2019/02/19

【読書メモ】シミュレート・ジ・アース

シミュレート・ジ・アース 河宮未知生・著 ベレ出版』
此度ここに紹介する一冊は、シミュレーションという汎用観念とは裏腹に、なかなかの難書であろう。
『未来を予測する地球科学』と銘打たれたサブタイトルからして、どうやら地球の気温/気候を自動的に導出するシミュレーション・プログラムが案内されているようだ、と早合点する読者も多いのではなかろうか。
いや、そのような自動的にして完結的なシミュレーション・プログラムは無いし、そんな簡単な論題でもないのだ!と、本書を中盤まで通読すれば納得出来よう。

本書が主題として呈する「地球スケールでの」気候シミュレーションは、まずは遥か過去から現在までの多様にして膨大な事象の想定と捕捉とデータ解釈、そしてそれらのモデリングに依らねばならない、が、数万年以上もの過去の諸事象を物理法則や数学のみで実証するなどほぼ不可能、よって仮説に則ることやむなし ─ 過去から現在までのシミュレーションでさえこうなのだから、未来を確実に演繹するなど途方もなく難しい、と論旨が進む。
ただ、本書にはもう一つの論題も並走しており、それは人類が排出してきた炭素(二酸化炭素)による地球温暖化の可能性であって、こちらについては事象とプロセスを絞り込みつつモデル化を尖鋭化し、未来予測のためのシミュレーションを模索している。
以上が本書についてほぼ一貫した主題であろう、これらが第4章「シミュレーションでわかる過去の地球」、および第5章「シミュレーションでわかる未来の地球」で綴られていく。

さて、本書は総じて平易な文体で読み易く、またモノクロ頁構成で判別しきれない図表類も巻頭にカラー刷りで補強されている。
尤も、シミュレーションに至るまでの仔細な実践描写を概して差し控えたためか、「事象」「プロセス」「データ(化)」「モデル(化)」などなどの数理上の操作概念が却って曖昧に映ってしまったところは否めない。

それでは、以下、本書の第4章と第5章に絞り、僕なりの読書メモとして略記しおく。



水分子には、主だった酸素同位体である酸素16とともに、ヨリ重めの同位体である酸素18も含まれており、水蒸気→雨・雪→水蒸気→雨・雪→水蒸気…と循環を繰り返す過程で、雨・雪に酸素18が多く含まれて地表に降り注ぐ、したがい、水蒸気中に残留する酸素18は減っていく。
これを地球スケールでみると、高温の低緯度地帯では水蒸気がおこりやすく、この水蒸気が上の循環を繰り返しつつ低温の高緯度地方に移動していく過程で、海に降り注いだ雨・雪には酸素18の量がヨリ多くなり、よって、低温/高緯度の南極やグリーンランドにまでたどり着いた水蒸気においては酸素18の量がかなり減っている。
南極やグリーンランドに降り積もってきた雪による氷床(のアイスコア)に残留している酸素18の量の分析から、氷床の生成期当時の気温が導かれ、かつ、それら氷床の生成期自体も気泡における含有物から導かれている。

これらの分析に則り、過去の約40万年に亘る南極付近の気温と二酸化炭素濃度とメタン濃度の変動が類推されており、とくに約10万年ごとにこれら3要素が一斉に変動してきたことも分かってきた。

====================

・これまでの地球の「氷期-間氷期サイクル」を大きく決定づけてきたものは、太陽からの熱エネルギーに対する地球の北半球および南半球の距離関係である。
この関係は地球自身の「軌道要素」に拠っており、ここをまとめた理論がいわゆる「ミランコビッチ・サイクル」である。

そもそも地球自身の軌道要素を分類すると、まず「歳差運動」があり、これは地球が約2万年ごとの周期で自転軸を揺らせている運動で、現在は北半球の冬/南半球の夏が最も太陽に近くなっている。
やはり地球の軌道要素としては「地軸の傾き」があり、これは約4万1000年の周期で22°から25.5°の間を変動している。
さらに地球の軌道要素には、太陽を回る地球の軌道が楕円形ゆえの「離心率」もあり、10万年と40万年の周期で変動している。

