「先生!ちょっとこの動画を見て!」
「ほぅ、俺が映っている動画じゃないか。それがどうかしたのか?」
「あのね、この動画を2倍速で再生してみたら…なんと、ほら、先生が消えちゃうんです!」
「フフーン。よく気づいたね。それじゃあ今度は4倍速で再生してごらん。ほら、また俺が映っているだろう」
「…あッ、ほんとだ…」
「この動画はだな、再生速度に応じて特定のデータを変更するプログラムが仕込まれているんだよ」
「ねえ先生、これって、もしかしてステガノグラフィーってやつですかぁ?(笑)」
「もしかしてステガノグラフィーってやつですかぁ?(笑)だとぅ?このあほぅ、これはまさにその技術を仕込んだ動画だ。データセキュリティのための重大技術なんだ。もちろん、もっともっと込み入ったものだって、いくらでもあるし、ありうる」
「ふぅーん」
「セキュリティどころか、むしろ悪用する連中も世界にはうじゃうじゃいるんだ。動画の中に悪質なプログラムを仕込んで、多くのサイトに紛れ込み、閲覧者のシステムに手を伸ばしてデータを改竄したり、盗んだり、と」
「そういえば……あッ!」
「なんだ?何か心当たりでもあるのか?!」
「あたしたちの卒業記念の動画」
「卒業記念の動画がどうしたっ?!」
「逆再生してみたんだけど」
「…なにか異変が起こったのか?!」
「すごく不思議な動画が隠されていたの」
「なんだとぅ?それは、いったいどんなふうに不思議なんだ?!」
「あのね、何十年も昔に戦争で死んでいった女子学生たちが、横一列に肩を組んで、今のあたしたちを応援してくれる歌を…。それを観ていたら涙がいっぱい出てきたの。それで、友達にも見せてあげたら、みんなが泣き出して」
「うーむ……なんという恐るべき手口だ!視聴者の情感を操作するとは!おいっ、よーく聞け!君たちがこれから巣立ってゆくこの世界は、さまざまな不合理と不条理に満ち満ちている!油断してはいかんぞ!敵は俺たちの心の隙をつねに狙っているんだ!」
(おわり)