アストロバイオロジーとは聞き慣れない学術分野ではあるが、とりあえずは Astro-Biology (あるいは一続きに Astrobiologyと記すほど普遍的な分野か) つまり宇宙生命論の類だろう ─ だからきっと難度の高い本に違いない。
…と想定しつつ、今夏に出たばかりの本書を手にとって読んでみたところ、化学や物理学についてのやや専門的な記述もさることながら、なんといっても引用されまた展開される個々の論理そのものが実に理知的、これだけの「密度の濃い」コンテンツが廉価の新書版で出ているとは。
本書の著者の松井氏は、ひろく宇宙も生命も(人間の文明でさえも)システム系として探求を継続されている第一人者として知られる。
本書のベーシックスとしても一貫されているであろう、これらの「システム」について、その本源的な意味(つまり科学)まで理解しようとすれば、諸要素について相応の知識が不可欠だろう。
それでも、一定以上の素養さえ有れば、どの年代職業の読者がどこから読んでも存分に「思考の冒険」を楽しめるのではないか。
(さらには、多くのSF仮想世界にみられる一見大胆なヒラメキにしても、それらの源泉を本書引用の宇宙生命論のうちに再確認出来ようか。)
但し、第4章の以下の項目あたりから、少し込み入った化学や物理学の素養を問う内容となってくる。
「生化学反応」「代謝経路」「同化反応」「異化反応」「高分子」「エントロピー」「エンタルピー」「自由エネルギー」「古細菌」「真正細菌」「真核生物」「塩基(コドン)」などなど。
これらはいずれも、著者によれば生命現象を理解するのための基本的な知識とのことだが、これらのタームを学術的に捕捉出来そうもない僕のような科学素人の皆さんには、第1章、第2章、第3章の読解をとりあえずはお勧めする。
さても、本ブログにおける読書メモとしては、これまで通り僕なりの要約に留まるところご容赦頂くとして、本書における第1章と第3章の内容のみを集約し、かつ、宇宙における生命存在の必然性を明かしていく仮説論証プロセス紹介がずば抜けて面白かったので、そこに力点をシフトしつつ以下僕なりに総括し措く次第。
たとえば、生命の誕生はこの宇宙における寂しい偶然に過ぎなかった、という論拠。
これまでの生命の遺伝子における核酸分子の配列からみて、それにピッタリの分子生成の確率は限りなくゼロに近い、というもの。
たとえ宇宙の広さや137億年の時間を考慮したとしてもこの確率は限りなくゼロに近い、ゆえに生命の誕生は偶然といっていいと。
パンスヘルミアという学説があり、これは地球の生命が宇宙からもたらされた、とするもの。
生命が宇宙の「どこか」で極めて偶発的におこったものに過ぎない、との前提による。
なお、この学説を逆にとれば、たとえば地球からの宇宙船に付着した微生物が宇宙に運ばれても、それら微生物が火星や土星衛星タイタンなどで生き延びる可能性があるといえる。
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(2) 一方で、生命の誕生は宇宙の必然的な経緯であり、だからどこでも起こり得る、という論拠。
たとえば、地球生命の核酸の分子構造は、隕石における有機物質と立体的構造が異なっている。
またコレステロールは、同じ分子式でも立体構造は256通りが考えられるというが、地球の生命はそのうちたった1通りしか使っていない。
こうして生命素材の在り様を考慮するならば、その材料物質が(我々のまだ知らない)宇宙のどこかに在るということにもなる。
宇宙の進化の無機的な過程のどこかで、アミノ酸や核酸などの材料分子が頻繁につくられ(化学進化)、それがたまたま地球のような天体では特別な選択効果が機能して生命細胞の構造となる(生物進化) ─ という見方もある。
尤も、両方とも地球で起こるともいえるし、さらに、宇宙に地球のような天体がたくさん有ったなら両方ともたくさん起こりうるともいえる。
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(3) アストロバイオロジーは、地球を含めたあらゆる宇宙の環境や天体を「システム」として捉える。
むろん、システムとは、複数の要素の関係性によって動的な復元や平衡が維持できる系のこと。
システムとしての天体にこそ、システムとしての生命が在る。
地球上で確認出来る生物の代謝反応を確かめれば、我々生命というシステムが宇宙システムと切り離せないことは明らか。
光合成など(炭酸同化反応)を単純化すると、植物葉緑体が太陽の光エネルギーを吸収し、水や二酸化炭素と反応してADP(アデノシン二リン酸)とリン酸をもとにATP(アデノシン三リン酸)が合成され、そのATPに「蓄積される」エネルギーからグルコース化合物の合成が行われる。
