2018/07/30

【読書メモ】 どんな数にも物語がある

どんな数にも物語がある アレックス・ベロス著 SB Creative刊
また数学本を手にしてしまった。
本書は数学基礎から高等数学までの導入概説本、そして横断的かつ縦断的な総論の書でもあり、ベストセラー『素晴らしき数学世界』の続編とも見做されるもの。

本書の主たるメッセージを総括するならば、概ねこんなところではないか ─
『数学は概念を自在にバラしたり結び合わせたりの思考手法ではある、が、本性的には目的も必然も無く、あくまでも、或る既知の数学秩序が新たな発見をもたらし、その発見が新たな数学秩序を導き、そこからさらに新たな発見がもたらされ、そこから更なる新たな数学秩序が導かれ…と、どこまでも気紛れな奇跡(およびスリル&恐怖)である』
ざっと、こう捉えてみれば、数学という系はあたかもゲームやスポーツの偶発的な経路変異のようにすら見えてしまう、だから、本書は寧ろサブタイトルにおかれた「驚きと発見の数学」として挑むことが望ましかろう。
引用案内される公式や方程式、図形に係る物語、すっすっと読み進めてみれば、出てくる出てくるお馴染みの数学者たちの試行錯誤と超飛躍、そして大発見の数々。

それでは以下に、とくに本書の第2章、第6章、第7章における数学論から僕なりに引用概括する ─ これらは論旨が明瞭かつ巨大かつ未来志向も強力と思しきゆえに選んでみた箇所である。




<ベンフォードの法則>
・ベンフォードによる「異常数の法則」は、あらゆる物理科学、金融、経済学、コンピューティングの世界で用いられるデータの数字そのものにおいて ─ それらの「最初の数字」の約30%は'1'であり、また約18%が'2'である…というように、「数字に特定の出現頻度の秩序が在る」旨を指摘したもの。
現在ではこれを総じて「ベンフォードの法則」と称している。
地震波形の山と谷の大きさを記すデータの、数字の出現頻度も、ベンフォードの法則に従っている。

・ベンフォードの法則に従っている「はず」のなんらかの会計データの数字が、英ポンド建てで表記されている場合、これを米ドルに換算したデータの数字も、やはりベンフォードの法則に従った数字となる。
また、kmで表記された地理データの数字がベンフォードの法則に従っている以上は、それをmile換算しても、そのデータの数字はベンフォードの法則に従った数字となっている。
このようにベンフォードの法則における表記単位を超えた性質を「スケール不変性」と称し、これは簡単な検証で確認出来る ─ 
例えば、或るデータ数字の最初の数字(だから'1'である頻度が一番高い)を2倍すればその積としてのデータ数字は'2'または'3'から始まるものとなり、また最初の数字が'2'であるならばその倍積データ数字は'4'または'5'から始まるものとなり…
こうして、最初の数字が'3'であるデータ数字、最初が'4'であるデータ数字、最初が'5'であるデータ数字…をそれぞれ2倍積させると、それぞれのデータ数字は「やはり」'1'から始まるものが最も多くなり、次に多いのが'2'から始まるもの、といった案配で、ベンフォードの法則にちゃんと従ってしまうのである。

・テッド=ヒルの定理によれば、ランダムに選んだ複数のデータ数字から何れかのサンプルデータ数字を抽出する場合に、そのデータ件数とサンプルを増やせば増やすほど最初の数字がベンフォードの法則に近づいた分布を見せる。
或るキリスト教のグループは、この定理から、海中と地殻中のミネラル物質の割合(のデータ数字)がベンフォードの法則に従っていることを発見した。

・ほとんどの数列においても、ベンフォードの法則は表れる。
例えば '2'と'3'を交互に掛けた整数の数列 1, 2, 6, 12, 36, 72, 216, 432, 1296, 2592, 7776, 15552, ... において、'1'と'2'の出現頻度はベンフォードの法則に従っている。
それどころか、自然界の不可思議とされるフィボナッチ数列、つまり 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, .. にても、やはり数字の出現頻度はベンフォードの法則に従っている!

