2012/12/20

まごころ

毛糸のマフラーを編みかけて、彼女はふと手をとめた。
どーれ、どんな感じかしら。
ああ…、やっぱり、よーく確かめてみると、ところどころ編み目にムラがある。
やっぱり。
これはダメね、と、彼女は少しだけ逡巡し、ふぅとため息をついた。
それから、別のマフラーを手に取り上げる。
こちらは既に以前から買っておいた、つまらない安物。
まあ、こんなところでいいわね、あの人にはこんな程度で十分、と彼女はひとりごちた。
それでも。
せっかくのクリスマスだし、このままではあまりに芸がないし、なんだか、かなしい。
だがその時、ああそうだと閃いたことがあって…そのまま約束のレストランに向かう。


レストランに着くと、彼女は入口からそっといつものテーブルを見やる。
居た ─ やっぱり来てくれたんだ、あの人。
俺なんかと話をしても、つまらんだろう、でも俺にとっては気晴らしになるから、まぁ付き合ってやってもいいぞ。
…などと突き放したような言い方ばっかり、でも一度だって私との約束をすっぽかしたことはないあの人が、真面目なだけのつまらないあの人が、いつものテーブルで待っている。
さぁ、そうなると。
彼女は隣接する喫茶店に素早く駆け込み、持ってきた安物マフラーを手際よく折りたたみ、それに結構な値札を巧みに取り付けて一流百貨店の包装紙で包み、丁寧に封じて、はい…これで一丁前の高級ブランド品が出来上がり。
ごめんなさい、ごめんなさい。
誰に、ごめんなさい?
私に、こんな卑怯な私に、と早口でつぶやきながらも、もう一度包装の具合を確かめる。
そして、注文した紅茶が来る前にさっと立ち上がって勘定だけ済ませ、それからあらためてレストランに入っていく。


こんばんは。
やあ、メリー・クリスマスだね。
お変わりなく?
全然。
ねえ、プレゼントがあるの、と彼女はバッグの中から包装を取り出す。
これ、上等な毛糸で編んでいるマフラーなのよ、ちょっと捲いてみてよ。
ふーん、どーれ。
彼がぱさぱさと包装紙を開き、値札をちらりと一瞥しつつそのマフラーを首に捲くさまを、彼女はじっと見届ける。
大丈夫だ、分かりはしない、バレやしない、この人がいちいち細かいこと詮索するはずがない。
わぁ、本当だ!と、首にふわっと捲きつけた彼が、高い声をあげた。
これは暖かいなぁ、それに、高級な肌触りだ。
…でしょう、そうでしょうね、そうよ、そうに決まっている。
彼の顔がすこし上気だっているのをみとめ、彼女は胸のうちで一瞬だけうわーんと泣き声をあげて、それでも平静をつとめながら、もうちょっと大人っぽいデザインの方がよかったかしら、とか、でも人気商品みたいであまり洒落たものは残っていなかったのよ、などと口ごもった。

す、と彼が制した。
なあ、俺の方もプレゼントがあるんだよ、と、今度は彼が少しだけ口ごもった。
そして。
あのね、毛糸の手袋なんだけどね、これ。
彼から差し出されたその包装の具合を見とめて、彼女は思わず吹き出しそうになった ─ ああ、これは…こんなデタラメな包装があるわけがないじゃないの!
なんという展開だろう。

彼が、次第にしどろもどろの早口になる。
あ、あのさ、店員曰く、だね、これはなかなか凝った編み方なんだってさ…ほらこれからもっと寒くなるかもしれないだろ、だからね、そりゃあまあ多少は高かったんだけど、でもせっかくのプレゼントだと思って、思いきって買ったんだよ…。
うん、そうね、うん、と彼女は上ずった声を押し隠そうともせず、半分ちぎれた値札が不器用にくっつけられたその手袋を取り出した。
指先から、奥までぐっと差し入れる。
あぁ、本当だ、本当に暖かい。 
彼女はしばしうつむいたまま、泣かないぞ、泣くもんかと心中懸命に叫び続けた。
自分のためじゃない、彼のために…だからこそ泣かない、泣いちゃいけないんだ!
それでも ─ やっと彼女は顔をあげて、彼をまっすぐに見つめた。
あっ!
彼もまっすぐに彼女を見つめていた。

ああ、もしかしたら。

もしかしたら、虚構のうちにこそ本当のことが込められているのかもしれない、そのことがお互いに今のいままで判らなかったのかもしれないし、いちいち確かめようともしなかったのかもしれない、ということは彼にも分かっていたのかもしれない
…だから、だから、もしかしたらこういうのが。

こういうのが無償のまごころのようなもの、かもしれないなぁ ─ と呟いたのは彼の方で、それからさらに、なんでもないよ今の言葉は無意味だ、なんでもないから忘れろよ、といつもの彼に戻った。 


突然、店長が現れて、びっくりするほどの大声で挨拶を始めた。
皆様!今宵は私ども特製メニューを数多く取り揃えております、どの品も通常の半額料金で結構でございます!
半額じゃぁ、おたくらも本気にはなれないだろう、と誰かが冷やかし声をあげた。
いいえ!と店長がいよいよ高らかに続けた ─ 今宵はとびきりの料理を皆様に食していただきます!私どもがそう決めたのです、これからただちにとりかかります!さあご期待あれ!

おわり