2018/10/16

反抗期


或る有名な私立女子大、その付属小学校でのお話だ
この小学校で働く給食調理師に、一人の年輩の女性が居た。
もともと子供好きで、児童食における栄養バランスの熟慮はもとより、創意工夫を活かした微妙な味付け調整もなかなか巧みであり、だから調理師たちの間でも大いに信頼されていたようで。
そして当の女子児童たちはといえば、小学生とはいえ女子というのはなかなかませたもの、また社会性も高く、だから口々にこんな声が挙がる。
「うちの給食はおいしいよ。あの『給食おばさん』のおかげだよ」
へえ、そんなものかね、と教員たちが時おり試食してみれば、ああ本当だこれは美味しいなあと感嘆の声が発せられるのであった。
そういったわけで、この『給食おばさん』は実に評判よろしく、何年も何年もこの小学校の給食調理に従事し続けたのである。

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ところが世の中ってものは、そして人間ってやつはなかなか厄介な属性があり、よって様々な反応が起こり、明転もするが暗転もしてしまうもの。
どうも学校の経営層から、彼女を辞めさせるよう指示通達が発せられたようで。
客観的事由として、「彼女の職務能力は我が校の組織運営に必ずしも適合したものとはいえない」、さらにほじくり返して、「彼女の過去の経歴を総合的に勘案すれば教育現場に適合しているとはいえない」、などなど…
一方で、捕捉的事由としては、「彼女は本校の組織運営に対する誠意に欠けているふしがある」と言うが ─ ふん、何が捕捉事項なものか、要するに「あのバアさんは気に入らねえから辞めさせろ」ってこと。

負の位相に陥ったインチキ資本主義とは、こういうもの。
もっと苛烈にいえば全体主義とも社会主義とも評せようか。
経営陣の本心としては、もっと若い(従順な)美人をとっかえひっかえ次々と採用したいとの意向が ─ いやそこまではあずかり知るところではないし知りたくもないが、ともあれ、学校内外あちらこちらに指示通達がなされ、とうとうこの『給食おばさん』は職を解かれることになってしまった。

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さて、『給食おばさん』いよいよ最後の勤務となった。

彼女は淡々とした表情で調理に就いていたが ─ 本当に最後の最後に見せたささやかな意気であったろう、なんと、配膳する菓子パンの包み紙ひとつひとつに色とりどりの小さな折り鶴を貼り付けていったのである。
さあ、この折り鶴パンが各教室で待っている女子児童たちの眼前に配膳されてゆくと、皆が喜んだ、もう本当に喜んで、ワーワーキャーキャーと歓声の声。
子供ながらに彼女たちも直観していたのだ、世の中には分析のしようのない圧倒的な真理があり真実があるのだと。

だが、そこまでだった。
経営陣より発せられた冷徹な指示に従い、教員たちが教室内にずかずか立ち入って来て、女子児童たちの歓声を制しつつ、パンの折り鶴を片っ端からむしり取っていったのである。
もちろん教員たちだって人間である、痛苦の逡巡を懸命に圧し殺しつつの行動だ、そして、いまやもう泣きながら折り鶴を回収する女性教員さえ居たのだということも記しておこう。

一方で、最後の仕事を終えた『給食おばさん』は事態の進展に委細構わず、調理室を無言であとにして颯爽とこの小学校を去っていった。
去り際に、一度も振り返らなかったという。

以上で、この辛い話はおしまいだ。

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えっ?本当におしまいかって?
そんなわけがないだろう。
世の中は、人間のダイナミズムは、こんな程度で収まりがつくわけがねぇんだ。


『給食おばさん』が小学校を去っていった、その翌朝のこと。
隣接している同系列の付属女子中で、'事件'がおこった。
なんと!登校してくる女子中学生たちが、まるで示し合わせたかのように、制服の胸元に折り鶴を貼り付けて現れたのである。
示し合わせたかのように、ではない、むろん示し合わせたに決まってんだろう。
どの娘も、本当にどの娘も、みんな!みんな!


おっと、驚くのはまだ早い。
彼女たちは無言で教室に歩み入ると、自らの机に、やはり色とりどりの折り鶴を貼り付けていく。
もちろん教室だけではない。
いつの間にやら、講堂の机にも壇上の卓にも、美術室の絵画にも、音楽室のピアノにも、体育館の跳び箱にも、たくさんの折り鶴が貼り付けられてゆく…。
「何事だ?これは!?君たちは何をやっているのか!?」
仰天する教員たち、おいやめないかと叱責し、折り鶴を除去せんとするが、しかし娘たちはやめようとしない、いくら剥がされても捨てられても、無言のまま次々と折り鶴を貼りつけてゆく。


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さて教員室では。
事態と状況を把握した学校長が、経営幹部と電話を交わし、しばし何事かを口論していたかのように見えたが…やがて無言で電話を切ると、くるりと向きなおった。
そして、固唾を飲んで居並ぶ教員たちの前に歩み出ると、大声で呼びかける。
「皆さん!私は、こんなにも、こんなにもひどい朝を迎えたことはありません。女子のくせに、いったいなんという反抗的な生徒たちでしょうか! ─ さて、とりあえずですが、私は皆さんにお願いしたい。彼女たちがそこいら中に貼りつけてくれた反抗的な折り鶴どもは、『本日の風向き』を勘案しつつ、このままにしておきましょう!」

ここで、一人の女性教員が訳知り顔で、つまり微笑を浮かべつつ尋ねた。
「本日はこのままとすると、明日はどうすれば?」
すかさず学校長もほんの一瞬だけ相好を崩し、慌てて真顔に戻ったが、それでも声の弾みを抑えきれぬままに応じた。
「さあ、私なりに察するに、『明日は風向きが変わる』かもしれません!そうなると、折り鶴どもがどこに向かって飛んでゆくのか、私は本当に楽しみで ─ いや、気が気ではありませんね」

誰かが拍手した、そして次々と拍手が連なり、歓声が沸き起こり、素晴らしい情景となった。
もう経営陣もへったくれもなかった。
ふと耳を澄ませてみれば、隣接する付属女子高でも同じような、いやもっと大きな拍手と歓声が挙がっているのが聞こえてくるのだった。


おわり