2018/07/30

【読書メモ】 どんな数にも物語がある

どんな数にも物語がある アレックス・ベロス著 SB Creative刊
また数学本を手にしてしまった。
本書は数学基礎から高等数学までの導入概説本、そして横断的かつ縦断的な総論の書でもあり、ベストセラー『素晴らしき数学世界』の続編とも見做されるもの。

本書の主たるメッセージを総括するならば、概ねこんなところではないか ─
『数学は概念を自在にバラしたり結び合わせたりの思考手法ではある、が、本性的には目的も必然も無く、あくまでも、或る既知の数学秩序が新たな発見をもたらし、その発見が新たな数学秩序を導き、そこからさらに新たな発見がもたらされ、そこから更なる新たな数学秩序が導かれ…と、どこまでも気紛れな奇跡(およびスリル&恐怖)である』
ざっと、こう捉えてみれば、数学という系はあたかもゲームやスポーツの偶発的な経路変異のようにすら見えてしまう、だから、本書は寧ろサブタイトルにおかれた「驚きと発見の数学」として挑むことが望ましかろう。
引用案内される公式や方程式、図形に係る物語、すっすっと読み進めてみれば、出てくる出てくるお馴染みの数学者たちの試行錯誤と超飛躍、そして大発見の数々。

それでは以下に、とくに本書の第2章、第6章、第7章における数学論から僕なりに引用概括する ─ これらは論旨が明瞭かつ巨大かつ未来志向も強力と思しきゆえに選んでみた箇所である。




<ベンフォードの法則>
・ベンフォードによる「異常数の法則」は、あらゆる物理科学、金融、経済学、コンピューティングの世界で用いられるデータの数字そのものにおいて ─ それらの「最初の数字」の約30%は'1'であり、また約18%が'2'である…というように、「数字に特定の出現頻度の秩序が在る」旨を指摘したもの。
現在ではこれを総じて「ベンフォードの法則」と称している。
地震波形の山と谷の大きさを記すデータの、数字の出現頻度も、ベンフォードの法則に従っている。

・ベンフォードの法則に従っている「はず」のなんらかの会計データの数字が、英ポンド建てで表記されている場合、これを米ドルに換算したデータの数字も、やはりベンフォードの法則に従った数字となる。
また、kmで表記された地理データの数字がベンフォードの法則に従っている以上は、それをmile換算しても、そのデータの数字はベンフォードの法則に従った数字となっている。
このようにベンフォードの法則における表記単位を超えた性質を「スケール不変性」と称し、これは簡単な検証で確認出来る ─ 
例えば、或るデータ数字の最初の数字(だから'1'である頻度が一番高い)を2倍すればその積としてのデータ数字は'2'または'3'から始まるものとなり、また最初の数字が'2'であるならばその倍積データ数字は'4'または'5'から始まるものとなり…
こうして、最初の数字が'3'であるデータ数字、最初が'4'であるデータ数字、最初が'5'であるデータ数字…をそれぞれ2倍積させると、それぞれのデータ数字は「やはり」'1'から始まるものが最も多くなり、次に多いのが'2'から始まるもの、といった案配で、ベンフォードの法則にちゃんと従ってしまうのである。

・テッド=ヒルの定理によれば、ランダムに選んだ複数のデータ数字から何れかのサンプルデータ数字を抽出する場合に、そのデータ件数とサンプルを増やせば増やすほど最初の数字がベンフォードの法則に近づいた分布を見せる。
或るキリスト教のグループは、この定理から、海中と地殻中のミネラル物質の割合(のデータ数字)がベンフォードの法則に従っていることを発見した。

・ほとんどの数列においても、ベンフォードの法則は表れる。
例えば '2'と'3'を交互に掛けた整数の数列 1, 2, 6, 12, 36, 72, 216, 432, 1296, 2592, 7776, 15552, ... において、'1'と'2'の出現頻度はベンフォードの法則に従っている。
それどころか、自然界の不可思議とされるフィボナッチ数列、つまり 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, .. にても、やはり数字の出現頻度はベンフォードの法則に従っている!

