2012/09/01

【読書メモ】 素材は国家なり - 就職活動にさいして必読の書

『素材は国家なり』 とはまた凄いタイトルですが ─ 昨年末に東洋経済新報社から出た本著は、恐らくは日本の工業技術の解説書として最強の一冊ではないかと察します。
長谷川慶太郎/泉谷渉 共著。

ことに長谷川慶太郎先生は永年に亘り、産業・軍事・経済の諸分野においてわが国を代表する解説者のお一人にて、世界や日本の在り様について毎年のようにシンプルかつ理知的な著作を発表されています。
しかしながら、この 『素材は国家なり』 はとりわけ触発される内容。 ほんの200ページに過ぎぬコンパクトな構成、極めて読み易い文体をとりつつも、一般社会人はむろんのこと就職活動中の大学生にとって必読の書とはまさにこのこと!
理科系分野の学生のみならず文科系学部の学生にとっても、日本の工業競争力から未来産業に至るまで巨視的に俯瞰出来る絶好の入門書。
ついでに、諸外国のまともな大人たちが日本をどのように捉えているのか、その答えも全部この本に記されております。

ともあれ。
購入後しばらく、僕なりに惹かれた箇所を特記メモとして控えておりましたが、あらためて以下のとおり箇条書きしておきます。
さっと理解しやすいように、<デバイス>編と、<パワー編>に分けておきました。
ただし、具体的な企業名の引用は、ここでは極力避けております。
興味関心に合わせて皆さんで勝手にお調べ下さい。



<デバイス>

 ・半導体について。

新しい半導体の部材調達には、そもそも3-5年の信頼性試験を繰り返す。
そしてウエハーを投入してから実製品が出てくるまでに、3カ月かかる。
日々、凄まじい勢いでラインが進む自動車メーカにとって、採用部品の半導体をそう簡単に他社製のものに代えられるわけがない。

・そんな半導体の基幹素材であるシリコンウエハーは、日本メーカが全世界の70%のシェアを誇る。
東日本大震災のさいに、世界のシリコンウエハーの1/4の生産がとまることになった。

・パソコンは、商品化されてから35年かかって、全世界の「年間」出荷台数が3億5千万台に達するに至った。
ところが、全世界のスマートフォンの年間出荷台数は、すでにこれを超えている。
i-Pad などのダイレクト端末もここ2-3年のうちに年産で1億5000万台に達すると見込まれる。

・スマートフォンやi-Padでは、低温ポリシリコンや有機ELを採用。
これらの素材は従来のアモフファスシリコンTFT液晶と比べぐっと高精細で、レスポンスが極めて速く色の再現性にも優れている。
そしてこれら素材は日本メーカが優勢である。

・液晶の保護材として、TACフィルムが採用されているが、これは日本メーカが世界シェアの100%である。
ちなみに、PVAフィルム、位層差フィルム、配向膜も基本素材だが、これらも日本メーカが世界シェアの100%を占めている。

・かつ、スマートフォンやi-Padでは、実装基板の面積も極小でなければならないが、そのために折り曲げ可能なフレキシブルなプリント配電基板が必須。
素材として銅箔が用いられるが、そのシェアのほとんどは日本勢である。

・ほか、半導体の材料において、フォトマスク、フォトレジスタ、封止材、そのフィルターにおいて日本メーカの世界シェアは圧倒的である。

・日本製の和紙は、コンデンサやリチウム電池の中で使われている。
また、ガスタービンの「ろ紙」としての大いに使われており、砂漠で活躍したアメリカ軍の戦車でも土埃がタービンに入りこまないように起用された。
それどころか、アメリカ海軍の原子力空母、原子力潜水艦のクリーンルーム運転のための「ろ紙」としても採用され続けている。
 

・窒化ガリウムについて。
これは世界中で大注目の未来派の素材。
LED電球でも、また新型パワー半導体でも起用されている。

・まずLED電球だが、これは白熱電球の40倍の寿命を誇りつつ、消費電力は85%も低減される。
省スペースで、低温でも発光効率は下がらない。
すでに単価1000円を切った販売店もある。