・ベンフォードの法則を逆用すれば、或るデータ数字が本当に真であるか或いは何らかの作為による偽であるかを、精度高く見分けることも出来る。
重要な会計データをはじめ、さまざまなデータ数字の「真偽分析」にて大いに活用されている。

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<ジップの法則・ベキ乗則>
・一般に、たとえば或る小説における単語の登場回数とその登場順位など、「或るもの」の出現回数と順位は「ジップの法則の方程式」によって表現されている。
出現回数 = k 出現順位a  kaは実数) として表す。 
この方程式にては 'a'は'1'にかなり近い数字となり、その「或るもの」の出現回数と出現順位の相関はいつでも反比例つまりグラフ上でのロングテール状となる ─ だからlog-log対数スケールでグラフ化すればほぼ右下がりに一直線。

このジップの方程式は、たちえば或る国における各都市の人口とそれぞれの都市間での人口順位をプロットした場合にも当てはまる。
また、経済学でよく引用される(そしてセンター試験の政経科目でもしばし引用される)パレートの法則にても当てはまっている。
或る国における個人の所有資産額 = k / 所有資産の順位a  kaは実数)

・これをヨリ一般化した方程式であらわすと、y k / xa  kaは実数)
つまり「反比例のベキ乗則」であり、データの順位、つまりバラつきにおける規則性を見事に表現する。
例えば、地震のマグニチュードは、そのマグニチュードの地震発生回数に概ね反比例する。
月のクレーターは、それらのサイズとその個数がほぼ反比例。
ウェブサイドの人気度やツイッターのフォロワー数ランキングなども、この反比例のベキ乗則に従い、さらにネットワークにおけるノード間の接続優先度合についてもアルバート=ラズロ=バラバンなどが先進的な数理研究を行っている。

・この反比例ベキ乗則の方程式にて、'k'と'a'の実数を現実的に充当した例としては、たとえば、哺乳類のさまざまな種における体重と代謝速度の相関を表現したクライバーの法則がある。
或る哺乳類の代謝速度 ≒ 70 x その個体の体重3/4 
なお、生物の個体における寿命と体重の比例関係、或いは心拍数と体重の反比例関係、などなどにて、概ね1/4乗をどこかに適用したスケーリング方程式が成立している。

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< 'e'の指数曲線>
・指数曲線 y ax aは正の数)  の方程式は、連続した指数関数的増加を著し、この曲線の高さと勾配の「比」は常に一定である。
では、曲線の高さと勾配が「常に等し」くなるような ─ つまり 'y' の値が常に 'y/x' に常に等しくなるような指数関数増加の曲線はどういうものか ─ それが、ヤコブ・ベルヌーイによる発見以来つねに起用される指数定数(いわゆるネイピア数) 'e' を起用したもので; y = ex 
なお、この指数定数'e' の実際の値は循環小数ではなく 2.7182818284 .... と無限に続く。

・カネの複利計算などにて古くから用いられてきた指数曲線の式は {1 + (1/n)}n であり、ここで'n'が増大するに応じて 1 + (1/n) の値は小さくなってゆくが、むろん指数としての'n'は大きくなっていく。
オイラーの発見により、この {1 + (1/n)}n の展開'0'以降のすべての整数'n'について 1/n! をひとつひとつ計算してから、それら全ての項を足し合わせるに等しく、その合計は必ず 'e' に無限に近づいてゆく ─ と分かっている。

さらにオイラーの発見により、1 - (1/2!) + (1/3!) - (1/4!) + ... ± (1/n!) の級数は、'n'が無限大になるにつれて 1 - (1/e) に無限に近づくことも分かっており、これはトランプカードなど或る'n'個のものが一致する確率をその'n'に応じて導く。
ここで、'n'が6ないし7より大きくなると、1 - (1/e) にいよいよ近づく一方であり、しかもこの 1 - (1/e) の実際値は上に挙げた'e'値をもとに計算すれば約0.63 ─ よって一致確率が約63%に限りなく近づくと分かる。

・さて、指数関数的「減少」の式も指数定数の 'e' を起用して y e-x と表すことが出来、元素の半減期などを表現するさいに用いられている (なんてこと知っている大学生や高校生はどのくらい居るんだろうか。)
面白いのはここからだ、指数関数的増加を表す ex と、指数関数的減少を表す e-x の平均値が、2つの点の間に紐をぶら下げた曲線形状を成し、これが物理学などにおけるいわゆる「カテナリー曲線」となる!
カテナリー曲線の方程式は y = (eax + e-ax) / 2a  (ここで'a'は垂れ下がった曲線の両端間距離による定数)
さて、「実際の物質が成すカテナリー曲線の鎖」においては、その内力が「この'e'の指数関数曲線に完全に沿った張力」となっており、これを「上下にひっくり返す」と、なんと!このすべての張力がそのまま「曲線に沿った上下の圧縮力に変わり、その形状は「自重のみで自立したアーチ」と成る!
(このあたりは本書掲載のグラフを一瞥すれば判りやすい。)

カテナリー曲線を活かしたアーチ状の建造物は、もちろん現代でも大いに造られており、たとえば、クウェートにおける直近の巨大空港建設における長さ約1.2kmの巨大な屋根ドームの形状は、まさにカテナリー曲線(を上下ひっくり返したもの)である。

