「先生、今晩は」
「やぁ、君か。今晩は。どうした、寝付けないのか?」
「はぁ……あたし、ちょっと気になることがあって」
「ふふん、どんなことだ?」
「…この宇宙船は、もうしばらく飛行したら地球に到着するそうですね」
「そうだよ、順当に飛行を続ければ、船長室が発表しているとおりにだ」
「あのぅ…あたし、地球に行くのは初めてなんです」
「ほぅ? ─ そうか、うむ、君は宇宙子女だったね。はははっ、それで緊張と不安にいたたまれず、ってわけか。なーに、大丈夫だよ、地球はいいところだ、これまで何度も聞かされてきただろう」
「はぁ、でも、地球ではなんだかイザコザが絶えないそうですね」
「うーむ、まあ、そうとも言えるが、でもね、それ以上に楽しいこともワンサカとあるぞ。新たな人生ステージにふさわしい」
「でも……」
「ふふん、分かっているよ。言葉のことだろう?」
「そうです。あたしは地球の言葉をちゃんと使えるでしょうか?」
「それは多くの宇宙子女たちが案じていることだ。でも、すぐに慣れるさ、僕たちの言葉と地球の言葉は数学的に対応しているんだから」
「だけど、地球の言葉はものすごく雑多で、しかも曖昧じゃないですか」
「それはそうだが、でもね、正直な表現さえ心がければ平穏無事に過ごせるんだよ」
「はぁ?正直?……正直ってどういうことですか?」
「なんだと?あはははは、正直とは嘘をつかないってことじゃないか」
「嘘?嘘ってなんですか?」
「おいおい、嘘というものはだな ── いや、よそう。僕たちの言葉では伝えようがない。はははははっ、なんだ、なんだ、そんな不安そうな顔をするな!ほらっ、見てごらん、あの星々が時空を超えて織りなす座標の彼方、青く美しく崇高に光輝まばゆい地球が僕らを待っている」
「はぁ……それで、地球に着いたら、先生とあたしの会話も地球の言葉になるんですか?そしたら正直とか嘘とかも混じってしまうんですか?」
「それは、まあ、表現上はそういうことに ─ おいおい、もうあれこれ思案するのはよせ。さぁ!もう寝るんだ。良い子は良い夢を見るもんだ。嘘いつわりの無い真っ正直な夢を」
「夢??夢って何ですか?どういうものですか??」
(おわり)
※ 落語じみた話を作ろうと思ったが、妙な奇談になってしまった。