2020/05/26
ローズガーデン
「先生、ちょっとよろしいですか?あたし、ヘンな画像を持ってきたんですけど、見て頂けますか?」
「…ほぅ?これはバラの庭園だね。綺麗なものだね。で、これがどうかしたのか?」
「じつは、これは人工知能によるカメラで撮影した画像なんです。それで、ほら、この端っこに映っている白いバラを見てください。なんだかヘンでしょう」
「んー?どれどれ……おやっ?この白バラはなんだか一人の女性のように見えるね…うーむ、見れば見るほど女性のようだ…」
「そうなんです、どことなく影の薄い女性に見えます。それで、ちょっとこちらの数枚の画像も見てください。ほんのコンマ数秒の前後間隔で同じ画角から連続撮影したものなんですけど、ほら、これらには誰も映り込んでいないんですよ」
「フゥーム、これはなかなかインテレスティングなオカレンスだね」
「どれもみな人工知能カメラで撮った画像ですからね。それなのに、この1枚だけが……いったい、どう考えたらよいのでしょうか?」
「どうって…うーむ、とりあえず考えられるのは、その人工知能カメラの撮像レンズに偶々なにかが一瞬だけ付着していたのか、或いは、カメラ内部の電気系統に一瞬だけおかしな静電気スパークが…」
「そういうのは無いと思います。人工知能は機構系が万全ですから」
「ほぅ。ならば、撮像プログラムかデータ転送プログラムになんらかのバグが有って…」
「それも無いと思いますよ。バグがあればそれも人工知能が認識して、実行のたびに修正しちゃうはずですから」
「ちょっと待て。君は人工知能をすっかり信奉しているようだが、たとえ人工知能といえども所詮は電子などの粒子に頼りきっているんだからね、数百億回の処理のうちには1回くらいは何らかの過ちを犯すことがありうるんだよ」
「ふーん、そんなもんですかね?……そこまで考えるのならば、本当はその数百億分の1こそが正しい処理であり、他の全ては過ちだってことも」
「ハッ!すると、おそるべき可能性としてはだぜ、この女性らしきが映り込んでいる1枚こそが真実の画像であって、こいつが映り込んでいない他の画像はどれもが虚像だと?」
その教師と女生徒がこんなふうに話を進めていた、まさにその時。
とつぜん、教師の携帯電話が一瞬だけ鳴った ─ ような気がした。
おやっと訝しく思うとほぼ同時に、卓上のモニター画面にほんの一瞬だけ女性の姿が閃光したように見えた。
さらにほぼ同時に、部屋のドアをノックする音がかすかに聞こえてきて、そうかと思えば、かすかにバラの香りが ─ いや、それもこれも気のせいだったかもしれないが、女生徒はもうどうしてもそのドアを開けてみたくてたまらなくなり、教師の制止をふりきって……
(おわり)