2015/11/10

【読書メモ】 すごいぞ!身のまわりの表面科学

すごいぞ!身のまわりの表面科学 日本表面科学会編 講談社 Blue Backs
またまた講談社 Blue Backs の本で、此度のものはつい先ごろ初版のよう。
表面科学といえば、結晶の「ほんの表面部」(約10の15乗個の原子しかない)および「他物質との界面部」における、分子の本当の?特性や現象を、電子顕微鏡や超強力X線をもちいつつ、極めて微細に判別し活用する分野、と冒頭に案内あり。
そして、物質におけるこの「ごく表面部」における純度や精度が、工業製品における微細な制御能力を決定し続けてきた由。
本書は、この表面科学技術に則った実にさまざまなアプリケーション事例を、多元的/多角的なパースペクティブにて続々と展開していく小稿形式。
どれもこれも確かに「すごい!」。

なるほど、「身のまわりの」 というにはやや専門性が高く、ノーベル賞受賞者の実績プロフィールなどには難度高い記述も散見される (たとえば昨年物理学賞を受賞された日本人3名による、窒化ガリウム結晶の低温バッファー層やプロセス技術など)
それでも、本書の過半の内容については、高校レベル程度の物理/化学/生物の素養があればひととおりの観念の捕捉までは造作なかろう。
むしろ、物質への関心意欲を「究極的に」かつ「学際的に」高めていく上にて、本書はさりげなくも実にスリリングな時事案内本といえようか。

とりあえずは、僕なりの拙い読書メモとして、とくに電子デバイスまわりにつきホンの少しだけ随意に以下記しおく。



表面科学の端緒のひとつは、第二次大戦後、電気信号の増幅現象を活用したトランジスタにはじまる。
点接触型トランジスタを経て、電界効果型トランジスタ(いわゆるFET素子のこと)の開発が進められる中、ショックレーやバーディーンらによって半導体の表面の電子状態が具体的に理論化された。
これにより、電界効果型トランジスタにて、ソース電極からドレイン電極までの「距離が極小」であれば、電子が半導体結晶に引き込まれずに「表面のみ」を流れ、よって、半導体と金属間のゲート極における電圧オン/オフ操作に応じて正確に電気抵抗が変わる、と明らかにされた。

ソース電極からドレイン電極までの距離縮減が徹底的に実現されてきた結果、現在の電界効果型トランジスタはなんと、この距離がわずか20nm 程度にまで縮減されている。
1cm四方の集積回路に約1億個のトランジスタが収まっていることになる!
なお、デジタルカメラの光フォトダイオードもこのトランジスタと構造上近く、よって集積技術も似ている。

さらになんと!ソース電極からドレイン電極までの距離がたった2nm という、いわゆる「アトムトランジスタ」も作られている。
これはゲート電極が銀や銅などの金属原子で構成されたもので、正の電圧印加によってこれら金属原子の一部がイオン化され拡散膜に溶け込み、ソース電極とドレイン電極に至って電子を受け取りまた中性にもどり、この電極間のプロセスで電流がオン。
一方でゲート電極に負の電圧印加がされると、金属原子が逆方向に移動し、これで電流がオフになるというもの。

このアトムトランジスタはまた、電流のオン/オフ状態が不揮発性のデバイスでもあり、これを活用すれば起動時間ゼロのパソコンも開発可能とされている。

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燃料電池は二酸化炭素や硫黄酸化物を排出せず、また、機械駆動部が無いため無音化と小型化すすみ、家庭(エネファーム商標)では廃熱利用系とあわせて採用されており、また電気自動車用の電源としても開発さらに進んでいる。

とくに「個体高分子型(PEFC)」の燃料電池は、燃料極(アノード)で水素燃料を酸化=電子放出、その水素イオンが電解質である薄い高分子プラスティック膜を伝導・拡散する一方で、電子は導線を伝って空気極(カソード)で受け取られ空気中酸素と還元反応され、これで水を生成。
ただし、空気極での酸化還元反応が遅いため、水素と酸素によるこの方式の現実の発生電圧は、常温一気圧での理論値1.23V に及ばない。

この損失分を克服のため、燃料極と空気極の両極において表面部のみの反応を向上させるべく、極薄微粒子の白金触媒が使われてきた、が、これを燃料電気自動車に実装するなら、約100℃という低温条件にて100kWの電力を生み出すため白金触媒が100g必要となる。
白金は高価な物質で、南アやロシアをはじめ世界全体でも年に200トン程度しか産出されておらず、日本では年間10トンを輸入に頼っており、このコスト要因が燃料電気自動車のさらなる普及を妨げうる。

ところが、全く白金を使わない触媒素材として、あらたにカーボングラファイト触媒の研究がすすめられている!
これはもともとカーボンに1%程度含まれている不純物としての鉄や窒素を、そのグラファイト構造においてごく微細に化学制御し、白金触媒に近い発電性能を実現するというもの。
不純物を逆用して効果的な触媒素材とする、実におもしろいイノヴェーションである。

なお、燃料源として水素ではなくメタノールや天然ガスを用いる燃料電池もある由。

リチウムイオン電池は、リチウムのイオン化傾向の大きさ=水酸化リチウムとなるプロセスを活用したもの、ただし金属リチウムとしてそのまま負極に用いると反応性の過度な高さゆえに発火しうる。
そこで、金属リチウムが電池中に直接存在しないように調整したのが、現行普及のリチウムイオン電池である。
ここでは、負極にて炭素材の中にリチウムを入れ、これがイオン化して電解質に溶けつつも、電子外部回路から正極にいたり、一方で正極では四価のコバルト酸リチウムがこのリチウムイオンと電子を受け取って、三価へと安定する。
この酸化還元反応と有機溶媒によって、3.6V~4.2Vの定格電圧が実現されている。

