2020/08/10

キャラクターズ

(※ これほどゲラゲラ笑いつつ書いてみた短篇は他に例が無い。


================

大変なことになった!
僕はついに小説のアイデアが枯渇してしまった!
理由は、登場人物が居なくなってしまったためである!

そこで、「世界に広く知られるさまざまな小説の登場人物たち」を我が小説界に引き抜くことを思いついた。
早速、いわゆる古典小説や名だたる傑作小説はもとより、ドラえもんやコナンに至るまで、ありとあらゆるポピュラーな物語の登場人物たちに募集をかけてみた。
しかし、どうにも空振りばかり。
何とか面談にこぎつけた連中も居ないわけではなかったが、さすがに有名作品における名プレーヤーたちともなると、おのれの小説世界への責任意識がじつに高く、むろんプライドも相応以上に持ち合わせた傑物揃いだ。
彼らが異口同音に寄越してくるコメントを要約してしまえば、おまえの小説になど出演してたまるかといったニュアンスに落ち着くのであって、結局はことごとく断られてしまった。

そういった次第で、僕はしばらくは意気消沈の日々を送っていたのだが。
そんな或る日のことである。
たまたま、ラノベをあれこれ読み漁っていたところ、それらの小説世界に住んでいる幾人かの女子高生たちより、我が小説における役回りに意欲関心アリとの連絡が有り ─ 
おや!まあ!
どいつもこいつも可愛い娘たちだ、幾重にも映えうる容貌そして容姿、きらっと煌くプレゼンス、こういう連中こそが我が新規アイデアの源泉たりうる。
よし、イチかバチかだ、こいつらに掛けてみよう ─ そんなふうに咄嗟に閃いて僕は無条件で全員を採用したのである。

それでは素敵な娘たちを紹介しよう。

「美貌の生徒会長」 アルト
「事情通」 トントン
「くのいち」 コルサ
「千里眼」 サバス

かくて、僕はこの4名と「小説企画ミーティング」を開始したのである。


================


開口一番はアルト、美貌の生徒会長である。
アルトはすっと立ち上がると、弾みの効いた声で切り出してきた。
「あたしたちは、'あなたさま'をどのようにお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「うーむ、そうだな、とりあえずは『作者どの』と呼べ」
僕はつとめて平静に答えつつ、『作者どの』という呼称の思いつきに我知らず顔がほころんでしまっていた。
「では、作者どの!あたしたちはどのようなストーリーに出演することになるのでしょうか?」
「うむ、そこなんだが」と僕は微笑んだまま続けた「まだ何にも決めていないんだ。それを君たちと一緒に考案していきたいわけで」
これに対して、アルトは怪訝そうに畳みかけてきた。
「しかしですね作者どの、舞台設定が定まらないとあたしたちの心構えも定まらないわけでして」
「ほぅ?」と僕は気取った声で返した 。
「それじゃあ何かね?君たちは物理が分からないと数学の問題が解けないのかね?コンピュータの機種が定まらないとプログラムが書けないとでも言うつもりかね?」
「…いいえ。まあ、おっしゃる意味は分かりました」 とアルトがやや不満気に引き下がった。
「分かればよろしい」
可愛い娘だ、アルト、僕は君をとりわけ気に入っている、ハキハキした口調も挙動も大好きだ、だからね、僕は是非とも君を主人公に据えようと考えているんだ、だって好きなんだもん、好き好き好き。


ここで、「作者どの!」 と新たな声があがった。
事情通を以て鳴るトントンである。
「あたしはラノベ世界を中心に、さまざまな小説世界について見聞してきました。しかし、作者どのと登場人物が協力してストーリーを考案するなどという例は、聞いたことが無いんですけど!」
「そんなことはないだろう」 と僕は失笑していた。
「そもそもストーリーというものはだな、作者と登場人物の共同作業によって考案されるんだぜ。だから、僕らがしようしていることはけして真新しいことじゃないんだよ」
「はぁ?そうでしょうか…?」
「そうだよ。だいいち君たちは若いんだ。精神が躍動し知性が拡大し続けている年代なんだ。前例がどうだこうだと拘ることなく、さぁ、ともにアイデアを出し合おう!」
「はぁ……それじゃあ、もしも仮にですよ、恐怖のストーリーが展開しちゃったとしても、作者どのは構わないのですか?」
「面白いじゃないか!」 と僕は相好を崩してしまった 「その調子だ!それでいいんだ!」
「ふーーん。とりあえずは分かりましたでござーまーす」
トントンは微妙に鼻に抜けるような声を挙げつつ、愛嬌のあるふくれっ面を見せた。


