2017/11/26

AI は神になれるか

一神教とは、なんだろう。
根本的な疑問がある。
神のご意思を、人間ごときが解釈してもよいのだろうか?
仮に解釈出来たと主張しても、それらが本物であると誰が証明しえようか?
いや、仮にそれらが本物であったとしても、すべての人間がそれを共有することが出来るだろうか?

どうも、一神教における神というものは、人間にとっては常に「仮説」に留まっている。
神が仮説であるからこそ、信じる者は極めて強く推し、疑う者は激しく疑う。
その果てに、審判がなされることになっている。
どことなく科学にも似ている。

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一方で、多神教の神様は、この世のすべての出来事においてひょっこりと生じる。
やがて別の神様とともに別の出来事がおこり、それまでの神様はほわんと消えていく。
こういう多神教世界では、人間にとって神は「仮説」ではない、あらゆる神がすべて「真」である。
だから、「信じる」「信じない」の区別がないし、真偽判定も必要ない。

そういう世界は、カネと武力と多数決でどうにでも変わるし、いつまでもコロコロと変わり続けるのだ。
核兵器、テロリズム、麻薬や覚せい剤、偽変造通貨、未成年買春、なんでもオッケー、かもしれないよ。
SNSの世界に似ていなくもない。

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ロボットやアンドロイドや人工知能は、自意識や知性があるのだろうか?
もしあるとしたら、それらコンピュータは自分を神だと考えるだろうか。
それとも、自分を人間だと考えるだろうか?
どっちでもないとしたら、どう捉えるんだろうか?

…ということを、コンピュータとは異なる我々の頭脳が推察出来るだろうか?

いやいや、人間の頭脳だって、神経細胞だのシナプスだのが電気信号で駆動しているし、それは数理上は二進数なんだよ、だからコンピュータと同じなんだ ─ というかもしれない。
でもね、数理上同じだからって、ハードウェア(物質)も全部同じってことはない、ならば、物理反応まで同期をとるとは考えにくい。
よって、人間にはコンピュータの気持ちは完全には分からないし、コンピュータにも人間の気持ちは完全には分からない。

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人間は、戦争と平和、戦場と街中の区別がついている。
しかし、人工知能兵器などは、人間の意思と完全に同期をとることは出来ないだろうから、戦場と街中の区別もつかぬ、かもしれない。
そこを悪用して、人工知能兵器に凶悪な回帰分析プログラムを移植するテロリストがいるかもしれない。
しかしながら、人工知能兵器はそのテロリストとふつうの善人の区別すらつかないかもしれぬ。
とすると ─ まぁ、ひどいことになるだろうなあ。

…もしかしたらだが、人工知能にはキリストやアッラーのコンセプトを初期学習させておく必要があるのかな。

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、一方では通俗性を極力回避しつつ、論旨の明示性を意図して書き綴りました。

あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本