誰も居るはずの無い、深夜の講堂から。
時々、ピアノの楽曲が聴こえてくるという。
そんなことを言い出したのは、かねてから超能力者として知られているKさんだった。
確か、エドガー=アラン=ポーの怪奇小説で、生きたまま埋葬された者が柩の中で絶叫する声を、離れたところから聞き出したという ─ まあそういった類の超能力者が居たと思う。
Kさんにもまさにそういう超能力がある、ということにされていたのだった。
「おい、Kさんは超能力者だってさ。本当かね?」
「嘘なんだろ、あいつ、前から時々そんなこといって専門家ぶってやがる」
「いっそのこと、本当かどうか試してやろうか」
「ははは、そうだな。ちょっとお灸を据えてやるってことで」
そして、その夜のこと。
我々は嫌がるKさんを無理に説得し、車に乗せて、その深夜の講堂に向かった。
車が講堂に近づくにつれ、Kさんが次第に興奮し始めた。
「うわぁ、イヤだ、ほらっ!どんどん聴こえてくるぞ、哀しげなピアノ曲が!やめよう!行くのはやめよう!」
「何を大げさな。ははは、ねえ、我々には何~んにも聴こえませんがね。Kさん、あなた本当はふざけているんでしょう」
「ふざけてなどいない!本当に聴こえるんだよ、ピアノだ、ああ!演奏がどんどん激しくなってくる!いやだ、もう帰ろう!」
「いいえ、帰りません。今さら逃しませんよ、Kさん」
我々はKさんの喚き散らす様を嘲笑しながら、いよいよ講堂に近づいていった。
「どうして分からないんだ!?俺の言うことがどうして分からないんだ!?」 Kさんは呼吸を荒げながらいよいよ大声で、「…そうだ!ラジオをつけてくれ、ラジオだ、ほらっ早く!」
私がくすくすと笑いながら、言われるままにラジオをつけると、悲しげなピアノ曲が流れてきた。
「ほらっ!これだ!これだよ!あんたたちにも聴こえるだろう、この曲のことを言ってるんだよ!」 Kさんが息せき切って更に声を荒げた。
「ばっかばかしい!」 私はラジオを切った。
やがて車は、その講堂の前にキキっと停車した。
照明ひとつ点いていない講堂は、真っ暗。
「うわぁ~っ!いやだっ!助けてくれ!」 Kさんは絶叫していた。
「はっははは、まだふざけているんですか?ねえKさん、我々にはね、な~んにも聴こえないんですけどね。さあ!もしもこの講堂の中に誰も居なかったとしたら、あなたどう釈明する積もりですか?」
我々はKさんを促して、いや、もう両脇からグイグイと引っ張って、講堂の裏口から入館しようとした。
「イヤだっ!中に入りたくない、入ったら…」 Kさんが怒鳴り声をあげながら、じたばたと暴れた。
「入ったら、どうなるって?」 我々はこらえきれずにプッと吹き出した。
かちゃり、と施錠をはずし、我々は真っ暗な講堂の中へ。
あれ?
「おい、Kさんが居ないぞ」
「ほんとだ」
「逃げたのかな」
「どこへ?いつ?」
我々は顔を見合わせて、突然おそろしくなり、一気に外へ飛び出すと、震える手でがちゃりと施錠した。
そして車に飛び乗ると、慌てて講堂をあとにしたのだった。
気を紛らわそうと、慌ててラジオをつけると、かすかに悲しげなピアノの調べ、そして、あぁぁぁぁぁ…という呻き声、ドタドタドタッと狂ったように駆け回る足音が。
どの局も、どの局も…。
おわり