2019/11/22

【読書メモ】 人類、宇宙に住む

『人類、宇宙に住む ミチオ・カク 著 NHK出版
本著者は世界的に広く知られた理論物理学者。
本書は人類がいつか宇宙に移住することになろうとの壮大な仮説を据えつつ、文字通り日進月歩の科学技術を数多く紹介しまとめあげた超・総括本、その日本語訳版である。
副題におかれた「宇宙移住への3ステップ」のとおり、第Ⅰ部「地球を離れる」、第Ⅱ部「星々への旅」、および第Ⅲ部「宇宙の生命」 の3部構成から成る。

第Ⅰ部と第Ⅱ部にては、ロケット開発史やスターシップの研究概況をはじめ、月や火星における資源探索と工業プラント構築、そのための実践的なロボットと自律オートマトンとAIとナノテクの大胆な活用アイデア、そしてトータルなテラフォーミング(疑似地球化)のための温度や気圧などの遠大な改編案、更には他天体にテラフォーミングを成すための重力や赤外線や放射線などの環境要件 ─ などなどが次から次へと紹介されている。
これらだけでも物理学や天文学の基礎教養論として知的想像力を大いに触発するものであり、また随所に引用される数多くの科学者たちの研究や探求概説はそれこそ眩いほど。

さらに、おそらくは本書着想の根幹として科学とSFの相互補完をおいたのであろうか、大家アシモフをはじめSFの引用も数多い。
一方では、実業家のビッグネームも実践的な社会経済論とも相まって、これらは文系読者のジャーナリスティックな関心も少なからず募るものであろう。

それでいて、真の総論はむしろ第Ⅲ部におかれているようにも見受けられる。
ここではドレイクやカルダシェフによる古典的な文明評価尺度を論説のベースに据えつつ、「テクノロジーが進み宇宙をゆく異星人」と「遥かに遅れている地球人類」を想定的に対比するかたちで人類の宇宙進出を大胆に推論している。
そこで、今回の僕なりの読書メモにては、本書の第Ⅲ部のうち本著者が綴ったヨリ総論的な考察につき、幾らかを以下の通り勝手にまとめてみた。



<異星人は存在するか>
60年代に天文学者のフランク・ドレイクが、地球が存在する物理条件に則りつつ、宇宙において文明段階にある星の発見確率の数式化を試みた。
以降現在までに数々の系外惑星が実際に発見されつつ、この確率方程式は補完されまた修正されてきた。
例えば天の川銀河において、太陽に似た恒星の5個に1個以上は地球に似た物理条件の惑星を持つと推定され、仮にドレイクの方程式に基づけばこの地球型惑星は銀河系に200億個以上あることになる。
ただしこの同じ恒星の系にては、小惑星や岩塊をその地球型惑星に一定以上に接近せぬよう、円軌道を描く木星サイズの巨大な惑星が併せて存在していなければならず、かつ、その地球型惑星の自転を安定させるように一定以上の重力を有する衛星も存在の必要がある。

いわゆる「フェルミのパラドックス」は、もし仮に宇宙に文明段階の異星人が存在するとしたら我が地球をこれまでに訪問したはずである、が、その物的証拠も電波も検出出来ていないではないか、と矛盾を突く。
これについての本著者の見解は、数百光年も離れた世界からこの地球に辿り着ける異星人のテクノロジーは我々地球人の能力を超越したものであろう、よって、そんな彼らが遥かに後進の地球にまでわざわざやってくる意義が無い、というもの。
だが一方では、そんな異星人はAIとロボットの融合技術によって電波不要の機械を宇宙に送り出すに至っていることも考えられ、そうであれば我々地球人の電波望遠鏡では検知出来ない、との見方もありうる。

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<文明段階とエネルギー>
60年代にソ連の天文学者カルダシェフは、エネルギー消費量をもとに文明の段階を評価する尺度を考案した。
まず「タイプI」は、惑星に降り注ぐ恒星の光エネルギーを全て利用可能な文明で、平均的なエネルギー利用可能量は約7x1017W (J/s) となる。
これは今日の地球における我々のエネルギー出力の10万倍に相当、逆にいえば我々は未だタイプ0.7程度の段階に留まっていることになる。

次に「タイプII」は、恒星が生み出すエネルギーを全て利用可能な文明であり、じっさい我々の太陽の全エネルギー出力が約4x1026Wである。
そして「タイプIII」は、銀河全体のエネルギーを利用可能な段階の文明であり、上の太陽の全エネルギーと銀河の恒星の数から、この段階でのエネルギー利用可能量は約4x1037W となる。

