2019/09/28

【読書メモ】数学の二つの心

数学の二つの心 長岡亮介・著 日本評論社』
本書は以前にいったん手にしつつも暫く眠らせていた一冊である。
その理由は、僕が生来より苦手としている数学本であること、また、現状批判的な文脈のためか順接/逆説がやや目まぐるしく捕捉し難かったこと、そしてその批判の主たる矛先たりうる数学教育論について僕自身は特段の関心も無いこと、などなどである。

しかしながら、先日のこと、或る数学パズルに突き当たってあれこれ思案したことがきっかけで、本書にあらためて手を伸ばすこととなった。
そのパズルとは、ざっと言えば  「単価も数量も異なる複数の商品につき、個別にバラ売りする場合と幾つかづつ組み合わせのセットで売る場合とで、売価の合算に差が生じてしまうのは何故か」 と問うものであり ─ むろん正答は、人間は価格の違いに応じて売る数量(買う数量)が異なり、それぞれのセットにおける個々の商品の売価が整数として均等になるとは限らないため、というもの。
さて一方で、本書における第二章『組み合わせをめぐって』(p.119)にては次のような一節がある;
「そもそも私たち人間が幾つかのものを選ぶとき、すべてを同時に一瞬で選ぶことはまずない。1個1個選んでいって最後にr個となる方が一般的であろう」
本旨につき、僕なりの浅薄な結びつけであることは百も承知、しかしながら、本箇所を読み直したところ平易ながらも啓発力抜群のメッセージに感嘆させられた次第。

それではと本書をあらためて読み返してみれば、さて数学とは自動複製型のアルゴリズムに過ぎぬのか、はたまた人間の演繹力と創造力に亘る漸進履歴か ─ そう考えさせられることしばしばであり、本書タイトルに掲げられた『二つの心』が織りなすユーモラスなほどに辛辣な現状批判も寧ろ高遠に響く。
もちろん、本書における『二つの心』のうち真意はあくまでも『裏の心』にしたためられていること冒頭部より明らかであり、よって此度の【読書メモ】では本書前半部における幾つかの『裏の心』につき僕なりに以下に概括してみた。


<定義・証明・自明>
数学にては、まず何らかの定義を数式(および言語)にて設定すればこそ、幾つかの命題も自明となる、そしてそれらについての証明もなしうる。

例えば、負数の定義として、"-aとは x+a=0 となるxのこと" かつ "-(-a)とは x+(-a)=0 となるxのこと" として記号"ー"を定める
「なぜこうするのか」は考えず、まずこう定義する。
この定義あればこそ、 "-(a)=a" となることが自明となり、これに基づいてのさまざまな証明も可能となる。
一方で、この"-"の定義がなされていなければ、いかなる具体物による例示を以てしても負数は自明とはならず、その計算を証明し了解することにもならない。


<複素数>
虚数 i2 = -1 と複素数はまず相当性(自己同一性)が定義されなければならない。
複素数 a+bia'+b'i について、この両者が等しいとすると a=a' かつ b=b' となる、と定義する。
また、実数 a と複素数 a+0i は敢えて同一と定義し a=a+0i とする。
こうして相当性が定義されればこそ、
a+bi = a'+b'i    ⇔   a=a' かつ b=b'   ⇔   (a,b) = (a',b')
として、実数a, b の順序対が平面上の点座標と同じもの、よって、実数が数直線上の点に対応するならば複素数は数平面上の2次元の実数、とも了解出来る。

複素数の方程式と解の±について。
或る数 z を正の実数とすると、2次方程式 w2=z にては w は正か負の実数となる。
一方で、この z を複素数 z=i とすると、この2次方程式 w2=z は w2=i となり、これを満たす±(1+i) / √2 となるが、この2つの解のうちどちらが「虚数 i2 = -1 」を含むのか判然とは出来ない。
とはいえ、複素数を含む2次方程式 ax2+bx+c=0  で全ての係数a, b, c が実数であるならば、解の公式から ±√b2-4ac の2つの解のうちどちらが虚数 i2 = -1 」を含むのかは決定される。
尤も、3次方程式 ax3+bx2+cx+d=0  については、複素数 3√z を代数の手法のみでは定義出来ず、これが学校数学で触れられない理由でもある。


<代数記号の意義>
数学における代数記号の意義とは、未知数の暫定的な文字表記ではなく、既知の数の創造的な抽象化表現である。

例えば、いわゆる鶴亀算の問題において、x+y=n かつ ax+by=m  と定式化出来るとする。
ここから xy を求めると、 x=(bn-m) / (b-a)  及び y=(m-an) / (b-a)
この新規の数式創造によって、与えられた条件 a,b,m,n と解 x,y の関係付けを叙述したことになり、これが中学数学以降で学ぶ代数記述の意義である。
さらに、ここでm と n を新たに定義し an<m<bn かつ m-an, bn-m b-a の倍数とすれば、x,y に正の整数解が導ける必要十分条件も叙述出来る。


<図形と証明>
図形の相似を扱う学校数学にては、比の表現 m:n 或いは m: (m+n) が用いられるが、これは mとnを自然数の比と比例の関係に限定してこそ意味をもち、それは中点連結定理があってこそ成り立つはず。
三角形の相似条件からスタートしてそこから平行線と比例や中点連結定理を導かせる現行の学校数学はおかしい。

そもそもユークリッド流の「図による視覚に頼った論証」は、現代数学から見れば欠陥がある。
例えば、半直線OX, OY の作る角∠XOY の二等分線の作図において、点Oを中心とする1つの円が半直線OX, OY とそれぞれ一点の交点を有することが自明とされている。
しかし現代数学に則れば、交点の存在はあくまで視覚的な直観によるものであり、自明からは程遠いということになる。

もとより、図形についての言語表現は数学において特に困難な分野であるし、また図形に関わる諸々の証明は直観に安易に依存してしまえばこそ安直に簡潔化されてしまう。
さらに、例えば一次関数式とグラフの幾何学的関係など図形の多義性についても学校教育では指導されていない。

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…以上、本書の前半部について興味を惹かれた箇所につき、僕なりにざっと概括してみた。
なお本書後半部では、対数方程式と不等式、三角比と三角関数、数列、漸化式、数学的帰納法、無限、微積分、と論題が続く。
こんごも更に読み進めてゆきたい啓発の書である。


(おわり)