本書は昨年初版、著者の竹内薫氏はいまやお馴染みのサイエンスライター。
量子の物理/論理特性を計算素子やデータ媒体に活かすという、コンピュータの最新未来像、それが本書の終盤部にて学際的に収斂される主題 「量子コンピュータ」である。
(本書タイトルは『コンピューター』となっているが、ここではコンピュータに統一して記す。)
たかだか300ページの新書版にして、コンテンツの「ほとんど」がコンピュータと量子論の概説プリヴューに留め置かれた構成。
僕が書店でたまたま目にしたページにせよ、秘密鍵と公開鍵を活かした暗復号とその基本的な数理、な~んだ、こんな程度なら寝転がっても読み抜けるぞ、と、ホントに寝転がって読み進めてみた。
しかしそれらは(本書著者のメタファーに則るならば)登山準備のための高地トレーニングに過ぎなかった…
そして臨んだ山頂地点、つまり本書最後の50ページ、ここからがホントにすごい!
あらためて黙考しつつ読みかけてはみたが、ちょっと歯が立たないゾ、結局のところ僕自身の最も根源的な疑問はいまだ未氷解のまま、それつまり、量子とは物理なのか論理なのか?
ともかくも、本書はIT論と量子論を基礎教養から最新技術論まで実に広範にカバー、とりわけ要所要所におかれたコンセプト図表が抜群に素晴らしく、向学心を触発してやまない。
また、ヒューマンエピソード交えて続々と紹介される巨星列伝もなかなか楽しい。
もっとも、これだけふんだんな情報量ゆえか、諸事実と因果が多重に絡み合った論旨展開が(フレンドリーな文体とは裏腹に)飛ばし読みを許さぬ厳しさ、そこのところ留意しつつ挑みたい一冊。
さて、本書コンテンツのうち、とりあえず僕なりに理解しえた諸事項につき、此度の【読書メモ】として以下に要点概括してみた。
・19世紀半ば、バベッジが階差機関を開発。
さらにバベッジが閃いたのがいわゆる解析機関で、あらゆる論理演算を汎用的に自動代行させる目的のもの。
とりわけ、プログラム制御による自動計算が画期的、このアイデアは、既に織機で使用されていたパンチカードが元となっている。
構成コンセプトとしては、中央演算装置、記憶領域、プログラムデータの入力機構、計算結果の出力プリンタから成ると想定され、計算途中の一時記憶はレジスタ器によって可能とされていた、が、随時のデータ読み書き可能なメモリには未だ至っていない。
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・コンピュータによる計算可能性コンセプトの定式化は、チューリングから始まった。
チューリングが発案したいわゆるチューリングマシンは、計算実行されるべき複数の関数とその計算順位の指定(いわゆる状態遷移関数)を組み合わせたプログラムが、本体に格納されている。
本体にはまた、書き換え可能なテープと読み書き用ヘッドが実装されており、ヘッドはテープのデータを読み書き、さらに消去、ヘッドを動かして次の状態遷移関数を読みに行く…この操作を機構的に繰り返す。
(p.95における表3-2にて、状態遷移関数とテープ上の0/1信号とヘッド位置の段階的フロー有り。)
チューリングマシンのうちでも、プログラム領域とデータ領域を「ソフトウェアとして外部化」し、理論上はどんな計算もエミュレーション可能とされるはずのものを、とくに「万能チューリングマシン」と称す。
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・万能チューリングマシンの理念ふくらむ一方で、プログラムとして絶対に実行不可能な計算問題も指摘されつつあった ─ これが(コンピュータ計算の)「停止問題」。
かつ、数学においては、ゲーデルによる「不完全性定理」が問われていた。
この両者はともに、「或る理論そのものに矛盾が無くとも全ての問題を証明出来る保証は無い」と突く論題となった。
たとえば、或るチューリングプログラムが、自己の内に無限ループ演算が在るか否かを判別し、在った場合には実際に無限ループに入る、とする。
また、このプログラムを実行するチューリングマシンも在るとする。
