「先生こんにちは、あたしですよ。今日はお別れの挨拶に伺いました」
「やあ、こんにちは。君は〇〇県の学校に進学するんだったな。叔父さまの家から通学することになるんだって?」
「はぁ、そうなりそうです。パタパタパタ…」
「いいぞ、地方はじつにいい。水も料理もうまい。とりわけ、お祭りがいいよ、気分がのってくる」
「そうですね、あたしも今からワクワクしています。どんどこ、どんどこ、どんどんどん」
「まこと、良い選択だ。都会よりもむしろ地方の方がね、何事もワイルドだ、だから世界の実相がよく分かるってもんだ」
「はぁ、やっぱりそうですかね。パタパタパタ…どんどこ、どどどん」
「そうだよ、とりわけ君たち高校生はね」
「どうしですか?パタパタパタ…」
「君たちはね、再現性や逆回しがキッチリと成立する命題ばかりを教わってきた。つまり、『必然』ばかりを学んできた。しかし『必然』オンリーで成立する思考系はじつは数学だけなんだよ。数学以外のあらゆる思考や学問はむしろ『偶然』の事象がワイルドに介在していると言っていい」
「へぇ、そんなものですかね。でも、宇宙の始原において、最も根元の力の粒子と場が在り、それらこそが究極の『必然』系なりと教わりましたけど。パタパタパタパタ…」
「しかしだね、それら力と場が瞬時に『必然』を’完結’したとしたらそれで宇宙はお終いだよ。じっさいはさまざまエネルギーの相互作用によって空間方位拡大を成し、核融合によって新たな原子を順々につくり、分子が次々と反応し絡み合って物質がとてつもなく多様になり…」
「ふーん、パタパタパタ」
「なるほど一応は『必然』の連続経緯としての説明もあるが、ところどころ説明困難な『偶然』事象が起こってきたようでもあり」
「ふんふん、なーるほど。パタパタパタパタ、どんどこ、どんどこ、どんどんどん」
「ましてや、エントロピーの法則に抗するかのように出現してきた生命ともなると、どーーにも『偶然』の悪戯としか捉えられぬという見方が」
「ほぅほう、なーるほどなるほど、パタパタパタパタ、どんどこどんどん、どこどんどん」
「その生命の変異と進化の果てに、現在の我々がいる。ということはだな、我々自身が多くを『偶然』に拠っており、だからこそ、そんな我々の感覚も思考もまた、一瞬いっしゅん『偶然』のスパークの如しで」
「どんどこどんどこ、どこどんどどどん、パタパタパタパタ…」
「だいいち、君たちの大好きなデジタル技術やコンピュータやゲームやロボットにしてもだぜ、一見すれば『必然』オンリーの完成系のようでいて、じつはさまざまな『偶然』の物理に立脚しているわけで」
「パタパタパタ…パタパタパタパタ…バッサ、バッサ、バッサバサバサバサ」
「それからね、ついでに言っておくが、高校を出れば一応は社会人だ、社会こそはワイルドな『偶然』がぶつかり合って折り重なって、喜怒哀楽が交錯し、泣いたり笑ったりの世界だ。その覚悟もおのれなりに決めておけ」
「どこどんどんどん、どこどこどんどん、バッサ、バッサ、バッサバサバサバサ…」
「さぁ、もう話は終わりだ。それでは行け!『必然』には実直に、『偶然』には果敢に、強くまっすぐ飛んでゆけ!こんごの君が素敵な学生に、そしていずれは立派なレディにならんことを、心より期待しているよ」
「バッサバッサバッサバッサ、どんどこどんどこ、どどどんどどどん、バッサバッサバッサバッサ…パタパタパタパタパタパタパタ……」
(おわり)