・LED電球は、一般照明には留まらず、自動車照明、信号、携帯電話、パソコン、液晶テレビのバックライト、屋外照明に至るまで応用が期待されている。
これら全てを含み合わせれば、その全世界の市場規模は日本円換算で15兆円に相当する!?との見方もある。

・LEDはもともとアメリカ技術の窒化ガリウム合成型の単結晶であったが、赤崎勇氏による高品質ガリウムの窒化単結晶によって青色LEDが開発され、そこから白色LEDが可能となった。

・2009年のオバマ大統領による「グリーン・ニューディール」宣言は記憶に新しい。
ここで謳われた環境にやさしい新エネルギーの気運のもと、LEDが政局にとっても大注目されるにいたっている。

・LED発祥の拠点とされる名古屋大学で、2011年に新設された研究棟は国立大学初の全館LED照明である。
その名古屋大学では、光発電型のLEDも研究されており、これによればA4サイズのノートPC自身が30Wを発電可 - となると充電が不要になる。
一方、LEDの信号灯の50%は東京都が採用中である。

・いわゆる「パワー半導体」も、窒化ガリウムによって可能となってきた。
パワー半導体は、AC/DC変換時の電力ロスを徹底的に抑える省力型チップであり、最先端世代のIGBTは日本勢が世界の過半を占め、名だたる電気メーカが開発を推進している。
その市場規模は日本円換算で2兆円規模であり、フラッシュメモリと同じほどのスケールである。
 

・超電導について。
従来の超電導技術は、冷却用の液体水素、液体ヘリウム、液体窒素が不可欠であったが、もし「常温」超電導技術が普及するとこれら触媒が不要となり、製造コストが大きく低減される。

・常温超電導は、送電システムを激変させ得る。
何千キロの送電線でも電力ロスはゼロになり、越境しての大胆な給電システムをどんどん仕掛けることが出来るようになる。
じっさい、ドイツやイタリアの果敢な電力事業などは常温超電導による海底電線を起用することで、北海から地中海までまたがる国際電気事業を図っている。
サハラの太陽光発電の電力をヨーロッパに引っ張ってきたり。

・ともあれ、常温超電導ケーブルが実用化されれば、現状の高圧送電線は不要となり、じっさい日本ではあと数年で送電線はすべて地下に潜るかもしれない。
電力事業も、大きく代わり得る。
よって、現状だけみて東電の事業がどうだこうだと騒いでいるのは虚しい限りである。

・ナトリウム硫黄電池 - いわゆる「NAS電池」は夢の蓄電池である。
これは電力事業そのものを激変させ得る。
アメリカといえばスマートグリッドだが、ほかカタールやUAEなど安定的な電力供給の困難な地域でもこのNAS電池の可能性が大いに注目されている。
大規模な蓄電が本当に可能となれば、とてつもなく自在でフレキシブルな電力供給プログラムに採用され得る。

・NAS電池の現状の課題は、ナトリウムが水と混じると爆発すること、またナトリウムと硫黄の絶縁膜が未だ開発途上であること。


☆    ☆    ☆    ☆    ☆

<パワー>

・第一次オイルショックの1973年まで、日本経済の目的は工業製品生産の拡大で、この年の鉄鋼生産額は粗鋼ベースで1億2800万トン。
このとき原油の輸入実績は史上最高の2億8000万キロリットル。
以降、実に2008年に至るまでこれ以上の鉄鋼生産高を記録することはなかった。

・一方で、オイルショックを機に、量的拡大にかわり技術の提供で経済活動を安定・維持する方針へと、日本経済の在り様が大転換した。
日本史上、これだけダイナミックな転換は他にはあまり例がない。

※ なお、60年代末期から70年代に産業の在り様が大激変した、とはドラッカーを始め多くの見識者が一様に指摘するところでもある。

・日本の製鉄業は最も急激にかつ大規模に変貌を遂げて現在に至る、まさに産業知性の総元締め。
資源エネルギーから電力、はてはIT産業から末端のサービス業に至るまで、みな製鉄のために存在していると言っても過言ではない。
たとえば光ケーブル導入による瞬時の工程管理は、まさに製鉄業が導入したものである。

