきれなかった。
ポアンカレは、この宇宙において太陽系が安定した軌跡を描き続けるか否かを証明させる懸賞問題に挑み、三体問題への解法に基づいて系の安定を解答提示したが、そのさいに質量を無視しうる微小な物質を想定しており、これが物理どころか数学上の過ちであると気づいた。
この過ちがきっかけとなり、極小の物体の変化によっても突然バラけてしまう系の存在、つまりカオス系についての数学理論が発展 - というより困惑させられることとなった。

・数学者にして貴族院議員でもあるロバート・メイは、動物の個体群の繁殖率と生存率と頭数のダイナミクスを単純なフィードバック方程式であらわし、一見単純なこの関係式においてさえ、繁殖率がほんの少し変わっただけで頭数が激変すると明示。
単純に見えつつも恐るべきカオス系の難解さは、宇宙あまねく処における生命の発生確率、さらに遺伝と生存確率にかかる問題であることはむろん、人間の数学知性の限界そのものを問う大問題でもあると指摘する。

・コンピュータ導入によってカオスのモデル化と解析そのものは進みうるし、そのさいに例えばリアプノフ指数を用いればカオス系のバラついていくさまを数学表現も出来よう、が、そのようにして確認を続けたところ、太陽系は(やはり)この宇宙においてカオスの系であることが分かってしまった ─ つまり分からなくなってしまった。
なお、宇宙の天体系のうちには、水星や地球のような岩石惑星が衝突を起こして幾つか弾き飛ばされた結果であろう、奇妙な軌道を成している惑星群も発券されている。
そもそもカオス理論に則れば、宇宙のどこかの片隅で電子がひとつ移動しただけでも宇宙のありようが変わることになる。

・カオス系は、複数次元にわたる多元的要素の問題ゆえに難解であるわけではない。
カントール集合図では、一次元の線分を特定の秩序の線分長で割って割って割り続けて白線と黒線に切り分けていくが、この論理上の操作をどれだけ続けていっても線分が完全に消えることはなく、むしろ無限個の黒い点と白い点が残ってしまう。

・量子物理学者のポーキングホーンは、宇宙がカオス系で成るにもかかわらず我々人間が頑として存在する理由として、全ての無限小の要素をもトップダウンで制御する知性の存在を ─ つまり神の意思を挙げている。
量子力学が素粒子などの運動のランダムさに則った科学である一方で、カオス理論は(本当に理論とすれば)なんらかの意思による決定論として捉えるしかないという。
かつ、その何らかの意思は、エネルギー保存則に抵触せず物理上の実在を大変動させることはない、あくまで情報系の何かとして存在することとなる。

・では我々人間の自由意志はどうなるのか ─ 我々が知りうることについての我々自身による認識論と、我々が知りえないであろう宇宙の真実にかかる万物の存在論は、これまでのところ一致してはいない。

・数学は、カオスについてどこまでが分かり、どこからが分からないか、つまり、どこまでが明らかな過去でありどこからが予測不能な未来であるかについて記述出来るようにも察せられる。
そうであれば、過去~現在までのカオスの起こりようから数学演繹して未来予測も可能である、ともとれるが、しかし未来に存在するものやその事象について完全に説明しうる数学は今のところ存在していない。

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以上、本書の第1章および第2章について、ともかくもニュートンから現代カオス理論まで、かつまた実在と認識について、つまり本書を対立的に構成しているであろう基本命題らしきを、ざっとまとめてみた。

さても本書はなかなかのヴォリュームにて、人間による数学の可能性について多段的に探究が続けられつつ、14の章立てから成る500ページ余の思索の旅が続く。
もちろん、宇宙だ観察だ実在だとなると量子物理学もひとつの主柱に据えられている。
だから、ハイゼンベルクやディラックやアインシュタインやシュレーディンガーからファインマンあたりまでは言うにおよばず、さらに、膨張する宇宙、ビッグバン、ダークエネルギー、ユニヴァースとマルチヴァースについてなどなど、引用も広範である。
一方では、カール・ポパーらによる科学哲学に対する人間の観察能力の限界からの反論、我々自身の脳神経の分析による認識可能性への懐疑などなどにおいて、そもそも我々の認識(論)そのものを我々自身がどこまで信頼できるか辛辣についた論題が多い。

