2018/09/21

【読書メモ】 単位は進化する

国際(SI)単位系における「基本単位基準」の大改正の決議は、理科系分野にとって最も根元的なかつ世界的な新展開といえようか。
本旨についてはもちろんWikipedia記事などが総括的に要約している。
なお、以前より僕なりに意識を払ってはきたつもりであり、そこでかつて手に取った本が『新・単位が分かれば物理が分かる (ベレ出版)』https://timefetcher.blogspot.com/2017/05/blog-post_27.htmlであった。

さて、此度は別著者による最新事情本を紹介したい。
単位は進化する 安田正美・著 Dojin選書/化学同人』
本書コンテンツは、サブタイトルとして「究極の精度をめざして」とおかれているように、近現代の科学技術諸部門において「計測可能な物理量と実在しうる物理量」の一致を成すべく挑戦され続けてきた、精密な「基本単位量」の定義⇔実現にかかる、数多くの相互フィードバックについての紹介である。
総じて平易な語彙で貫かれているため、読者は文意の厳正さに苦慮するおそれは無かろう、が、主題そのものが科学技術論であるため、やはり物理学/化学(あるいは工業技術)に一通り通じた上で読み進めた方が論旨了解は早いはずである。
(※ じっさい、此度の基本単位定義の大改正における最大の目玉であろう、キログラム原器の放棄とアボガドロ定数とプランク定数のかかわりについて、本書では計測技術論こそ楽しめるものの、かなりの物理学上の素養と直感が求めらる難所でもある。むしろ上に引用した『新・単位が分かれば物理が…』の方が総論的にまとまっている。)

それでは、今般紹介の『単位は進化する』につき、長さ、時間、電流、熱力学温度の各論について僕なりの概説メモを以下に記す。



<長さの基本単位>
長さの基本単位として、フランス革命以降にメートル(m)が法定されたが、これは地球の物理上の測定にのっとった「はず」の理念であり、これをもとに実体として「メートル原器」が作られるに至った。
メートル原器は、化学的に安定し熱膨張係数が小さい白金が90%および、変形しにくいイリジウムが10%、以上から成る合金であり、かつ温度による体積変化も考慮して摂氏0度(氷点)での長さということにされていた。
しばらく時代がくだり、1889年の第一回国際度量衡委員会にて、この「メートル原器」こそがさまざまな長さ実測値をも超える理念上の絶対基準となるに至った。

しかし20世紀以降の科学技術における精度追求能力の向上にともない、メートル原器に対する疑義が高まっていった。
1960年の国際度量衡総会にて、「クリプトン原子の発するスペクトル波長」を以てメートル長が再定義された。
これは原子が核分裂しない限りは同一であること、つまり「原子標準」との理念に則った基本単位設定であり、これによって「長さ」が「光(つまり周波数と時間)」をもとに計測される時代が到来した。
この時点で長さの確かさ/不確かさの精度は8~9桁に至ったとされる。
なお、同年に開発されたレーザー装置が次第に運用能力が向上し、これによって、クリプトン原子スペクトル波長によるメートル長の精度さえもが覆されることになった。

1983年の国際度量衡総会では、レーザー光発生装置によって主に実現される「真空中の光速と距離と時間」をもとに1メートル長さを再定義。
ここで 1/299,792,458 秒に光が真空中を伝わる距離を以て1メートル長とし、確かさ/不確かさの精度は11桁にいたる。
なお、ここで起用された機材は一般にヘリウムネオンレーザー標準器と呼ばれるもので、その特定の周波と色のみを計測して光速と距離を導き出していた。

さらに20世紀終わりから今世紀にかけて、いわゆる「光周波数コム」が開発され、これをもってさまざまな光の周波数を計測可能となってきた。
よって周波数計測、つまり光速と距離と時間の計測精度は更にさらに上がっている ─ よってメートル長の設定精度が一層上がり続けている。

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<時間の基本単位>
大航海時代において、海上における船舶が自身の位置を知る手段としては、天体観測に準じた振子時計によって移動時間と距離が算出されてはいたものの、緯度はまだしも経度を知る上では正確さにも運用性にも欠けたものであった。
このため18世紀初頭、イギリス議会は経度を正確に知るための新たな時計を公募、これに適ったのがジョン・ハリソン開発によるバネ重り駆動式の「マリンクロノメーター」である。

