一般に人間の思考においては、何らかの表象を「〇〇なるもの(名詞)」と「□□を為す(動詞)」とに予め次元峻別した上で、これらを組み合わせてさまざまな命題をつくる。
だから、例えば「みかんを食べる」などの命題を整然と作ることが出来る。
ところが数学においては、「〇〇なるもの」と「□□を為す」が混然一体であり、直観にまかせて記せば、「みかんを食べる」と「食べるのみかん」に区別が無いようなのである。
もっと職業人らしく論ずれば、「コンピュータ」と「プログラム」だ。
前者は電位差から成る実体機構に過ぎぬが、後者は信号ロジックを為し、だから両者は別次元のもの ─ それでいて、「コンピュータがプログラムを動かす」と言い、また「プログラムがコンピュータを動かす」とも言い、どちらの表現も数学上なりたつ。
このように数学は実体量と関数を転換可能、だから主体と客体も交換可能、なるほど数学思考そのものには善も悪もなかろうが、実体の物理量と経済価値をすり替えるやつらもわんさかといる。
…といったようなところが、僕なりに日夜ウヤムヤと浮かんだり消えたりの随想ではある。
それで、しばらくぶりにまた数学本を取り上げてみようと思い立ったのであった。
そのうちの一冊がこれだ。
『笑わない数学 NHK笑わない数学制作班 KADOKAWA』
本書はいわば高校(以上)数学の超ダイジェスト本であろう。
総じて概括に留め置かれたコンテンツゆえ読み進めやすいが、しばしば概括的すぎるため却って不明瞭でもあり、数学ファンでもなんでもない僕にとってはところどころ難解でもある。
むしろ図説にこそ大注目すべきであり、文字通りカラフルなこれら描写が随所にて平易さ(そして難解さ)を直截に語り掛けてくる。
本書のひとつのお薦めは『テーマ4:フェルマー最終定理』であり、n=4 に限った場合の証明例が呈されているほか、女性数学者ソフィー・ジェルマン考案の素数なども数学冒険譚の一端として楽しめる箇所ではある。
なお、僕は『テーマ6:ガロア理論』にちょっと拘ってみた ─ 理由は、たまたま併読している或る物理本にてラグランジュの名および’対称性’の観念を見出し、それで本書に立ち換えてみようと思いついたため。
だから此度の【読書メモ】としても、この『テーマ6』を僕なりに掻い摘んで以下にざっとまとめおいた。
四則演算が自由に可能ななんらかの計算の系を、その「体」とする。
すべての有理数の集合Qは有理数の「体」である。
なんらかの代数方程式はさまざまな「体」から成り、代数方程式の全ての「解」が見つかるならば、その代数方程式を最小分解した「体」も見つかるはずである。
例えば;
有理数a. b. c から成る2次方程式 ax2 + by+ c = 0 (a≠0) における「解の公式」にて、
冪根√(b2-4ac) の部分が有理数とならぬ可能性があっても、全ての有理数集合の「体]Q にこの √(b2-4ac) を付け加えて拡張すれば、最小分解「体」を得られるはず。
「解」の公式の導出をヨリ一般化すると;
(0). 代数方程式のすべての係数を含むような「体」K0 を設定する。
(1). ある a1 ∈ K0 の冪根を付け加えて 拡張の「体」 k1 を作る。
(2). ある a2 ∈ K1 の冪根を付け加えて 拡張の「体」 k2 を作る。
.....
(n). ある an ∈ Kn-1の冪根を付け加えて 拡張の「体」 kn を作り、これによってすべての「解」を含ませる。
─ このテンプレートに則って a1 から an を見出すフローである。
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ラグランジュ・リゾルベントの基本発想。
3次方程式にはちょうど3つの解が、4次方程式にはちょうど4つの解が存在するが、これは解の公式のみに限定的に収まる特性ではないと。
それぞれの方程式にて、複素数を投入しつつ、解をバラして置き換えてまた足し合わせれば、原型よりも簡単な方程式に帰着すると。
確認例。
3次方程式 ax3 + bx2 + cx +d = 0 にて 3個の解を A, B, C とし、さらに 複素数t3 =1 となるt (但し t≠1) を用意する。
ここでこの3次方程式を低次の X = At2 + Bt + C へと落としこむ ─ この手口がラグランジュ・リゾルベント式。
方程式の解を A→B, B→C, C→A と並べ替えると、Xの値は
X = Bt2 + Ct + A
= At3 + Bt2+ Ct
= tX
と換えることが出来る。
もう1回並べ替えると t2X となる。
さらにもう1回並べ替えると X に戻る。
すると、 X x (tX) x (t2X) = t3X3 = X3
X3 まで見つかるので X があらためて定義出来たことになる。
こうしてリゾルベント式によれば、もともとの3次方程式におけるよりも早く X 値を導くことが出来る。
ここでの「解の置換」こそは図案が着想上の大ヒントたりうる。
P.173~p.174.における正三角形および正四面体の「対称性」と併せて見ればじつに納得しやすい。
※ 因みに、ラグランジュは’力学作用の経路と積分’を起こした数学者であり、まさに近代の物理数学の嚆矢といえ、彼がオイラーともども最小経路の定式化を進めていった由はさまざまな物理読本にも引用されている。そして「対称性」の観念も物理学上のさまざま「保存則」と邂逅するに至っている。
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「群」の導入。
ラグランジュまでの代数方程式の「解」、および相応の図形の「対称性」、これらを繋ぐのがガロア以来の演算「群」。
※ ここのところとりわけ難しいが、さまざまな演算/変換コマンドの集まりとしての「群」の意であろうと僕なりに見受けつつ、記しおくこととする。
「群」は以下の条件を満たすものとする。
1. 複数の連続操作とそれら合成操作によって成る。
2. これら合成操作は順不同かつ結合可能。
3. 何も変換せぬ(原点保持の)操作も一つと数える。
4. すべての操作に逆元がある。
代数方程式と図形それぞれ、さまざまな「群」によって表現し直してみれば、「対称性」とともに「’複雑さ’」をも表現出来る。
解の公式における「体」の拡大系列を k0 ⊂ k1⊂ k2 ⊂ ... kn-1 ⊂ kn とすると、
複雑に成っているはずのこの「体」 k0 ⊂ kn は、個々レベルでの巡回の「群」に分解が出来る。
k0 ⊂ k1 を表す巡回群
k1⊂ k2 を表す巡回群
...
kn-1 ⊂ kn を表す巡回群
こうして「体」を単純きわまる巡回「群」にまで分解しきれば、最小分解「体」を表現しきったことになり、ゆえに複雑さが判然とする。
あらためて、3次方程式と対称性の三角形にて、解の公式を確定できるかどうかが分かる。
同様に、4次方程式と対称性の四面体にても分かる。
ところが、5次以上のほとんどの(?)方程式では「巡回群」をいかに組み上げても最小分解「体」を表現出来ず、つまり複雑すぎることになり、だから「解」を特定出来ない。
(冪根を投入してもやはり出来ない。)
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以上 『テーマ6』がかなり難度高い数学論である由をおそるおそる察しつつの、あくまでも僕なりのメモである。
若手社会人~学生諸君、とくにガロアと『群論』まわりににちょっと挑んでみてはどうだろうか。