新年度の大学受験生に、とりいそぎ要約的に伝えておきたいことがある。
※ 対象は特定の受験生に限っていないし、誰が覗きに来ようと知ったことではないが、ともかくも例年通りのメッセージだ。
以下に、「高校履修範囲」 つまり大学入試における各教科での、思考/記憶の負荷量を、ざっと僕なりの直観で数値化してみた - だから公的な権威付けなどはまったく無いけどね。
こんなものをまとめてみた目的は、教科によって思考/記憶の対象が異なり、負荷も異なりうることを了解して欲しいため。
たとえば、数学は 『なぜ』、『どうする』 ことによって解を導けるのか、について傑出して思考/記憶負荷が高い。
論説・哲学は、国語科のうちとくに抽象度の高いコンテンツを想定、やはり 『なぜ』 そう言えるのかとの考察において負荷が高い。
理科は、『なぜ』 『どうする』 に加えて、『何が/何を』 という具体的オブジェクトへの考察負荷が大きい。
社会科は、『なぜ』 という考察は他教科と比べほとんど無きに等しいので評点していない (なお地理と政経はこの考察がもっと深くてもいい)。
その一方で、 『誰が』 については覚えるコンテンツが多い。
特に数学と理科の思考/記憶負担量が多いのは、万民に既得の命題がかなり多く、すべて了解するにはそれだけ勉強時間を長く必要とするため。
一方で社会科は、諸命題がウヤムヤ、たとえば、生産と交換経済と法と民主主義にて、何が何の前提であり結果であるのかさえ、ハッキリ定義されていない。
このため、センス次第で精緻にもズボラにもなり、受験勉強においては概して思考力動員が小さいと言わざるを得ない。
(むしろ大学進学以降にセンスが多く問われる。)
さて、これら教科を文芸・スポーツと比較してみたのには理由がある。
文芸もスポーツも常日ごろから軽んじられる傾向にあるが、じっさいは『なぜ』 『どうする』 『何が/何を』 のいずれかについても考察しなければならず、さらに 『誰が』 への考慮も求められるものである。
だから思考負担は高い。
問題は英語科。
こちらは社交目的=いわゆるコミュニケーションの英語というものと、特に難度高い大学入試英文にて問われる学術英語に分けてみた。
前者はともかく、後者はせっかく勉強するのなら、理科レベルとまでは行かぬまでも論説・哲学よりは思考負荷が大きくなければならぬ ─ というくらいの心構えで丁度いい。
要するに、どの科目も同じような意識で勉強していては、同じような学力向上は実現出来ない。
ただし、数学や論説文読解に優れた子は、既にかなり大いなる思考力があるのだから、結局は何やってもうまくやりぬくだろう。
(現にこれらに秀でた子は結局は英文読解力でも秀でる)。
そしてなにより、文芸・スポーツに秀でた子でも、やはり何を学んでも成功しうると言いたい。
だから部活ふくめ、全身全霊をこめて打ち込め!
以上