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<  eπi + 1 = 0 >
オイラーが遺した公式(恒等式)のうち、最も偉大な業績と讃えられているものがこれである。
最初の自然数である'1' と、無を表す'0'と、円周率'π'と、指数の定数'e'と、虚数'i' が たった一本の式にて結びつけられている!
これはとてつもないヒラメキにして、実践面での大跳躍でもあり、ここから近現代数学は'e'を活かしつつ三角法も起用して虚数'i'複素平面グラフ上に表現せしめ、さらに'i''i'の積までも表現するに至る。
こうして数学は、数そのものと表現を分離させ、表現論理のみの世界をも構築していくことに…。
(ここは本書にてもトビキリの難所のひとつ、よって以下の僕なりのまとめもざーっとした雑記に留め措く。)

・一般に eix は、上に挙げた{1 + (1/n)}n の展開に則り、1 + ix + (ix)2/2! + (ix)3/3! + (ix)4/4! + (ix)5/5! + (ix)6/6! + (ix)7/7! + ... 無限に'e'に近づく。
そして i2 = -1 ゆえに、
eix  = 1 - (x)2/2! + (x)4/4! - (ix)6/6! +...  + i{(x)3/3! + (x)5/5! - (ix)7/7!   と分けられ、このうち実数は三角法にてはcos x と等しく、また虚数部には三角法のsin x と等しい。
つまり eix = cos x + i sin x  
さらにこれをラジアン表現すれば cos π = -1 かつ sin π = 0 なので、e = -1 となる。

・さらに三角法を活かして、a+bi の複素平面における表現を図る。
隣接辺aで対辺bかつ原点からの距離rで中心角θの直角三角形を想定すると、そもそも a = r cosθ、また b = r sinθ から a+bi = r(cosθ+ i sinθ) である。
ここでさっきの  eix = cos x + i sin x  を活かすと、なんと a+bi = re となり、指数の定数'e'の虚数'i'乗が複素平面上にて表現出来てしまった。

・では虚数'i'の虚数'i'乗は、複素平面にてどう表現しうるか?
'i'の点は原点からの距離1単位にて、水平軸からの角度がπ/2ラジアン、
よって ieiπ/2 であり…、この2乗は 1/eπ として表現が可能。

(つあーーーっ、ダメだ、この段の計算展開には僕の頭がついてゆかぬ。)

以上の数学をさまざま用いて、複素平面上にては多くの表現上の創意工夫もまた応用ももたらされている。
ある実数に虚数'i'を掛ける行為を、複素平面上では反時計まわり90°で表現、この工夫は素粒子物理学や電気工学、レーダーなどにて活かされている。
シュレディンガーによる波動方程式でも虚数'i'が起用され、物質そのものの性質(相互作用の確率)を複素平面上の相対位置として表現している。

さらに、ハミルトンが閃いた空間3次元と時間の「四元数」による座標表現も、虚数の複素平面表現を大胆に飛躍させたもの。
この「四元数」は現在まで、航空産業やCG技術における3方向の回転軸計算で実践的に活用されている。
更なる多次元計算の数学技法も、量子力学や紐理論などにおける活用に活かされるであろう、と期待されている。

反復数列に複素数を含ませて、それらの角度と距離の関係をコンピュータ動員で複素平面に表現していくと、その値はマンデルブロ集合と称す無限恐怖の渦巻を成し、これがいわゆるフラクタル幾何学のはじまりで…

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ざっと、ここまで。
さらに本書が呈する数学の主題は ─ 回転図形、楕円と放物線、フーリエの定理、微積分とボルツマン方程式、そして、フレーゲ以降の論理学がもたらした自己言及とパラドックス、(架空の)ブルバキ教団による集合論などの超厳格化の意義、さらにノイマンやコーシー以降のコンピュータによる自己複製プログラミングとランダム宇宙との相克、などなど。

ともあれ、基礎教養から応用数学まで垣根を超えて行ったり来たり、また随所に哲学的な問いかけあり、そしてところどころにビックリ発見譚、と、本書はまさに教養書としてまた蘊蓄本として、さまざまなスリルに満ちた読み物となっている。


以上

2018/07/08

【読書メモ】 トコトンやさしい クロスカップリング反応の本

「クロスカップリング」なる概念については、ノーベル化学賞の受賞以来、僕なりにそこはかとなく意識はしてきたし、また金属触媒(パラジウムなど)について素材論にかかる本で目にしてきたこともあり、気にはなっていたところである。
そこで偶々目にしたのが此度紹介の一冊だ。
トコトンやさしい クロスカップリング反応の本 鈴木章 監修 日刊工業新聞社 B&Tブックス』

