経済学や政治学を’量的に’するひとつの数理として、ゲーム理論がしばしば用いられるようだ。
しかしながら、僕自身はゲーム理論についてどうも疑義を払拭しきれずにいる。
そもそもだ。
人間のさまざまな意思はあくまでもアナログの連続変化にあり、それら連続変化の過程においてこそ意思決定も変遷してゆくはずであろう。
一方で、ゲーム理論はその理論フォーマットにて ─ たとえば最も基本的な囚人のジレンマ~ナッシュ均衡などにても ─ さまざまプレイヤーの’利得/価値’を局面局面ごとにデジタルに整数表現している。
そして、これらによって意思決定の確率も最適化も均衡や収束も(一応は)公正かつ定量的に表現しきっているようではある。
なるほどこうして捉えてみれば、ゲーム理論はデジタルな数学手法としてはよく出来た思考系ではあり、しかもソリッドにまとまってはいるようには映る。
だからこそ、僕は却って疑念を覚えてしまう。
・数学は確かにあらゆる概念の定量化における最強ツールとはいえよう、しかしだ、思考対象そのものの客観性も公正性も保証してはいないのでは?
・それでは、互いの戦略について意思疎通をせぬままに進行してゆくさまざまな「同時手番ゲーム」において、互いの’利得’の整数値をいったい誰が設定し誰が付与しうるのか?
・あるいは、おのおのプレーヤーがお互いの戦略を開示しあった上での「逐次手番ゲーム」ならば、'利得’もしぜんに共通の整数表現に単純合意されてゆくものだろうか?
・ここに公正中立の第三者が神のごとくおわしますならば、彼こそがおのおのプレイヤーに利得を差配することでプレイヤー同士は丸く収まる ─ かもしれぬが、そうであるならばゲーム理論そのものが無用ではないか??
・神とまでは言わぬにせよ、それぞれゲームにおける’利得’≒価値の整数化の発想は、もともとバランスシートやROEなどの公正かつ定量的な記載方式から導かれ、ここからプレーヤー間の戦略意思を公正かつ定量的に単純化させてきたのではないか?
・あるいはもっと純朴に、チェスのようなテーブルゲームにおける盤目と駒の配置、それら攻守の’利得上の有利不利’の裁定などが、公正な定量化のヒント足りえたのでは…?
…以上につき、なんとか理知的なけじめをつけてみたいものだと考え、そこでこの一冊を見出したので此度ここに紹介しおく。
『活かすゲーム理論 浅古泰史・図斎大・森谷分利 著 有斐閣y-knot』
本書の第1章~第3章および第5章前段あたりまでにて、段階的に解き明かされるゲーム理論の本質は、ざっと総括すれば以下のとおりとなろう:
<a>「同時手番のゲーム」ではあっても、例えばサッカーゲームなどのスポーツ競技にては統一ルール化での得点がデジタルに整数表現されており、これら得点をゲーム理論における’利得’と同一視可能。
<b> やはり「同時手番ゲーム」ではあっても、同一市場での公開的な商取引にては商材やサービスの通貨換算上の価格がやはりデジタルな整数表現にあり、これらをおのおのの’利得’と同一視可能である。
<c> 国家間における要求~制裁の意思決定プロセス、さらにはさまざま事業上のアウトソーシングのプロセスなどなどにおいては、おのおの利害当事者が調整局面ごとに’利得’を開示した上での「逐次手番」型の駆け引きとなるので、おのおのの’利得’を共通の通貨換算上の整数としてデジタルに表現されるのがあたりまえ。
さらにこれらを時系列ごとの意思決定の変遷として分析も数学的帰納法分析も可能。
<d> とりわけ’実践的’なアプリケーションと考察は、本書の第4章『進化動学』およびから始まる。
ここいらでは、さまざまな’戦略上の選択肢’に応じる意思決定選択者たちの人数分布度合いが戦略ごとに動的に均衡し収束してゆくさまを、「最適反応動学」によって分析していく。
この最適反応動学により、意思決定者たちおのおのが定常状態から最大’利得’の獲得状態にいたる(あるいは獲得しえない)までの、クリティカルマスとプロセスを分析可能。
ここには経済学でいう’外部性’やピグー税も鑑みた考察が含まれうる。
<e> 第5章『信じられる脅し』にては、逐次手番ゲームにおけるおのおのプレーヤーたちの、さまざまな意思決定段階における’利得’判断の整数値を、根と枝のツリー構造にて「ゲームの木」として数学表現する技法を紹介。
ここで、おのおのプレーヤーによるひとつひとつの意思決定段階の’利得’判断を「部分ゲーム」と称し、これら「部分ゲーム」が’時系列’によって「完全均衡」に収束してゆくさまを確認可能。
さらにこの「完全均衡」の状態をもとに、いわゆる数学的帰納法によって’時系列’と真逆にゲームの木を遡っていけば、それぞれ「部分ゲーム」ごとのおのおのプレーヤーの’利得’判断も分析しうる。
…如何であろうか?
あくまで僕なりに本書前半あたりまでをざーーっと了解の上で要諦をまとめ、僕自身の所感も大いに交えつつ書きおきたつもり。
これでも、社会人の皆さまや学生諸君には本書コンテンツや思考難度への大雑把な案内とはなったのではなかろうか。
もちろん僕自身としては最初に掲げた根本的な疑念がクリアに払拭されたわけではないが、ともかくこのゲーム理論分野のゲーム性(そして数学性)についてはあらかた見当がついてきた。
本書はさらに、’利得’分析と意思決定と戦略についてわんさかと論旨が進んでゆくが、とりわけ最終章『活かすゲーム理論のススメ』は文系の皆さんには是非とも挑んで欲しいところ。
ではこのへんで。
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なお、本書に挑む社会人や学生諸君にはあらかじめ注意喚起しおきたい。
まず、本書はさまざまなゲーム理論を数学的かつ段階的に解き明かしてはいるが、それぞれのゲーム事例におけるプレイヤーの戦略や意思決定がしばしば実況中継的に描写されているため、総じて文面が長めである。
かつまた、章立てによっては文面にて否定文の挿入が目立ち、これは文章の論理上のストレスを和らげる効果を狙ったものかもしれぬが、読者としては却って全体否定か部分否定かをいちいち斟酌してゆくことにもなる。
数学勘のはたらく読者ならば文面に拘らずに大意を捕捉し得ようが、しかし経済学や政治学の理解一助として文面を追うのであれば相応以上の忍耐は必要。
以上