特に学生諸君には、本書を思考のリフレッシュ教材として、さらに新たなる知識見識のリファレンス教材として、書棚のどこか目立つところに置いて、時おり読み進めることを薦めたい。
僕はたくさん読み残しているから、あとは君たちがどうぞ。

2018/12/26

100 / 101

「先生!大変なことになりました!」
「また君か。今度は何をやらかしたんだ?」
「あたし、ちょっとした連載小説を書いているんですけど、重大な描き間違いを犯してしまい、それがそのまま発行されることになっちゃったんです!」
「ははーーん。それは困ったもんだ。いったい、どういうお話なのかね?」
「ええと、或る村の先祖代々の御蔵から、100個の宝石が見つかったというストーリーなんです。元素も構造も形状も全く同じ100個の宝石。そして、その村の住民もたまたまちょうど100人であり…」
「結構な話じゃないか。一人ひとりが宝石を1つづつってわけだ」
「ところがそうはならないの!あたし、村人の数をうっかり101人と記してしまったのよ!つまり村人が1人余っちゃうの!これだとケンカになってしまうでしょう!あーー、このままネットに掲載されちゃうんだ!」
「フフン、なんだそんなもの、村人を1人だけ排除すればいいんだよ。それでストーリーがまーるく収まるじゃないか」
「簡単に言わないで!村人を1人だけ排除だなんて、そんなひどいストーリーは書きたくないもん。あーー、どうすればいいの?」
「さぁな。でも覚えておけ。いいか、大抵の問題にはだ、あらかじめ正解がセットで対応しているんだ。入試問題などが典型だ。名言だろう。by 俺。はははは」
「……あっ!…そうじゃないんだわ…!あらゆる問題は、それ自体があらゆる正解によって成り立っているのね。by あたし。そもそもこの話はあたし自身が書いたものであり、問題もあたし自身が引き起こしたもの。だから、だから…」
「だから?どうするつもりかね?」
「こうするのよ!」



なんと、彼女は自らがその小説世界に飛び込んでいったのであった。
え?なになに?
そうなると、彼女を加えて村人は102人となり、宝石は100個なんだから、いよいよ帳尻が合わないだろうって?
まあ、おしまいまで聞きなさい。
ほどなくして、彼女は1人の男性と連れ添って、また現実世界に舞い戻ってきたのだ。
もちろん、この幸せな二人の手には宝石が ─ あるわけがなかろう。
これで、あっちもこっちも丸く収まったことになる。
女の思いつきなんて、せいぜいこんなもんだ。
ともあれ、彼女は意気さかん、続編を書き綴っているようである。



(おわり)
※ 本編は遥か昔、高校生の頃に思いついた話を、立体的に改編したもの。

2018/12/23

半導体の超概説(3)

<パワー半導体>
そもそも、実体経済における電圧の現状≒需要の例は;
特別高圧: 交/直流ともに 7,000V超
高圧: 交流は7,000V~600V超、直流は7,000V~750V超
低圧: 交流は600V以下、直流は750V以下

超高圧変電所→一次変電所: 154KV (用途需要50,000kW以上)
一次変電所→二次変電所、鉄道など: 66KV (用途需要10,000kW以上~50,000kW)
二次変電所→大規模工場など: 33KV (用途需要2,000kW以上10,000kW)
配電変電所→ビルディング、変圧器、燃料電池など: 6.6KV
変圧器→電気自動車、小工場、一般住宅: 650V以下


さて、とりわけ大電量の電力供給システムにおける精巧な電圧変換、整流、および高速のスイッチングを主目的に開発された半導体素子を、とくに「パワー半導体」という。
パワー半導体は、高電圧における電気抵抗≒熱損失の徹底的な低減、それによる動作安定性が必須であり、技術仕様上は「定格電圧」がこれにあたる。
実体経済における電力供給システムの大規模化、かつ精密な配電能力の要求に応じて、パワー半導体の需要は増大の一途である!

