『あっぱれ!日本の新発明 ブルーバックス探検隊 講談社Blue Backs』
本書は産業技術総合研究所の協力のもと、コンパクトにまとめられた最先端技術の案内本である。
光格子時計や自動運転技術など巷間聞きなれたテクノロジーをはじめ、まだ具現化には至っていない物理/化学上のイノヴェーションまで、それぞれハードエッジな研究開発の内訳を概括しており、大きく10の章立てにまとめられている。
但し、これらコンテンツは理論面はほぼ概要に留められており、一方では研究開発の進展が必ずしも時系列に沿って段階記述されてはおらず、むしろ未編集な取材ノートのダイナミックな貼り合わせに映る。
ゆえに読者としては相応以上の常識力と想像力を以て挑みたい。
なお本書にてはしばしば温暖化が重要課題として呈されてもおり、あるいはこれが本書の主だった発行動機かもしれぬが、僕は一切触れぬ。
さて、此度の【読書メモ】にては僕なりの常識勘を若干捕捉しつつ、本書概要を記す。
対象は、<磁気冷凍方式>、<地中熱と地下水>、<接着メカニズムの謎>
<磁気冷凍方式の冷蔵庫>
冷蔵庫の熱循環における熱力学原則。
吸熱の量Qー放熱の量Q´ = 外部から為される仕事W-外部に為す仕事W´
現行の冷蔵庫はいわゆる「蒸気圧縮」方式に拠っている。
常温気体(イソブタンなど)が冷媒ガスとして気体⇔液体に相転移し、これが連続的に循環している
① コンプレッサ板が、この冷媒ガスを高温高圧とする
② この高温高圧ガスが、コンデンサ板において周辺に放熱しつつ液化
③ この液体が、毛細管から冷却器に至ると圧力が急降下し、周囲から吸熱しつつ気化
④ さらにこのガスはまたコンプレッサ板にて高温高圧となり…
しかしこの現行の蒸気圧縮方式では、冷媒が気体の状態と液体の状態が混在してしまい、熱循環の効率はけして最良とはいえない。
またコンプレッサ板が必須であるため、この振動音をどうしても克服出来ない。
さて、現在開発中の新たな熱循環システムが、『磁気冷凍』方式である。
これは上述の冷媒ガスの代わりに、磁性体の対温度変化と熱運動エネルギーの出し入れを活かす ─ いわゆる磁気熱量効果を活かすもの。
<1> 磁性体は、温度が低い状態では構成電子のN極とS極の方向が揃った強磁性体となっている。
強磁性体は熱運動エネルギーの仕事がまだまだ残っており(エントロピーが低い状態にあり)、だから周囲に熱運動エネルギーを放出しやすい。
<2> 一方で、磁性体はキュリー温度以上に高くなると構成電子のN極とS極の向きがバラついた常磁性体となる。
常磁性体はすでに熱運動エネルギーの仕事が片付いてしまっており(エントロピーが高くなっており)、だから周囲から新たな熱運動エネルギーを吸収しやすい。
こうして、磁性体が温度に応じて <1>強磁性体 ⇔ <2> 常磁性体 に交互に成り代わる過程にて、熱運動エネルギーを放出したり吸収したりを連続的に繰り返す。
この磁気冷凍方式にては媒体が磁性体つまり個体であるため、現行の蒸気循環方式よりも熱循環の効率が良い。
さらに、磁気冷凍方式はコンプレッサ板が不要であるため振動音も小さく抑えられる。
但し、磁気冷凍方式の実用化にさいしてはまだまだ課題も残されている。
そもそも、室内環境にて温度変化に極めて敏感に反応可能な磁性体を採用しなければならず、とりあえずはランタン・鉄・シリコンを組み合わせた磁性体が有力視されてはいる。
また、冷蔵庫の形状そのものが大きく変わると想定されており、最適な形状が模索され続けている。
※ なお冷媒と圧縮コンプレッサを無用とするアイデアとしては、本書記載外ではあるが、半導体素子間の通電にともなう吸熱/放熱構造(ペルティエ効果)を活かしたものも追求され続けている。
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<地中熱と地下水を活かした熱交換>
