2017/04/07

【読書メモ】 「人工光合成」とは何か

『「人工光合成」 とは何か 光化学協会編 講談社Blue Backs
サブタイトルによれば、夢の新エネルギーにして、世界をリードする日本の科学技術である由。

本書提示の大テーマ。
炭水化物≒化石燃料の人的な燃焼による熱エネルギー抽出は、(発電もバイオマスも含め)総じて二酸化炭素の排出超過を不可避としてきた。
この炭素循環の拡大を回避すべく、太陽光による植物の光合成をヒントに、可視光の人工的な光合成システム構築が研究されまた実証進む。
人工光合成による水の酸化/水素抽出が、水素燃料の多分野への活用を図る ー これが本書呈する最大の要旨、とともに、二酸化炭素の還元も別種の有用化合物をつくる (CO2 captive and utilisation) 。
なにしろ太陽光のエネルギー量は年間換算で人間ニーズのざっと10000倍もある、だから、人工光合成が現在の 「光化学と電子にかかる技術問題」 を克服し、さらに 「物質抽出と転用」 も進めば、その製品システム化は、あくまで発電機能に留まっている太陽光パネルを凌ぐ有益なものたりうるだろう

さて、依然として政治的に喧しい二酸化炭素排出の功罪論は、ひとまず措くとして。
本書では、人工光合成への多元的なアプローチがスリリング、基礎技術論から研究開発実情まで次から次へと紹介され、読み進める上で飽きのこない編集構成がいい。
理科諸分野(化学、生物学、物理学)に広く通じた読者であれば、技術開発への複合的な想像力をいよいよ喚起してやむことはないだろう。
とはいえ、そうではない僕のような門外漢や学生一般にとっては、たとえば光電子移動反応にかかる酸化剤と素材分子と触媒のかかわりなど(同じものを指しているのか)、どうも関係構図がやや捕捉しがたいのではなかろうか。
そこで、とりあえず今回の読書メモでは、僕なりに、本書の前段部;水素の人工的生成にかかる諸問題と実情に絞って、かなりラフではあるが以下に総括してみた(つもり) ─ これで学生諸君や初学者は本書のアブストラクトくらいは掴めるのではないか。


【着想の根本; 植物の光合成】
・植物の光合成は、二段階に分けられ、水分子を酸化して酸素を発生させる 「明反応」 と、二酸化炭素を還元して炭水化物類を合成する 「暗反応」 からなる。

このうち 「明反応」 として、太陽光を動力源とした 「光電子移動反応」  植物葉緑体のチラコイド膜に在る多数のタンパク質(やマンガンクラスタ)と色素分子クロロフィルの化学反応にて起こり、分子間にて電荷分離と電子移動、こうして体内の水分子を酸化、分解させている。
このさい、クロロフィルは太陽光を波長に応じて取捨しており、太陽光の600~800nm の長い(赤い)波長光と、400~500nm の短い(青い)波長光を吸収し、中間の(緑色の)波長光は反射する。

・生成物質からみれば、この「明反応」プロセスにては、エネルギー供給物質として ATP(アデノシン三リン酸) を作り出し、また還元剤として NADPH (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸) を作り出している。
これらを受けて、「暗反応」 では、葉緑体のストロマ部 (カロビン~ベンソン回路)において、ATPのエネルギーを用いつつ、NADPH電子伝達によって二酸化炭素を還元し、炭水化物(ブドウ糖、デンプン、セルロースなど)を合成する。

【明反応の化学; 水分子の電気分解】
水分子は酸素と水素の共有結合からなり、これを分解するためになんらかの酸化剤(触媒)によって水分子を酸化させる、つまり電子を抜き取る必要がある。
しかも、ラジカル状態となった酸素がまた水素イオンと結合することなくO2として安定させなければならない。
したがい、2個の水分子から電子4個を抜き取ればよい。
2H2O + (酸化剤) → O2 + 4H+(酸化剤)4-
酸化剤を省略して記せば; 2H2O → O2 + 4H++ 4e-

【光電子移動反応】
或る色素分子にて、その各分子間の電子軌道のエネルギー差が、可視光の光子1個のエネルギーと一致している場合、分子間にて電荷分離と電子励起が起こる。
これが「光電子移動反応」 であり、光は電磁波として、かつ プランク定数x光速/波長 の光子エネルギーとして、色素分子の軌道上の電子を揺さぶり、その電子がさらに運動を求めて別の分子の電子軌道に飛び移っていく。