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<サイリスタ/トライアック>
パワー半導体として最初に開発された素子が、交流を直流に整流するための「サイリスタ」であり、高耐電圧のものであれば送配電系にても用いられている。

サイリスタ素子はp-n-p接合トランジスタとn-p-n接合トランジスタを更に接合させたn-p-n-pの4層構造を成している。
サイリスタのメカニズムを大まかに記すと; アノード電極→カソード電極に順方向の電圧をかけつつゲート極に正電圧が印加された瞬間に正方向に電流が流れる、がしかしこの回路で逆方向に電圧がかかると瞬時に電流がオフになり、再びアノード→カソード極に順方向の電圧がかけつつゲート極に印加されると正方向に電流が流れる…
よって、ゲート極への正電圧タイミングと電流方向の組み合わせ次第で交流回路から直流に整流かつ制御ができる。

しかしながら、電流制御時の動作速度、オン抵抗の大きさ、そして正方向電流のみの制御能力などを鑑みると、サイリスタは大電圧回路に必ずしも適しているとはいえない。

なお、サイリスタ素子をさらに接合させたn-p-n-p-n構造の5層構造が「トライアック」素子である。
トライアックは、入力電圧と同じ極性の電圧をゲート極に加えると電流が流れはじめ、入力電圧がゼロになるとともに出力電流もゼロになる、よって、正/負の双方向に整流が出来る。

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<パワーMOSFET>
パワーMOSFETは、直流/直流の電圧コンバータおよび直流/交流インバータとして起用され、高速スイッチングと耐電圧に優れるため極めて多くの設備型機器などに採用されている。
とくに高速スイッチング機能を実現したことで、電気系ハードウェア全般の小型化を促してきた。

パワーMOSFETは原型のMOSFET素子と組成構造が異なり、電界生成に応じたチャネル量が格段に増えるようにn型/p型の半導体素材が垂直の層状を成している(DMOS構造と呼ばれる)。
また電極まわりの構造でも、ソース~ドレイン極のオン抵抗を抑えるようゲート極が縦構造を成すトレンチゲート型と、耐電圧能力を重視したプレナーゲイト型がある。
とくに、電子キャリアによるnチャネルかつ、常時はチャネルがオフであるエンハンスメント型が普及している。

とはいえ、パワーMOSFETはシリコンベースでの半導体素子ゆえ、せいぜい300V以下の低電力制御に起用されるものであり、大電圧でのコンバータやインバータとしては用いられない。

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<IGBT>
IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor;絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)は、パワーMOSFETを超える数千Vの電圧にて高速スイッチング機能を実現するもの。
燃料電池や鉄道制御の素子としても用いられている。
基本構造は、nチャネルエンハンスメント型の基本MOSFETのドレイン極にp-n-p型バイポーラトランジスタのp型部を組み合わせたもので、高速スイッチング操作をMOSFETで行いつつ、MOSFETで対処しきれない大電流をバイポーラトランジスタで補完する機能をもつ。

ただし、IGBTもやはりシリコンベースでの半導体素子であるため、産業用途での大電力電圧システムでは用いられない。
また、構造がMOSFETよりも複雑であるため、量産には必ずしも適しているとはいえない。

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以上、ここまでは電流の増幅、変圧、整流、そして高速スイッチングの機能を単体として有する半導体、いわゆる「ディスクリート半導体」の素子について超概説を記した。

ディスクリート半導体素子の特性につき、皮相電力(VA) と動作周波数(Hz) の要件から比較すると;
バイポーラトランジスタ : 1kVA以下 / 10kHz以下
サイリスタ : 10MVA~1kVA / 1kHz以下
パワーMOSFET : 10kVA以下 / 1MHz~10kHZ
IGBT : 1MVA~100VA以下 / 10kHz以下

なお、シリコンベースのこれら半導体素子に対して、炭化ケイ素や窒化ガリウムは耐電圧の安定度が約10倍、電力損失はわずか1/100である。

ガリウムヒ素半導体の電子速度はシリコンの約5倍もあり、高速集積回路のデバイスとして実用化が検証されている。


つづく
次回はメモリ、センサ、光学系、レーザにおける半導体素子の超概要など

2018/12/18

半導体の超概説(2)

<ダイオード>
不純物半導体のうち、p型半導体とn型半導体それぞれの結晶片を1:1で接合させ、ここに外部電流を導線で供して一巡した回路とする、この接合回路の素子をとくに「ダイオード」という。
ダイオード素子は、電流の接続方向に応じて電圧あたりの電流が極めて流れやすくなる、か、極端に流れにくくなる(流れなくなる)。
この機能特性により、ダイオードは交流電流の直流への変換つまり「整流」や、特定方向からのエネルギー入力に応じた発電などの応用に用いられる。

