2022/09/11

【読書メモ】世界の見方が変わる元素の話

『世界の見方が変わる元素の話 ティム・ジェイムズ 草思社
英文原題は "ELEMENTAL  - How the Periodic Table Can Now Explain (Nearly) Everything"  とあり、日本語表現すれば 『元素周期表はほぼ万物の在りようを如何に説明しうるか』 となろう。
本書をざっと垣間見たところ、文面も図案も数式も極めて大雑把な引用に留められており、一方では全巻通した一貫主題がとくに呈されているわけでもない。
よって、むしろ読者としては化学あるいは物理の基礎知識は必要。
それでも、これまで物質の実態~実体に臨む過程で「何が」「何を」「実証してきたのか(比喩的にいえば’炙り出してきたのか')について、その物理化学上の着想転換やトライアルの数々をごく大雑把にまとめた一冊とはいえよう。


たとえば原子論にかかるところ、直接の目視観察による全貌把握が誰にも出来ぬ以上は、「何が」「何を」「実証したことになっているのか」について考えさせる恰好の論題といえる。
そこで本書第3章、原子の正体追求にかかるトムソンやラザフォードのモデル、ラザフォードやマースデンらによるα粒子(ヘリウム原子核)の金箔原子への照射/錯乱度合いの実験の段、さらにチャドウィックによるポロニウム活用の照射/錯乱の実験について。
ここいらでは、核子と電子の静電気による回転運動とその位置関係の見極め、中性子の発見と原子としての強度安定性などなど、ごくざっくりと記してある。
このあたりまでは高校物理化学の履修者ならば一度は学ぶ範疇ではあり了察できよう。

さて、高校理科の教科書や参考書類にては更に総括的な物理化学見識の展開がセットで続く ─ これも履修者ならば知ってのとおり。
それらに曰く、ラザフォードらのモデルに則るならば原子核との静電気によって電子の運動エネルギーが減少してついには核に吸収されるはずなので、この原子が放出される電磁波(光)は連続スペクトルを成すはずであると。
だが実際に放出されているのはデジタルに跳び跳びの定常状態を維持しつつの光であり、よってラザフォードらの想定モデルは原子のありようを完全に説明したことにはならない。
ここで論理上の折り合いをつけるべく、ボーアらによる量子化説が…
とまあ、どうせならここいらまで踏み込みつつ、「何が」「何を」実証したことになっているのかについて本書でさらに展開して欲しかった。

※ とりわけ、ここいらの物理学上のアプローチにて核子や電子の'質量'が如何にして定義されるにいたったのか、また(駿台の新物理入門にても留意しているように)電子の周回の径が原子ごとに画定している根元理由はなにか。
ここいらの根拠や実証の精緻なかかわりは僕自身は不見識ではあるが、ともあれ、核子や電子の質量は相対性理論を経て現在はSI単位系にのっとってきっちりと定義されており…

なお本書にては、「なぜ素粒子に電荷があるのかいまだに分かっていない」とさり気なく念押し図っているなど、読み進める上でのさまざま心地よいスリルには事欠かない。


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如何であろうか。
上述は僕なりに呈してみたほんの一端の所感にすぎず、巻頭から末尾まであらゆる箇所に目を通してのものではない。
が、だいたいこのくらいの深度で全巻とおして化学元素にかかる小エピソード群および諸々のメモから成っているところ、見当はつくのではなかろうか。

他にも、ちょっとだけ例をあげておく。

・あらゆる物質が「特定の元素のみ」によって構成されているという物理化学上の真理はじつに17世紀半ば以降にようやく判然となり、その端緒はブラントによる人尿からのリンの単離実験であった。

・18世紀までは、空気という元素、火という元素、水という元素の実在が信じられており、物質の燃焼は「おのれ自身でものを燃やす(燃える)フロギストン」なる元素によるものとされていた。
キャベンディッシュやプリーストリやラボアジェの探究によって、フロギストン元素は物質の燃焼プロセスのどこにおいても量的に実在しないことが見極められるとともに、真に物質の燃焼に作用する元素として酸素と水素さらに窒素が’発見’され…

・現在までに地球上で実在が確認されてきた元素の多くは、その存在量が驚くほど希少であり、総量がわずか数百gに過ぎぬものすら在る。


まだまだ、続々と紹介されていく物理化学史上のエピソード群ではある。
エネルギー論やエントロピー論まで含め合わせた巨視的な検証譚もあれば、工業技術における素材応用論もあり、随所に軽く驚かされたりなるほどと納得させられたりアハハハと失笑させられたり、学生諸君のみならず多くの読者層が随時楽しめる一冊であろう。

ともあれ、上に記したように、物理や化学の面白さ(かつ難解さ)は完全な状態観察の不可能な原子レベルの世界において「何が」「何を」「実証してきたのか」を把握すること。
僕なりにそう信じており、よって、先人たちによるそれらの試行錯誤プロセスを概念的に追体験することは必ずしも容易ではなかろうがけして無駄ではないはずである。


なお、本書巻末の「付録」ページには、陽子と中性子とクォーク粒子の不可分性についての概説、さまざま原子における電子の配置と運動を見出す上でのシュレディンガー方程式の活用例、元素数とそれら濃度(能力)の対数化によるpHとpKaの概念紹介がある。
これらはやはり要約的な記述には留まっているものの、やや学術レベル高いもの、物理や化学さらに数学ファンの学生諸君には一読すすめたい。


以上