・ベンフォードの法則を逆用すれば、或るデータ数字が本当に真であるか或いは何らかの作為による偽であるかを、精度高く見分けることも出来る。
重要な会計データをはじめ、さまざまなデータ数字の「真偽分析」にて大いに活用されている。

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<ジップの法則・ベキ乗則>
・一般に、たとえば或る小説における単語の登場回数とその登場順位など、「或るもの」の出現回数と順位は「ジップの法則の方程式」によって表現されている。
出現回数 = k 出現順位a  kaは実数) として表す。 
この方程式にては 'a'は'1'にかなり近い数字となり、その「或るもの」の出現回数と出現順位の相関はいつでも反比例つまりグラフ上でのロングテール状となる ─ だからlog-log対数スケールでグラフ化すればほぼ右下がりに一直線。

このジップの方程式は、たちえば或る国における各都市の人口とそれぞれの都市間での人口順位をプロットした場合にも当てはまる。
また、経済学でよく引用される(そしてセンター試験の政経科目でもしばし引用される)パレートの法則にても当てはまっている。
或る国における個人の所有資産額 = k / 所有資産の順位a  kaは実数)

・これをヨリ一般化した方程式であらわすと、y k / xa  kaは実数)
つまり「反比例のベキ乗則」であり、データの順位、つまりバラつきにおける規則性を見事に表現する。
例えば、地震のマグニチュードは、そのマグニチュードの地震発生回数に概ね反比例する。
月のクレーターは、それらのサイズとその個数がほぼ反比例。
ウェブサイドの人気度やツイッターのフォロワー数ランキングなども、この反比例のベキ乗則に従い、さらにネットワークにおけるノード間の接続優先度合についてもアルバート=ラズロ=バラバンなどが先進的な数理研究を行っている。

・この反比例ベキ乗則の方程式にて、'k'と'a'の実数を現実的に充当した例としては、たとえば、哺乳類のさまざまな種における体重と代謝速度の相関を表現したクライバーの法則がある。
或る哺乳類の代謝速度 ≒ 70 x その個体の体重3/4 
なお、生物の個体における寿命と体重の比例関係、或いは心拍数と体重の反比例関係、などなどにて、概ね1/4乗をどこかに適用したスケーリング方程式が成立している。

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< 'e'の指数曲線>
・指数曲線 y ax aは正の数)  の方程式は、連続した指数関数的増加を著し、この曲線の高さと勾配の「比」は常に一定である。
では、曲線の高さと勾配が「常に等し」くなるような ─ つまり 'y' の値が常に 'y/x' に常に等しくなるような指数関数増加の曲線はどういうものか ─ それが、ヤコブ・ベルヌーイによる発見以来つねに起用される指数定数(いわゆるネイピア数) 'e' を起用したもので; y = ex 
なお、この指数定数'e' の実際の値は循環小数ではなく 2.7182818284 .... と無限に続く。

・カネの複利計算などにて古くから用いられてきた指数曲線の式は {1 + (1/n)}n であり、ここで'n'が増大するに応じて 1 + (1/n) の値は小さくなってゆくが、むろん指数としての'n'は大きくなっていく。
オイラーの発見により、この {1 + (1/n)}n の展開'0'以降のすべての整数'n'について 1/n! をひとつひとつ計算してから、それら全ての項を足し合わせるに等しく、その合計は必ず 'e' に無限に近づいてゆく ─ と分かっている。

さらにオイラーの発見により、1 - (1/2!) + (1/3!) - (1/4!) + ... ± (1/n!) の級数は、'n'が無限大になるにつれて 1 - (1/e) に無限に近づくことも分かっており、これはトランプカードなど或る'n'個のものが一致する確率をその'n'に応じて導く。
ここで、'n'が6ないし7より大きくなると、1 - (1/e) にいよいよ近づく一方であり、しかもこの 1 - (1/e) の実際値は上に挙げた'e'値をもとに計算すれば約0.63 ─ よって一致確率が約63%に限りなく近づくと分かる。

・さて、指数関数的「減少」の式も指数定数の 'e' を起用して y e-x と表すことが出来、元素の半減期などを表現するさいに用いられている (なんてこと知っている大学生や高校生はどのくらい居るんだろうか。)
面白いのはここからだ、指数関数的増加を表す ex と、指数関数的減少を表す e-x の平均値が、2つの点の間に紐をぶら下げた曲線形状を成し、これが物理学などにおけるいわゆる「カテナリー曲線」となる!
カテナリー曲線の方程式は y = (eax + e-ax) / 2a  (ここで'a'は垂れ下がった曲線の両端間距離による定数)
さて、「実際の物質が成すカテナリー曲線の鎖」においては、その内力が「この'e'の指数関数曲線に完全に沿った張力」となっており、これを「上下にひっくり返す」と、なんと!このすべての張力がそのまま「曲線に沿った上下の圧縮力に変わり、その形状は「自重のみで自立したアーチ」と成る!
(このあたりは本書掲載のグラフを一瞥すれば判りやすい。)

