2024/02/29

ミステリーの構造


或るミステリー小説を考案中である。
おそらくは多くの読者が、あっ!と驚嘆し、そしてうっ!と呻吟してしまうであろう、そんな代物だ。
今の時点では何も語らぬ。

さて、此度の投稿タイトルは『ミステリーの構造』と据えてはみたが、むしろ「思考の構造」と題すべきではないかとも考えている。
ミステリー物語のストーリー展開をつらつらと考え巡らせているうちに、そもそも人間の思考とはいったい何物であろうかと、あらためて整理つけたくなったのである。
もちろんここでいう人間とは、作者である僕自身であり、あっとかうっとか感嘆を発するであろう読者諸兄でもある。


そもそも我々人間の思考は、さまざまな知識x命題による刺激に応じ、これらを処理するように出来ている。
この思考プロセスは、大別して以下3つの系から成っている ─ と察せられる。


===============


(1) まず、思考の「動機 (motive, incentive)」

これはさまざまな知識x命題の動因であり、さらには絶対アプリオリのスタンダードともなりえ、端的にみれば一神教が典型であろう。
尊厳と欺瞞のけじめでもあり、利害得失のパースペクティヴでもある。
或いは、むしろ神を畏れず逆に全否定する獣性でもありえよう。

よって善悪がとてつもなくハッキリしている。
キリスト教やイスラーム教の思考「動機」に準じた作家たちの作品が、とてつもなく類型的であり、かつパワフルに響くのは、まさにこのためであろう。
日本においては一神教ほどの強力な動機パワーは好まれないが、敢えて挙げれば神仏や皇統や武家思想など。

==============


(2) 次に、思考の「経路の数 (variation, variety)」。

これは知識x命題の量に比例するもの。
典型は数学やチェスやコンピュータで、思考の「経路の数」がじつにさまざま、融通無限にして変幻自在のヴァリエーション、更にふんだんなヴァラエティさえもが幾らでも許容されうる。
数学ほどではないにせよ、もともとの自然観による自然科学においても、思考の「経路の数」は見方次第でさまざまに在りえ、このヴァラエティの典型は運動量保存則などではないか。

欧米人もかなりのものではあるが、しかしこの思考の「経路の数」における世界チャンピオンはじつは日本人ではないかと察している。

===============


更に、上の(1)思考「動機」および(2)思考「経路の数」の折り合いをつけるのが (3)思考の「秩序(priority, order)」であろう。

これは政策や多数決議会や裁判制度などが典型であり、学校教育の範疇でいえば社会科がまさに相当する。
この思考「秩序」あってこそ、尊重されるべき知識x命題が次第に峻別され、世界は護持されうるわけ。
極端なものが、一神教世界における最後の審判思想などではなかろうか。

この思考「秩序」が無かったならば、世界はあっちゃこっちゃ好き放題のテクノロジーとマネーゲームが乱立し、多数決の無節操な濫用によってムッチャクチャな気まぐれ天国(あるいは地獄)に陥りかねないのではないか…。


====================


さて。
以上に記した人間思考の段階分類を、著名なミステリーものにちらっと当て込んで論考してみよう。

例えばホームズやポワロなど(おそらくルパンも)。
まずは(1)思考「動機」をギリシア/ローマ以来の一神教的な善悪論の類型として据えている。
また(2)思考「経路の数」においてはあれこれ存分にそして突飛に悩ませそして楽しませる。
そして、これら双方に則った最終解としての(3)思考「秩序」としては、勧善懲悪がカッチリ’民主的に’収まった大団円。
ここんところが世界中多くのファンを擁してやまぬ所以ではなかろうか。


一方で、明智小五郎や金田一耕助はどうだろうか?
あくまでも昭和期以前の日本人の因襲や伝統観に則った犯罪譚だ、ゆえに現代の我々にとって(1)思考「動機」の淵源はウヤムヤなまま。
だが一方で、(2)思考「種類」のヴァラエティは欧米ものを凌ぐ凝りようであり、気まぐれからキチガイまでわんさかと出場してさまざま犯行を展開し、読者の猥雑な妄念を刺激してやまぬ。
しかも、これらに挑む明智小五郎の眼は物質の電磁波を一瞬一瞬に峻別し、また金田一耕助の耳は媒質振動によって電磁波の変化経緯を静かに数え、そんなこんなの超人的な才さえもが発動されつつ、犯罪の経緯が推論され絞り込まれてゆく。

それでは(3)思考「秩序」はどうかといえば…。
うーーーむ、どうにも日本の物語はここんところがズボラなんだよ。
いわば不条理の宙ぶらりんがそのままずっと放置されつつ、いったい何が解決したのか、いやじつは何ら解決していないのか、このウヤムヤさこそが日本の物語の特性とすら言えるのではないか。
権力者に捉えられて釜茹に処されるか、おのおの方が腹をかっ捌いて自決するのか、孤高の剣豪がヒューヒュー風の吹くままに彼方へ消えてしまうのか、どこの誰かは知らないが誰もがみんな笑ってる、そんな感じで話は片付いてしまい、浜の真砂は尽きるとも悪いやつらはよく寝てやがる。

==================


…ざっと、こんなふうに人間の思考プロセスを考えなおしつつ、さて此度考案中のミステリーものを欧米テイストにてガチンガチンの型に嵌め込むか、はたまた、思考の経路をあっちゃこっちゃ百花繚乱に散らしつつ日本式の締まりのない娯楽ものに仕上げるかと、僕なりに考えあぐねているところではある。


※ なんとなく締まりの悪い投稿にはなってしまったが、’ずいひつ’として記しているのだからこんなもんでいいのだ。

以上