現時点での我々の地球におけるエネルギー出力(そしてGDP)が年々2~3%ずつ上昇するならば、我々はまず「タイプI」の段階に到達するまでに更に1~2世紀かかり、そして「タイプII」段階に至るまでには数千年かかると考えられる。
なお、我々人類が「タイプIII」段階に到達するためには最低でも恒星間の旅行能力が必須となる ─ が、ここまでテクノロジーが到達するなど我々人類は100万年かかっても不可能との見方すらある。

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<宇宙の先進文明とは>
仮に、我々人類が「タイプI」の文明段階に到達したとする。
その場合、化石燃料の使用可能量を問わず核融合エネルギーを活用しているはずであり、また宇宙空間にての太陽エネルギーも大いに活用していると想定出来る。
そして仮に、我々人類が「タイプII」の文明段階に到達するならば、それは「タイプI」段階での我が地球のエネルギーを全て使い果たした時ではないか。

「タイプII」段階であれば、我々人類は集団で地球から脱出することはむろん、地球自身をもまた接近する小惑星の進路をも曲げられるだけのエネルギーを既に手にしているであろう。
恒星からエネルギーを効率よく得るために「ダイソン球」をも活用しているだろう。
また我々自身が他の惑星に移住するにあたり、ナノテクノロジーによる資材および建造物の超軽量化が有益である。
それでも、これら機械類が放射する赤外線の熱放射は避けられないので、その惑星における長期的なエントロピー増大を回避するには更に他の天体に機械設備を分散設置してゆくことになる。

以上の推定が正しいとして ─ じっさい既に「タイプII」段階に入っている異星人がエネルギー出力を(熱量を)増大させているさまを、我々人類は未だ確認していない。
尤も、そんな異星人たちは既に反重力や重力波を既に大いに活用し、時空すら超えているかもしれない。

なお、カール・セーガンは「情報の消費量」によって文明をランク付けする方法を提唱。
「タイプA」レベル文明の情報消費量をとりあえず106ビットとおき、そして究極の「タイプZ」レベル文明のそれを1031ビットとすると、現在の我々の文明段階は「タイプH」程度ということになる。
ここで、エネルギー消費量はどこまでも不変であるとすれば、テクノロジーの進展あたりの赤外線(熱)放射量はとてつもなく少なくて済むことになり、そんな異星人の文明を我々の技術では検出できないのもやむなしである。

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<人間とテクノロジー>
ところで、我々人類がテクノロジーの進展と相まっておのれ自身の心性を変えてしまうだろうか。
この疑念につき、本著者は、人類の心性の根本は種として全く変わっていないし、こんごも変わらないであろうとの立場をとっている。
ただし我々人類の身体形状については、物理学者ポール・デイヴィスやAI専門家ロドニー・ブルックスのように人間存在の偶発性や人体機械化の必然性云々を説く見解も多い。

また、本著者は「レーザーポーティング」なるテクノロジーを紹介しており、これは我々人類の脳における記憶や感情や感覚をコネクトーム回路として複製し、レーザー光に乗せて宇宙に放射するというもの。
こうしてどこかの惑星に辿り着くであろう我々自身のコネクトーム回路データは、そこで待つコンピュータにダウンロードされ、以降はこのコンピュータが「我々の意識上の」分身アバターを操ってその惑星で活動することになる。
これらの過程で、惑星間のハードウェアの移送はいっさい無いため、効率的でありかつ経済的でもある。

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……本書につき、とりあえず上記のあたりまでは何とか僕なりに理解は出来たつもりである。
とくに、人間自身の身体機械化や論理アバター云々などは、僕自身がちょっと前に思いついた超短編SFの着想と妙に符合するところあって恐れ入った次第。
また、遥か銀河に出ていくにあたって(いわばノイマン型の)自動複製型のロボット/探査機の活用も想定されているが、これまた何ともSFセンスを触発させるものであり面白い。

しかしながら ─ 本書は「タイプIII」文明のテクノロジー論が始まるp.364あたりから、銀河を自由に行き来する(時空を超えた)超光速航行のアイデアが展開されていく。
なんと、ビッグバン≒ブラックホールのプランクエネルギー(総計では1028eVだと!)を存分に活用し、ワームホールを通りぬける云々のくだりとなり、統一場とか、量子のゆらぎ補正とか重力子とか、ひも理論とか、さらに反物質などなど…ここまでくると極端に思考難度が上がる。
これらとて個々の概念までは何とか分からぬでもないものの、全体を了察する自信は無い、そして全貌を了察するにはなまなかな知識では済まされないのではないか。

※ とはいえ、もちろんこれらは本書全巻をとおして問われる科学知識でありえよう、したがい、本書の巨大なコンテンツと本著者の理論物理上のメッセージを理解するにあたって必須ともいえよう。

以上