2023/10/10

【読書メモ】 樹木が地球を守っている

 『樹木が地球を守っている ペーター・ヴォールレーベン著 早川書房

本書はさまざま樹木(森林)がさまざま有する驚くべき「知性」について、諸々の小稿にて多方面に思考を触発し誘い続けるなかなかの快作だ。
同著者が以前に著した『樹木たちの知られざる生活』の続編とも見做せよう。
動物とは比較にならぬほど不明瞭な樹木の生態、そして昆虫や微生物らとともに遥か長尺かつ巨大に織り成す自然森林の超世界 ─ これらは我々人類から見ればまさに異次元の’社会構造’とすら捉えられうる。
よって、我々人類が発動すべき巨視的な想像力も人間社会や動物世界に対するそれらの比ではなく、ここに学術的な深みも広さも大いに見いだせよう。

ただし。
本書の諸々の小稿はそれぞれ理知的な深みこそあれ、いかんせん図案や図説が全く掲載されておらず、さらに文面にては接続(副)詞がしばしば省略的ゆえ、ところどころ論旨が雑駁ないし不明瞭に映ってしまうところ実に惜しまれる。
学生諸君などは、生物学や化学の基礎教養をあらためて想起しつつ本書に挑みたい。

ともあれ、僕なりに何とか論旨を斟酌しつつ本書『第一部 樹木の知恵』をざっと読み通してみたところ、おそらくは以下が学術上の大要ではないかと察する。

・樹木はおのれ自身の感知能力によって、昼の長さや気温の変化そして季節変遷を悟り、それによっておのれの生理活動を調整している。
・かつ、樹木は自然環境に迎合する他律的な適者生存には留まらず、むしろ自律的な学習と知識蓄積を続け、自律的な試行錯誤も続けている。
・また、それぞれが永い年月に亘ってエネルギー能力を自身の内に蓄積し続けている。
・おのおの生物はDNA配列とその経年変化のみに一様に準じているわけではなく、さまざま遺伝子(メチル分子)が成すいわば’遺伝暗号’が、周辺環境や刺激に応じてそれぞれ機能を発現したりやめたり ─ これが遺伝子のエピジェネティクス機能(プロセス)。 
・さまざまな生命は、おのれを攻撃する種に対する防衛本能発現によって、その種との「共進化」を継続中、とも考えられるが、この進化の過程は巨大に過ぎるため人類には捕捉し難い。 
・生命における新種の登場についても、人類がその過程を捕捉するのは困難であろう。
 
…こんなところでまあ大筋は当たっているんじゃないかしら。
それでは、本書『第一部 樹木の知恵』における具体的な実験事例などなどついて、此度の【読書メモ】として以下に要約略記する。





・暗闇中のエンドウ豆の葉に外部刺激を与えて反応を確かめる実験。
光照射と空気噴射を同時に為すと、エンドウ豆の葉は光合成のため光の方位に反応して開き、次に光照射と空気噴射を止めると葉は元の位置に閉じる。
この実験を幾度も繰り返したのちに、今度は光は照射せぬままに空気噴射のみを行うと、驚くべきことにエンドウ豆の葉はその空気のみに反応して光合成を図る(ように映る)。
このことから、エンドウ豆は空気噴射から光照射を連想し’学習’している ─ と類推可能。

このような連想と学習の能力はあらゆる植物が有しており、これゆえに植物は自然環境によるさまざま外部刺激に複雑に対応、その経験則を記憶しながら生存し続けている。

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・おのおの樹木は四季変遷を一応は感知しつつも、「たまたま」体内のエネルギーが過剰ないし不足する場合には通常のシーズンとは異なるエネルギー生成と消費を率先する「こともある」。

例えばトチノキは、自身に蓄えられた糖分エネルギー次第では初秋に新芽を出してしまうことがあり、これによって樹上の落葉が阻害されると光合成の効率が悪くなるため、却ってエネルギー不足に陥る場合もあり得、その対処のためになおさら新芽を増やす場合すらある。
それどころか、このまま冬眠期を迎えると自発的な落葉が出来なくなるため、結果的に冬の間に枯れてしまうこともある。
これらは愚かしい生存プロセスとも言えようが、こういうケースさえも自律的にとりうるということだ。

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・樹木の根は、重力方向に向かうのみならず、独自の光センサも有し、また地中の毒物を独自判断で回避しており、これらによって根を常に最適方向に伸ばし続ける。
さらに根は土壌中の水分量を検知してこれを葉に送信しており、葉はこれを受けて気孔を開閉して糖分生産量と水分消費量を調整している。