本書の主題であるクロスカップリング反応技術とは、いわゆる有機合成の最先端にして最も活用性と普及性の高い技術である。
とりわけ理系分野の学生諸君には是非とも関心を払って欲しい、未来志向バツグンの技術/製品分野である。
本書は、相応の化学式(構造式)は挙げられているものの、込み入った化学計算式はほとんど引用されておらず、ゆえに一般読者にとって概略を了察しやすいコンテンツといえよう。
(とはいえ、化学分野の仔細に乏しい僕などの読者にとっては、「トコトン易しい」わけではない。)

さて、本書前段部における大いなる要諦は、有機ハロゲン化合物を試薬(素材)とし、そのカップリングパートナー試薬として有機ホウ素化合物をおいた、典型的なクロスカップリング反応技術としての「鈴木・宮浦反応」である
なるほど、クロスカップリング反応は理念上はけして真新しいものではないにせよ、実現技術はまだまだ検証の端緒についたばかり…そして本書後段部においてはデッカイ未来に突き抜けた多様な製品化アプリケーションの可能性がふんだんに挙げられている!
※ 因みに、鈴木・宮浦反応にて冠されている「鈴木」氏こそが、2010年ノーベル化学賞受賞、そして本書監修の鈴木章氏である。

さて、此度の僕なりの「読書メモ」を、本書の第2章までのコンテンツをもとに以下列記する。
(なお、技術開発における主要段階で活躍された化学者たちの実績については、やや細かくなるので具体的引用は差し控えた。)



<クロスカップリング反応技術の意義>
複数の有機化合物の試薬にて、炭素の結合を狙いどおりの位置/方向に組み替え、さまざまな新規の有機合成を実現すること。
本来、炭素原子は互いに安定力が極めて強く、容易には切り離しも組み替えも出来ないが、そこを化学反応によって克服し有機合成の可能性を格段に広げてきたのが「クロスカップリング反応技術」である。


<鈴木・宮浦反応の基本>
クロスカップリング反応技術の現代における基本形が、第7項(p.25)に要約されている 「鈴木・宮浦反応」である。
有機ハロゲン化合物を試薬の一方とし、またもう一方には有機ホウ素化合物をカップリングパートナー試薬として、新たな有機化合物を組み上げる反応技術であり、その要領を概説すると以下のとおり。

① 酸化的付加反応: 試薬である有機ハロゲン化合物に、パラジウムが触媒として電子を与えて2価となり、これによって炭素とハロゲンの結合が切れる
 → まずは「炭素-パラジウム-ハロゲンの複合体」が出来る。

② トランスメタル化反応: この複合体に、カップリングパートナー試薬である有機ホウ素化合物(ボロン酸)をぶつけると、ホウ素とパラジウム触媒に結合していた運搬基が交換される
 → これにより「炭素-パラジウム-炭素の複合体」が出来る。

③ 還元的脱離反応: この複合体から電子が奪われてパラジウムが元に戻りつつ、成果物として 「炭素-炭素の新たな結合による新たな有機化合物」が合成出来る。

この鈴木・宮浦反応フローを基本として、現在までに試薬として起用出来る「分子構造ヴァリエーション」が、第16項(p.43)にマトリクスとしてまとめられている。
すなわち ─ ハロゲン化合物およびホウ素化合物それぞれの 「アルキル型、アリル型、ビニル型、芳香族型、アルキニル型」 分子をクロスカップリングさせることにより、じつに多様に新規の有機化合物を合成することが出来る。

なお、鈴木・宮浦反応は世界的にみても最も優れたクロスカップリング反応技術であるが、特許出願をせず、このため世界中で製品化に活用されている!



<試薬: 有機ハロゲン化合物>
いわゆるハロゲン原子 ─ フッ素、塩素、臭素、ヨウ素は電気陰性度が大きく、よって上に挙げた酸化的付加反応を進めやすい。
実際のハロゲン化ベンゼン(環)の反応性は;
・ヨードベンゼンならば、室温で酸化的付加反応がすすみ、よって一般市販の金属触媒で済む。
・プロモベンゼンは80℃の加熱で酸化的付加反応が起こるが、これも一般市販の金属触媒で済む。
・クロロベンゼンは、200℃まで加熱しても、通常状態のパラジウム触媒では酸化的付加反応が起こらない。
・フルオロベンゼンは、これまでのところ酸化的付加反応が起こっていない。

なお、実際にはハロゲン原子を含まない「疑ハロゲン」有機化合物を試薬として起用する場合もある。

<カップリングパートナー試薬>
上で挙げたトランスメタル化反応(運搬基の交換)を進めるため、カップリングパートナー試薬が用いられる。
鈴木・宮浦反応ではパートナー試薬として主に有機ホウ素化合物が用いられるが、このメリットは、空気や水分にて安定しており、特殊な反応操作やその装置を必要とせず、反応が高収率で進行すること、併せて、スズ化合物のような毒性もないこと。

