2017/08/17

【読書メモ】 この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた

『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた ルイス・ダートネル著 河出書房新社』
本書は軽妙かつユーモラスな科学概説エッセイ、とりわけ化学論である。
総論をごく大雑把に概括すると  - 『少なくとも地球上にて、農業/工業の基幹たりうる化学物質は、苛性アルカリ物質である炭酸ナトリウム(ソーダ灰)と、強力な酸化剤である硝酸でありえよう、またカリウム源および燃源としては木材(木炭)が最高だろう…。』
ざっとここのところ実証的に思考実験すべく、本書は半ば冗談めいた人類文明再生プロセス (build our world from scratch) を想定してみせたのではないか。

本著者のダートネル氏は宇宙生物学が専門の由、よって本書は、巷間に喧しい科学論とは一線を画した、いや遥かに卓見した科学論かつ文明論たりえよう
じっさい、本書の記述は分野を超えた横断的な展開を呈しており、エネルギー収支比、農業への投入エネルギーと摂取カロリーなど、熱/物理エネルギー効率にも大いに着眼、また電気応用についても触れている。
かつ、たとえば 「水でさえも化学物質だ」 などというヌーボーとした記述について、どこまでシリアスなのかはたまたユーモアなのか、いずれにしても吹き出すほどおかしい。

ただし、為念の注釈もしおく。
本書における諸々の主題は総論概説に留まっており、化学コンテンツについても化学式や定量計算は仔細引用されていない、ゆえに、読み易いともまた読み難いともいえよう、ともあれ、理科に通じた読者が速読する蘊蓄本としては絶好の一冊か。
それでは、以下、特に炭酸ナトリウムと硝酸を根本に据えたさまざまな転用/応用論について、僕なりの読書メモとしてまとめおく。



石灰岩(炭酸カルシウム)を900℃以上の高温環境で熱すると、無機物が分解し二酸化炭素ガスとして放出、残留物はアルカリ性の生石灰(酸化カルシウム)となる。
さらにこれを水と反応させると水分子を分離させ、強アルカリ性の消石灰(水酸化カルシウムとなる。
廃水の浄化にも適する。

・木炭をつくる(炭焼き)過程で有機物と無機物に分離できるが、ここで水溶性の無機物質(灰汁)を採って煮沸すると、いわゆるカリ、一般には強アルカリの炭酸カリウムが得られる。
カリウムは植物の生育に必須物質で、肥料に活用される。
さらに、炭酸カリウムを更に強アルカリ性の消石灰(水酸化カルシウムと反応させると、苛性アルカリの水酸化カリウムが得られる。

・海藻の山を燃やす過程で、このうち水溶性の無機物質を採って煮沸すると、強アルカリのソーダ灰(炭酸ナトリウムが得られる。
これも、消石灰(水酸化カルシウム)と反応させると苛性アルカリのソーダ(水酸化ナトリウムが得られる。

・生物体内にて、余分な窒素は水溶性化合物つまり尿素に換えられるれるが、これを発酵させればアルカリ化合物であるアンモニアを採れる。

※ そもそも、植物体内にては、エネルギー移動のためにリンを必要とし、水分損失を防ぐためにカリウムも必要とし、そしてタンパク質合成のために窒素(アンモニア)が必要。
これらが農地の土壌成分に含まれねばならない。
なお、エンドウ、インゲン、クローバー、大豆、ピーナッツなど豆科の植物は、生育する過程で栄養素を土壌中に再注入する能力がある。
17世紀以降のいわゆる(ヨーロッパの)農業革命は、特定の農作物を活用し土壌中の窒素量を増やしつつ循環させる技術であった。

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・木材から木炭をつくる(炭焼き)過程で発生する有機廃棄物のガスを分溜すると、有機の木酢から主に酢酸アセトンメタノールを抽出出来る。
酢酸は酸性で、アルカリの炭酸ナトリウム水酸化ナトリウムと反応して酢酸ナトリウムをつくり、これは染料や顔料として使われてきた。

・海水を電気分解すれば、塩素ガスを得られる。
塩素ガス黄鉄鉱を反応させれば、硫酸塩化水素ガスを得られる。
硫酸によって、土壌中のリンを分解し植物に回すことが出来、だから人工肥料としてよく用いられている。

塩素ガスは、消石灰(水酸化カルシウムないし苛性ソーダ(水酸化ナトリウムと反応させると酸化して漂白剤になる。
また、水に溶かせば塩酸になる。

・ラードなどの油脂を成す炭化水素分子と脂肪酸(カルボン酸の意か?)を、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などのアルカリで加水分解(置換)すると、脂肪酸塩になり、これが炭化水素を以て油脂と水を界面的に(弾き合うように)繋ぎ、石鹸にもなる。
この生成過程でグリセロールも抽出出来る。

