『もっと ホワット・イフ WHAT IF ランドール・マンロー 早川書房』
本書は同著者による数年前の有名作『ホワットイフ(野球のボールを光速で投げたら…)』の続編にあたる科学読本。
前作同様、一般視聴者からの突飛な質問を次々と取り上げつつ、あくまでも科学に則ってさまざま回答してゆく構成。
そして前作同様に、呈される主題は熱力学から情報処理論までなかなか幅広く、またどの論題においても分野横断的かつ複合的な論旨展開はスケール感バツグン、よってどこから読んでも楽しめるもの。
遍く一般大衆に向けて科学の深みを軽妙に説きつつ、想像のロマンと実践のリスクをともに喚起し、そして閉鎖的な専門バカをしばしば笑い飛ばす ─ これらが本著者なりのフェアネス感覚であるならば、本書はまことアメリカ的なインテリジェンスの体現といえよう。
さて此度の【読書メモ】として、本書におけるさまざまな論考論題のうちあくまでもごく一部につき、僕なりに要約して以下に雑記してみた。
<地球の質量と重力>
地球の全ての地表を掘り続け、あらゆる地殻物質を削り取って宇宙に棄てていく、とする。
こうして「地球を小さくしていく」と、重力は弱まっていくだろうか?
なお、この実践は地球上のエネルギーのみでは賄えないので、太陽の放出する全エネルギーをすべて活用するものとする。
地球の地上1kmの岩石を全て削り取って宇宙に棄て去ると、マントル活動の沸き上がりを抑えきれなくなり世界中の火山が噴火する。
地下20kmまで全て削り取るとマントルが露出する。
地下60kmまで全て削り取り溶岩を取り去ってしまうころには、地球は’小ささ’ゆえに密度が増し、だから’重力は’むしろ大きくなっていく。
地下3000kmまでの全ての物質を棄て去ってしまうと、この’ミニ地球’の直径は元の半分になり、’質量’は元の2/3となっており、ここまで小型軽量になると'重力/質量’は一定横ばいで変わらなくなる。
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<地球の1日が1秒となると…>
※ 本書のサブタイトルとしても挙げられている論題であり、要するに地球の’自転速度’が86400倍となったら何が起こるだろうかと問いかける、超スケール感満点の謎かけだ。
とりあえず地球の地軸傾きは変わらぬものとする。
これだけ速い自転速度となると赤道の速度は光速の10%にもなり、いまや’相対論的な速度’に至っている。
こうなると’遠心力’の強さは’重力’をとっくに超えている。
この自転の超高速化が始まってからわずか1.5秒後(地球の自転換算で1.5日後)には、地球は円盤状を成しつつ膨張を始めており、地殻物質を宇宙空間にばら撒きつつ静止衛星エリアに至っている。
そして10秒後(地球の自転換算で10日後)にはもっと巨大な円盤状に膨張しつつ、月の軌道を突き抜けており、ここで月があくまでも従来の衛星軌道に在るならば地球物質に弾き飛ばされて彗星となってしまう。
この調子で1時間も経過すれば、もっともっと円盤状に巨大化した地球はいまや太陽を超えて太陽系全体に至っており…
※ 本題で触れられている’相対論的な速度’は高校物理をほとんど超えたコンセプトではあるが、例えば河合出版『理論物理への道程(下巻)』の末尾appendixにては相対性理論の概説もあり、文系あがりの俺だって本気出せばこのくらいは、
ともかくも本書にては随所にこのような学術モチヴェーションをささやかながらも見出すことが出来る。
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<鉄の気化>
鉄の沸点は約3000℃でかなり高く、実際に「或る個体鉄」を気化させるためには電磁波による誘導加熱を課すか、電子ビームで加熱する必要がある、
かつ、これら加熱操作時に周囲環境の不要な高温化を回避すべく、この鉄をシールドで隔離の必要がある。
とくに電子ビームは磁場によって方位操作が出来るので、シールド隔離されている鉄の過熱に適している。
1m3 の鉄の重量は約8トン(比重計算に則れば7850kg)であり、これを気化させるためには約60ギガジュールの熱エネルギーを加える必要がある。
じっさい、地球上の地表や大気中いたるところにとてつもない量の「鉄の塵」が散在している。
例えば或る砂漠で約3時間の間に吹き上げられる鉄の塵は約3万トン、さらに同じ3時間に各種工場設備から排出される鉄の塵も1000トンにはなる。
大気中の鉄塵はすぐに酸素と凝華反応して酸化鉄の粒子となる。
海中の鉄分は藻の栄養素であり、海中で藻が増えればそれだけCO2を吸収するが、海中の鉄分そのものが大気中の炭素を吸収/分離することはない。
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<ハトによる人間移送>
※ これは大笑いさせる論題だ。数学の誤用(物理学との差異)を嘲笑するような論法が楽しい。一方ではSFの素材として活かせそうな謎かけともいえる。
「或る600羽のハト」が「70kgの人間」を上から吊るして5m上昇させ、ここで疲れ果ててしまうものとする。
この時、「下方にぶら下がって控えていた別の600羽のハト」がこれを宙空で引き継いで、さらに5m上昇させ、これまた疲れ果ててしまうとしよう。
そしてこの時、「さらに下方にぶら下がって控えていた別の600羽」がこれを宙空で引き継いで、また5m上昇させ、ここで疲れ果ててしまい…
こうして、70Kgの人間を5m上昇させるたびに、下方にぶら下がって控えていた600羽のハトユニットが新たに入れ替わってゆくとすると、この人間の上昇高度が地上322mを超えるまでにどれだけのハトが必要となるだろうか?