カテナリー曲線を活かしたアーチ状の建造物は、もちろん現代でも大いに造られており、たとえば、クウェートにおける直近の巨大空港建設における長さ約1.2kmの巨大な屋根ドームの形状は、まさにカテナリー曲線(を上下ひっくり返したもの)である。

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<  eπi + 1 = 0 >
オイラーが遺した公式(恒等式)のうち、最も偉大な業績と讃えられているものがこれである。
最初の自然数である'1' と、無を表す'0'と、円周率'π'と、指数の定数'e'と、虚数'i' が たった一本の式にて結びつけられている!
これはとてつもないヒラメキにして、実践面での大跳躍でもあり、ここから近現代数学は'e'を活かしつつ三角法も起用して虚数'i'複素平面グラフ上に表現せしめ、さらに'i''i'の積までも表現するに至る。
こうして数学は、数そのものと表現を分離させ、表現論理のみの世界をも構築していくことに…。
(ここは本書にてもトビキリの難所のひとつ、よって以下の僕なりのまとめもざーっとした雑記に留め措く。)

・一般に eix は、上に挙げた{1 + (1/n)}n の展開に則り、1 + ix + (ix)2/2! + (ix)3/3! + (ix)4/4! + (ix)5/5! + (ix)6/6! + (ix)7/7! + ... 無限に'e'に近づく。
そして i2 = -1 ゆえに、
eix  = 1 - (x)2/2! + (x)4/4! - (ix)6/6! +...  + i{(x)3/3! + (x)5/5! - (ix)7/7!   と分けられ、このうち実数は三角法にてはcos x と等しく、また虚数部には三角法のsin x と等しい。
つまり eix = cos x + i sin x  
さらにこれをラジアン表現すれば cos π = -1 かつ sin π = 0 なので、e = -1 となる。

・さらに三角法を活かして、a+bi の複素平面における表現を図る。
隣接辺aで対辺bかつ原点からの距離rで中心角θの直角三角形を想定すると、そもそも a = r cosθ、また b = r sinθ から a+bi = r(cosθ+ i sinθ) である。
ここでさっきの  eix = cos x + i sin x  を活かすと、なんと a+bi = re となり、指数の定数'e'の虚数'i'乗が複素平面上にて表現出来てしまった。

・では虚数'i'の虚数'i'乗は、複素平面にてどう表現しうるか?
'i'の点は原点からの距離1単位にて、水平軸からの角度がπ/2ラジアン、
よって ieiπ/2 であり…、この2乗は 1/eπ として表現が可能。

(つあーーーっ、ダメだ、この段の計算展開には僕の頭がついてゆかぬ。)

以上の数学をさまざま用いて、複素平面上にては多くの表現上の創意工夫もまた応用ももたらされている。
ある実数に虚数'i'を掛ける行為を、複素平面上では反時計まわり90°で表現、この工夫は素粒子物理学や電気工学、レーダーなどにて活かされている。
シュレディンガーによる波動方程式でも虚数'i'が起用され、物質そのものの性質(相互作用の確率)を複素平面上の相対位置として表現している。

さらに、ハミルトンが閃いた空間3次元と時間の「四元数」による座標表現も、虚数の複素平面表現を大胆に飛躍させたもの。
この「四元数」は現在まで、航空産業やCG技術における3方向の回転軸計算で実践的に活用されている。
更なる多次元計算の数学技法も、量子力学や紐理論などにおける活用に活かされるであろう、と期待されている。

反復数列に複素数を含ませて、それらの角度と距離の関係をコンピュータ動員で複素平面に表現していくと、その値はマンデルブロ集合と称す無限恐怖の渦巻を成し、これがいわゆるフラクタル幾何学のはじまりで…

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ざっと、ここまで。
さらに本書が呈する数学の主題は ─ 回転図形、楕円と放物線、フーリエの定理、微積分とボルツマン方程式、そして、フレーゲ以降の論理学がもたらした自己言及とパラドックス、(架空の)ブルバキ教団による集合論などの超厳格化の意義、さらにノイマンやコーシー以降のコンピュータによる自己複製プログラミングとランダム宇宙との相克、などなど。

ともあれ、基礎教養から応用数学まで垣根を超えて行ったり来たり、また随所に哲学的な問いかけあり、そしてところどころにビックリ発見譚、と、本書はまさに教養書としてまた蘊蓄本として、さまざまなスリルに満ちた読み物となっている。


以上