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・木材を徹底的に燃焼させると、化学結合エネルギーの大きな有機物つまり木炭だけが残り、木炭は木材どころか石炭よりも高温で燃える。
燃えながら一酸化炭を放出し、これが極めて強力な還元剤として、金属製錬プロセスにて酸素や硫黄などを分離させる効用がある。
一方で、木炭の重量は木材の約半分となるため、実に有用なエネルギー源たりうる。

・植物のセルロース繊維は、リグニンによって強力に束ねられた重合体であるが、これを苛性ソーダ(水酸化ナトリウムに長時間浸して加水分解(置換)すると、重合体が切れて、加工しやすいパルプ材になる。

・粘土は、アルミノケイ酸塩鉱物で出来ており、これはアルミニウムケイ素がそれぞれ酸素と結合したものゆえ、不燃性である。
これを900℃以上で加熱すると、粘土粒子が強固に融合を始める。
この物質にナトリウムを加えると発熱し、ナトリウム蒸気が年度中のシリコンと混じり、ガラス質の皮膜となり、これは耐火性に優れつつ防水機能にも優れている。

・ソーダ灰(炭酸ナトリウム)は、ガラス製造にて砂を溶かすための融剤として不可欠であり、世界で生産されるソーダ灰の半分以上はガラス製造のために用いられている。

・消石灰(水酸化カルシウム)に少量の水を混ぜると、石灰モルタルになり、レンガ類の結合能力がある。
これが土中成分のアルミニウムケイ素と水和反応すれば、さらに強度が増してセメントになリ、セメントは水中でもむしろ解けずに硬化する性質を有する。
セメントからコンクリートもつくれる。

セメントもコンクリートも、古代ローマ帝国期には大いに起用され、その建造物は今もなお健在だが、中世ヨーロッパではあまり用いられず、ゴシックの大聖堂は石灰モルタルで出来ている。
なおコンクリートは圧縮強度は高いが張力には脆いため、抗張力のある鉄筋とともに建材に用いられている。

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・生石灰(酸化カルシウム)と水を反応させると、アセチレンを得られる。
アセチレンは燃料ガスとして最も高熱の炎を発し、アセチレンガスと酸素を活かせば3200℃以上の金属溶接器も作れる。

・鉄鉱石に石灰岩(炭酸カルシウム)を混ぜると、鉱石内の不純物質の融点を下げて液化し、溶鉱炉から除去出来る。

・堆肥の窒素(硝酸の状態の意?)に消石灰(水酸化カルシウム)を加えると、カルシウムが硝酸イオンと結びつき、更にこれに少量の炭酸カリウムを混ぜると分子構造が置き換わって、炭酸カルシウム硝酸カリウム(硝石)を得ることが出来る。
この硝酸カリウムに多くの有機物を結合させて一層酸化させると、酸化剤としての硝酸カリウムと還元剤としての燃料分子が極めて急激に反応しあうため、燃焼しまた爆発もする。

人類最初期の黒色火薬は、硝石を酸化剤とし、木炭を還元剤として、硫黄を混ぜたもの。
硝酸カリウムに、セルロース繊維をもとにした有機物を結合させると、ニトロセルロースを作れる。
またグリセロールを活かせばニトログリセリン(ダイナマイト)にもなる。

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・アルカリとして最重要の化学物質たりうるソーダ灰(炭酸ナトリウム)を、確実にかつ効率的に製造する方式の代表例が、いわゆるソルベー法である。
重炭酸アンモニウム(アンモニア)と二酸化炭素と塩水(塩化ナトリウム)を反応させ、アンモニアによって塩水をアルカリ性に換えつつ、重炭酸イオンをナトリウムに移し、よって不溶性の重炭酸ナトリウム(重曹)をつくる。
この重炭酸ナトリウムを熱してソーダ灰(炭酸ナトリウム)を抽出する。
なお、ここで投入する二酸化炭素は、石灰岩(炭酸カルシウム)の焼き出しから取り出すものであり、残留する生石灰(酸化カルシウム)はアンモニアと塩水の再生に用いている。

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……ここまで、ざっと抜粋メモしてみた。
なお、本書は産業化にいたる工程仔細を精密に記したレポートではなく、たとえば合成アンモニアの製造方式として知られるハーバー=ボッシュ法にしても略記に留められている。
しかしながら、化学における縦横自在な着想の面白さ、その根源への遡及的な思考などなどを更に誘いうるという点にて、本書はなかなか触発的な快作といえよう。

以上