尤も、ホウ素と炭素は共有結合をとるため、トランスメタル化反応のための分極を起こしにくく、このため有機ホウ素化合物は予め塩基を結合させた錯体とし炭素のイオン化を促進、その上で起用している。

なお、この他にパートナー試薬として起用される有機金属化合物としては、有機亜鉛化合物、有機リチウム化合物、有機マグネシウム化合物(グリニャール)などがある。
さらに、金属化合物にとどまらず、オレフィン化合物、アセチレン化合物、アミンなどもパートナー試薬として起用されている。


<目的成果物 - 共役ジエン構造の化合物>
クロスカップリング反応のひとつの主目的は、共役ジエン構造(炭素の二重構造)を立体的に成す有機化合物の合成~応用製品化である。
鈴木・宮浦反応にて、ビニル型構造のハロゲン化合物とホウ素化合物をクロスカップリング反応させ、さらに反応プロセスにて水酸化カリウムなどの塩基も加えると、意図したとおりのシス/トランスの共益ジエン構造化合物を合成出来る

ひとつの大成果は、天然海産物であるパリトキシンの毒性を精査するための人工合成であり、巨大分子構造かつ多くの官能基を有する水溶性の物質であるが、水溶液中でこの人工合成を実現、これを最終工程で成し遂げたのが鈴木・宮浦反応によるジエン合成技術であった。

<目的成果物 - ビアリール化合物>
やはりクロスカップリング反応の主目的のひとつは、ベンゼン環が2つ「非対称に」「ビアリール」連結した芳香族の有機化合物を合成~応用製品化すること。
鈴木・宮浦反応によって、狙い通りの非対称なビアリール連結が実現している。
ビアリール連結の有機化合物が、医薬品、農薬品、液晶、発光ダイオード、有機電子材料などで活用されている。

<触媒と配位子>
クロスカップリング反応の触媒としては、パラジウムのほか、ニッケルなども起用される。
パラジウムもニッケルも遷移金属であるが、これらに配位子イオンを配位結合させて錯体とすれば、試薬化合物との酸化的付加反応や還元的離脱反応が容易になる。
配位結合させるイオンとしては、リン配位子(ホスフィン)、N-ヘテロ型環状カルベン、窒素配位子(アミン類)などがある。

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ざっと、以上までが本書における技術概論 ─ の、さらに僕なりの抜粋と概括である。

本書の第5章(p・84)以降は、クロスカップリング反応技術による有機合成の製品実用例について紹介が続く。
それらは ─ 薄型素材としての液晶材料ディスプレイ、有機EL材料ディスプレイ、そして、レジスト材料(半導体)や有機トランジスタ、さらには、農薬(殺菌剤)、抗がん剤や抗HIV剤、細胞染色剤、イオンセンサー、腫瘍マーカーまで…。
例えばだが、クロロ原料と塩化ビニルのクロスカップリング反応でPTBSモノマーを合成するにあたり、東ソーが世界で初めて鉄触媒を起用、こうして合成されたPTBSが現在の半導体のレジスト材料に起用されている、云々について。
このレベルまでテクニカルに了察出来る読者ならば、今日のリアリティはむろん未来像までもが実践的なものたりえよう。

まこと、本書は農林水産業・工業・医療分野まで多くの知見の源泉としても、意義付けの大いなるものであり、クロスカップリング反応による有機合成の現状と可能性につき、いつでも手元におきつつ参照し続けたい一冊なのである。


以上

2018/07/06

英語は数学にも似ている ?

そもそも、電気関連産業の経験者は概して英語表現が上手い、とのよく評されるものである。
その理由を察するに、ひとつは、先に何度か挙げたように物理学の思念や着想が現代英語とかなり重なっているからであろう。
だがもうひとつは ─ 特にいわゆるITやIoTにて普及している数理表現についてであり、これらは法務や会計やジャーナリズムの英語表現とも相まってビジネス界に普及しており、だから、これらの分野をかじった経験者であればビジネス実務上の英語表現にそこそこ熟達しやすいのでは、と考えている。
(なお英語表現とはいっても、必ずしも会話能力を指すわけではないし、また僕自身が電機メーカに居たからといって取り立てて英語通とは自覚していない。)