さて、あらためてアルトが挙手して立ち上がり、綺麗な瞳でまっすぐに僕と視線を交わしつつも、今度は決然とした口調で問いかけてきた。
「作者どの。お考えは概ね分かりましたけれど、でも、そもそもですね、あたしたちのアイデアに過度に期待されるのは筋違いではないかと思いますけど?」
「ははははは」と僕は苦笑していた。
「あのね、僕は君たちごときに過度の期待などかけていないんだ。フフン、だって、作者はあくまで俺、オレ、オレなんだよ、俺があっての君たちなんだ」
ここでアルトはぐっと気色ばんだが、トントンに小声で諫められて平静な風を取り戻した。
それでも、アルトはため息まじりにしかも挑発的な口調で反撃してきた。
「なんだか、おかしな関係ですね~!アイデアは求められるのに主導権は無いだなんて、まるであたしたちは子供扱いじゃないですか」
「主導権だと?」 僕は思わず吹き出していた。
「あはははは、君たちは意識の高い娘たちだな、参政権すら無いくせに主導権とは恐れ入った。それじゃあ何かね?僕抜きでも君たちだけでストーリーを紡いでいけると、こう言いたいわけかね?」
「もしかしたら、そうなるかもしれませんね」 アルトは更なる挑発的な語調で返してきた。
「フン、それなら好きにしたらいい!」
敢えて侮蔑的にこう返したのは、アルトの反骨心を適度に挑発することで彼女の揺れ動く情動を我が方に誘導し留めおきたいとの念からである。

しかし同時に、僕はしまったと後悔していた。
もしも…もしもこの娘たちが全員で反旗を翻してきたらどうしよう?そうなったら僕のプレゼンスが翳んでしまう、それどころか吹っ飛んでしまうかもしれぬ…。

================


ここで僕は、今度は「くのいち」コルサの見識を確かめようと思った。
しかし僕より先にアルトがコルサに口早に呼びかけていた。
「あたしたしがストーリーの主導権を握るチャンスなのよ。だからコルサお願い、仲間たちをもっと集めてきて!」
この言に応じてコルサはすっくと立ちあがり、それから僕をちらりと一瞥したが早いか、とつぜんパーンと跳び上がって宙返り。
そして、消えてしまった ─
「なんだ?どうなってんだっ?コルサはどこへ行ったんだ?!」
「いわゆる『不思議の森』に飛んで行ったのでございまーす」 と、トントンが訳知り顔で答えた。
「そしていまお見せしたのが、くのいちコルサの十八番・影跳の術でございまーす」
「勝手なことをするな!」
「何をしても構わないわけでしょう、ねえ、作者どの」 とアルトが愉快気に笑い声を挙げて、僕をきっと睨みつけた。
「そうそう。だってあたしたちは精神が躍動し、知性が…なんだっけ、まあともかく、こういうストーリーもアリでございまーす」


「ご心配には及びません、作者どの」
新たにすっと挙手をしたのが、サバスである。
ああ、この娘こそ最も警戒すべき相手なのだ、千里眼のサバス。
端正な容姿とともに恐るべき能力をも生まれ持ってしまった娘。
サバスは伏し目がちのまま僕をすっと見つめつつ、穏やかな口調で言葉を選ぶようにゆっくりと語り出した。
「あのですね、アルトも、トントンも、コルサも、心底では作者どのに信頼を置いております。もちろん、あたしもです。ですから、あたしたちが反旗を翻すようなことは、たぶんありません」
読んでいる!僕の心を読み取っている!
「はい。失礼は承知の上で、作者どのの心を読んでおります ─ ところで、どうしてあたしの読心術をそれほどに警戒されるのでしょうか?」
「け、警戒などしていないよ、あっははは。む、むしろ僕は君をとくに信頼しているんだ。だ、だからだね、君を主人公にしてストーリーを描いてもよいくらいのもので」 
「そうですか…まあ、仰る意味は分かりました」
サバスはちょっと微笑んだように見えた。
「でも、作者どの、お話の主人公には美貌のアルトを起用したいお考えなのでは?」
「うぬ…」
僕はしばし呻吟しつつ、この娘にはどんな作為も通じまいと観念し、かつまた一方では、この娘こそがどこまでも僕の協力者たりうるのでないかとの不思議な予感が…
 
=============

とつぜん、サバスが口早にトーンを上げた。
「作者どの。コルサが仲間たちを引き連れて戻って来ます!」
「えっ?本当?嬉しい~!」というアルトの快哉と、「なんだと?」 と仰天した僕の声が重なった。
サバスは宙空を見つめつつ、さらに口早に続ける。
「聴こえる…感じる…コルサの意識…近い!近い!もう間もなく…もうすぐ其処に現れる!何人も!何人も!」
そして。
来た!現れた!女忍者コルサともども『不思議の森』から時空を超えてやってきた娘たち!

「ロビンフッドの末裔」 マヤ
「紫外線のペガサス」 アーミー
「奇跡のイオン」 モモカ
「初恋剣士」 マッキー
「双子の美姉妹」 スター1号&2号

うぬ!こいつらが追加の登場人物か、しかも、アルトたちに加勢するというわけか!

(つづく、かもしれない)