総じて、日本の平野や盆地などは第四紀層の地質で覆われており、これが日本の「地中」層にあたる。
この地質そのものは空隙が多いため、熱伝導効率が良いとはいえない。
しかしこの地質の空隙に’地下水’が大量に満たされている - そういう地点もある。
この地下水が熱を移送すれば、地中の熱伝導率はむしろ大きくなる。
一方で、地表と比べて地中は年間とおして温度変化が小さい。
以上から、地中の熱と地下水を活用した熱交換システムは年間とおしてエネルギー収支効率がよいことになる。
実践的には、地下水のなんらかの熱交換機を地中に埋めつつ、この移送経路を地表まで引っ張り、この地中⇔地表の熱循環を連続させうる(クローズドループ方式)。
或いは、地下水をそのまま地表まで汲み上げた上で、なんらかの熱交換器で熱循環を連続させうる(オープンドループ方式)。
熱交換器のヨリ具体的な応用例として、エアコン室外機が想定可能。
地下100mなどにおけるこの地中熱の活用は、日本の土壌が第四紀層において地下水に恵まれておればこそ。
この地質上の特性は諸外国の地盤には見られない。
よって、日本国土における地中熱活用の有力拠点がこれから探索続けられていく。
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<透過型電子顕微鏡 - 接着メカニズムの謎>
従来までの電子顕微鏡は、観察対象に電子をぶっつけてその跳ね返りを精査するもの。
いわば’走査型’方式である。
そもそも電子の波長は0.1~0.01 nm なので、たとえば原子にぶっつければ原子の「姿
を精査することが出来る。
一方で、現在は透過型電子顕微鏡の起用も進められている。
これは高出力で電子を放出し、この電子が観察対象の内部まで透過、よって内部構造を精査すること可能である。
尤も、観察対象は厚さ100nmのオーダーで超薄くスライスされていなければならない。
それほどの超ミクロ世界の透過観察技術である。
ところで。
接着剤がものとものを接着させるメカニズムとして、これまで推定されてきた主要な効果説は;
・アンカー効果: ものの微細な凹凸への接着剤の絡み付きによるとするもの
・分子間力効果: ものと接着剤の静電的相互作用によるとするもの
・化学結合効果: ものと接着剤の共有結合や水素結合によるとするもの
しかしながら、どの効果によって接着が起こっているのかはいまだ未確定なままである。
とはいえ、これら接着済のものとものを逆に引き剥がすことによって、界面部における接着剤の強度をあらためて精査することは出来よう。
こうすることで接着の真のメカニズムを見極めることは出来る ─ と考えられる。
この引き剥がし実験にて、どちらかのものの表面に接着剤が残留していなければ、この接着剤は接着力が弱く、これらのものは界面剥離したことになる。
一方で、どちらかのものの表面に接着剤が残留しているならば、この接着剤自体が接着力が強いために凝集破壊してしまったことになる。
ここで2021年、透過型電子顕微鏡を起用することによって、アルミニウム試料の剥離プロセスの動画撮影には成功している。
ここまでの精密なアプローチは世界最高水準ではある。
それでも、この試料に起こったことが界面剥離なのか、それとも接着剤の凝集破壊であったのか、やはり断定には至っていない。
よって、透過型電子顕微鏡を以てしても、接着剤の接着メカニズムがアンカー効果によるものか、分子間力効果によるものか、いまだ精密には解明されていない。
(但し化学結合効果によるものではないとは明らかになってきた。)
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以上、あくまでほんの一端ではあるが、僕なりに興味ひかれるまま3テーマについて要約し略記してみた。
他テーマも含め合わせ、研究開発と産業化における更なるイノヴェーションを期待したいところである。
おわり