本書はレアメタル/レアアースにかかる化学技術の紹介本であり、化学の基本から応用まで説き起こす文面が要約的で分かりやすい。
とりわけ特筆すべきは、レアメタル/レアアースの採掘から製品化にいたるまでの工程論、その概括紹介であり、更なる新素材研究へのチャレンジも本書内の随所にて称揚されるなど、産業観(さらに産業勘)が図抜けて素晴らしい。
また、国策としてのレアアース備蓄をはじめ、採掘先や代替素材の再検討など、戦略思考も喚起されている。
なお本書は2016年3月に初版発行であり、引用されている素材の調達や活用の事例詳細については、著者が書中でもほのめかしているように随時ウォッチの必要があろう。
以下に、僕なりに概括し、読書メモとして記す。
<定義>
・いわゆるレアメタル=希少金属は、化学的には厳密な定義は無い。
まずは地殻中の存在量が希少であり、また精錬・単離が困難である元素、という点から定義されうる。
じっさい、レアメタル元素は地殻中の存在比率(クラーク数)が1%未満で、量的に希少である。
だがそれ以上に、産出地域の偏在こそがレアメタルの重大な定義根拠であり、マイナーメタルとも称される所以である。
(存在比率が0.01%と極めて小さい銅元素は、産出地域は偏在していないためかレアメタルとはされていない)。
・レアメタルには47の元素が指定されており、そのほとんどは13族~16族の金属元素。
金属元素ではないホウ素やセレンやテルルも含まれる。
・レアメタルの47元素のうち、17の元素がいわゆるレアアース=希土類であり、それはスカンジウム、イットリウム、およびランタノイド系の15元素である。
このうち特にランタノイド系15元素は、化学属性が極めて近似しており、これらは典型元素や遷移元素とは比べ物にならぬほどに単離が困難。
・さらにレアアースは、重希土類と軽希土類に分けられる。
重希土類は、スカンジウム、イットリウム、およびランタノイド系のうちガドリニウムからルテチウムまで。
軽希土類は、ランタノイド系のうちランタンからユウロピウムまで。
・レアメタルは電気陰性度は2.4以下であり、陽イオンになりやすい。
とりわけレアアースのランタノイド系元素は電気陰性度が1.07~1.27と極めて近似している。
またレアアースは金属イオンとして、pH値の大きな塩基性の水と反応し水酸化物となる。
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<埋蔵>
・世界のレアメタルの埋蔵量は、中国が42%、ブラジルが17%、インドが2%…など。
ところが産出量を国別にみると、タングステンは82%が中国、リチウムは36%がチリ、白金は70%が南ア、ニオブは89%がブラジル、ベリリウムは92%がアメリカが占めるなど、極端な偏りがある。
一方、レアアースの埋蔵分布は、軽希土類では世界広範にわたるが、重希土類は中国の特定地域にのみ極端に集中している。
かつ、産出量もなんと全世界の84%が中国である。
・レアアースを含む鉱石は、バストネサイト、モナザイト、ゼノタイム、およびイオン吸着型鉱である。
これら鉱石のうち、バストネサイト、モナザイト、ゼノタイムは、地下のマグマに含まれていたレアアースが数億年かけて地表に移動したもの。
これらはアメリカ、インド、オーストラリア、マレーシアほか、世界中で採掘されるが、ウランやトリウムなどの放射性元素を含む。
一方、イオン吸着型鉱は、レアアースを多く含む花崗岩が数百年かけて粘土質になったもので、放射性元素をほとんど含まず、特に中国に多い。
・水深3,000~5,000メートルの海底熱水鉱床に、マンガン団塊と称す金属元素の塊があり、これがマンガンはじめ各種のレアメタルを含んでいる。
(マントル成分を含む熱水の元素が海底で固まり生成されたと考えられている。)
この深海のマンガン団塊は、海に囲まれた日本にとっては重要なレアメタル源たりえ、レアメタルへの競争性を鑑みればこの採掘技術が待たれる。
