「先生!お願いがあります!」
「おや、君か。いったい何事かね?」
「来週の陸上競技大会で、あたしが絶対に優勝出来るように、魔法をかけて下さい」
「なんだと?…どうして俺にそんなことを頼むのかね?俺は魔法なんか知らないぞ…」
「嘘っ。先生は以前に、『森の魔女』 から魔法を伝授されていますよね。あたし知っているんです。だからお願いします、先生の魔法で、あたしが大会新記録を出して優勝出来るようにして下さい!」
「うーーむ…そんなこと言われてもなぁ…どうしたもんかな……おい、君はいったいどうして魔法に頼りたいんだ?大会で優勝したいのなら努力すればいいじゃないか。君はまだ学生なんだから、選択肢も可能性もじつにたくさん与えられているんだよ」
「選択肢や可能性を期待していては間に合わないんです!どうしても今度の大会で新記録を出して優勝しないければならないんです!だから、魔法を」
「いったい、どういうことだ?ん?」
「……じゃあ、先生にだけ本当のことを言います。実は……」
「う~む……、要するに君は、今度の陸上大会にて、ご家族の皆様がご覧になっている前で新記録を出して優勝したい、ということだね」
「そうです!今回だけでいいんです!先生、お願い。あたしに魔法の翼を下さい!飛ぶように疾走したいんです!」
「君の意思はよくわかった……うむ、魔法をかけてやってもいい。ただし、だよ、あらかじめ一つだけ大切なことを言っておかなければならない」
「えっ?…なにか、よくないことが起こるんですか?」
「あのね、確かに君は魔法の力によって、とてつもない記録を叩き出して優勝出来るだろう」
「ハイ、それだけでいいんです」
「だが、この魔法は、君が周りの世界よりも早く燃焼して、その分だけ人生の選択肢が少なくなってしまうように作用するんだよ。もはや選択不可能なほどの無秩序だけが残されることになるんだ ─ さぁ、どうするかね?」
「……ああ、そういうことですね……それでいいんです、あたしはもう覚悟を決めました。だから、魔法をお願いします」
「だが、一度かけた魔法は、もう復元は出来ないんだぞ」
「構いません。さぁ、あたしの背中に翼を」
「うむ」
=========================
「あっ!先生、こんにちは」
「よぉ、君か。昨日の陸上大会は…」
「凄かったなぁ、って言いたいんでしょ。でもなんというか、実感としては、もうすっかり遠い昔のことみたいで」
「ははは、そういうものかな。まあ、ともあれ…」
「ご家族の方々も大喜びだっただろう、って確かめたいんでしょう?もちろん、うちのみんなは喜んでいますよ。正直なところ辛く悲しい気持ちも有ったんですけど、でも、なにもかもが間に合って、ホント、これでよかったんです」
「うむ……まあ、それはともかくとして、なぁ、君は…」
「後悔は無いのか?って訊きたいんでしょう。そうですねぇ、あたし、悟りきった感じなんですよ。こういうのが成熟ということなのかなって、実感しているんですよ!」
「ああ、そうか、成熟か。なるほどね…ただ、俺が言いたいことはだね…」
「もう魔法には頼ってはいけないよ、っていうことでしょう?ふふふっ、先生の言いたいこと全部分かっちゃう。もちろん、もう魔法には頼りませんよ、だって、ちょっと失礼かもしれないけど、なんだかもう先生のお話にも魔法にも飽き飽きしちゃったから」
おわり