基本的なメカニズムは以下。
ダイオード素子にて、n型半導体の側には外部から負電荷(-)を、p型半導体の側には外部から正電荷(+)を供するようにして、これを電流回路として一巡させるとする
この電流回路では、n型半導体から出でた伝導電子(-)とp型半導体から出でた正孔(+)とがp/n接合部にて引き合い再結合して電流が流れ、かつ、n型半導体側には外部電流から電子(-)がさらに供給され続け、その電子の分だけp型半導体側で正孔(+)が出来続けて同じ外部電流に回る。
よって、このp型→n型の電流回路ではp型半導体からn型半導体に向かって電流キャリアが/電場が生じ続け、この電圧の加え方を「順方向」接続という。

一方で、やはりこのダイオード素子にて、n型半導体の側には外部から正電荷(+)を、p型半導体の側には外部から負電荷(-)を供する電流回路もある
このケースでは、n型半導体から出でた伝導電子(-)とp型半導体から出でた正孔(+)とが互いに離反方向に移動、そこでp/n接合部付近にては、n型側は電子(-)が不足する正イオン(+)となり、またp型側は正孔(+)の移動したあとを電子(-)が埋めて電子過剰の負イオン(-)となり、こうして接合部付近に電流の絶縁状態がおこる(空乏層がおこる)。
よって、このn型→p型の電流回路ではn型部とp型部で電位差が生じ、この電位差が外部電流の電圧と等しくなると電流は流れなくなる。
この電圧の加え方を「逆方向」接続という。

以上から、ダイオード素子の接続回路では、p型→n型の順方向接続では電流が流れやすく、n型→p型の逆方向接続では電流が流れにくい(流れない)。

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<バイポーラ・トランジスタ>
p型半導体とn型半導体それぞれの結晶片を2:1で層状に接合させ、この3層構成に外部電流を導線で供して一巡した回路とする素子を「接合型トランジスタ」という。
とくに、2つのn型半導体の結晶片に1つのp型半導体の結晶片を挟んだものをn-p-n型トランジスタといい、逆に2つのp型半導体の結晶片の間に1つのn型半導体の結晶片を挟んだ接合型をp-n-p型トランジスタという。
トランジスタの主たる効用は、電流の増幅である。

p-n-p型あるいはn-p-n型のいずれかを問わず、挟み込む2つの半導体層が電流の流れに応じて(電子の流れに反して)「コレクタ」層→「エミッタ」層を成し、挟まれた1つの半導体層が微小な電流の入力枝である「ベース」層である。
トランジスタの意義は、ベースに流れ込む微量の電流に応じて、コレクタでの電流量がものすごく増大するということである。
(この増え方は、エミッタ~コレクタ間の電圧変化よりも遥かに急激である。)

ハードウェア構造としては、シリコン酸化膜をコレクタの基板としつつ、そこにベース層とエミッタ層を別個に重ねて合わせたものであり、これにより各層間で別個に電流の制御を行うので、とくに「プレーナ型トランジスタ」とも称される。

基本的なメカニズムは以下。
たとえば、n-p-n型トランジスタの場合には n:コレクタ、p:ベース、n:エミッタ となる。
この構成で、エミッタから電子(-)をベースに流し込もうとしても、両者の接合部付近には空乏層がおこり、電子(-)がエミッタとコレクタそれぞれの電極に集まってしまうので、ベースにはほとんど電流が流れない。
ここでエミッタ~ベース間に順方向(p型→n型)の電圧をかけると、接合部の空乏層の電位が下がるので、電子(-)が「わずかながら」ベースに流れて正孔(+)と結合(消滅)する、が、ベースは極めて薄く小さく出来ているので、ほとんどの電子(-)はベースを通過してコレクタに流れていく。
一方で、このときコレクタにベースより高い電圧がかかっていると、コレクタに流れ着いた電子(-)が加速されつつ正孔(+)と結合、こうしてこのエミッタ→コレクタ回路に大量の電子(-)が循環する、つまりコレクタ→エミッタに大きな電流が流れる。

また、p-n-p型トランジスタの場合には p:コレクタ、n:ベース、p:エミッタ の構造を成し、正孔(+)が主たる電流キャリアとなる。
こちらの場合、やはりベースの電流をかすかに変えるだけで大量の正孔(+)が電子(-)と結合、ただしこちらではコレクタ→エミッタ回路に大量の正孔が循環する、つまりエミッタ→コレクタに大きな電流が流れる。