ただし、物理的形状の変形による内部電気ショートと発火のリスクはなおも残り、表面化学ノウハウによる更なる検証が続けられている。

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・現在普及しているシリコン半導体の太陽電池は、近赤外線の電力変換に効率よく作られており、すでに理論的な変換効率上限(29%)に近づいている。
そしてこれはヨリ高エネルギーの紫外線や青色光はほとんど電力に転化出来ず、熱として放出している。
といって、出力電圧の高い別の半導体素材を太陽電池に採用すると、それらはむしろ低エネルギー光を透過させてしまう。

太陽電池の更なる効用化が追求される中、すでに研究開発が進められている素材として、数種類の出力電圧異なる半導体素材をヘテロ接合させて繋ぎ合せる「タンデム接続型」のものがある。
たとえば13族元素(ガリウムやインジウム)と15族元素(ヒ素やリン)を組み合わせた素材では、光の電力変換効率60%超えが可能とされている。
さらに、ナノメートルサイズでの半導体粒子の合成でも、現行のシリコンのみの半導体の出力電圧を理論的に超えるという。

また、太陽電池の敷設面積()あたりの生産コストを縮減するため、半導体をわずか数μm に薄膜化したり、エネルギーギャップが大きく温度に影響されにくい非結晶(アモルファス)を活用するなどの研究開発も進められている。

人工光合成による水の(電気)分解のための光触媒として、表面に貴金属微粒子を付着させた半導体素子がある。
一定以上のエネルギーの光が照射されると、この半導体における電子が励起され、貴金属微粒子の表面に移動し、水と反応して水素を発生させる。
かつ、半導体表面では電子が抜けた分、水が酸化されて酸素が発生する。
常温一気圧でこの水分解を起こすために1.23eVのエネルギーが必要、このエネルギーは波長1000 nm の近赤外線の光エネルギーに相当 (この光→電圧の係数は太陽電池と同じ。)

現在は、より波長短い(高エネルギーの)紫外線を活用して水分解の効率を向上させるべき、タンタル酸ナトリウムや酸化ガリウムなどの半導体素子が開発されている。
ただ、これら半導体を地表で効果的に活用するには、太陽光の紫外線のうち波長帯(300 nm以下)の強力なものが必要で、実用までは至っていない。
また、波長500 nm の青色の可視光線を照射してやはり水分解させる、窒化ガリウムや酸化亜鉛の半導体素子も開発されているが、これも実用化には至っていない。

なお、自然界の光合成同様に二段階の光励起を活用した、複合的構成の半導体も開発されている。
さらに、水ではなく二酸化炭素を還元して一酸化炭素とする過程でメタノールなどの化学物質をつくりだす、という研究も進められている。

太陽から照射される紫外線を波長帯ごとにみれば、波長帯が最短=エネルギー最強のUVC(100280 nm) はオゾン層で吸収されるが、ヨリ長い波長帯のUVB(280315 nm) の一部とUVA(315400 nm) は、オゾン層を通過して地表に届き、人体にも影響を与えている。
いわゆる「UVカット=サンスクリーン」剤は、これらのうちUVBUVAに対処するためにあり、有機系の紫外線吸収剤と、無機系の紫外線遮蔽剤が使われている。

ここで、有機系の吸収剤は、とくにUVB帯の一定エネルギー以上の紫外線を吸収しながら自身の分子構造を変え、紫外線を熱放出し、それからまた元の状態にもどる ─ これを繰り返す。

一方、無機系遮蔽剤としては、酸化チタンがUVBの吸収、酸化亜鉛がUVAの吸収に適している。
酸化チタンは3.2eVの光エネルギー=波長390 nm 相当によって価電子帯の電子が伝導体に励起され、価電子帯に生成される
正孔にて、空気中の酸素や水をもとにスーパーオキシドラジカルやヒドロキシルラジカルが出来る。
それらが大気中の窒素酸化物を硝酸イオンに酸化して除去、細菌の増殖をおさえる抗菌作用、この特性を活かして空気清浄機や濾過槽などで用いられている。


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・ガソリン自動車の有毒な排ガスは、炭化水素と一酸化炭素を酸化して二酸化炭素や水として排出しなければならず、また窒素酸化物は還元して窒素と酸素にわけて排出している。
この排ガスへの酸化/還元処理のため、排気管などにおける排ガス浄化用の触媒として、白金、パラジウム、ロジウムといった貴金属をきわめて薄く=表面積のみを大きくした微粒子として活用、しかもこれらが相互に付着せぬようアルミナなどの酸化物の表面で用いている。
ただし排気管などの触媒環境そのものが高温なので、どうしてもこれら触媒金属の微粒子が大きくなり表面積はかえって小さくなってしまう。

しかしながら、上述の酸化/還元の要件下にても触媒機能が低下しない素材があらたに発見され、これがいわゆる「インテリジェント触媒」として研究開発が進められている!
たとえば、ペロブスカイト型酸化物とパラジウム(など)を複合化させた触媒素材は、ガソリン車の排ガスの酸化/還元サイクル(ブレーキ/アクセルのサイクル)に応じて、この素材構造の中から触媒貴金属のナノ粒子が出たり入ったり、つまり自己再生的に酸化と還元をリフレッシュさせている

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以上、僕なりにまとめてみたが、物質表面への極小なアプローチと研究開発事例は本書にてまだまだ山ほど紹介されており ─ 動植物や人体生理学、スマホや洗剤における油脂と水の界面張力、摩擦や楽器の音響などなど、ページを捲るたびにいちいち驚きの連続!

皆さんも是非ご一読されてみては如何だろうか?