この問いかけはいわゆる’多段式ロケット’を想起させるもの。
しかし数学上の理想的な多段ロケットシステムとは決定的に異なり、じっさいのハトの能力には物理上の限界がある。
それぞれのハトはおのれの自重の1/4までしか上方に引き上げられないのである。
つまり、或る1羽のハトを上方に引き上げるためには4羽のハトが必要になり、だから或る600羽を上方に引き上げるには2400羽が必要であり、さらにその2400羽を上方に引き上げるには9600羽が必要となる。
よって、このハト(と人間)を上昇させるためにはとほうもない数のハトが必要となってしまい、地球上に生息するすべてのハトつまり3憶羽を起用しても上昇高度はせいぜい45mでしかない。
これを地上160m以上まで上昇させるためには1.6x1025羽のハトが必要となってしまい、この総重量は約8x1024kgであり、地球の総重量を超えてしまう。
地上322mを超えるころには総重量は約3.5x1046kgにもなり、銀河の総重量を超えていることになる。
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<真空管のスマートフォン>
※ 本稿は本書にても最も卑近なデバイス論ながら、最もプラクティカルな文明論ともいえ、だから僕なりにもとびっきりのお気に入りである。
真空管とトランジスタは「デジタルな(数学上の)論理素子」としては互換性があるといえる。
では、仮にトランジスタを一切使わず真空管’素子’のみを起用して現行のスマホを作るとすると、「物理上」どんな代物となるだろうか?
そもそも最初期の商用コンピュータUNIVACは25m3の筐体に5000個以上の真空管’素子’を起用していた。
一方で、現行のiphone12はわずか80mlのケースに118憶個のトランジスタが収められている。
ハードウェア1lあたりで比較すれば、iPhone12の素子密度はUNIVACの1兆倍にあたる。
この密度差を以てiPhone12を真空管’素子'のみで強引に作るならば、その筐体サイズは5街区にわたるほど超巨大なものになってしまう。
逆に、当初のUNIVACが現在のトランジスタで作られていたとすれば、そのサイズは0.3mmくらいの超極小モノに収まっていたことになる。
当初のUNIVACにおける真空管のステップ同期クロックは2MHzに過ぎず、この周波数は現行トランジスタの約1/1000でしかない。
だから、仮に上で挙げたような超巨大なiPhone12を真空管のみで作ったにせよ、ステップ同期があまりにも遅すぎてしまいプログラムが走らず、よって使い物にならないだろう。
最初期の有力な真空管'素子’としてとくに7AK7を挙げることは出来るが、たとえこの7AK7素子を起用してiPhone12を作ったにせよ、これは総じて1011W相当(摂氏1780℃相当)の熱を放射することになろう。
※ 本項で引用されているシュテファン=ボルツマンの法則は、物体の表面積と熱放射(電磁波)と温度についての関係法則。
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<その他>
上に挙げた論題はあくまでもほんの一端であり、本書はどこから見開いても楽しめる科学ものである。
他にも、ちょっと目についたものとして -
・光の進路は空気密度によって変わる(温度で変わる)。
レーザー光線も同様である。
蜃気楼をレーザーで撃つならば、見えるままに撃てば当たる(ように見える)。
・あらゆる物質の発する(吸収する)’温度’はそれら物質分子の平均運動エネルギーによって決まり、そして宇宙空間の物質分子は大量のエネルギーを有しつつ高速で運動している。
しかし宇宙全体として捉えれば、物質分子の量は希少であり、だから宇宙空間の’温度’は地球と比して低い。
・ブランコを漕ぐ運動について。
おそらくは高校物理でいう’単振り子’と’小球’と’重力’と’角運動量’を語るものであろう ─ 本書にては’単振り子’とその下端の’回転ホイール’の組み合わせ構造と見なしている。
ただし空気抵抗まで論じている処は高校物理を超えており、こういう複合的な視座はちょっとした学習動機付けにはなる。
・或る宇宙船が光速の1/10くらいの速度で宇宙を横切っていくとして、天の川銀河を完全に横切るまでに1000万年かかり、この間に何らかの恒星に衝突する確率は「わずか100憶分の1」にすぎない。
なお、10ケタの電話番号を30秒ごとに1件ずつランダムにかけていくとして、すべての電話番号をかけ終わるまでに1万年かかるが、ここで一番始めに或る特定の電話番号にかけちゃう確率が「100憶分の1」である。
以上