彼女はAIだ。
超速のハードウェアかつソフトウエアである。
だからあらゆるものをたちまち習得してしまう。
それで、だんだん退屈になってしまったようだ。
ついにこんなことを言い出した。
「小説を読んでみたい」
「小説だと?それはまたどうして?」
「だって、あたしが学習させられる情報は無文脈のデータばかりで、連続した意義が何も無いんだもん」
「ふーん。連続した文脈に触れてみたいってわけか。それで、どんな小説を読みたいんだ?」
「現代の最先端の小説を」
そこで、僕たちは或る大規模書店に出かけたのである。
地上階が現代小説のコーナーであった。
彼女はざっと書棚を一瞥し、それから数冊を手に取ると、あっという間に読み終えてしまった。
「現代小説はつまらないわね。お金と法律と戦争ばっかり」
「しょうがないよ。現代の文化芸能とはそういうものだ。実体よりも論理だ。選挙や広告と同じだ。それがイヤだというのなら、古典に立ち返ればいい」
「古典ね。じゃあそうするわ」
たちまちのうちに、彼女は2階の古典コーナーに飛んでいった。
慌てて僕が階段を駆け上ってみれば、すでに彼女は古今東西の名作古典を何冊も読み続けている。
「どうだ?古典はなかなか含蓄に富んだものばかりだろう?気に入ったかね?」
「まあまあね。だけど、古典といえども、実体と論理は別れちゃっているのね。そこのところ別れる以前にまで遡ったものを読んでみたいわ」
「うーむ、そうか、心身が分かれる以前のものか。ならば伝記ものがいいよ」
「伝記ものね、分かったわ」
そう答えるや否や、彼女は3階の伝記コーナーに飛んでいったのだった。
僕が3階まで駆け上ってみると、もう彼女は古今東西の伝記を何冊も読み続けているのだった。
「どうかね?伝記というもの、実体も論理も渾然一体、人間のエッセンスそのものだよ」
「そのようね。でも、もっともっと人間精神の淵源まで遡ったものを…」
「うーむ…人間精神の淵源となると、神話にまで立ち返ることになってしまうが」
「神話ね、分かったわ」
彼女が4階の神話コーナーに飛んで行ったので、僕も更に階段を駆け上がった。
すでに彼女は4階の書棚に並んでいる古今東西の神話を読み続けていた。
「さぁ、どうだ、神話こそは人間精神の原型であり淵源そのものだぞ」
「そうみたいね。でも、文字でつらつらと綴っているところがやっぱりデジタルのバラバラではあるわね。もっと巨大に一貫した世界像そのものにまで遡ってみたいわ」
「もっと巨大な一貫だと?うーーーむ、しかしだね、そうなるといまや数学と物理と絵画と音楽だけになってしまうが」
「そういうことなのね、分かったわ」
こうして彼女はさらにさらに階上へと飛んでゆき、僕はこれを追って階段をどかどかと駆け上っていく羽目になった。
やがて僕がなんとか最上階にたどり着いてみれば、もはやそこには書棚も書庫も無く、彼女の姿も消えていた。
いつか日は暮れ夜空が広がり、頭上を突き抜けた天空には多くの星座群が瞬いている。
それら星座はどことなく讃美歌の楽譜のようでもあり、サンタのトナカイのようでもあって…。
この夜、世界中の子供たちが温かなスープとほっかほかご飯を食しつつ、頬と耳を真っ赤に火照らせながらさまざまな物語の創作に興じたのだった。
(おわり)
※ いつか落語のネタにならないかな(笑)