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以上のように話を誘導してきた上で、さて、数理表現≒ビジネス一般表現においてよく用いられる英単語を、思い当たるままに以下列記してみた。
(品詞分析については考慮せずに記した。名詞と動詞にてあまり実践的な区別が無いためである。)

system : ~系、系統、運動体系
principle : 公理
theorem : 定理
proposition : 命題
definition : 定義
entity : 現代英語における最重要単語のひとつ。何らかの形で実在するもの。何らかの'system'や'model'の構成要素のこと。法人企業も指す。
number : 数字、数字表記。なお 'odd number'が奇数で 'even number'が偶数、'real number'が実数で 'imaginary number(part)'が虚数である。
symbol : 記号、符号
shape : 形状、…形
dimension : 次元のこと。また次元を上げるもの、たとえば面積、容積なども指す。
count : 数を数えること。なお現代英語における最重要単語の'account'はいわゆる勘定のこと、および考慮事由のこと。

calculate : 段階的な計算遂行
compute : 完全な解を算出すること、電磁的手段による計算。
mode : 計算の方式
format : 形式。
code :  情報の符号(化)。ビジネスにおける特定の規範掟のこと。
encode : 平文字(数字)や平文を暗号化すること。復号は'decode'である。
script : 記述された記号や文言
operate : 演算行為。機能すること。法人を経営すること。'operating system'や'operating profit'は現代英語の最重要ヴォキャブラリーである。
task : 一つひとつの演算。それらを目的別に組み合わせた業務が'job'である。また'work'は物理学でいう仕事のこと。
program : 計算手順のこと。行為手順、いわゆるカリキュラムのこと。この最適な形式(化)を'algorithm'ともいう。
perform : 'program'通り、図った通りに機能すること。

subtract : 引き算すること。
divide : 割り算すること。なお分子を元素レベルにまで分解する場合にも用いる。
product : 掛け算による積のこと。
insert : 代入すること。'substitute'も同義。
argument : 他所から引っぱってきて引用する数。また特定の論題、論争もさす。
constant : 定数、特定要因
variable : ひろく変数、変動要因を指す。
parameter : 限定(媒介)変数、一定範囲内の変動要因のこと。
coefficient : 係数
fraction : 分数
factor : 因数、要因
null : ゼロ。相当数値が無いこと。
default : 初期の数値。ビジネスでは債務返済の不能状態も指す。
finite : 有限であること。無限の状態は'infinite'である。
formula : 数式。
translate : 数式を変換すること。
equation : 等式、方程式。なお一次式は'first order equation',で二次式は'quadratic equation'という。
congruent : 合同な(式)
conform : 完全に一致すること。製品の技術仕様が要求に一致すること。
inequality : 不等式
regression : 或るバラつきデータが特定の方程式などに回帰すること。一定の仕様に回帰すること。
power : 累乗のこと。2乗であれば特に動詞'square'で済ませ、3乗ならば'cube'で済ませるが、それ以上のベキ乗となると 'to the power of 4' や 'to the power of 5'などという(ようである)。
function : 関数のこと。何らかの相関による機能も指す。

ratio : 比率のこと。例えば 'the sine of a triangular ratio' は「三角比」における正弦のこと
rate : 割合
proportion : 比例。反比例は'inverse'を用いる。
linear : 直線の、線形の…
curve : 曲線
angle : 角、その角度
dot : 点
plot : 点と座標を決定すること。
segment : 線分
trajectory : 軌跡、軌道。財貨の量や価格の変動経緯。
plane : 平面。平面図形は'plane figure'である。
solid : 立体。立体図形は'solid figure'である。
side : 多角形の辺
face : 多面体の面
node : 結節点のこと。ネットワークにおける交点(サイト)など。
parabola : 放物線
analogue : 連続変化、相似、類似
digital : 離散、数字表記
sequence : 数列。また数列のように秩序立った連続表記など。
matrix : 行列
position : 数字のケタ、位置

set : 集合
class : 特定要素の集合
element :  集合における或る要素
component : 集合を成す構成要素
assemble : 構成要素を組み合わせること。ハードウェアを組み上げること。
event : 事象
case : 場合
probability : 数学上の確率。なお可能性は'chance'や'possibility'で表す。
frequency : 事象が起こる頻度。また周波数もさす。
domain : 領域。特定の知識分野も指す。
zone :  特定の帯域、区画
adjacent : 隣接する~の意。
key :  或る問題に対する特定の解法のこと。暗号文を平文に換えるための鍵数字のこと。
solution : 数式の解。なお物質溶解の意味もある。
hypothesis : 仮説。
assume : 仮定を立てること。
hold : 数式が成立し適用できること。
coincide : 対応し一致すること。
deduce : 演繹すること。
induce : 帰納のこと。なお数学的帰納法の場合には、自然科学全般の現実への帰納とは異なり、あくまで論理の完結をさす。
reduce : 約分、通分すること。背理法は類義語の'reduction' 。なお化学では酸化に対する還元もさす。
differentiate : 微分すること。微分関数は'differential function'。なおdy/dxは'differentiate y with respect to x'と表現。なお積分は'integrate'を用いる。
converge : 収束すること。ビジネスにて条件が一致する場合にも用いる。
demonstrate : 数式成立を証明すること。'prove'と同義。
contradict : 矛盾、論理相反

flow :  一連の連続処理
chart :  図表
order :  秩序
abstract : 知識を概括すること、されたもの
average : 平均値。なお、中央値は'median'である。
deviate : 偏差、バラつき、逸脱行為
meta :  秩序や概念において「ヨリ上位の…」。
term :  条件のこと。'terms and conditions' はビジネスの基本要件書のこと
protocol :  計算手順のこと、ビジネス取引規約のこと
outline : 概略すること、概略図
quote : 数値を他所から引用すること。'quotation'は商材の見積価格も指す。
metric : メートル法における単位尺度。現在はほぼ全世界で採用されている。
imperial: ヤードやポンドやガロンなどの単位尺度。かつての英帝国で普及し現在は主にアメリカに残っている。


