2021/03/20

Another Time


先生、こんにちは!あたしですよ、覚えていますか?」
「…やぁ、君か。暫くぶりだなぁ。はっははは、君は一段と体型が図々しくなったんじゃないかね」
「イエーーース!ずんずんずんずん、ずずずーん!」
「ばーか、ふざけるなって。それで ─ 今日は、別れの挨拶に来たんだね?」
「へーっ?分かるんですかー?」
「そりゃぁ、一瞥すりゃ分かるよ。これから大学生だというのに化粧っ気ひとつ無い、ちょっと動物みたいなすっぴん顔。それは去っていく娘の顔だ」
「むぅ?」
「それに、その濃紺のブレザーはやや緩やかなつくりだが、そら、ちょっとムキになると肩がはちきれんばかりに盛り上がる。それどころか、真っ白なスラックスはもう太股がはちきれているじゃないか。どれもぴかぴかの新品だな。お母さまと口喧嘩しつつ、店員の口車に乗ってせっかちにまとめ買いしただろう」
「うぬぬぬ
「はっははは。いいさ、いいさ、コーディネーションは悪くない。さて、さらに察するに、ここで俺に別れを告げたら、君はその足で駅に向かうんだね」
「う~む…」
「そして駅には大きめの旅行鞄が預けてあり、荷造りに不慣れな君はその鞄の中に素敵な思い出もくだらないガラクタもギュゥギュゥと詰め込んでおり、君はそれをひっつかむと午後の特急に駆け乗って、いよいよ遥かなる新天地へ ─ そんなわけで、意気を込めて精一杯の着こなしってわけだ。どうだ、概ね当たっているだろう」
「あっはははは、そうですね、当たらずといえどもってところでしょうか(笑)」
「まあ、所詮は直観だからな、直観。でもね、今見せたような人間の直観こそが文脈を作り、ストーリーを練り上げるものなんだ」
「へぇーーっ、そんなもんですかねーー」
「そんなもんだ。何でもかんでも科学に則って分析するのは本当はおかしい。とくに時間ごとに微分微分微分と突き詰めていくのがおかしい。そうやって突き詰めてしまえば、あらゆるものが一瞬一瞬の画一的な断片にすぎないってことになるんだよ」
「ふーん?でも物理学や化学ってそういう微分計算によって正体を見極めることでしょう?」
「物質や物体に対してならばそれでもよい。しかし人生というドラマを、人間という奇跡の巡り合わせを、一瞬一瞬の微分や分析ばかりでバラしていけば、つまるところ何にもならないぞ ─ さぁ、もう行け。素晴らしい大学生活を祈っているよ」
「はぁ、おっしゃる意味は分かりました……ねえ先生、最後に教えて欲しいことが有るんですけど」
「へぇ?何かね?」
「あたしは、将来どんなふうになると思いますか?」
「さぁな……しかし、もしかしたら、俺はずっとずっと先回りして、いつかどこかで君を待っているかもしれない。あるいは君が待っているのかな。そんな予感めいたものが…もしこれが正しければ、君は、君はいつの日か…」
「はぃ?あたしはいつの日か、どうなるって?」
「…いや、やめておこう。人生という物語は、何もかもが動き続けており、だからこそ変わり続けていくものだからね ─ さぁ!その素敵なブレザーの袖をたくし上げて、たった一人で春一番に向かって逆走して、たくさんの桜吹雪を吹き飛ばして、子午線と回帰線を突っ切って、そのときその場の因果も損得も超越して、大いなる局面を新たにつくれ。青春期の一瞬一瞬を自在に紡ぎあげて、誰もが予想しえなかったような素敵なレディになってこい!」
「ハイ!わかりました!それでは、いつかまたお会い出来るかもしれない日を楽しみに、これにて失礼しまーす!さよならっ!」
「いいか、忘れるなよっ、風はいつも連続しているんだ、そして常にさまざまな方向に吹いているんだ……おいっ、こらっ、ドアくらい閉めていけっ!」


(おわり)

※ 物理本を読んでいて、むかっ腹がてらにこんな話を思いついてしまった(笑)