以上のトランジスタの機能特性を電流の「増幅」と称し、トランジスタにおいてはこの電流増幅率が100であること ─ たとえばベース電流の増加量を1mAとしてコレクタ電流の増加量が100mAを実現するような増幅率が求められ続けている。
かつ、ベース電流が0の時点ではコレクタ電流もほぼ0であること、この0か1かのデジタルなスイッチング動作機能も大前提である。

なお、ここまでのトランジスタは、電流キャリアとして電子と正孔をともに用いるため、「バイポーラ(双極性)・トランジスタ」とも定義されてきた。

このトランジスタの段階的かつ精密な量産可能とする製造工程技術が、現在まで続く集積回路(LSI)製造技術の端緒ともなった。

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<FET(電界効果トランジスタ)>
FET(Field Effect Transistor)トランジスタは、n-p-nあるいはp-n-p構成の半導体に在る電子あるいは正孔に対し、電圧を印加し電界をおこし、電荷を反転させて電極間の電流をスイッチング制御する素子である。
こうして半導体に生成される電流経路をとくに「チャネル」という。
半導体に繋がれている入出力の電極は、電子を流し込む低電圧の「ソース」極、電子を流し出す高電圧の「ドレイン」極、および、一方で脇から電圧印加を為す「ゲート」極からなる。

FETの採用上のメリットは、ゲート極に印加されるわずかな電圧によってソース極~ドレイン極まで高速に電流スイッチングを可能とすること。
これによって、低消費電力を、そして発熱量の低減を実現出来る。
かつ、微細な構造ながらもパターン量産化が易しいというメリットもある

ほとんどのFETトランジスタのハードウェア構造は、シリコン基板の表面に二酸化シリコンの薄い絶縁膜をかぶせ、その上にアルミニウムなどによる電極を付けたもので、これをとくにMOS(Metal/Oxide/Semiconductor)FETという。
このMOSFET構造に沿って、たとえば'nチャネル'生成のメカニズムを要約すると ─
まずシリコン基板の極性はn-p-n型であり、ソース極とドレイン極はn型部と繋がっているため両者は常時は通電しておらず、かつ、ゲート極はシリコン基板のp型部と常時は絶縁されている。
ここで、ソース極~ドレイン極に電圧を印加しても、シリコンのドレイン極付近に空乏層が出来るだけで、両者間に電流は流れない。
しかしながら、ゲート極~ソース極に(+)の電圧を印加すると、ゲート極直下のp型部との間に電界が生じ、シリコンの正孔(+)が内部に移動しつつ、逆にシリコンp型部の電子(-)はフェルミレベルが上がり伝導電子となってゲート極側に引き寄せられ、この電子群によってn型の電荷が流れていく(いわばp型部がn型部となる!)。
このnチャネル生成プロセスによって、シリコンにおけるソース極~ドレイン極までが通電、よってMOSFETとしてON状態となる。

上述のように、ゲート極~ソース極に(+)の電圧印加をしてドレイン極までのチャネルを生成させるFETトランジスタを、とくにエンハンスメント型(ノーマリオフ型)とも称す。
一方では、常時はチャネルが生成されているが、ゲート極~ソース極への(-)電圧印加によって電子や正孔を逃がしドレイン極までのチャネルを減衰させるFETトランジスタもあり、こちらはデプレッション型(ノーマリオン型)と称す。

FETトランジスタは、生成されるチャネルのnないしpの電荷が、チャネルの電流キャリアである電子ないし正孔と必ずしも一致しないため、とくに「ユニポーラ」トランジスタとも称される。

トランジスタとMOSFETを消費電力で比較すると;
トランジスタのオン時の消費電力(熱)は、コレクタ~エミッタ間に残っている何らかの飽和電圧xコレクタの電流、つまりコレクタの損失電力となる。
一方で、MOSFETはそもそもドレイン~ソース間の電圧はごく僅かにすぎず、消費電力(熱)はオン時の抵抗xドレイン電流2乗となるが、このうちオン時の抵抗は数Ω以下に過ぎない。
こうしてオン時の消費電力(熱)を比較すると、MOSFETの方がトランジスタより少ない。
かつ、オン/オフの所要時間もMOSFETの方が速い。