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さはさりとて。
そもそも此度は 「英語は数学にも似ている」 とおいてはみたが、直観的に思い起こせば、むしろ概して似ていないようで(笑)

数学やソフトウェア/プログラムは、環境世界と公理と定理と計算規則が「予め提供されており」、それらの組み合わせによって計算効率化と正当化(証明)を探求していく、さらに暗号などに用いるイジワルな巨大演算を開発するなど、インスピレーションがやむことはない ─ そんな贅沢なツールである。

一方で、英語などの言語の場合、何を誰がいつどこで行為を成したのか(あるいはしていないのか)について、描写が忙しい。
しかも、描写量のわりには数学や理科のような抽象化には乏しく、新たな試行錯誤やインスピレーションがほとんど出てこない。

…こんなふうに、ぱっと思い当たるだけでも、数学と英語はかなり性質が異なり、たとえばAIなどの技術にて、数学の仲間であろう論理記号を以て言語表現と折り合いをつけるということは物凄く大変なようである。


以上

2018/07/01

自由形


小学校の3年生の頃だったか(4年生の頃だったかな)ハッキリ覚えていないが、スイミングクラブに通っていたことがある。
或る体育大学に併設されたスイミングクラブ、そしてインストラクターの多くはそこの体育大の女子大生たちであった。
プールサイドでの準備運動の指導からしてなかなか堂に入った厳しいもの、僕らがいい加減な態度で臨んでいると、彼女たちがいわゆるビート板で僕らの背中や尻をバシーーーンと引っぱたく。
こらっ!ちゃんとやれっ!
(この頃から暫くの間、女子大生がおっかなくて堪らなかった。)


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僕ら、と記したが、このスイミングクラブへは学校の級友2人と連れだって通っていた。
土曜日の午後に設定された練習コースを選択、1時間だか90分だかが割り当てられていたと記憶している。
なにしろ小学生のころの思い出ゆえ、ところどころがバラバラかつ曖昧であるが、やはりうすぼんやりと思い出す限りでは、クラブに入った最初の段階にてはオレンジ色のスイミングキャップを支給されていた。
僕たちはこのオレンジ色のキャップを着用して、いわゆる本当の初心者からスタート。
俗にいうバタ足の練習から、バタバタバタ…、ダメダメ姿勢がなってないなどと女子大生インストラクターの叱責の声、そして、僕らの頭をビート板でバシンバシンと。

そんな初心者段階の僕らにとって最初の関門が、クロールで25mの完泳である。
これを突破すればいわゆる進級を成し、あらたに背泳ぎのクラスに編入となり、緑色のキャップが支給されるのであった。

さて、或る土曜日の進級テストでのこと。
一緒に通っていた級友2人が、立て続けにクロール25mを完泳し、背泳ぎクラスに進級を果たし、見事に緑色キャップを掌中におさめたのである。
このとき、僕だけが完泳出来なかった。
相変わらずのオレンジ色を握りしつつ、子供ながらに歯ぎしり、悔し涙すら湧いてきて、思えばこれが僕なりに初めて体験したいわゆる敗北であり格差感覚であった。
これ見よがしに緑色キャップをひけらかすこの2人の級友がもう憎くてたまらず、学校でもろくに口も聞かなくなるほどで。
とはいえ、そんな緊張関係も数週間のこと、やがて僕もクロール25mを完泳して、念願の緑色キャップを…

こんなふうに、クラスが進むとともにキャップの色も変わってゆき、平泳ぎクラスに進級すると青色のキャップ、バタフライのクラスに進級すると赤色のキャップが支給されたのであった。
そういえば思い出したが、級友のうち1人がバタフライクラスへの進級を断念して、クラブを休むようになった。
僕は心中で喝采していた ─ あいつは負け犬だ、逃げたんだ、僕はバタフライクラスへの進級も果たし、まだ踏みとどまっているではないか。


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これで、僕のささやかなライバルが定まった。
もう一人の級友であったMくんである。
Mくんはバタフライクラスへの進級も僕よりちょっと早く、筋もよかったのだろうが、同時に年齢不相応ななかなかの策謀家でもあった。