一方、動物細胞の呼吸(異化反応)を単純化すると、この植物葉緑体が生成のグルコース化合物が酸素によって分解され、二酸化炭素と水を生成する、かつ、この過程で「取り出される」エネルギーによってやはりADPとリン酸からATPが作られ、取り出されたエネルギーがそのATPに「蓄積され」、それが少しづつ生命活動のエネルギーの源泉となっている。
呼吸など異化反応において細胞内の複雑さが増し=秩序が減り、これは熱力学第二法則に則ればエネルギーが減ることを意味しており、よってエネルギーが常に必要とされる。
また、一度に爆発的な燃焼が起こらないようにATPがエネルギー を徐々に蓄積している。
(…以上が本書に要約されている生命とエネルギーの初歩解説 ─ と思うが勉強不足の僕にはあんまり自信無し…とりわけ、エネルギーをATPから取り出すとか逆にATPに蓄積とかいうところがどうも分かりません。)
つまり、太陽光線エネルギーも同化反応や異化反応における物質も、宇宙システムから独立したものとはいえない、だから我々生命システムと宇宙システムは同一の系にあるといえる。
宇宙も地球もわれわれ生命も、全体が(或いは一部が)連環した「必然的な」システムである、との解釈からすれば、たとえば地球上の恐竜を絶滅させたとされる天体衝突にしても、地球の「応答システム」が機能したがゆえにこそ、地球は長期復元し…だからこそ現在の我々の存在に必然的に至る、と理解出来る。
(じっさいに天体衝突は宇宙ではいくらでも起こっている。)
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(4) 生命の存在は宇宙の必然である、とする論拠としては、いわゆる「人間原理」もある。
「人間こそが宇宙を認識し、観察、記述し、宇宙の形も大きさも年齢も進化の法則も定めてきた」、そして人間の計算(アインシュタインの宇宙係数など)に則ればこそ、人間が観測する宇宙が存在しているといえる
─ のだから、宇宙はわれわれ人間のような観測者(計算者)を生みだす「ように出来ている」はずである、という。
ただし、これらは「人間自身の尺度」に限定した上で、たまたま人間が知っている宇宙について論じているに過ぎず、仮に「思弁的に捉えて」他にも宇宙が存在するとするのなら、そこではわれわれ人間の現行の尺度は「普遍的な意味」をもたない。
と、すると、宇宙が我々人間に至る生命進化を必ずもたらすとは断定出来ない。
実際、精度の高い観察に依れば、現行のわれわれ人間の宇宙定数は厳密には完結しない ─ つまり他に宇宙があってもおかしくないということになる。
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(5) 微生物(細菌およびウィルス)の多くは、地球のどのような温度、圧力、乾燥度、水素イオン濃度、放射線環境においても生存する適応性を持つ。
地球どころか、どのような惑星環境においても生き延びうる、とされる。
ゆえに、生命がどこで本当に発生したのかを判別することは極めて難しい。
いや、それ以前に、我々人類は今のところ地球生命しか確認していない ─ だから宇宙レベルで生命を定義することは出来ていない。
(なお、ウィルスが生命か否か、生命進化との関わり合いは何か、まだ定義は終わっていない。)
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(6) アストロバイオロジーに則れば、地球とは水が地表を循環している「システム」の星、そこに生命が存在する。
ならば ─
火星にも生命が存在してもおかしくない。
火星で堆積岩が既に見つかっているが、堆積岩は水の循環や侵食が無ければ生成され得ない。
また、火星の堆積岩の構造も水の流れを示すものである。
さらに火星の地層からはヘマタイト鉱物の球粒も見つかっているが、この球粒は二価の鉄イオンが酸化した水に溶け込まないよう三価に変わって堆積したもの、よって間接的には火星に水が存在する(した)事実を示す。
火星にはバイオマーカー(生命と周辺環境の相互作用の痕跡)も見つかっている。
また、火星からの隕石には生物化石らしきものの付着が確認されており、地球上の最古の生物化石に似ている。
地球の何千メートルもの海底には、熱水噴出孔があり、その付近に地表とは異なる原始的な生物が棲んでいる。
これは太陽光すら利用しない特殊な生態系である。
ところで、木星の衛星エウロパは木星の周りを楕円形の軌道で周回するが、木星からの巨大な重力による変形圧力によってエウロパの「内部」に熱がおこり、表面の氷の下に「海」が出来ている、とされる。
この「海」が地球の海底と似ているのでないか。
土星の衛星タイタンは、メタンやエタンが零下200℃の環境下でも液体から気化して雲になる。
それが雨になり、川となり、湖となるという循環が既に確かめられている。
つまり衛星タイタンでは、いわばメタンによる循環システムが成立機能していることになり、そこでたとえばリンを素にした生命が存在するのでは、と問われ続けている。
金星の大気中の濃硫酸の雲の中でも、微生物は存在するかもしれない。
以上