※ エントロピーへの挑戦
「んー、なんだ?」
「あたし、最近、なんだか退屈でしょうがないんです!」
「ははぁ、それは君が成長したってことだ」
「でもー、以前は何もかもがもっと新鮮だったような気が…」
「それはそうだろう。たとえば、まだ君がちっちゃかったころは、太陽はいつも眩しく、木漏れ日は楽しく、水面が羽ばたき疾風が響いていたはずだ」
「ふーん。そういえば、そんな気も…」
「人間はね、初めは何もかもを一瞬一瞬の新鮮な偶然だと捉えるものなんだよ。それがね、時間の経過とともに、あらゆる偶然を回帰的に連続させて、たったひとつの必然の方程式にしてしまうんだ」
「へーーー」
「これはつまり、その人間が秩序だった『仕事』を成し、その代わりにおのれ自身はエントロピーが増大して、おわりに向かうということで」
「なんだか、分かったような分からないような…」
「そうかね。それじゃあ ─ ほら、沢山のカードがテーブルの上にあるとするだろう。子供のころは、どのカードもみんな裏返し、つまり、どれもこれも偶然に散らばっている。それを一枚いちまいひっくり返しては、記号や数字を確かめていたわけさ」
「ふーむふむ」
「でも、成長するに従って、表向きにひっくり返したカードがどんどん増えてくるんだろう。もう分かりきってしまったカードだ。確定済みのカードだ。これが、必然が増えるということだ」
「ふーーーーん。なんだか、眠たくなってきちゃった」
「いいから聞け。全てのカードが表向きに捲られた時、何もかもが必然の秩序として並ぶことになり、その人間自身は為すべき仕事を終わらせたことになる。まあそういうこった」
「なーるほどねぇ…はぁーー、眠い、あーー……」
「もうちょっと聞け。いいか、俺たち人間はね、これでおしまいってわけじゃないんだ。いつも新たなカードを新たなテーブルの上に並べ続けているんだよ。まだ捲っていない、ドキドキ目くるめくような、新たな偶然のカードをね。ざーーっとね」
「……はっ!うっかり眠ってしまった!あたしは、いったい……?あのぅ、すいません、あなた、どなたですか?」
「なんだとぅ?君はふざけてんのか?!」
「はぁ?いったい誰なんですかあなたは?」
「俺だよ!俺、俺」
「あたしは、あたしは、あたしは!ああ!太陽が眩しく、木漏れ日が鮮やかで、風が水面を波立たせるような、新たな偶然の予感、新たな出会いのときめき感、それが今日なのね!それが今なのね!こんなところで寝ている場合じゃないんだわ。さぁ、どいてっ!」
(※ 最近、こんなふうに理科や数学をヒントにして掌編を作ってはみるのだが、いやぁ、小さくまとめるのは本当に難しい。)