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<精錬・単離>
・一般に、採掘したレアメタル/レアアースの鉱石は、製錬によって目的の金属部分を取り出しつつ、そこから精錬により不純物を取り除く=抽出目的の金属を単離する。
・通常の金属鉱石の精錬は、「溶融精錬法」によって目的金属を遊離する。
これはたとえば、硫化物鉱石では酸素と反応させて二酸化硫黄として揮発させ、目的金属を遊離したり(酸化法)、あるいは、酸化鉱物中の酸素を一酸化炭素と反応させ二酸化炭素として揮発させ、目的金属を遊離する(還元法 - 製鉄など)。
また、多くのレアメタルでは、「揮発精錬法」も用いられており、これは鉱石を加熱、まず気体化し、それをあらためて冷却・固体化する過程でレアメタルを単離する方法。
・ところがレアアースは、それぞれの元素の化学属性が極端に近似しているため、溶融精錬でも揮発精錬でも完全には鉱石を精錬・単離しきれない。
そこで、レアアース鉱石に対しては更に精度の高い精錬方法が採られている。
まず、レアアース鉱石を細かく砕いて、硫酸や塩酸などの水溶液に溶かす ─ 「陽イオンの水溶液状態としおく」。
そして、この陽イオン水溶液にさまざまな有機溶媒を加え、激しく振って、水溶液内のレアアースを水溶液から分離させ有機溶媒に移動させる。
あるいは、この陽イオン水溶液に沈殿試薬を加えて、レアアースを結晶として沈殿させる。
あるいは、この陽イオン水溶液を高分子のイオン交換樹脂に混ぜ、レアアースをこの交換樹脂に付着させた上で、そこに溶離剤を流し込んで、目的のレアアースのみをこの溶離剤に移動させる ─ これがイオン交換法で、もとは放射性元素の分離技術として開発されたもの。
・さらに、固体金属状態のレアアース鉱石を加熱・溶融して分離させる方法もある。
・これら鉱石からのレアアース精錬のプロセスにて、放射性物質による被曝リスクが重大なネックであり続けている。
中国の産出が突出して多い理由は、国策として資本集中投下してきたこと、また放射性物質からの被曝リスクに(先進国ほど)鋭敏ではなかったこと。
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<用途>
・レアアースのうち、軽希土類の用途は、コンデンサ、水素吸蔵合金、超伝導素材、光学ガラス、など。
一方、重希土類の用途は、光ファイバ増幅器など。
・金属加工や研磨をはじめ、土木工事の掘削用途の刃として、「超硬合金」が欠かせない。
超硬合金は、チタン、バナジウム、タングステンなどのレアメタルを金属粒子とした上で、それらを焼結して作る。
・ジェット機や自動車のエンジンには、1000℃以上の高温状態にても熱や酸化に負けない「超耐熱合金」が用いられる。
超耐熱合金の主成分はコバルトやニッケルで、ここにクロム、モリブデン、タングステンなどレアメタルが加えられて作られる。
・レアアースに光エネルギーを与えると、そのエネルギーによって電子励起し、10,000分の1秒ほどで基底状態に戻るが、この瞬時のプロセスで余分なエネルギーを発光放出する (これがいわゆる蛍光)。
この電子励起から基底までのエネルギー状態を、極めて長時間にわたり安定させ発光し続けるのが、「夜光塗料」である。
近年日本で開発された優れた夜光塗料には、ユウロピウムやジスプロシウムなどのレアアースが起用されている。
レーザーの発振源のうち、固体の素材としてレアアースが用いられている。
よく知られたYAGレーザーの発振源は、イットリウムとアルミニウムがザクロ石型の結晶構造をとっている。
ルビーレーザーやサファイアレーザーも、固体の発振源レーザーであり、クロムやチタンが活かされている。
・現在、ほぼ全ての強力磁石に、レアメタルとレアアースが用いられている。
例えば、かつてよく用いられていたサマリウムコバルト磁石は、サマリウムとコバルトを原料とし、200℃状態でも使用出来るもの。