一方で振子時計は、ヨーロッパでは永年にわたり時間把握のために活用されてきたものの、振り子が金属製のため温度変化による熱膨張をおこし重心が狂う、だから時間表現も狂うという欠点があった。
しかし、ヨリ温度に反応しやすい水銀柱を併用するという新開発によって、むしろ全体の重心の調整に成功、これにより時間精度が高まった。
時代は下って1897年になると、ギョームが熱膨張率の極めて小さい「インバー合金(鉄やニッケルやマンガンなどの合金)」を振り子の素材に起用し、この振子時計は時間精度を更に高めた。
20世紀に入ると、温度と湿度と気圧の影響を受けぬ真空容器中にこのインバー合金の振子を入れた「ショート時計」が開発され、このショート時計は時間誤差が年に1秒程度という正確さを実現し、現在まで振子時計の最新イノヴェーションとなっている。

「ショート時計」は、秒(second)の算出定義をも変えるきっかけになった。
それまでの1秒は、「地球の自転」所要時間の 1/86,400 秒とされていたが、地球の自転速度そのものをショート時計で精密に測定したところ、季節や潮汐によって微妙に変動していることが明らかになってしまった。
そこで新たな秒の算出定義が論争されるようになった。

ところで1928年、「クォーツ時計」が登場、水晶の有する逆電圧効果を活用したもので、電子回路がおこす電圧によって水晶が32,768㎐ の振動を精密に継続する。
ここから、時計は機械と電気の融合した機構系となった。
クォーツ時計による時間計測精度は人類史上最高に至ったものの、その水晶そのものは工業過程における要因から特性の変動が起こりうる、との疑義があり、このため1秒の絶対基準として採用されることはなかった。

なお、1秒の算出定義を地球の自転ではなく「公転」によるものとすること、よって1秒は1年の 1/31,556,925.9747 秒と定義すること、1956年の国際度量衡委員会で決定。

一方では1955年、それまで理念的に考慮されてきた「原子時計」がエッセンらによってついに開発され、これはセシウム原子1つの振動波(周波数は9,192,631,770㎐)のピークをマイクロ波のカウンターがきわめて精密に計測し、1秒づつ計っていくつくりのもの。
じつに15桁の誤差精度を実現している。
セシウムが採用された理由は、天然の状態ではセシウム133のみで在るため同位体との厄介な峻別工程が不要、また非放射性元素としては最も重く動きも遅い、などなど、当時の技術上の制限によるもの「と想定される」。

1967年の国際度量衡委員会にて、この「セシウム原子時計」が1秒の絶対基準として採択され、(入れ替わりに、地球の公転による秒定義は廃棄され)、以降、現在までセシウム原子時計の刻む1秒こそが時間量の基準とされている。

さて、現在も原子時計の新たな開発は進められており、振動波が518,295,836,590,836.1Hzであるイッテルビウム原子を約100万個ほど、レーザー光で(いわば)分離格納しつつ、これら膨大な数の原子のをまとめて計測する機構が開発済である。
これが「光格子時計(あるいはイッテルビウム原子時計)」であり、18桁の誤差精度を実現済み、既に2012年には国際度量衡局によって新たな秒定義時計の「候補」に採択されている。

とはいえ、これほどの誤差精度を実現している光格子時計の精密さを(これまでの世界標準である)セシウム原子時計と厳密に比較するには至っていない。
また各国間の光格子時計同士の精度比較も容易ではなく、たとえばヨーロッパ諸国のように近隣陸続きの場合には光ファイバーを通した発信光を相互確認可能ではあるが、アメリカや日本ではこれが出来ていない。

なお、国際度量衡当局における秒の新定義採択は現時点では2026年頃が見込まれつつも、更に精度の高い素材原子と計測機構の開発も進行中であるため、採択の時期は目下確定出来ない。

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<電気の基本単位>
物理学と技術の歴史を通じ、電気の活用そのものはかなり新しかったため、その単位は長らく力学に準じて定義されてきた。

誰もが知るオームの法則は1826年に発見されていたが、この比例式のみでは電気抵抗と発生熱の因果を説明出来ぬため、熱力学が先行していた当時の物理学においては重用されなかった。
19世紀なかばの大西洋海底ケーブル敷設における試行錯誤を通じて、ようやくケーブル導線の電気抵抗の重要性が広く認知されるにいたり、この工業基準化が模索されるようになった。

