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2015/05/11

ステイルメイト


「先生!お願いがあります!」
「んーー?」
「あたしのチェスの相手をして下さい!」
「誰が……えっ?俺がやれっていうのか?うーん、いやだよ俺は。チェスや将棋は面倒くさい。それに、なんだか妙にいやな予感がするんだよ」
「そんなこと言わずに、お願いしますよー、先生。だって、先生の他にはもう相手がいないんだもん」
「ほほぅ、まあ、そうだろうな。うーむ…よし、それじゃあちょっとだけ相手してやるとするか」
「ふふっ、本当にちょっとだけ相手してくれればいいんです。長くはかかりませんから(笑)」
「なんだ?……まさか君は、俺を数分で打倒するつもりじゃないだろうな?」
「さぁ、そうなるかもしれませんね。ふふふっ。それじゃあ早速始めましょう、先生」
「うむ」 


「じゃあ、先生が先手で、どうぞ」
「よし……ところで君にひとつだけ念押ししておきたいことがあるんだけどね。君は、いわゆる『悪魔の布陣』を知っているか?」
「え?魔法陣ですか?」
「ちょっと違う、いや、かなり違う。チェスの『悪魔の布陣』だよ」
「聞いたこと無いですね」
「そうか……じゃあ、ちょっとだけその話をしておこう。ねえ君、チェスの対戦において、駒の動かし方が何通りありうると思う?」
「さぁ」
「驚くなよ、最初の4手だけでも、なんと3千億通り以上もある」
「え、そんなに…?」
「そうだ。もちろん、駒の動かし方は局面が進むにつれてもっと増える、もう途方もないほどに」
「へぇ……」
「それでは、先手と後手がどのような順番で、どの駒を動かすと、どんな譜面となるか?これらひとつひとつの厳密な場合分けには、恐るべき計算が必要でね」
「ねえ、先生は何を言いたいんですか?もしかして、あたしを混乱させようっていう策?ふふふ、無駄ですよ。そんな手には乗りません」
「違うよ。俺が言いたいのはだな、つまり、チェスにおいて起こりうるすべての駒の動かし方は、これまでの人類史を通じておそらく一度も検証されたことが無いと」 
「だから、なに?ねえ先生、早く始めてよ。チェスは口先でするものじゃないわよ」
「口先だけで済むことを祈りたいもんだ。いいかね、あくまでも、もしかしたらだが、これから二人で、ある特定の順番によって、お互いの特定の駒を特定の譜面に進めていくと、驚くべきことがおこる ─ かもしれない。これがチェスの『悪魔の布陣』という言い伝えなのだ」
「もう、分かったから。早く、早く!」

  
「あっ!しまった! ─ もしかしたらと胸騒ぎを覚えていたが、これは本当に『悪魔の布陣』そのものに…!
「ねぇー、どうしたの、先生?もう降参?ふっふふふ、なーんだ、やっぱり弱かったわね」
「いかん!これ以上は、いかん!俺たちはすぐにこのゲームを終わらせるべきだ!」
「なーに言ってんですかー、ふふふふっ…ハイ!さあ次でチェックメイトよ」
「あっ!おいっ!空を見ろ!今、何かが飛来して来たぞ」
「さぁ、なーんにも見えなかったけど」
「いや、何か金属的に光ったものが飛んで来た!」
「もう、いい加減にしてよ。先生の負け、そうでしょう?早く認めてよ、ねぇー」
「ばかっ。今のが核ミサイルだったら、どうするつもりだ!もうダメだ、このゲームは無しだっ!」
「あっ!ひどーい先生。盤面をひっくり返すのは、騎士道にもとる行為よ。もう先生とは二度とチェスを打たないから」
「その方がいい。なぁ、君は今のゲームのことは全部忘れるんだ …… ああそれから、宿題は忘れるなよ、明日までだぞ」
「分かってますよー。国際関係論のところでしょ、やりますよーだ。どうってことないんだから」


おわり

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、通俗性は極力回避しつつ、論旨の明示性を重視しつつ書き綴りました。あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本