2020/07/07

【読書メモ】理工系のための未来技術

此度紹介するのはさまざまな科学技術/工業技術の最先端、それらのいわばダイジェスト本である。
理工系のための未来技術 勝田有一朗・著 工学社』
本書の初版発行は本年2月であり、過去2,3年前後にメディアに公開されたものが多いとも見受けられる (かつ、本年の東京オリンピック開催が前提とされているなど、必ずしも現下の社会情勢に準じた文脈づくりとはなっていない)。
しかしながら、本書に続々と紹介されていく科学技術は、近未来に亘っての更なる工業上のイノヴェーションはもとより、さまざまな実用アプリケーションをも喚起させるものばかり、どれもこれも文字通り未来技術と冠するに足る抜群のポテンシャルだ!
とりわけ、以下に大いに興味(スリル)を覚えた;
・光量子コンピュータ
・磁性論理素子
・候補化合物の高速検索~設計
・光渦
・格子暗号方式

ちょっとだけ苦言も呈すならば、本書は文面があたかもプレゼン資料のナレーションのごとく散文調であり、やや文意を掴みにくい。
理工系のためと称するのであれば、漫画型のアブストラクト図案や概括的なシステムフローをもっとふんだんに載せて欲しかった(むしろそれらだけの方が右脳的で分かりやすかったかも)。

それでは、今般の僕なりの「読書メモ」として、上に挙げた未来技術についてごく大雑把に概括しておく。


<光量子コンピュータ (一方向量子計算)>
コンピュータの情報処理に光を直接媒体として活かすメリットは、光が電磁波として最も高速であること、かつ室温でも動作するため冷却装置や真空装置も不要となること。

光パルス群を「一方向/列の光路における量子もつれ」として発生させると、この量子もつれの状態変化を活かして量子演算が可能であり、これが「一方向量子計算」の技術。
これを実装しうる回路として「量子テレポーテーション回路」があり、ここでは入力光パルスと補助光パルスを部分透過ミラーで混ぜ合わせつつ、光測定器や光操作デバイスを通す。
これらデバイスのさまざまな組み合わせが光パルスを状態変化させ、それぞれが量子演算を実践、それら演算結果が出力光パルスとなって現れる。

この量子テレポーテーション回路を多段的に接続すれば、100万量子ビットを何ステップも処理し得るほどの計算も可能となる。
かつ、冗長なデバイス構成を極力回避するため、最近は回路一単位あたりで入力光パルスを周回させつつ、そのわずかな間に量子演算ロジックを変えていくというループ方式も開発されている。

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<磁性論理素子>
論理演算デバイスを磁気駆動とするメリットは、電流を用いないため低発熱であること、かつ放射線にも強いこと。

数10nmの磁性のセルを組み合わせると、セル間の相互作用によって「磁化された方向」として0/1を表現しうる ─ だからNOR(否定論理和)回路としてもNAND(否定論理積)としても機能し、これら組み合わせ次第でいくらでも複合的な論理演算が可能。
また、「磁石のスピン波」を活かした論理演算素子もあり、これは電子の自転運動によるスピン波が物質間を伝わっていく性質を活かしたもの。
このスピン波を磁性絶縁体に0/1入力かつ位相干渉させてから出力するNAND型論理演算が実現されており、ここでスピン波の位相を切り替える素子があればNOR型論理演算も可能となる。

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<候補化合物の高速検索~設計 >
※ 本システムは超速スパコン「富嶽」による新コロウイルス対応の有力化合物発見を連想させるものである - が、いかんせんシステム図案とオペレーションフロー図案がほとんど呈されていないため、何を数値化/マッピングし、それらを如何に解析し、そこから何を探索しまた新規創造しうるかを実践的には了解し難かった。
それでも昨今の時節柄、疾患対策から新薬開発までの運用系どころかインフラ系までも大変革させうるコンセプトとして、大いに留意すべきものであろう。

医薬品候補の化合物を探索しかつ新規設計シミュレーションまで行う新発想の数理システムが進化し続けている。
その一例が、或る疾患の「発症結果」から「その原因」を遡って推定する「逆問題解決」型のプログラムを採用したシステム。
このプログラムを起用すれば、さまざまな疾患の標的タンパク質の立体構造にもまた膨大な数の実験データにも直接依存せずにすむ。

主だった機能は、さまざまな疾患原因となるタンパク質とさまざまな医薬品化合物の結合力を数値化/マッピングし、アミノ酸との相互作用解析も細かく行い、「最適なはずの医薬品化合物」を超正確に絞り込んでいくこと。
ここでAIを活用することにより、上の探索条件を満たすのは無論のこと、化学構造の異なる医薬品化合物をも超速探索、さらには新規設計までも可能となる(これをAI-AAMシステムとも称している。)

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<光渦>
光渦(ひかりうず)とは、光の伝搬軸のまわりにおける光の波面のねじれであり、1波長あたりの等位相面にてはちょうど2π x ねじれ度合を成しているので、光渦は必ず直交する (光の「軌道角運動量」が現れていることになる。)
この特性を活用すれば、光渦は「無限に多重化」が出来るはずである。
光渦の多重化こそは光通信における無限のチャンネル多重化を可能たらしめる技術であり、しかも大容量のデータ伝送を可能としうる技術でもある。

工業技術上、さまざまな位相差のさまざまな波長光をそれぞれ出力して光渦を合分波させることが可能であり、この機能はシリコン・フォトニクス技術を生かした光渦多重器にて実装されている。

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<格子暗号方式>
現行のRSA公開鍵方式における素因数分解式は量子コンピュータによって簡単に暴かれてしまう (と既に知られている)。
量子コンピュータ実用化の時代にさきがけて、これに耐えうる暗号方式の開発とその標準化がいま急がれている。
有力候補とされているのが「格子暗号方式」であり、とくにこれを活かしたLOTUS方式である。

格子暗号方式は、公開鍵と秘密鍵を用いるという点で現行のRSA公開鍵方式に類似してはいるが、「全てのデータを行列とベクトルで表現する」ところが画期的である。
ざっというと、送信側は「平文ベクトル」をスクランブルしつつ復号用の付加情報とセットにして「暗号文ベクトル」を成し、この暗号文ベクトルを受け取った側は秘密鍵をもってこの付加情報を復元した上で、「平文ベクトル」を導く。
かつ、物理上のデータ事故やデータ破損あるいは悪意によるデータ改ざんなどにも十分に対応するため、送信側は「暗号文ベクトル」に「ベクトル枠の形状情報」さえも付けて、これを受信側が復号にさいしてマッチングする ─ といった工夫も進められている。

なお、格子暗号方式の強度は、変数よりも式の数が多い連立一次方程式にて左辺と右辺の差が小さくなるような整数解を求める問題にて試されており、これは格子の最短ベクトル問題と同等の難度(量子コンピュータでも求解に非常に時間がかかると予想される問題)であると見なされている。

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以上、あくまでざっとではあるが概括してみた。
繰り返しになるが、本書にて30件以上にわって紹介されるさまざまな未来技術を理解する上では、厳密に字面に拘わることなくイメージ図案などに着目されたい。
とくに光量子や光渦などなどに見られるように、さまざまな科学技術は工業技術イノヴェーションと相まって将来の産業の在りようを大いに変革しえよう。
一般人のみならず学生諸君にとっても、想像を自在に膨らませつつ近未来を思い描く大いなるヒントたりえよう。

おわり