電気の国際(SI)単位が初めて定められたのはじつに1908年になってからのこと。
以降、電流(A)・電圧(V)・電気抵抗(Ω)のそれぞれが別個の技術標準として単位をおかれてきた。
これらのうち、当初から現在まで「基本単位」として定義されてきたのは電流(A)のみである。
基本単位たる電流1アンペア(A)の現在までの定義は、『真空中に1メートル間隔で平行におかれた、無限に小さい円形断面積の無限に長い2本の直線状導体、そのそれぞれを流れ、これら導体1メートル長ごとに 2 x 10-7ニュートン力を及ぼし合う一定の電流』 である。
つまり、基本単位たる電流は別の基本単位である「力(質量)」と「距離」によって定義がなされてきたわけである。

なんと、2018年(つまり本年)、電流はついに力と距離による定義を離れ、別の物理定数である電子の電気素量と電荷と時間をもって新たに定義されることになっている。
ここまで割りきった理由は電気素量(e) の数値が2017年つまり昨年についに確定したからであり、それは 1.602176634 x 10-19 である。
この電気素量(e)と電荷(c)と時間(s)によって、新たな電流1アンペア(A)が明瞭に量化表現されることになった。

ところで、19世紀末にウェストンはカドミウム電池を発明、これは摂氏20℃にて1.0183ボルトの安定電圧を供給、1年あたりで100万分の1程度の電圧誤差を実現した。
同じくウェストンによって発明された(温度影響を受けにくい)マンガニン合金製の電気抵抗は、やはり1年あたりで100万分の1の性能誤差を実現。
尤も、これらが国際標準の機器と認められたのは1948年になってからであった。

電圧と抵抗の標準器は、1990年になって量子標準のものに切り替わる。
電圧の標準器は「ジョセフソン効果電圧標準装置」となり、また抵抗の標準機は「量子ホール効果抵抗標準装置」となって、現在に至る。

電気の精密な計測追求は、電気を活用するあらゆる機器の確実な運用にて必須であることは言うまでもない。
しかしもう1つの重要な意義は、現在の科学技術において、(天秤などを除いた)あらゆる計測機器そのものが、電気によって光学系から信号系まで入力/出力を為しているという事実である。

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<温度の基本単位>
国際(SI)単位系における温度の基本単位は、1954年に1ケルビン(k)であると定められ、その定義は「水の三重点における'熱力学温度'の 1/273.16 である」とされている。
水の三重点とは、水が個体・液体・気体のいずれの状態でも存在しうる温度/圧力、つまり熱平衡状態の定点のこと。

そもそも、ケルビン(卿)が温度を定義するにあたり、当時既に知られていたボイル=シャルルの法則により、理想気体の圧力が体積に反比例し絶対温度に比例する、とした上で、(論理上は)理想気体の温度を摂氏1℃下げるに応じて、理想気体の体積が 1/273.1 ℃ずつ小さくなるとした。
ここから換算して、水の三重点は273.16ケルビン(k)と定義されている (これは摂氏換算で0.01℃である)。
しかし、この水の三重点と熱力学による現行定義では、20ケルビン(摂氏換算で-253.15℃)の低温域も、1,300ケルビン(摂氏換算で1026.85℃)の高温域も正確な温度計測が出来ない。

温度の単位についての精密さが世界的に求められてきたのは、じつは極めて最近のことであり、例えば、水の三重点の精密さが国際度量衡の当局によって検証されたのは2002年になってから。
このさい、数か国の「温度計校正装置(いわゆる三重点セル装置)の性能を比較検証し始めたところ、これらの装置そのものが、水分子における同位体の混在や装置自体の構成不純物のために精密な三重点を示していないことが判然としてしまった。

2018年(本年)に、新たな1ケルビン(k)の大きさはこれまでの三重点と熱力学温度の定義から離れ、現行の国際(SI)基本単位である時間(s)と距離(m)と質量(kg)つまりエネルギー量(J)と、「ボルツマン定数」によって新たに定義されることになる。
ボルツマン定数は、熱力学温度と物質内部の熱エネルギーの関係式における関係係数。
その上で、『1ケルビン(k)は、温度とエネルギー量をs-2・m2・kg K-1 (これはJK-1に等しい)と表したとき、ボルツマン定数kの数値が正確に 1.38064903x1023  に等しくなるように設定』 されることになる。

なお、気体分子の運動エネルギー/速度もさらに精密に把握するよう、研究が進行中である。

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以上