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<化合物半導体>
シリコンベースに不純物を添加して接合させたダイオードもトランジスタも、ベースは同じ物質同士ゆえ、いわゆる「ホモ接合」の素子とされる。
これに対して、全く異なる物質同士を接合させての半導体素子つまり化合物半導体は、とくに「ヘテロ接合」であるという。
後者の研究開発が進められたきっかけは、FET(MOSFETなど)におけるシリコン酸化膜に相当する絶縁用素材を模索検討続けてきた過程で、シリコン素材そのものから離れての素材の組み合わせに至ったこと。

化合物半導体は、高速かつ高周波のスイッチング操作の需要に即して開発が続けられてきた。
光電変換特性や環境耐性が高い。
ただし均質の結晶を製造し難いとの欠点もある。

化合物接合による半導体素子としては、ガリウムヒ素を基板に用いてのFETトランジスタすなわち「MES(MEtal-Semiconductor)FET」が挙げられる。
MESFETは動作原理としてはシリコンベースでのFETと同様に電界誘導による基板での電流チャネル生成であり、しかもガリウムヒ素基板はすぐれた半絶縁性と高い電気抵抗値を有するので、集積度が上がるほど実装優位性を発揮。
とくに、携帯電話などの超高周波信号用に起用されるモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)にてインダクタ機能向上にて有利。

ガリウムヒ素基板とn形アルミニウムガリウムヒ素を接合させたものとして、高電子移動型トランジスタ「HEMT (High Election Mobility Transistor)」も開発されており、HEMTは両物質の接合界面での電子のフェルミレベルのずれを活かして電子の高速移動を成す素子であり、低雑音特性が高い。
さらに、ガリウムヒ素基板ではなくインジウムガリウムヒ素をチャネル生成基板に起用した素子が、シュードモルフィックHEMTである。

他にも、ヨリ高速性能実現のため、インジウムリン系や窒化ガリウム系をチャネル生成基板に起用した素子などが開発され続けている。

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<フォトダイオード>
p/n接合されているダイオード素子に、その「バンドギャップエネルギー」以上の光を照射すると、その光が吸収されることによってp型領域には電子がまたn型領域には正孔が生成され(光起電力効果)、これによって外部に電流を供給する回路を成す。
これがいわゆる「フォトダイオード」素子の基本原理であり、この
入射光の光子数に対する電子/正孔の生成数をとくに「量子効率」として表現、むろんこの値が高いフォトダイオードほど優れたものである。
量子効率は、入射光に対する素材のバンドギャップエネルギーによって異なり、たとえば、波長が0.9μm以下の赤外線~可視光領域ではシリコンベースでのフォトダイオードが適する。
だが、ヨリ長い波長たとえば1.55μmの領域光はシリコンを透過してしまうため、このケースではバンドギャップエネルギーが小さめの素材、たとえばインジウムガリウムヒ素ベースのフォトダイオードが起用される。

また量子効率はフォトダイオードの接合構造によっても異なり、たとえば、p型とn型の間に絶縁体を挟み込んだいわゆるpin型のフォトダイオードでは、空乏層における電界に(逆)バイアスの電圧をかけることによって電子と正孔が空乏層を高速で通り抜ける ─ よって量子効率が一段と高まる。
この構造のフォトダイオードが光制御系システムで起用されている。
もっと(逆)バイアスの電圧を高めれば、電子と正孔の移動速度がさらに増して原子に衝突、ここから新たな電子を次々と発生させ続けていく、これがいわゆるアバランシェ(雪崩)現象である。
これつまり、ごく微弱な入射光に対してもこの反応現象が起こり続けるものであり、とくにアバランシェフォトダイオードと称される。

もちろん、これらフォトダイオード素子は太陽光の入射に対する起電力効果を活かしたもの、つまり太陽電池パネルとして大いに活用されており、またトランジスタと複合させたシステムとしても広く活用されている。
さらにフォトダイオードは、デジタルカメラにて採用されているイメージセンサつまり撮像素子にても、Charge Coupled Device(CCD)回路を伴った集積回路として大いに活用されている。


つづく
※ 次回は高電圧/大電力用のパワーMOSFET、IGBTなどなどについて超概要を記す。


2018/12/12

半導体の超概説(1)