そこで、このマシンはそのプログラムを演算、結果に従って無限ループを実行するケースもある…が、実際のプログラム入出力過程にては、そのプログラムそのものが本当に無限ループを内包しているか否かをこのマシンが明示することは出来ない。
・よく知られるいわゆるチューリングテストは、チューリングプログラムが人間の知能と同一か(と人間が見做しうるか)を確かめるためになされたもの。
直接の接触が不可能な相手の、なんらかの論理的な反応をもとに、その相手が本当に人間かはたまたコンピュータかを確認させる。
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・フォン=ノイマンによるコンピュータ構造上のイノヴェーションは、外部データ媒体との相互ランダムアクセスが可能なアドレス付きメモリを実装させたこと。
このアドレス付きメモリによって、ソフトウェア外部化と広範な計算がヨリ可能となり、万能チューリングマシンのひとつの物理的完結がなされた。
なお、記憶装置にプログラムを確認するさいの時間ロスが新たに問われるようになった(いわゆるフォン=ノイマン=ボトルネック)。
・計算論理も変わった。
バベッジの解析機関以来、並列計算処理が自動計算の主流方式であったが、機械が一定確率で故障すること(よって構造が簡単であるべきこと)から、ノイマン型コンピュータではリソース節約のために逐次処理(シーケンシャル)の計算処理を方式化させた。
ここで二進法計算の徹底化が図られたが、むしろ計算操作の基本的リビューをもたらし、ヨリ汎用的な計算を可能とすることになった。
この二進法計算の追求から、FET型トランジスタをはじめ電子素子回路におけるデジタル表現方式が開発進むことになる。
(p.137 図3-3は、ゲート、ドレイン、ソースの各結線についての最も基本的なコンフィギュレーションだ。負荷電圧の有無が各結線の開閉操作を決定し、これが論理的な0/1信号の有無となって、さらに電子素子同士の接続構造を決めていく、という図。
電子デバイス関係を目指す学生なら必須の理解事項でもある。)
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・量子の物理上の定義は一様ではない。
そもそも量子論は、製鉄過程における炎色と熱放射の再検証がきっかけ、電磁波(光)の観察波長と熱温度の関係を解析しながら始まった。
20世紀初頭、マックス=プランクは、熱源による光エネルギー量を「何らかのエネルギー単位=量子の整数倍」として公式化、これが量子仮説の端緒。
アインシュタインは、光電効果による電子励起を理論化して「量子力学」を打ち立て、また光をエネルギー粒子の固まりとみる「光電子仮説」も提示、これはX線の電磁波長とエネルギー量の関係(コンプトン効果)から実証された。
ここでは離散的な光粒子(電子)がエネルギーの量子とされ、その量子は波ではないかとの仮説は、光そのものに媒質無いとして否定され続けた。
・量子を電子の波動とおく見方もある。
19世紀半ばにマクスウェルは、既に電磁波の性質を方程式で説明していたが、20世紀にド=ブロイが全ての物質を「粒子の連続的な波動そのもの」であると指摘、物質波と称した。
さらにシュレディンガーが、波の周期変化関数を示す波動方程式に、この物質波の方程式を組み込み、この一連の数式化において、空間における電子の濃淡を表現する「波動力学」を示す。
これらが波動としての量子論のはじまりで、やはり実験で確認された。
・ハイゼンベルクは、電子の量的ふるまいを示す運動方程式をまとめ、ここでさまざまな連立方程式のマトリクスを(数学の)行列で記したので「行列力学」と称した。
(p.170 図4-3, 4-4 の単純な座標モデルにあるとおり) 或る連立方程式の構成成分を特定の座標点としておき、それらが行列/逆行列の計算によって別の座標点に出力される、というのがこの行列力学の数学的表現。
さらにこの行列計算値を座標からベクトルへ、つまり数学から物理学へ具体化している。
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・行列力学の見地からすると、波動力学でいう物質波は、電子が存在するか否かの複数の存在確率を同時に持つ『重ね合わせで』あり、波動そのものとしては観測出来ない。