この反応系にて、なんらかの酸化剤(触媒)が介在していれば、水分子の分解も可能である。
しかし、速度と時間の問題が立ちはだかる。

【光子束密度問題】
「光電子移動反応」 にては、入斜される光の1光子が1電子を動かす。
水分子の分解で(上に記したように)2個の水分子から4電子を立て続けに引きぬくのに、仮に吸光係数の非常に大きな色素素材を触媒に用いたとしても、0.68秒かかる。
この所要時間は、物質の分子運動(衝突)からすればとてつもなく長い ー 触媒の物質変化の方が遥かに速く進行してしまう。
(一般に、1リットルあたり1モルの分子がある溶液がある場合、そこでは1秒間で100億回の分子衝突が発生する)。
つまり、いかなる色素素材ないし他の触媒物質を触媒に起用したとしても、そのままでは安定的に2個の水分子から4電子を引き抜き続かせることは出来ない。
これが 「光子束密度」 の問題

しかしながら、驚くべきことに、植物光合成の 「明反応」 では、分子構成と酵素とマンガンクラスタの反応速度が、この「光子束密度」 問題に巧妙に対応し、体内の水分子を分解しているのである。

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【人工光合成技術へのアプローチ; 略史】
アインシュタインによる光量子仮説から、光化学当量の法則へ。
チアミチアンによる、太陽光エネルギーの化学変換。

・ホンダーフジシマ効果; 半導体(二酸化チタン結晶)触媒と紫外線照射による水の電気分解で、人工光合成の具現化の端緒となり、また半導体素材の酸化還元反応への研究も進むことになった (なお、藤嶋昭氏は現在まで東京理科大学長)。

・マイヤーらが、強い酸化力をもつルテニウム錯体を触媒として (つまり初めて天然以外の触媒を用いて)、水分子を酸素と水素イオンに電気分解成功。
ただしこれは光照射による光電子反応ではない。
レーンらが、レニウムピピリジン錯体に紫外光を照射して、二酸化炭素の還元に成功。


【現代の技術研究例】
・「光電子移動反応」 による水分子分解のための触媒として、植物葉緑体クロロフィル分子に代わる人工的な色素分子が模索され、研究が続けられている。
むろん、「光子束密度問題」 を克服しなければならない。

・たとえばポルフィリン分子であり、分子間の構造多様性や結合距離の調整が続けられ、また分子間の連結強度をはかるため、有機高分子素材や無機結晶との連結も模索されている。

・また、1分子に5つの鉄イオンを含む金属触媒が開発されている。
これを用いたさいに、鉄イオンが多電子の移動反応を実現し、これによって、水分子の分解速度は従来の鉄触媒の1000倍以上になっている。

・さらに、光子1個によって水分子2個から電子2個まで引き抜く方法論さえもが、最近報告されている。
(水分子分解に立ちはだかってきた 「光子束密度問題」 は、半分まで解決されたことになる…?)

・バイオ改変による取り組みもある。
一部のシアノバクテリアの光合成 「明反応」 と窒素還元能力、それらにおける酵素の活性化/非活性化を、遺伝子工学的に調整することで、水分子からの水素発生能力を高める種を作り出すことが出来る。
このメリットは、投入エネルギーが太陽光と窒素肥料だけであること、また死んでも生態系に戻すだけであり廃棄問題が発生しないこと、とされる。


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……ざっとここまで、光合成の「明反応]に相当する水素生成のごく概説。
なお本書はこののち、 p.139 以降から人工的な二酸化炭素還元 (≒暗反応?)へのアプローチ紹介が続く。
そして p.151 からは半導体と電子技術による人工光合成の工業的追求に突入してゆく (※ このあたり、概要のみであれば、 『すごいぞ!身の回りの表面化学 にて紹介http://timefetcher.blogspot.jp/2015/11/blog-post.html 
僕も電機メーカあがりだから、電極(アノードとカソード)やバンドギャップなどはまだ概念的に追随出来るとして、更に複合的に二酸化ケイ素マイクロ粒子だの、エチレン、プロピレン、オルフィンがどうこうとなると、もう複合的過ぎて僕には太刀打ち出来そうにない。
更なる深みと高みへと野心満々の読者は、チャレンジしてみては如何?

僕はここでひとまず小休止だ、とはいえ、また気が向いたらチャレンジしてみたい一冊ではあり、そのときは皆さんと同じページを捲り、同じように感嘆しているかもしれない。

以上