あくまでも、物質やエネルギーの「量」を「数的に」価値表象化する媒体がカネではないか。
たとえ国民所得ベースでヒト・モノ・カネの三面等価が成り立つと表現できても、あくまで一律カネ換算した「数」表現にすぎぬ。
こう考えると、カネ換算とカネ計上は物質/エネルギー「量」とは同期をとりえないのではないかと、なんだか心許なくなってしまう。
それでも、カネ計上に則った「会計」は厳として全世界でほぼ統一的に成立し続けており、国民所得はもとより財政も企業経営も国際収支も「数的に」ビシッと取り仕切っている。
そして「会計」の精密さを保証しているのが「数学」のはずである。
しかしながら「数学」は(とくに証明は)しばしば残酷なもので、「量」も「数」もあっちへこっちへ変換自由自在、しかも人間の常識をしばしば突き崩しうる思考方式であり……
ここいら、常に頭のどこかでグルグルと巡り続ける思念ではあるが、どこかでとりあえずの’けじめ’をつけたいものではあった。
とはいえ、数学論そのものから分け入ってしまうと、「量」次元と「数」次元がむしろウヤムヤになりそうな気がするので、ここはもっと謙虚に「会計」の側からエントリーしたいところではある。
そこで見つけた一冊がこれだ。
『数学x会計 金子智朗・著 税務研究会出版局』
本書は要するに会計数学の概括所。
総じて原則論に則って書かれたものゆえ、高校履修の政治経済程度の知識があれば大半の読解は困難ではない。
貸借対照表における資本(これから起用されるカネ)と資産(すでに売買されちゃったモノや知恵)、国際収支におけるそれら、そして個々の取引プロセスにおける損益計算書…どれも我々一般社会人にはお馴染みの系である。
さて此度の【読書メモ】としては、これら第2章と第3章のコンテンツを総攫いし、やや論旨を入れ替えつつ、以下に要約する。
< Part-I ’会計の基礎’>
さりげない導入部にも映るが、以下のような軽妙な(かつ深淵な)解説が呈されてはいる。
・或る取引における損益分岐を分析するにあたり、「算数」と「数学」、どちらが'実体’を多元的に含み合わせうるか?
「算数」ならば、売価(買価)や変動費などなどさまざまな次元の’実体’の変動分を複合させての複雑な算出が必要になってしまう。
一方で「数学」はといえば、代数の起用と法則化によって「数」の次元統一を成し、最適統一解を容易に導くことができる。
この簡潔さ明瞭さを以てこそ、「算数」ではなく「数学」が会計にて起用されている由。
なお、本書<Part-II 数学と会計>の前半部にても、代数と法則化による「数学」の単純明瞭なパワーについてさまざま呈されている。
※ ところで、カネの予算化や差配にては、つるかめ算と代数方程式どっちが向いているのかなと、僕などはちょっと穿ってしまう。
・事業活動にて、収益と費用を’経済的事実の発生’に準じて計上する会計が、「発生主義会計」方式である。
一方で、’カネの収支’に準じて計上するのが「現金主義会計」方式。
「発生主義会計」が成立する論拠は;
事業取引にて当事者間で’収益認識基準’が共有されており、これに則って権利/義務の信用取引が当事者間で確定している ─ と見做しうること。
かつ、さまざま費用は収益獲得のための’犠牲であるが損失ではない’由による’費用/収益の対応原則’も一応は成立しうること。
じっさい、現行の企業会計における「損益計算書」は、原則として「発生主義会計」に則っている。
・資産/負債の原価と売上額にては、原則として「取得原価主義」が採用されている。
「取得原価主義」は;
或る資産の購入代価と付随費用を以てその資産の’取得原価’とする
この資産/負債の取得時の支出額に則って、’売上額’を画定する
この資産/負債の保有期間中は、時価変動による評価替えをしない(だから時価会計方式は採らない)
じっさい、「貸借対照表」にては「取得原価主義」が採用されている。
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<Part-II 数学と会計>
かなり実践的な例題もふんだんな章だが、僕なりに了察しやすかった箇所を幾つか要約してみた。
・Return on Invested Capital = ROIC の意義と解釈。
まず、事業利益を 'Earning before Interest and Tax = EBIT とする。
これが資金提供者への還元原資であり、また支払利息控除前の利益でもある。
ここで、利益が課税Tの対象ゆえ、税引後の利益は EBIT(1-T)