どんな態度で水泳に挑もうとも、進級テストは必ずやってくる。
テストの直前になって、Mくんが小声で僕に打ち明けることには、 「バタフライまでは、なんとかなる。でもこの上の級はキツイぞ。なあ、このあたりでしばらく遊んでいようよ」
「いやだよ、せっかくやる気が起こっているんだから」 と僕は答えた。
「タックンは物事を深く考えないんだな、だから上達しないんだよ」 とMくんが偉ぶった口調で続けた。
おまえだって俺と大して変わらんじゃないか…と、カッとなりつつも、僕は皮肉をこめて言い放ってやった。
「何度考えても、出来るものは出来るし、出来ないものは出来ないんだ」
そして僕は進級テストで「いの一番に」バタフライ25mに挑み、見事に完泳をやってのけた。
(そういえば、数字の1を自分なりのラッキーナンバーと見なすようになったのも、この日からだったような気がする。)
この時、プールサイドで待機していたMくんはちょっと驚いたふうに僕を見つめていたが、やがて自分の番となると、どこからそんな力が湧いて出てきたのか、豪快なバタフライで泳ぎきりやがった。
そして、はぁはぁ息せき切りながらも僕を睨み返し、さぁどうだお前なんかには負けないぞと云わんばかり。

本性や心意気はさておくとしても、僕とMくんは揃って更なる上のクラスに駒を進めたのだった。
いよいよここからが、複合種目のクラスである。
これまたうろ覚えだが、おのれの得意な泳法で50mを泳ぎきること、それから、それぞれの泳法にて25mx4の個人メドレーなどなどが次なる課題であった。


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練習を続けつつ、またまた進級テストの日がやってきた。
Mくんがまたもや策謀家ぶりを発揮し、小声で僕に囁いた。
「今日のテスト、受けるのやめようよ。もしも合格してしまったら次からはいよいよ厳しい練習に突入することになるよ」
「そんなことは受かってから考えればいいんだ」 と僕はうそぶいた。
「またそんな気取ったこと言ってんのか。ふん、ともかく俺はテストは受けない」 とMくんがふてくされたように言う 「俺だって50mを泳ぐ自信はあるけど、身体がばらばらになりそうだよ。もっと力がついてから受けることにする」
じっさい、僕だって50m完泳は辛かった、しかし迷いは無かった ─ 出来るものは出来るんだ。
結局、Mくんは棄権し、僕はまたも「いの一番に」テストを受けて、颯爽と自由形を披露、我ながらびっくりするほどの快泳で50mをあっさり泳ぎ切っていた。
Mくんが呆れたように僕に呟いた 「タックンは贅沢な性格だなあ」
「贅沢って、どういうこと?おまえの考え方こそが贅沢だろう」 と僕は反論していた。

こののちも、僕とMくんはさらに暫くの期間このスイミングクラブに通い続けた ─ はずなのだが、どうもハッキリとした記憶がない。

いつしか、僕たちは個人メドレー100mをこなせるようになっていたし、キャップの色はすでに純白でつまり小学生の最高クラス、何となくプライド感覚も高まってゆき、いまやカラフルなゴーグルを装着して水中ターンも華麗にこなしつつ…
それでも5年生に進級する頃には僕ら2人ともどもクラブを辞めていたのだった。
水泳に徹底的な拘りを抱くに至らなかったという文脈からすれば、結局はMくんが正しかったことになる、だがMくんにはもっと別の意気や見解があったのかもしれず、この由、彼とは中学進学後に全く交際が無くなってしまったためもう確かめようがない。

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ついでに。
中学生になった僕は、夏休み期間にほぼ毎日のように学校のプールに足を運び、よく泳いだものである。
水泳にはこれといった意気も拘りも無かったものの、時おりプールサイドに監視監督に立つ美人教師から 「山本クンは筋が良さそうね」 などと褒められるのが嬉しくて、友人たちともども大いに意気高揚。
しかも体力あり余ってふざけあい、空中回転跳びこみや潜水レスリングなどなど。
さらに、更衣室でタバコを吹かしてみたり、と。
そんな或る日のこと。
おそらくは僕たちの所業を見かねたであろう彼女の報によって、敢然とプールサイドに乗り込んできたのが、精悍に日焼けした体育教師男である。
「何をやってんだオマエたちは!学校内で悪ふざけは許さん!」 と怒鳴り声、僕たちの顔面にバチーーンと飛んできたビンタの嵐、鼻血が出るほど強烈だっがが、このさまを見届けている美人教師の手前、グッと涙を堪えて立っていたのも、プールサイドの掟といえようか。
でも、どうせなら、この美人教師にビート板で頭を軽くこつんと小突いて欲しかったな (ははははは)


おわり