「ねえ、先生。へんげのじゅつを教えて」
「ほぅ?変化とな?拙者、そのような術は相知らぬが」
「その妙な口調はなに?ねえ、ふざけてないで教えてよ。先生は以前、かぐや姫からへんげのじゅつを学んだって言ってたじゃん」
「うむ…さはさりとて、変化の術はちと厄介なものゆえ、よした方がいいよでござる」
「いいよでござる、なんて日本語は無いよ!先生っ、ちゃんと教えてよっ」
「して…何故に?」
「あたし、全くの別人に変わりたいの。だって、いまの毎日は単調で、退屈で、我慢出来ないんだもん」
「左様か。うーむ……、あい分かって御座候。では、こう致そう。ほんの触りながら、教えて遣わせしんぜよう」
「ねえ、そのおかしな喋り方やめてよ」
「そういきり立つでない ─ さ~て、ここに忍術の秘伝書が在る。今より拙者が、変化の章の冒頭箇所を読み上げるがゆえ、そのまま復誦されよ。宜しいか」
「うん、よろしいよ」
「草木も眠る丑三つ時、縄文土器に弥生土器」
「くさきもねむる、うしみつどき、じょうもんどきに、やよいどき」
「在り居り侍りいまそがり、朝昼晩の潮干狩り」
「ありおりはべり、いまそがり、あさひるばんの、しおひがり」
「わが身世に降る長雨せし間に、鬼の居ぬ間に神の随に」
「わがみよにふる、ながめせしまに、おにのいぬまに、かみのまにまに…」
「ありゃ?俺は誰なんだろう…」
「これ、そのほう、如何致した?」
「お、君か?そこで何をしているんだ?」
「うつけもの!その物言いは何事か!わらわは姫君なるぞ、そなたは我が家門を愚弄する所存なりなのか?」
「なりなのか、なんて日本語は無いだろう、君ぃ。寝ぼけてるのか。あっははは」
「うぬ!もはや聞き捨てならぬ、この痴れ者め!ええい、おのおのがた、おのおのがた、出会え!出会え!」
「おわっ!待て、待てっ!俺の話を聞いてくれ!どうも、この俺は本当の俺自身ではないような気がしてならないんだ。もしかしたら、新たな自分に成り変わるための変化の術が…」
「ほほぅ、変化の術、とな ─ されば、このようなしのびの秘伝であろうかの?これ!そちに読み聞かせてやるから、畏まって復誦するがよいぞ。草木も眠る丑三つ時、縄文土器に弥生土器…」
永遠につづく
「ねえ、先生!ほらっ、きれいな星空!」
「んー?…ああ、本当だ」
「あたし、あの南の方角にね、人魚姫の星座を作ってみたよ!」
「ははははは、それはおもしろいな」
「でも……」
「ん?どうした?」
「ねえ先生、星の光は、はるか遠い彼方から届いているんでしょう?」
「そうだよ」
「それじゃあ、あたしたちが見ている星座は、すでに過去の輝きなんですね」
「まあ、そういうことになるね」
「あたしの人魚姫の星座も、本当はもう存在していないのかも ─ ああ、王子さまに巡り合うこともなく消え去ってしまったのね…」
「おい、ちょっと待て。そんなふうに考えたら、星座の物語なんかみんな遠い過去の哀愁に過ぎないってことになるよ。ねえ、もっと大きな視野で楽しく捉えてみよう」
「どんなふうに?」
「たとえば、僕たちがね、遥か数万年もの未来世界の人間であると想像するんだよ」
「それで?」
「そうしたら、ぜんぜん違う角度から、ぜんぜん違う星座を眺めていることになるじゃないか」
「ふーーん。そういえば、そうかも」
「うむ。そこでは、もっと綺麗な人魚姫の星座が天上に輝き、そのすぐ傍らには、王子さまの星座が寄り添って微笑んでいる、かもしれないよ」
「へぇー、先生って意外にオシャレなこと言うんですねー…。あぁ、あたしも、そんな遠い未来の世界に行ってみたい」
「ははははは、そうだな……。さぁ!君はもう自分の部屋に帰れ。明日からいよいよ地球への帰路に就く。出発時間に遅れたら一大事だぞ」
「分かってます。でも、どうせまたロケットの中で500年も人工冬眠するんだから、せめていまのうちに星空をたくさん眺めておきたいなぁ……」
おわり
「ねえ、先生」
「んー、なんだ?」
「あたし、ちょっとへんなことを考えているんです」
「変なこと?どんな?」
「たとえば、大都会の雑踏を眺めていると、ものすごい数の人間を目にしますよね、でも、その人たちのほとんどは実は宇宙人じゃないかって」
「へぇ?そうかい」
「こんなこと考えるあたしって、おかしくないですか?」
「特におかしいとは思わないよ。僕だってね、サッカーや野球のスタジアムで観客席を眺めまわしているとね、みんなロボットに見えたりする」
「…ねえ先生、地球の人類は70億人以上も存在していることになっているんでしょう?そんなこと、どうやって確かめているですか?」
「さぁ、それは難しいな。各国政府がちゃんと人口を捕捉しきれているかどうか。それに、ネットや金融機関などのアカウント数を集計するにしても、一人で複数アカウントを持っている場合も多いし」
「じゃあ、じっさいには、人間以外の者もかなり混じっているかもしれないんですね」
「ああ、そうかもしれん……そういえば、君も、なんとなく不思議な感じがするなぁ」
「あはははは、ねえ先生、本当はあたし自身が宇宙人だトシタラ、ドウスル?アハハハハハ」
「さぁ、大して驚かないよ、だって僕自身がロボットナンダカラ、ハハハハハ」
おわり
「ねえ、先生」
「んーー?」
「キスは、どんなふうにすればいいの?」
「なんだ?なんだなんだ?あっははは、ばーか。そんなことはお母様や親戚の方々に尋ねてみればよいだろう」
「訊いてみたけど、何にも教えてくれないんだもん」
「だからって、なぜ俺にそんなことを?…やめだ、やめだ、こんな話は」
「あーー。あたしって、もしかしたら一生、キスが出来ないのかもしれない…あーー!」
「そんなことはないって!…いいか、落ち着いてよーく聞け。恋というものはな、ホップ・ステップ・ジャンプなんだ。魂を据えて、意思を整流させて、それから全身全霊をこめて跳ぶんだよ。大昔からの格言のとおり」
「だから、なに?!」
「君の発想には、初めっからジャンプしかない。そこのところだけが若いわかい君の欠点だ。でも、ほかは何の問題もない。むしろ魅力的な部類だ ─ と思う。だから心配するな」
「ふーーん!ねえ、キスをするタイミングは、いつがいいの?」
「……あのなあ、恋というものは、独りよがりじゃいけないんだよ。相手あってのことなんだから…ほら、たとえば太陽が沈みかけて、一方で月が輝き始める時、幸福と孤独が交信するその時に」
「ふーん!それで、キスは何秒くらいすればいいの?」
「だからさぁ、そんなことは相手と決めりゃいいだろうが、あっははは。そもそも恋というものはだな、すべてのようでもあり、一瞬のようでもあって、言ってみれば、そこに人生の妙が」
「ふーーん。すべてであり、一瞬なのね、それじゃあ……あっ、わかった!」
「ん?なんだ?何が分かったんだ?おい、どうした、どこへ行くんだ、なぁ、ちょっと待て!なにをそんなに急いでいるんだ?おーーい!俺の言っている意味が本当に分かってるのか、おーーーーい!人生には明日も明後日もあるんだぞ!」
しばらく続く