半導体を学術的/大局的に鑑みれば、実装アプリケーションのとてつもない可変性≒有用性において最重要の基幹技術である。
現在の我が国の半導体関連産業はビジネス成果としては世界最高とは言い難いものの、研究開発力にては常に世界トップ級にあり、こんごも当分は間違いないとされる。

そこで、いわゆる半導体入門書の類を若干抜粋しつつ、学習参考書類における概念定義にも立ち戻りながら、以下に半導体について超概説をまとめてみた。





<構造/機能上の分類概要>
半導体物質のうち、とくに産業上有用なものとしての半導体は、ごく微量の異物質(つまり不純物)を添加しつつエネルギーを加えることで電子運動を操作出来る素子。
それら素子の選択的な組み合わせによって、電流(と電圧)の整流や増幅が可能、さらに複合して論理演算回路を構成することも出来る。
サイズの極小化と回路の複雑化が常に求められ続けている。

半導体は、まず「無機半導体」と「有機半導体」に大別出来る。
無機半導体は、シリコンやゲルマニウムやセレンや炭素など単一元素で構成される「元素半導体」はもとより、さらに複数元素の結合による「化合物半導体」、そして「酸化物半導体」に分類される。

ここで、化合物半導体は構成元素の数によって2元(素)系、3元(素)系、4元(素)系があり、硫化亜鉛、硫化カドミウム、ガリウムヒ素、窒化ガリウム、リン化インジウム、窒化ケイ素などなどに成っている。
これら化合物半導体は、元素半導体では実現出来ない高速性や光電効果を発揮するので、高速通信デバイスや太陽光発電デバイスなどに採用されている。
一方で、酸化物半導体はやはり異なった元素の結合により、酸化亜鉛やインジウムガリウム亜鉛酸化物などに成っており、これらは可視光を通す特性を発揮するので液晶パネルや透明電極に採用されている。

また、有機半導体としてはテトラセンやアントラセンなどが合成されており、これらは曲げられる特性を有するので、薄膜状の製品への活用がこんご見込まれている(電子ペーパーなど)。

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<エネルギーと電子>
金属や半導体などの個体結晶では、近接し合う原子間にて外軌道の電子ほど影響を及ぼし合い易く、電子のエネルギー準位が連続的に変わりうる。
このエネルギー準位の幅をエネルギーバンドという。

原子の最外殻軌道にあって、原子間の結合や化学反応の担い手となりうる電子を「価電子」といい、この価電子のエネルギーバンドをとくに「価電子帯」という。
価電子が熱や光のエネルギーを得ると原子核とのクーロン力から離れて、エネルギー準位の高いエネルギーバンド「伝導帯」にジャンプして「伝導電子」となり、これが電気伝導をおこす。
ただし、価電子帯と伝導帯の間には電子が存在しえない「禁制帯」があり、このエネルギー幅をとくに「バンドギャップ」といい、その大きさは約1eVである。
よって、価電子帯の価電子が伝導帯にジャンプするためには、禁制帯のバンドギャップを超えたエネルギーが必要となる。
なお、価電子が確率的には存在しうる上限エネルギー準位を、とくに「フェルミレベル」といい、フェルミレベルのあらかじめ高い物質ほど価電子帯から伝導帯に電子がジャンプしやすい。

金属は、禁制帯が無いか有っても幅が極めて小さく、またフェルミレベルが伝導帯に至っているので、熱や光のエネルギーを受けて価電子が簡単にバンドギャップを超え、伝導帯にジャンプする、とはいえ温度が上がるにつれて原子の振動が価電子のジャンプをむしろ阻み、伝導電子は減ってしまう。
一方で、半導体は金属原子よりも禁制帯が広く、かつ、フェルミエネルギーが禁制帯にあるので、価電子がバンドギャップを超えるエネルギーは金属原子よりも多く必要とする、がしかし不純物のごく微量な添加によってフェルミレベルを操作することが出来る

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<不純物半導体・価電子操作>
そもそも、構成物質の純度が極限まで高い元素半導体をとくに「真性半導体」と定義、例えばシリコン単結晶はシリコン純度が99.9999999999% である (この純度は9が12個のケタなので'12N'と称される)。
この真性半導体にごく微量ながらも別の物質を添加(ドーピング)したものが「不純物半導体」である。
たとえばシリコンベースの不純物半導体の場合、シリコン単結晶あたりでの不純物添加の量は「わずか」10-6 10-8 ほどである。
それでも、不純物の添加により、真性半導体と比べてフェルミレベルを変更する(高くする)ことが出来、ヨリ低いエネルギーにて価電子がバンドギャップを克服し伝導電子となる。