・かつ、日本の製鉄業・鉄鋼業は環境負荷の最も小さな技術を積極採用しているため、世界中から大注目の的である。
鋼材1トンをつくるため、現在の日本の鉄鋼業では(熱エネルギー源として)石炭を0.5トンしか必要としない。
アメリカの鉄鋼技術では鋼材1トンのために1.2トンの石炭が必要で、中国になると1.5トン以上が必要となっている。

・日本の鉄鋼技術は石炭など投入エネルギー効率のみにおいて優っているわけではない。
同時に、「排熱の回収率」においても極めて優れている。

・たとえばLD炉において、銑鉄の原料である「コークス」の生成するが、そのさいに空気を液化し酸素と液体窒素に分解し、その酸素を用いている。
一方、ここでの液体窒素のほうは800℃に高温化したコークスにぶつけて冷却するのに用いるが、その際にコークスの潜熱がこの液体窒素をあらためて気化させ、高温の窒素ガスを生成する。
そこで、この窒素ガスを活用してタービンをまわしている。

・出来たコークスが高炉に入ると、鉄鉱石が反応して鉄を還元する - つまり高温に溶けた状態の銑鉄となる。
ここで発生するガスをまた燃料としつつ、タービンをまわす。
(これが高炉炉頂発電で、日本の23基の高炉は全てこの発電システムとなっている。)

・さらに、高温の銑鉄が今度は転炉にいくが、そこで銑鉄に酸素を吹きかけると、銑鉄に在る炭素が一酸化炭素として放出され、この過程で銑鉄は鋼となる。
このとき放出された一酸化炭素をボイラーで燃焼させると、その発熱がこれまた電力に転用出来る。

・製鉄所の立地場所は、日本のみならず主要産業国の在り様そのものを決定する課題であった。
八幡製鉄所の時代は石炭の投入量が重大な要件であったため、筑豊炭田の近くに建てられた。
かつ、鉄鉱石の輸入コストも重大であり、よって海沿いに建てられていた。

・やがて、技術進歩によって石炭の投入量がさほど問われなくなったため、製鉄所にとっては鉄鉱石の輸入調達が最優先され、インドのオリッサ州などのように海沿いに多く建てられている。

・なお、鋼材を1トンつくるのに、従来は340トンの水が必要であったが、日本の最新の製鉄所では新しい水はなんと1トンしか要らない。
ほとんどは内部の回収水でまかなっている。
だから水資源の近郊でなくとも、製鉄所は可能となってきた。

・ところが、話はいよいよここからである。
「電炉」の登場、これこそがあらゆる産業構造を激変させ得る。
日本はあと5年で電炉による製鉄プロセスを完成させる。
この電炉で鋼を1トンつくるのに投入するエネルギー量は、現在の銑鋼一貫方式による生産プロセスの1/5で済んでしまう。
なぜなら、鉄くず(スクラップ)をもとに最高品質の鉄鋼板を造ってしまうからである。

・日本の鉄鋼の在庫 - つまり日本のあらゆるや鉄道などのインフラから自動車や家電製品などの消費財にいたるまで用いられている鉄鋼の総量 - は30億トンである。
これらを仮にこんご20年間、均等にリサイクルするとする。
毎年1億5千万トンの鉄くず(スクラップ)を世の中から回収出来ることになるが、これらをそのまま「電炉」の製鋼にまわせば新規の鉄鉱石を買う必要が無くなる!

