2021/05/13

【読書メモ】宇宙の始まりに何が起きたのか

宇宙の実像と実体について、もちろん巨体な難題であることは朧気ながら見当はついている、しかしいかなるものであろうとも、我々の観察対象たりうる以上は然るべき思考秩序や順序が有るはずだ。
そんなことを自問自答していた昨今のこと ─ ふと目に留まったのが本書である。
『宇宙の始まりに何が起きたのか 杉山直・著 講談社Blue Backs

本書は「宇宙マイクロ波」の実在証明などを大テーマに据えつつ、かなり総覧的に宇宙論を展開する一冊だ。
さっと読みかけてみれば、本書コンテンツの大半は平易な文面を採りつつ、高校物理の補完レベルの基礎教養論に留められているようにも見受けられるが、おそらく安易な速読は困難であろう。
なにしろ本書の主題は、宇宙の実像と実体の検証という超スケールの思考チャレンジであり、まこと深遠かつ高尚な論題の数々が展開されており、かつ、それらに際して物理や化学の基礎教養がどれほど強力な素養たりうるかあらためて思い知らされる。
したがって、多くの読者は本書の随所にてしばしば思考難度のギヤチェンジに追随しきれず、目を回してしまうのではなかろうか。

僕も本書を中盤まで読みかけて幾度か目を回しそうになった、だからこそ此度このブログでとくに若年者や学生諸君に紹介してみたいと思い立ったわけである。
以下に、本書第4章までを僕なりにごく簡単にまとめてみた




・宇宙全体の構成元素のほとんどは水素とヘリウムであり、たとえば天の川銀河では質量比で98%が(原子数換算で99.5%が)水素とヘリウム。
恒星は、水素が核融合反応を起こしヘリウムが作られることによっておこり、水素を使い果たすと、さらにヘリウムが核融合反応を起こして炭素や酸素などが作られ、太陽のように「軽い」恒星においては、ここで核融合反応が終わる。
さらに「重い」恒星においては、中心核にて炭素が核融合反応してケイ素やマグネシウムなどが生成され、さらなる核融合反応によって最終的には鉄までが生成される。

よって、ヘリウムよりも原子番号の大きな(陽子数の多い)元素の核融合反応→生成は「どこかの恒星の中」でなされていることになる。

・だが、鉄よりも原子番号の大きな金などなどの元素の生成にては、核融合反応のためのエネルギーが超巨大でなければならない。
それらの超巨大なエネルギーは、超新星爆発から生じたであろう中性子の原子核そのもののごとき重い天体(いわゆる中性子星)が起源であり、それらの衝突によってもたらされてきたのでは、と想定されてきた。
2017年の重力波の検出分析をきっかけに、この中性子星による超巨大エネルギー起源説が検証されたことにはなり、これがあらゆる元素生成の核融合反応を完全に解明したとまではいかぬにせよ、更なるスタディが期待されている。

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・ヨリ根元的な疑問。
そもそも宇宙と恒星の核融合反応の原料であろう水素とヘリウムはどのように生成されてきたのだろうか。
これに答えを与える学説こそが、ガモフらによって興されたビッグバン起源説である。

ガモフが想定したビッグバン起源説によれば、宇宙の始まりにては宇宙全体が極めて高いエネルギーを有していたために物質の原子核そのものを結びつけることが出来ず、超高温の中性子ガスのみから成っていたとされる。

中性子がベータ崩壊を起こす(陽子と電子とニュートリノに崩れる)と、ここで陽子の一部が水素原子になりつつ、また陽子は中性子との核融合も起こして重水素を成す。
これら重水素同士がまた核融合し、ヘリウム3と中性子のペア、あるいは三重水素と陽子のペアが作られ、これらにさらに重水素が反応して…
結果的にヘリウム4と陽子のペアおよび、ヘリウム4と中性子のペアとなって、おのおのが陽子と中性子を放出することになる。

・以上の核融合プロセスが正しいとして、じっさいに起こるためにはどうしても原初に高密度かつ超高温の環境状態が不可欠であり、それ自体は「何らかの断熱圧縮によるもの」であろうとの仮説を立てることも出来る。
だが一方では、「宇宙は膨張している」との観測結果もある。
これら圧縮と膨張の両フェーズをともに説明するためには、まず圧縮された状態の(超高温かつ高密度の)宇宙があり、それがドカンと膨張した、と見做すしかない ─ これがビッグバン起源説の原型。

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・宇宙の温度の測定について。
そもそも原子・分子自身の温度とそれらの運動エネルギーは正比例関係にあり、それら運動エネルギーによって弾き出される光(電子量)も正比例しているので、それら光のエネルギーと温度も正比例関係にある。
さらに、光は波長が短いほどエネルギーが高い、だから温度が高いことになる。

(※ ここまでは学校理科で学ぶ基本、さらに光量子仮説やアインシュタインなどなど量子物理学の関連本でも触れられるものゆえ分かりやすいが、p.78から展開される「光の強度」となると何を意味/意図しているのか、僕なりにしばし逡巡してしまった。
なるほど文脈展開および図表中の単位表示からして、おそらくは「恒星などによる瞬時ごとの熱放射強度」の意であろうと察せられるが、このあたりは高校物理ではやや発展的な内容たりえよう。)

或る物体による熱放射は、その物体の温度が低い状態では構成原子・分子の運動エネルギーも小さく、だから弾き出される光子の数と光の強度も総じて小さく、とくに短波長の光の強度が弱い。
だがその物体の温度が高くなるにつれて構成原子・分子の運動エネルギーが増し、弾き出される光子の数と強度も大きくなりつつ、短波長の光の強度も増す。
或る物体がこの性質の理想状態(原子・分子の熱平衡状態)に在る場合、その熱放射現象をとくに「黒体放射」とし、その弾き出す光子と光の強度によって、その物体の構成原子・分子ごとの温度を精密に知ることが出来る。

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以上が本書の第4章まで掻い摘んだ超概略だ。
なお、本書の最初の真骨頂はおそらくは第7章であろう ─ ざっと察するに、黒体放射の観測に則って「宇宙マイクロ波」の背景放射およびビッグバン宇宙論が証明された由が記されている。
もちろん本書ほどの巨視的な物理化学本ともなると、素粒子や量子論、物質の分布とゆらぎ、さらにダークマター論などなど、どのページを見開いてみても軽く驚かされずにはいられない高度な論題の数々。
よって、さまざまな見識とさまざまなアプローチによって本書読解を楽しむことも出来よう。
とりあえずはこのへんで。

(おわり)