不純物半導体は真性半導体同様に共有結合を成してはいるが、電気特性は幅広く異なる。
不純物によっては、共有結合にて価電子が弾き出されてしまい、この余った価電子はエネルギー準位が高く、伝導帯(1eV)との差が数meV程度まで迫っているので、常温の熱程度のエネルギー(26meVくらい)でも原子核とのクーロン力を断ち切り、伝導体にジャンプする→伝導電子となってマイナス電荷の電流をおこす。
この反応をおこす不純物をとくにドナーと称し、余った価電子のエネルギー準位をとくにドナー準位ともいう。

また、別の不純物によっては共有結合にて価電子が足りなくなり、プラス電荷つまり正孔を発生させ、こちらも数十meV程度のエネルギーで別の価電子を充当、また別のプラス電荷の正孔に別の価電子、さらにまた別の…と続いて、プラス電荷の電流をおこす。
こちらの反応をおこす不純物はとくにアクセプターと称し、正孔に価電子を引き込むエネルギー準位をとくにアクセプター準位ともいう。
以上がエネルギーと価電子と伝導電子と正孔のおおまかな関係である。

「価電子→伝導電子」のマイナス電荷と「価電子→正孔」のプラス電荷は、どちらかのみが一様に起こるわけではない。
かつ、不純物半導体とはいえ、真性半導体なりのプロセスもわずかながら同時に起こっている。
それらをふまえて不純物半導体をトータルに分類すると;
電流キャリア(担い手)として伝導電子を多くかつ正孔を少なめにつくるものをとくに「n型半導体」という(マイナス電荷が主である意)。
また、電流キャリアとして正孔を多くかつ伝導電子を少なめにつくるものをとくに「p型半導体」という(プラス電荷が主であるため)。
不純物の添加操作によってこれらを作り分けることを、「価電子操作」という。

なお、p型半導体にてもn型半導体にても、不純物原子は常態では正孔や電子と緩く繋がり合っており、だから電気的に中性の状態を保っている。

半導体素材がシリコンやゲルマニウムの場合、n型半導体を成すための不純物はリン、ヒ素、アンチモンなどであり、p型半導体を成すための不純物ならばボロン、アルミニウム、ガリウムが起用される。
また、半導体素材がガリウムヒ素の場合、n型半導体を成すための不純物はシリコン、硫黄、炭素などであり、p型半導体を成すための不純物は亜鉛、マグネシウム、ベリリウムなどである。

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<電気抵抗率>
エネルギーと価電子移動の関係は、電気抵抗の観点で捉えることも出来る。
導体は外部からの温度や光などエネルギーに応じて電子の移動も活発になるが、それ以上に原子の振動が激しくなり電子の移動を損ねてしまうので、一次関数的に電気抵抗が高まってしまう。
しかし、半導体は外部からのエネルギーに応じて電子の移動が極めて活発になるため、むしろ電気抵抗が指数関数的に減衰する。
暫定的な定義でみても、導体の電気抵抗率は概ね10-6 Ω・m以下で、主な金属の電気抵抗率はこの値付近に集まっているが、その一方で、半導体の電気抵抗率は10-6 Ω・m以上~108 Ω・m以下と、極めて上下幅が大きい。

とりわけ、不純物半導体の電気抵抗率は真性半導体に比べてずっと低い。
不純物の濃度と電気抵抗の相関をミクロにクローズアップしてみると、たとえばシリコン単結晶における不純物の濃度が1014原子数/cmの場合には、p型とn型ではやや異なるものの、電気抵抗率が102 Ω・cm であるが、同濃度が1020原子数/cmを超えると電気抵抗率はなんと! 10-4 Ω・cm近くまで下がる。

※ ちなみに、導体の電気抵抗率がゼロになることはなく、一方では絶縁体の電気抵抗率は108 Ω・m以上ではあるが無限大ではない。


…つづく。
次回は、ダイオード、トランジスタ、パワー半導体(コンバータとインバータ)などについて実用例など挙げつつ超概説を記すつもり。