2024/11/30

目覚め



「先生こんにちは。あたしですよ。今日はどのようなお話ですか?楽しいお話でしょうか、それとも…」
「ふふん。楽しい話ではないよ。いいかね。つい先ごろのこと、僕が執務室を空けている合間に何者かが室内に侵入して、或る本を読んだおそれがあるんだ」
「へーーー?どんなご本ですか?」
「これだ、いまここにある、この本だよ。これは恐ろしい本なのだ」
「どういうことですか?」
「この本はね、にわかには信じがたいかもしれないが、宇宙のあらゆる物質と存在量が誰にも確定できないと、そう語っている本なのだ」
「へーーー。それがどうして恐ろしい本なのですか?」
「いいかね。宇宙のあらゆる物質存在量が確定できない一方で、人間はさまざまなモノの価値を好き勝手に設定し続けている。つまり、宇宙の物質量と人間世界の価値は比例も呼応もしていない。したがって、市場取引も所有権も物質上の根拠は無く、あくまでも人間オンリーの便宜とスリルにすぎない。 ─ ざーっと言えばそういうことだ」
「ふーーーーん。それで、その恐るべき本と、このあたしと、どう関係があると仰るのですか?」
「うむ、そこを質したかったんだ。ねえ君、僕が不在の合間に執務室に忍び込んで、この本を読まなかったか?」
「いいえ、そんな本は読んでいません」
「本当に読んでないんだな?」
「読んでませんってばぁ……ねえ先生、お話はそれだけですか?」
「うむ、まあな。読んでないのならそれでいい。ともかくこの恐るべき本はもっと厳重に管理することにしよう。さあ、君はもう帰っていいぞ」
「はい、それじゃあ失礼します …… あっ、ところで先生、ほら、窓の外をちょっと覗いて見て下さいよ。星がすっごくたくさん!」
「…なんだと…?」
「まだ夕暮れ時なのに、あんなにたくさんの星が、うわぁ、昨日まで気づかなかったのですが、あらためて見やれば、うわぁーーー、すっごくたくさん瞬いています!これが本当の星空だったんですね!」
「……」
「あたし、なんだか心の目が開かれた思いです!あっちにも、こっちにも、色とりどりのお星さまがいっぱい。だからさまざまな星座群も!ああ、これらがさまざまな神話を生み出してきたんですね!愛と平和の知恵を奏でてきたんですね……」



(ずっと未来に続く)