干ばつによって土壌から水分が失われると、根が糖分消費を節約はじめ、これに応じて樹木の上部で糖分が蓄積、そして葉は気孔を閉じてしまう。
これでも樹木は内部エネルギーを消費しながら生存し続け、さらに酸素を吸って二酸化炭素を吐くようになる。
やがて干ばつが去ると、従来以上に葉が二酸化炭素を吸収して糖分生成に励む。

とはいえ、深刻な干ばつが続く場合には樹木の光合成が停止してしまい、これによってすべての葉が落ちてしまい、細根が壊死してしまうので水分吸収が出来なくなり、こうして樹木そのものが死ぬ。

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・ドイツの森の樹木の細根は、炭素同位体の崩壊測定に拠れば平均で11~13歳のはずであるが、実際にこの年輪を確かめると未だ1~3歳にすぎない。
この若さの源泉は細根自身による永年の栄養素蓄積であり、このエネルギー蓄積~転用能力あってこそ樹木が干ばつにさえも対応し続けてきたと見做せる。

このように、樹木が秘める物質エネルギーは’古さ’ほど経験量の多さでもあり、よって単純な世代交代を設定することは困難である。


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・ヨーロッパナラとフユナラは、もともと異なった気候に生じた別々の樹種に見えるが、じっさいは一樹種のナラにすぎないとの見方。
遺伝学的検査によれば、ヨーロッパナラの祖先は氷河期の後の気候温暖化に応じて、乾燥気候のスペインから湿度高いドイツへと渡ってきたことになり、そのためかヨーロッパナラは干ばつにも強い。
そもそも、ナラの花粉は風に乗って何キロメートルも離れた樹で受粉しうる。

樹木は自律的に試行錯誤と学習を続けつつ進化(あるいは絶滅)しうる。
ドイツの森林の中では、ヨーロッパナラとフユナラがほどよく混じり合って中間形態を成している。
さらに想像すれば、混じり合いの過程で新種すらも徐々に生まれつつあるのかもしれない ─ この過程はあまりにも長大な時間がかかるため、人間には観察しきれないかもしれないが。

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・樹齢300年の永きにわたってさまざま外部刺激に晒されてきたであろうポプラ樹の観察例。
このポプラ樹におけるこの古い枝と新しい枝の葉を観察したところ、新しい枝の葉ほど遺伝子変化の’形跡’が多い ─ つまり、新しい枝葉ほど永年の遺伝子エピジェネティクス’経験値'を多く蓄積してきたことになる。
しかも、ここで見られる遺伝子変化はDNAの突然変異よりも約1万倍も速く進行していたことが明らかになった。

逆の実証例。
10年間に亘って人口給水を豊富になされたアカマツと、あまりなされなかったアカマツ、この両者の対象実。
やがてこの人口給水を止めてみると、前者のアカマツの種子は乾燥に弱く、後者の種子は乾燥に強い種であることが確かめられた。
前者のアカマツは乾燥状態を生き抜く遺伝子変化を行ってこなかったため、とされる。

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・樹木の紅葉期における葉の変色では、黄色い変色よりも赤い変色の方がエネルギーを要するが、いったいなぜ赤く変色する樹木が存在するのかはいまだに分かっていない。

さてアブラムシは赤い色を識別出来ず、だからアブラムシはリンゴの緑や黄色の葉に付きやすく赤い葉には付かない。
これがためにこそ葉を赤く変色するリンゴ樹木が出現し、こうしてアブラムシもリンゴもそれなりの「共進化」を続けてきた、とも考えられる。

ともあれ、これまで人類はこの事実を追求せぬまま永年に亘ってリンゴの人工栽培を続け、あくまでも農業ビジネス上のみの都合から緑や黄色の葉のリンゴを増やしてきた。
ただし人工培養種のリンゴであっても、アブラムシ媒介の病気に罹りやすくなった樹は実際に赤い葉を増やすことが分かっており、やはり人間のあずかり知らぬところで「共進化」は進行中とも考えられる。


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以上、『第一部』における多くの小稿のうちから、あくまでもほんの断片ながらざっくりと要約してみた。
なおこの第一部にては、まだまだ論考ふんだんであり、例えば水の循環と樹木の生態そして森林のありようと気候についてなどなどなかなかのスケール感、多くの実例含め合わせて論説がふんだんだ。

さて第二部以降は森林保全と環境保全に纏わる政策論が展開されていくようにも見受けられるが、ここいらはまた気が向いたらざっくりと読みとおしてみる(かもしれない)。

一応おわり