・こうして、電炉による製鉄所は、石炭どころか鉄鉱石の調達にすら左右されなくなるため、海沿いに設置する必要すら無くなる。
むしろ、工業地帯に隣接されるようになる。
そうなると、電力事業そのものも大いに変わる。
とくに大きな製鉄所は大規模な発電機能をそのまま有しているため、工業地帯への給電を積極的に行うようになるだろう。

・電炉が石炭にも鉄鉱石にもあまり依存しないとなると、そんな電炉の製鉄所そのものが海外に移転するのでは…という不安を煽る人が必ず居る。
※中国マニアなどはすぐにそういう無知丸出しのことを言う。
しかし、製鉄による工業製品に極めて高技術、高付加価値のものが多く(自動車エンジンなど)、ゆえに製鉄所を日本以外に移植するなどありえない。
・いわゆる「スーパースチール」は、普通鋼でありながら強度が2倍の鋼材であり、つまり同じ強度であれば重量は半分で済むというもの。
熱処理を通じて鉄鋼の結晶の大きさを調整するが、これはとてつもない微調整の世界。
日本が世界最先端を行く。

・基幹素材として、鉄から炭素繊維への移行が大胆に進められている。
そもそも、鉄も銅も半導体シリコンもケイ素(SIO2)から成り、ケイ素の比重は水よりも大きいため地球の中心部を構成しており、つまりはもっとも基本的な素材そのものである。
そんな鉄や銅やシリコンに代わり、炭素繊維を基本素材として活用しようというのだから、これは人類史そのものを大転換させる壮大なヴィジョンである。

・炭素繊維そのものは日本メーカが圧倒的なシェアを誇る。
自動車や航空機のボディ、部品などに採用されている。
とくに他金属と接合すれば、可能性が大いに広がる。

・すでに炭素繊維とアルミニウムとの接合が、特殊な触媒と焼成炉の高温化によって可能になっている。
ただ、炭素繊維は切削時に粉塵が多く、また飛行機に採用すると落雷を受けやすいというデメリットをどう克服するか、大きな課題はまだまだ残る。


☆    ☆    ☆    ☆    ☆


<捕捉>

・日本の産業全般において、研究開発投資の3/4は民間企業自身の負担であり、政府の負担は1/4でしかない(とりわけ製鉄業では、政府負担はゼロである。)

一方、アメリカの研究開発投資はその半分を政府部門が負担するのが慣行となっている。
さらにその半分は、国防総省(軍事技術)の所管する研究開発対象のものである。
だからアメリカの軍事技術への研究開発投資は大変に多く、日本のそれの10倍以上にもなっている。

・ことに製鉄業で比較すると、日本の製鉄業は売上の2%を自らの研究開発投資にまわしており、ここでは政府負担はゼロ。
だがアメリカの製鉄業だと研究開発にまわせるのは売上の0.1%でしかない。

・日本の輸出先のほとんどは(売上ベースで)海外の企業であり、個人向けは微々たるもの。
ゆえに製造物の瑕疵は品質問題として信用失墜が必須となるため、日本企業は品質を何よりも重視してきた。
じっさい、品質最優先をとった産業は信用を長期に亘って勝ちとり、価格競争で潰れてしまうこともなく、研究開発の余裕も生まれた次第。

・1956年、最初に第一種技術導入(つまり特許)がなされた時、日本の特許の輸入額は海外諸国への提供額の7倍、つまりかなりの輸入超過であった。
1992年、日本の特許は国際収支で初めて黒字となった。
1996年には、対アメリカ、対ドイツをはじめあらゆる国々に対して黒字となった。

・2008年、特許をはじめ工業技術おける日本の対外黒字は8000億円、これは製品輸出の1/10に相当するスケールで、以降現在まで毎年2000億円以上のペースで黒字が増えて続けている。
近く、日本の技術貿易の黒字は製品輸出の黒字を超える。

(バブル崩壊がどうこうと未だに歯ぎしりをしている人々は、90年代以降の産業の変質が全然分かっていない。)

※ なお、日本企業の長期的経営について。
戦後のインフレ期の企業においては、資金借り入れの有効な担保が無く、経営者には失業保証もなく、ゆえに経営者は自身の個人保証のもと全財産をかけ経営に邁進し、従業員がそれに全力で呼応してきたため。
しかし時代が下るとともに、企業にも金融機関にも余裕が生じ、経営者が個人保証する慣行が無くなった。
だから、日本企業の長期的経営は減っていった。

…これらの箇所は、本著のみならず長谷川氏の直近の著作には必ず引用されている。 以上