また、ネオジム磁石はネオジムとホウ素(どちらもレアメタル)および鉄で出来ており、現時点で最も強い磁力を持ち、かつ実用性に優れた強力磁石であるとされる。
ネオジム磁石は家電はむろん、自動車の駆動モーターや発電機にも用いられるなど、主要工業製品の高性能化かつ小型化を実現してきた。
なお、プラセオジムとコバルトから出来るプラセオジム磁石は、さらに高い強度をもち、製品化が研究されている。
・元素として半導体の性質を有する、いわゆる真性半導体元素には、シリコン、ゲルマニウム、セレン、テルルなどが該当する。
これら真性半導体元素に不純物を混ぜて電気伝導度を高めた製品が、いわゆる不純物半導体であり、これらがn型とp型という電子回路特性を有する。
たとえば、価電子4個のシリコンに価電子6個のセレンやテルルを混合した不純物半導体は、全体として電気的にシリコンよりも価電子が増え、よってn型半導体となる。
またシリコンにホウ素とガリウムなどを混合する不純物半導体は、全体として価電子はシリコンよりも減ってp型半導体となる。
数種類の金属元素を化合させた化合物半導体が開発すすめられているが、いずれにせよ、14族の元素であるシリコンに13族~16族のレアメタル金属元素が多く混合される組成である。
・太陽電池は、p型半導体とn型半導体を接合し、かつ負極にインジウムの透明なITO電極をおいた構成。
太陽光がITO電極をいったん透過し、p型/n型の接合面に至ると、ここで電子と正孔が生成され、それらがあらためて電極にまわり、こうして電流が発生する。
一方、LED(発光ダイオード)はこれとは逆に、電極から電流を流し、p型/n型の接合面で電子と正孔が合体することで光エネルギーを起こす構造である。
これと同じエネルギー発光を、有機物を活かした半導体で実現するのが、有機ELであり、有機ELでは有機物とレアメタル金属の反応が活かされている。
なお、インジウムは数年前までは日本が世界一の生産国であったが、現在にては、高温の地中深くまで掘り下げての採掘が必要となり、生産までのコストが見合わなくなっている。
・自動車の排ガスに含まれる窒素化合物NOx、一酸化炭素、および未燃焼の炭化水素、これらを分解する触媒を「三元触媒」と称す。
この三元触媒は、NOxを窒素と酸素に分解し、一酸化炭素を二酸化炭素に酸化し、炭化水素を二酸化炭素と水に酸化させるもので、成分はプラチナ、パラジウム、ロジウム。
ただし触媒の作用機能はよく分かっていない。
(※ この箇所を読んでいて、とっさに思い出したこと ─ パラジウムやロジウムなどを起用したいわゆるインテリジェント触媒なるものが開発されており、酸化/還元反応をきわめて精妙に実現する由、表面科学についての本に要約されていた。参考まで。)
・2010年ノーベル化学賞の根岸・鈴木両氏の受賞対象研究は、分子のクロスカップリング反応技術で、これは複数にユニット化された分子をさらに合体させる技術であり、触媒にはパラジウムが多く用いられている。
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…以上、p.158までごく大雑把ながら僕なりにまとめてみた。
本書p159以降にては、レアメタル及びレアアース各元素について産業用途に主眼をおいた概括あり。
本著者はさらに、アメリカなどと比べて日本の国家安全保障への意識が低く、レアメタルの備蓄にて日本が出遅れており、これが工業技術・製品競争において常に日本の不利益をもたらしかねぬ ─ と危惧されている。
一方では、レアメタルを含む電子機器が日本の大都市部に「既に」大量に存在していること、ゆえに、それらのレアメタルをリサイクル利用すれば天然鉱石から精錬・単離するより遥かに効率がよい由、リマインドされている。
(これは日本の大都市をいわば「都市鉱山」と見做してのアプローチであり、じっさいに2013年に小型家電リサイクルも法制化されている由。)
以上