その川に、一艘の船が漂着した。
その船に乗っていた男が、なんと、自分は「かの」アーサー王であるという。
さっそく、ムーミン谷の仲間たちは協議に入った。
「我々は、あの漂着者をかの英傑名高き『アーサー王』と見なして受け入れてやるべきか?」
ここで、「諸君、私に意見があるのだが」 と颯爽と口火を切ったのが、ムーミンパパである。
「ははん?聞こうじゃないか」 と促す声があがる。
「うむ。いいかね諸君、学校に行った者であれば誰もが、希代の英雄たる『アーサー王』の数々の武勇について知っていよう」
「それはむろんのこと」
「かつまた、『アーサー王』と自称する人物が我がムーミン谷に漂着したことも、諸君らが知っているとおりだ」
「で?」
「だから、あの自称『アーサー王』氏こそ、我らが親しみかつ慈しみ続けてきた世紀の大英雄アーサー王陛下その人であらせられると、こう了察することも可能なのである。ならばだ、諸君!陛下に対して出来るかぎりの支援を供すること、これまさに我々の誇りの至高的な発動たりうるではないか!」
わぁ、と歓声があがり、パチパチと拍手する者も多かった。
ムーミンパパは目を細めつつ、パイプをくゆらせ、満足そうにふぅーと煙を吹かした。
「皆さん、ちょっと待って下さい」
そういって話に割り込んできたのが、賢人を以て鳴るスナフキン。
「ハハン?」と冷やかすような声がそこここから挙がった。
スナフキンはどこ吹く風で語り始める。
「いいですか皆さん。まず、私も皆さんと同様、かの『アーサー王』の武勇について存じ上げております」
「ふふん?それで?」
「かつまた、この谷のもとに漂着した人物が『アーサー王』と名乗っていることも聞きました」
「だから、なんだ?」 クスクスと嘲笑がそこここから上がった。
「皆さん!」 とスナフキンはかすかに語調を強めた。
「よろしいですか皆さん!これらの命題は別個に独立したものにすぎません。そうである以上、これらを1つの事実にまとめてはならぬのですよ!」
これには一同がうぬぅと絶句し、しんと黙りこくった。
「待ちたまえ、スナフキン君」 と言葉を返したのが、さきほどのムーミンパパである。
「ねえスナフキン君、君のご高説に準ずればだよ、かの人物を'アーサー王ではない'と断ずることも不可能じゃないかね?」
「さようで」 とスナフキンはムーミンパパに向き直る。
「いずれにせよ、我々は思念のみを恣意的にはたらかせて事実関係を演繹してはならぬと申し上げているわけでして」
「はっ!事実関係かね!事実、事実か!君はなんともつまらん男だな!スナフキン君、我々は大いに憂慮しているよ、これからの世界は、君のような男たちのおかげでさぞやつまらないつまらない時代を迎えることになるだろうと!」
スナフキンはちょっとだけ寂しそうに肩をすくめ、それでも颯爽と胸を張り、無言で立ち去っていった。
ムーミンとフローレンが、大声で何事かを叫びつつ、スナフキンのあとを追って駆け出していった。
シェヘラザード王妃が、宮中で一冊の本を開いて、そっと囁いた。
「シンドバッド、シンドバッド、さぁ出ておいで、我が許へ」
その本の中から、シンドバッドがひょいと姿を現した。
「お呼びでございましょうや?王妃さま」
「おお、我がシンドバッド。そなたに伺いたいことがあるのじゃ」
「ははぁ、いったいどのようなことで?」
ムーミンとフローレンが、大声で何事かを叫びつつ、スナフキンのあとを追って駆け出していった。
太陽の西日が傾きかけていたが、いつもと違う彩色の光線がムーミンとフローレンの面影を新たな色合いに染め上げてゆく。
スナフキンはちらと振り返ってこれに気づくと、そっと微笑みを浮かべつつも、ぐんぐん決然と歩み続けてゆくのだった。
☆ ☆ ☆
シェヘラザード王妃が、宮中で一冊の本を開いて、そっと囁いた。
「シンドバッド、シンドバッド、さぁ出ておいで、我が許へ」
その本の中から、シンドバッドがひょいと姿を現した。
「お呼びでございましょうや?王妃さま」
「おお、我がシンドバッド。そなたに伺いたいことがあるのじゃ」
「ははぁ、いったいどのようなことで?」
シンドバッドはカン高い声を返しつつ、くるりと宙空を回転し、シェヘラザード王妃の掌中にすたりと降り立った。
「シンドバッド、そなたは更なる冒険を所望か?」
「はぁ、それはもう、私は夢の冒険家でありますがゆえ。世界には多くの子供たちが私の次なる冒険譚を待ち望んでおりますです、はい」
「はぁ、それはもう、私は夢の冒険家でありますがゆえ。世界には多くの子供たちが私の次なる冒険譚を待ち望んでおりますです、はい」
「なるほど…」
「ねえ王妃さま。聞くところによりますれば、ヨーロッパには『ムーミンの谷』と称す村落があるそうで。是非ともそこを訪ねてみたいものです。ですから、そのように描いて下さいませよ、王妃さま」
「ほぅ?『ムーミンの谷』、とな?しかし、そこは実在するや否や知れぬ処じゃぞ」
「だからよろしいのですよ、王妃さま。もしも私がムーミンの谷にたどり着くことが出来れば、ムーミンの谷は実在することとなりましょう」
だが、シェヘラザード王妃は同時に考えを推し進めていた ─
「だからよろしいのですよ、王妃さま。もしも私がムーミンの谷にたどり着くことが出来れば、ムーミンの谷は実在することとなりましょう」
「…」
「それで、どうせなら、私にかの勇名馳せるアーサー王を名乗らせて下さいまし。その私がムーミンの谷の連中に受け入れられるならば、アーサー王の実在もまた認められたことになりますですよ。これぞ夢の冒険、夢物語で御座いましょう」
「ふーむ」
「ふーむ」
シェヘラザード王妃は軽く頷いた。
だが、シェヘラザード王妃は同時に考えを推し進めていた ─
あたしの創作人物であるこのシンドバッドがアーサー王となり、そのアーサー王がムーミンの谷にたどり着く…とっても楽しい思いつき!夢物語とはこういうもの!…でも、でも、そんなことがあっていいのかしら……いいえ!いいえ!思念のみを恣意的に結び付けて事実を導いてはならないんだわ!
シェヘラザード王妃はこんなふうに心中で叫び声をあげつつ、シンドバッドを決然と見下ろした。
シェヘラザード王妃はこんなふうに心中で叫び声をあげつつ、シンドバッドを決然と見下ろした。
「よくお聞き、シンドバッド。これからは別の章が始まるのじゃ。新たな世界の新たな子供たち、その子供たちの未来の物語」
「えっ」
「だから、そなたの夢物語は終えることとする。そなたは過去へお帰りなさい」
本はぱたんと閉じられ、シェヘラザード王妃はこれを書架に戻すと、それから新たな物語に取り掛かり始めたのだった。
(おわり)
※ 或る合同式からインスピレーションを得たもの。
(おわり)
※ 或る合同式からインスピレーションを得たもの。