「ミランコビッチ・サイクル」理論に則りつつ、さらに日射量と地球上の氷床の面積とそれによる熱反射の関係をもふまえて、地球の氷期-間氷期サイクルを確認出来る。
日射量が少ないと氷床が溶けにくいため、氷床面積がヨリ低緯度方面に拡大、そうすると地球全体として太陽光をヨリ多く反射してしまうことになり、だから地球の気温が下がる。
この相関を最も顕著に観察出来るスポットは、夏期における北緯65°付近。

なお、太陽光は永年に亘って徐々に強くなってきている。
太陽光の強さは大気中の物質の同位体によって分かり、それら同位体の変わりようは氷床(アイスコア)の生成期に応じた気泡の成分分析によって分かる。
同様に、火山などから放出されてき大気中のさまざまなエアロゾルも氷床の気泡成分によって分かる。

================

以上のように、宇宙スケールとしてはミランコビッチ・サイクル、また具体物においては氷床の生成時期と成分と拡がりなどから、太古まで遡った「古気候」についてのモデル化とシミュレーションは「或る程度」までは可能となる。
しかしながら、それぞれの年代の太陽光にせよ気温にせよ、また気体の成分物質にせよ、もちろん現在の研究者が「直接」計測したデータではなく、類推や演繹に依ったデータにすぎない、したがいモデル化→シミュレーションによるさまざまな見解も仮説の域を出ていない。

とりあえず、世界レベルでのモデル化とシミュレーションの統一活動としては、「古気候モデル間相互比較プロジェクト(PMIP)」が展開されており、モデル化にあたっての入力データ共通化が図られた上で、たとえば最終氷期における海面水温についての「平均的な」シミュレーションを呈してはいる。
同シミュレーションは2013年の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で採用され、最終氷期には地表面が3℃~8℃の間で低下があったと見做されている

論理的に推していくと、過去数万年に地球で発生してきた気温変動上の諸事象は、諸データとモデル化さえ正しければそれぞれの発生プロセスを自動的にシミュレーション出来てもおかしくはない。
現時点ではそこまで確定的な自動シミュレーションには至っていないにせよ、氷期~間氷期の気温変動における一定のサイクルが「論理上は再現がなされた」ことになっている。(東京大学大気海洋研究所・2013年)

==================

・二酸化炭素への注目は重要である。
二酸化炭素濃度の変動と気温変動の直接の因果関係については、海による吸収量の多寡が主たる要因と見做されてはいるものの、これまでのところ確定はされていない。
しかしながら、二酸化炭素濃度の増大による氷床の縮小は実際に観察済の事実である、となると、氷床とさまざまな物質が過去数万年に亘って成してきた諸事実(そして我々が抽出してきた諸データ)についての解釈は一様には固められず、よって気温変動サイクルのシミュレーションはなおさら困難になる。

=================

・地球の地面が太陽から受け取る熱と、地表から赤外線として放出する熱は、-18℃で丁度つりあっている。
尤も、大気中の水蒸気や二酸化炭素など「温室効果気体」による赤外線の吸収と再放出によって、地表の気温がずっと高く維持され、そこで人間を含む生物が生活出来ている。
ここで大気中の二酸化炭素が増えると、地表に再放出される赤外線も増え、ここを捉えればいわゆる地球温暖化となる。
ただ、二酸化炭素は光合成や微生物による分解など複雑な経路を辿って海中や地表を循環しているので、これらから様々なデータを抽出しモデル化し、そしてシミュレーションを起こすことになって…

=========================

……ざっと、このあたりまで読んでみた。
さらに第5章では、人間による二酸化炭素排出量の増大がこんごの地球温暖化を如何ように「もたらしうるか」について、とくに炭素循環に着目しつつ諸事象の相互のフィードバックも鑑み、「シミュレーションの立て方」を提案していく。
p・162にある「地球システムモデルの概念図」は、そういうシミュレーション構築のひとつの総括案である。
さらに頁が進むと、台風やエルニーニョについてのシミュレーション方式、また高解像度でのグリッド設定の功罪などなど。


なお本書の第3章までは、主題ではないものの、諸事実のデータ化→モデル化における学術上/コンピュータ技術上の大原則がいくつか呈されており、とくに学生諸君には留意熟読して欲しい。

たとえば;
いかなる事象についても、サンプリング(離散化)スケールのおきかた次第でデータとしての精度が異なり、よって補整もやむなし、また諸データのアトリビュート(属性)も分析者の経験則次第でさまざまに変わりうる。


以上