これが量子論をめぐって現在まで続く「観測問題」で、波動力学を主張するシュレディンガーは猫の仮想実験をもって反論した。
(この『観測出来ないが存在確率による重ね合わせ』が、本書最終段における量子コンピュータの情報処理上の要点である。)
・量子をめぐるこの二重解釈論争にては、一応は行列力学を主流解釈と見做しつつもいまだ統一見解は無い。
ただ、量子の振幅が一定確率以上に発生すると、実際に波としての性質をも発揮する。
たとえば電子部品の配線がごく微細な素材の場合、電子がその配線を超えて回り込んでしまう物理現象がおこる。
これを量子トンネル効果と称し、江崎玲於奈はむしろこの効果特性を活かして江崎ダイオードを開発した。
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・量子コンピュータのアイデアは、1980年代にファインマンから始まった。
量子(つまり自然界の万物)の力学に関する巨大なシミュレーション計算を想定、それは従来のノイマン型コンピュータでは不可能で、量子そのもので動く計算素子によってこそ可能であるとみた。
90年代になると、ドイッチェが 「計算素子/ゲートの物理構造を量子作動型とする量子コンピュータ」、それによる計算モデルを提唱。
これがいわば、万能チューリングマシンの量子バージョン。
さらに、ショアは量子コンピュータによる素因数分解のアルゴリズムを発表、グローバーは量子コンピュータによる膨大なデータ検索アルゴリズム、オマールは量子コンピュータ用の手続き型QCLプログラムを開発。
量子コンピュータの計算素子を本当にハードとして実体化する試みとして、磁場での原子共鳴、イオン封じ込め、光子の利用や超電導技術の転用などが試みられてきた、が、どれも小型化(集積化)が困難であった。
ただ、この研究開発過程で、量子コンピュータ用の「並列処理と乗数計算」に適したデータ単位として、いわゆる「量子ビット=キュービット」が考案され、このキュービットが活かされつつある。
・現時点まで普及しているノイマン型=逐次処理型コンピュータの限界は、たとえばセールスマン問題という難題において迅速に解を出力出来ないこと。
この難題は、複数地点を巡回する上での最適なロジスティックス経路を問う(ような)数理パズルで、要素数の増加に応じてその増加数「乗」だけ組み合わせ可能数が巨大化、したがい計算時間も遠大になってしまうもの。
現行のノイマン型スパコンによって総当たり数を逐次処理計算させたら、最適解を導くのになんと1400万年もかかる「であろう」、そんな難題もある。
このような巨大な数理の難題を極めて短時間で計算してしまう、と期待されているのが、「超高速な並列処理計算」を可能とする量子コンピュータである。
2015年4月の時点で、ノイマン型スパコンによって素因数分解がなされた最大数は232桁のもの、2進数表現での計算ステップが3.22 x 10の23乗回、2GHz超のCPUコア素子を1700個擁して算出までに3年かかった。
しかし、この計算を71キュービットの量子コンピュータで行わせれば、2の71乗の並列処理によってほんの1秒で計算が済む。
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……と、ここまでが 「僕なりになんとか了解出来た範囲」、試験で例えれば文理共通問題とでもいうところか。
だが本書は P.249 以降から、デコヒーレンスだの、アニーリングだのと、なんとも複合的なコンセプト収斂形が登場、俄然難しくなる。
そもそも量子からして、僕にはいまだハッキリわからぬ、すべて電子として捉えればよいのか、電子の移動(電流)と量子のパワーは何が異なるのか?パワーではなく論理が計算の全てなのか?
このあたりから先は、理系的なイマジネーションがなければ理解しえないのではないかな。
僕の頭ではもうイメージしきれぬが、とにもかくにも D-Wave など用途次第では既に実在しているといえる量子コンピュータ、今後もウォッチしていきたい巨大な夢の一つである。
以上
(本投稿につき、おかしな記述ありましたらそっとご指摘ください。)