ここから、債権者へ利息分を払えば、当期純利益。
これが株主還元されてゆく。
以上から、ROICの立式は、EBIT(1-T) / (有利子負債+株主資本) であり、論理矛盾は無い。
さらに、経済的付加価値 Economic Value Added = EVA を任意に設定する
また、加重平均資本コスト Weighted Average Cost of Capital = WACC これは債権者への利息、かつ株主への配当と株価でもあるとする。
(この内訳は、負債コスト、株主資本コスト、有利子負債、株主資本、実効税率であるが、面倒なので関係式は略す)。
これらを、上述のROICおよびEBITと絡め合わせると、
EVA= EBIT x (1-T) - (有利子負債 + 株主資本) x WACC
変形すると、
EVA = (有利子負債 + 株主資本) x {EBIT(1-T) / (有利子負債 + 株主資本) - WACC}
= (有利子負債 + 株主資本) x (ROIC - WACC)
ここまであくまでも不変のEVAに拠っているならば、債権者と株主への分配が同列になされているはず。
そして、ROIC > WACC であるならば EVA > 0 となる。
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・定率法による減価償却の可否
或る固定資産のn年目の簿価を Cn とし、償却率を r とすると、
(n+1)年目の減価償却費 Cnr
(n+1)年目の簿価 Cn+1 = Cn - Cnr = Cn(1-r)
等比数列表現すると
Cn = Cn-1(1-r) = Cn-2(1-r)2 = Cn-3(1-r)3 …… C0(1-r)n
ここで、この資産の耐用年数を n年とし、残存率を定率Sとすると、償却率は
C0(1-r)n = S
(1-r)n = S/C0
ここで r を求めるのに n乗根すると、
1-r = n√(S/C0) から、r = 1 - n√(S/C0)
この償却率計算は、かつて資産の残存率Sを一律10%と見做す上では矛盾無かった。
ところが現在の会計では、資産の残存率を原則として 0 としている。
そこで上の定率Sの式にて S=0 を代入すると r=1 になってしまう ─ つまり1年目に全償却することになってしまう。
そうでなければ、簿価Cnが0に収束することはない。
つまり、定率法にては償却率を有効に導くことが出来ない。
そこで定率法ではなく人為によって償却率を決めている次第。
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・量産効果の真実
或る製品の製造コストの内訳として;
1個あたりの変動費 v
固定費の総額 f
製造数量 x
製造コスト総額 C
製品1個あたりの単位コスト y
ここで、どの製造ロット分も完売するものとすれば、
C = vx + f
y = C/x = v + f/x
変形すれば、
y - v = f/x
これは 直線x=0 と 直線 y=v の両者を漸近線とする双曲線を成す。
ここで、実際の製造量は x>0 のはずなので、製品1個あたりの固定費はどんどん少なくなる。
それに伴い、製造単位コストは究極的には変動費のみとなるはず ─ これが一般には量産効果とされている。
ところが、じっさいは総製造コスト C = vx + f は必ず右上がりとなり、これは固定費総額fがどれだけになろうとも変わらない(?)
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ざっと、本書 Part-I および Part-II のごく一部を掻い摘んで僕なりに記してみた。
本書はどこまでも数学に則った会計本ゆえ、ところどころ論理の意外性、証明と反駁、そして実社会における制度矛盾など、我々の先入観を突いたり覆したりのスリルが味わえる。
本書については、ひとえに会計分野を目指す学生諸君に留まらず、また文系分野の「数と論理のゲーム」に過ぎぬと辟易することもなく、多くの読者にチャレンジ進めたい一冊ではある。
ただし、上でもちょっと取り上げたWACCやROICなど内訳や差し引きの混み入ったタームについては、数学慣れした上で果敢に挑むべきでもあろう。
僕はそこまでの執念は無いし、しかも数学に接し続けていると疲れてしまうので、このあたりでいったん本書を書庫に収めることとする。
(おわり)